出張
ウラルとの夢から一週間が過ぎた。ローディー達は新築の家に帰り、父親であるエーキル伯爵も、俺とウェスター伯爵に資料と仮説の論文を幾つか預けて後を追うように自分の治める領地へと帰っていった。領地とはいっても、このアルス国の中心であるこの場所は、城を起点に円状になっていて、そこにオレンジの果実みたいに配置された扇型の領地が存在する。確かに広いが、王都内部だけの移動だったりする。
ウェスター伯爵曰く、アルス国は一部の村や町などを除いて全てこのアルス国の城から始まった故にこの形をするようになったという。
と、こんな疑問を朝ふっかけてみたら、伯爵が態々自らの部屋で俺なんかに講義してくれていたりする。本来は学校でやるような内容らしい。
「かつて軍事大国であったアルスは、外敵に対する姿勢を強化するために壁を建設した。更にそこから領土を広げた。今は安定しているが、かつては壁を少しずつ建設して、最終的には領土全てを王都化する予定だったらしい」
「はえー。そんな歴史が」
「では何故、今のような状態になったのか?そうは思わんかね?」
「そうですよね。王都は広げず、点在していた領地を果実の粒みたいに集約すれば確かに伝達ミスや通行税をかけるような輩は無くなるのでしょうが」
「ここはまだ、どの学者も頭を抱えている。しかし、私は単純な話だと考えている」
「単純な話、ですか?」
「うむ。全てを王都化する。悪くはない話だが、それを実現する資金はどこにある?」
「俺の考えられる範囲ではありません」
「そうだ。国の財政室長によれば、下手をすれば国を二つ三つ容易に潰せる金額になるらしい」
「では頓挫したのは財政上の理由、だけではなさそうですね」
「無論、それだけではない。何人かの冒険者や流浪の民が創り出した溜まり場を狙って商人が必ず来る。それが少しずつ発展していきシラルの街のようになる場合もある。今となってはそんな街や村が数十にも及ぶようになった。公に認められている街は既に20を超えている。と、なれば必然的にでる結果は」
「モンスターによる恩恵と街による経済効果が大きく出た、と?」
「・・・フッ。聡明だなハインド君。その通りだ。王都化したところで、経済効果が上回るとも限らん。逆に悪化する可能性も否定できない」
「つまり今まで通りを貫く姿勢になったわけか」
「その通りだ。世の中、変えて良くなる例など数えるほどしかない。悪い例を少なくし、良い例をあたかも沢山あるかのように示す。人間の悪い癖だな」
「それをポジティブって言うんですよ」
「逆に言えば、虚栄心だ」
しょうもない言い合いを伯爵とした後、ミーティアが入ってくる。何やら沢山の書物を台車に乗せて運んでいたので、取り敢えず全部伯爵の机の上に置いた。
宛名はほとんどが伯爵宛で、その数はページ数にして400を超えていそうだった。その中にA4サイズ程度の封筒に入っていたのは人工妖精に関する書物だった。これの宛名は俺宛だった。こうなると、送り主はエーキル伯爵しかいないだろう。
「先生、ありがとうございます。私だけじゃ流石に無理があって・・・」
「巨大化の魔法の訓練を同時にやってるんだ。無茶はするなよ」
「ハインド君の言う通りだ。それはそうとレムレ・・・ミーティア。配達馬車の料金は?」
「着払いでした!」
「そうだろう。そうだろうな。奴のことだ。まずやらないわけがない。ハインド君。君が使っていた魔法を教えてくれ。奴の書斎だけ破壊してくる」
「笑顔で怖いこと言わないでください」
ウェスター伯爵はブツブツと愚痴を流しながら、机の上に俺が置いた資料を片っ端から整理し始めた。厚紙で作られたファイルのようなものに資料を丁寧に纏め、本棚にしまっていく。
俺は俺で人工妖精に関する新たな資料に目を通す。エーキル伯爵の持論も含めてある資料ではあるが、まだ素人である俺には分かりやすい説明で助かる。
学者というだけあって文字も綺麗だし、分かりにくい場所は補足を加えたメモが付いていた。こんなに人に分かりやすく教えるところもあるとするなら、これは先生にもなれる。
少なくとも、分かりにくい教え方をした上にテストで全く違う場所を出してきやがる歴史の吉田よりは絶対にいい。おのれ吉田。絶対に許さん。異世界に来てもテメェの悪行だけは忘れないからな。
