領主という地位
私はこの屋敷の主人で領主をやっているウェスター・グロムメントだ。
昨日ギルドから面会許可の申請がきて何が起きたかと思えば来たのはいつもの巨乳持ちの受付嬢ミネだった。だがそこにはもう一人、白髪でキザな顔をした変な格好の男が一人いたのだ。
ミネはこの男、ハインドが魔法を全て使えないということで私に雷属性の魔法を教えるよう申し出しに来たのは何となく察することができていた。
私としても雷属性を使える者が増えるのは嬉しいので快く許可した。
「フッ。だが客間で起きた事態は予想出来なかった。あれは面白かったものだ・・・」
客間で術式解放をした結果、ハインドは全ての潜在魔力を解放して全身に雷を発しながらこちらをじっと見つめていた。
執事のビンセントに至っては何故かそのまま倒れたくらいだ。
だか私は違った。
あの大量の乱れた光の道筋に、ぞくりとした危険とそれに伴う途轍もない面白さを感じてしまった。私とて学者の端くれだ。このようなものに魅せられて我慢出来るはずがない。
勢いでハインド君に研究の手伝いをして貰うよう頼んだら直ぐに承諾してくれた。
その後ミネから彼が不老不死のEXランクであることが連絡で告げられ、彼との研究に意欲が更に増してしまった。明日が楽しみだ・・・な・・・。
「・・・ま。・・ト様。グロムメント様!」
「ん?どうした?ユアン」
「どうしたも何も・・・今何時だと思っているんですか?」
「何だと?」
時計の短針は8を示していた。
そうか。あのまま寝てしまっていたのか。
そういえば今日は昼過ぎから領主会議があったな。アレに遅刻しない為にいつもなら6時に起きるのが普通だったのだが仕方ない。
私は寝癖を直して正装を着用しダイニングルームへと向かった。ユアンには全ての片付けを命令しておいた。ちと汚いが直ぐに済むだろう。
専属のコックは朝食を既に作り終えて使用人達の朝食を作っている最中だ。今日の夕食を注文しておきたいが後にさせて貰おう。
「スチムソン。ハインドはどうした?」
「ハインド様ですか?彼は今コックの手伝いをしていますが」
「何だと?彼は客人だ。何故手伝わせている?」
「彼が自ら志願しました」
「そうか・・・そうだな。いつも客人でいてもらう訳にもいかん。あとでユアンに彼の教育を頼みたい。言伝を頼んだ」
「料理長にですね。分かりました」
今日はアッサリとしたシーフードパスタか。私はこれが一番好きだがパセリがない。だが今日は昼過ぎから会議もある。今はピリピリしたくはないのだ。あの会議に出席すれば嫌味を言われ放題だからな。
クソッ。あの役立たずの守銭奴共が。思い出しただけでイライラしてくる。
もし不穏な動きを見せようものなら即刻断頭処刑してもいいものを。王の御前でやらかせば色々膿も出てくるがそうもいかないだろうな。
何せ国から給付される予算はあくまでも領主が使い道を決めるものだ。私が訴えたところで逆に嵌められる。
「グロムメント様?顔色が良くありませんが。如何しましたか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。スチムソン」
顔色に出てしまったか。領主ともあろう私が情けないことをしてしまった。使用人達にはあまり心配をかけたくない。
せめて会議に向けて護衛は欲しいところだな。護衛か。護衛・・・ハインドでいいだろう。あれ程の潜在魔力を所持しているのだ。信用は出来る。いきなりで彼には悪いが仕方ない。
「スチムソン。予定変更だ。王都に行く際に護衛としてハインドを連れて行く。伝えておけ」
「は、はい!」
私は全て食べたあと、自室に戻り身支度を始めた。
私自身気づくのが後になってしまったが、どうやら私は感情の起伏によって身体から雷を発してしまっている。シーフードパスタを食べている時にスチムソンがやけに怯えていたのはそれのせいだったのだろう。
今回の会議は定例会議だ。必要書類を作成して王都に向かわなければならない。この紙質の悪さにも毎度イライラしているが、今日は更に定例会議の他領主達も含まれている。
私を癇癪させる為の定例会議といっても過言ではないのだ!
「ウェスター伯爵。失礼します」
「ハインド君か。話は聞いているな?」
「はい。王都への護衛です。しかしそのような事は冒険者に依頼するのが普通なのでは?」
「私は冒険者を信用しない性格だ。依頼など出したくもない。だが会ってすぐとはいえ、君なら信用出来る」
ハインド君は既に自前の革ジャケットと私が貸出している服を着て準備は終わっている。
私も身支度は済ませてあるしユアンには部屋を片付けて貰っている。
それにどこから来たのかは知らんが彼はアルス王国に来るのは初めてだ。既に準備は終わっていることだし彼に王都を案内してやっても問題はないだろう。
「ハインド君。王都を案内しよう。定例会議にはまだ早いが私も器具の買い物があるのでな」
「はい!ありがとうございます!」
大きなトランクをハインド君に持たせメイドに馬車を呼ぶよう命令した。が、メイド曰く昨日から馬車は貸切に指定するという通達が出され今日は乗り合い馬車も貸馬車もないという。
迂闊だったな。まさかあいつら、こんな手を使ってくるとは。しかも近くの貸馬車屋は別の領主が管轄になっている。かなりの大型だったのだが仕方ない。
王都まで歩いて1時間強といったところか。昔、母に黙って王都まで歩いた時には泣き崩れ迎えの馬車に乗せてもらい父に精神的な雷属性の怒りを喰らった日が懐かしい。
私がハインド君に済まないが歩いていくと伝えたら彼はなんと自分のを使ってくれと言ってきた。確かに昨日、使用人達がざわついていた馬車があったな。最近奉仕にやってきた9歳の少女のリリアーナは馬がいないのに勝手に走ると私に言ってきた。勿論そんな馬車は存在しない。だがいざ目の前に出されると固まってしまう。本当だったらリリアーナに詫びとして王都の土産でも買うとするか。
「さあ。お乗りください。ウェスター伯爵」
「本当に馬なしで走るというのか?」
「ええ」
一瞬だけ車両が揺れて何かのノイズのような音を発し始めた。ハインド君は腰の近くにあるレバーを操作して円形の操縦桿のようなものを握ると車両が勝手に動き始めたのだ。しかも馬車よりも速くて謎の冷たい風がでてくる箱もある。こんなに快適な車両は初めてだ!
「凄い!これが馬なしで走る車両か!」
「はい。それと王都方面はどちらに?」
「ここを直進したあと右に曲がってくれ。そこからは道なりに行けば王都に繋がる」
「分かりました」
車両内から見た外の人々は驚愕していた。当たり前だ。まさか馬車の車両がひとりでに動いてるなど普通なら夢にも思わないだろうからな。しかも馬車よりも速いときた。
だが私がそんなことを考えていていつまでも感動に浸れる訳がなかった。
数分ほど走った頃、王都に入った私は自分の席の窓から止まっている馬車を見かけた。何人かの従者と共に一人だけ豪勢な服を着て食事をしている。あれは隣の領主だ。大型貸馬車屋がある方面の領主ではないが、奴は奴で横領しかしていない。民が文句を言わないのがまた