「クソッタレ。いつまでたっても片付きやしない。エーキルは私を怒らせることが趣味なのか・・・?」
・・・まあ、ある意味天才であるからこそ、ウェスター伯爵への嫌がらせみたいなことを起こすんだろうなぁ。天才と変人は紙一重。考えてることが全く分からねぇや。
「先生。実は相談したいことが」
「どうした?疲れたなら巨人化は解除しても」
「いえ・・・ちょっと誰もいないところへ」
「ん?ああ」
伯爵は未だにブツブツの愚痴を口から漏らし続けているので、何も言わずに近くの空き部屋に移動する。
空き部屋の鍵を閉めて、誰もいないことを確認するとミーティアが俺に手紙を渡して来た。よくそこらで見たことがあるような便箋だ。だが一見普通のものに見えるそれは、魔力を含んでいた。
封をする縁には小さな魔法陣が一つ、郵便局で切手によく押されるような印鑑に近いように感じる。
「これは・・・」
「近くの使用人の方々に聞きました。受取人だけしか開けない魔法陣だそうです」
「極秘か」
封を開け、中にある手紙を取り出す。そこには二枚の紙が入っていた。一枚は綺麗な字で綴られ、その最後には王命用と思われる印鑑が押されている。もう一枚は、幾つかの印鑑が押されている横長の紙。文面だけを見るだけなら、明らかにパスポートに近い扱いが可能みたいだ。
だがその行き先が問題だ。どうみてもおかしい。なぜ運命は俺にこんな残酷な試練をかましてくるんだ。
よりにもよって、あの、『奴』の原罪であり、憎み、捨てた国!
「アレックドールだと・・・!」
「先生?」
「だああ!来たか!やっぱ、いや遂に来たか!クソ!今日は厄日かよ!で⁈王命は何なんだ!」
俺がイライラしながら手紙を読むと、そこに書いてあるのは王命とは全く関係ないことが書かれていた。そう。これは王命などではなかった。
これは、『依頼』だ。それもアレックドールの王直々の。つまりこれは、アルスを通さずに俺に直接的なものとして送ってきているというわけだ。
誰かの悪質な趣味だと思いたいが、印鑑には魔力が込められている。無闇に消そうとすれば、何かしらの自己防衛が発動してもおかしくないかもしれない。
本物、ということは・・・。無視していいわけがないな。ウチの上からじゃないことに不信感しか抱けないが、隣国の、それも王様が態々書くなんておかしい。
「罠か?いや、考え過ぎか・・・」
「先生?」
「ミーティア。いいか。今から俺が言う言伝を、一字一句そのまま、俺について聞かれたら言ってくれ。
『先生は、用事でクエストに行っている。暫く帰ってこないみたい』
「だと。必ず」
「先生・・・?」
「心配するな。俺は不死。簡単にやられてたまるかって話だ。それと、マグノリアにコードE3を発動しろと伝えてくれ。あと、マニュアルはサーバーの右側にあるって」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「分かっている」
俺は自分の部屋に一度戻って必要なものを軽く揃えて軍用のバックパックに入れる。今回はジャケットはいらない。屋敷でいつも使っているワイシャツに動きやすい普段着だけで充分だ。
全ての準備を整え、抹消迷彩で姿を消した俺は一度部屋から出て暫く歩く。そして、1階にある、小さな個室の扉を開いた。
「リリス」
「お?どうした?何か聞きたいことでもあんのか?」
俺が今回頼らせてもらうのはコレンではなく、獣人であるリリス。彼なら色々と知っていそうだからな。特にこの依頼については。
「ああそうだ。そして命令だ。ついてきてくれ」
「・・・確かに俺はアンタの下についている。だが俺とて理由もなくついて行くことはできんなぁ?」
「分かっているさ。ワケは話す」
「ヨシ。ならいいぜ。付き合ってやるよ」
「すまないな」
俺はこの依頼について、リリスに手紙を見せた。勿論、彼から出てくる言葉は必ずといってもいいほど俺が予測していたものだった。
「ちょい待て。こんなん、俺に頼むより伯爵の方が良くねぇか?」
当たり前だ。この依頼、実はアレックドールからの直々の依頼ではあるのだが、その内容はウェスター伯爵に相談した方がいい内容だったからな。
その内容というのも、アレックドールの古代遺跡保護調査員の連絡が、ある神殿の調査中に途切れたから救援を頼む、とのことだった。
だがウェスター伯爵に頼んではいけない理由があった。あまりに単純すぎる話なんだが、あの依頼書には態々、口が緩い者、特に学者などという人間を連れてくるなとまでご丁寧に書かれていた。
代筆した奴がよほど学者が嫌いなのかどうか分からないが、こう言われて伯爵を連れていけば、アルスの信用問題に関わる。
「よく読んでみろ」
「ん?・・・ああ。そういうワケか」
「そういうワケだ」
「で、団長を選ばなかった理由は?」
「見せてもらいたい。お前の力を」
「単純な理由だなぁ。いいぜ。神殿ぶっ壊すくらいの仕事を見せてやるよ!」
「じゃあ行くか。道案内は任せる」
「あの時俺が乗り込んだアレに乗って行くのか?」
「いや、今回は違う」
世界地図を伯爵の部屋にあったのを見たことがあるが、隣国とはいえ中々遠い。馬車でいけば必ず1週間以上はかかるであろう計算だ。
だが、あまり余裕すぎる気持ちは持ちたくない。あと、前回の魔法陣を使うわけにもいかない。座標軸の再計算が絶対に必要になるはず。なので、少しだけノンビリ訓練しながらの旅路となるが、俺が乗りたかったアレを創ってみようかな。
静かにリリスと屋敷の外に出て、人気のない場所に移動して、早速スキルを発動。設計を始める。
「さて、と。そんじゃ、やりますか!」
どっかの並行世界の技術。2083年に六菱重工業が発表した、新型バイク。その名もエアバイク。そう!あの、架空の存在でしかなかった空飛ぶバイクを並行世界の六菱は遂に開発していた!
てなワケで、当時の最新式の圧搾空気式から、更に別の並行世界が開発に成功していた軍事用反重力システムと姿勢制御用AIを載っけた、俺バージョンのエアバイクを今さっき設計図を少し弄って元は創った。フレームも変わってないから、作製時間はたった数分と早い。
生成させると、先進的な流線型に安定しないであろう形状でしっかりと浮いた状態で出てきた。
「フゥゥゥ!テンション上がるわぁぁ!」
「公爵様よ。コレなんだよ?」
「フッ。俺とリリス専用の空飛ぶ乗り物だ!」
「空飛ぶ乗り物?」
俺は浮いている水色と青色のカラーリングをした方のエアバイクにまたがり、空気抵抗軽減クラッチを踏み込むと半透明な強化ガラスが背中側からスライドして足元にいたるまで操縦席を完全に覆う。ちなみにこれをしないと、空気抵抗で色々と大変なことになる。
そして、俺はアクセルを思い切りぶん回して空を飛んだ。
「イヤッホゥ!」
スピードは、正直に言ってかなり早い!反重力システムだけで進んでいるとはいえ、これじゃあまるでF1だ。
メーターを見ると、現在のスピードは実に時速560km!思い切りぶん回したとはいえ、実はまだセーフティーがついている。俺が設計図を作った時、軍事用の反重力システムは浮力と推進力があまりに強すぎるからセーフティをつけた。
この軍事用反重力システム。西暦3900年代に開発されたもので、スキルのテクノロジーについての説明文にも書いてあったことなのだが、宇宙開拓時代と呼ばれる時代の代物だ。無論、抵抗する為の軍事力も必要になる。
そこで既存の戦闘機にこの反重力システムを積み込むことで、宇宙での戦闘を可能にしているらしい。どこぞの戦闘機と歌姫のコンビアニメではないが、あんな変態機動ができるようになっている。
ちなみにパイロットにかかるGは、反重力システムに組み込まれている重力制御装置で、0に近いほど軽減されている。
「それにしても綺麗だなぁ・・・」
雲を超えた俺は、スピードを落としてホバリングモードに移行。異世界の雲海の上で、俺は初めて雲を上から眺めることができた。
俺がいた世界と対して変わりはしないが、排気ガスやらで汚い現実世界と違ってこちらの空はとても綺麗だ。
なので、俺の軍用車両も排気ガスを出さないように改良しておこう。どんな年代の、並行世界のテクノロジーを使ってでも排ガス0にしてやる。
「あ、やっべ!リリスを置いてけぼりにしてんの忘れてた!」
直ぐに地上に戻り、リリスにさあ乗ってみろと行ってみたら、嬉々として乗ってくれた。普通嫌がるものだと思うのだが・・・。
ふむ。やはり、リリスも男のロマンを分かってくれたというわけか。これはツーリングが楽しみだな!
次の投稿は6月24日を予定しています!
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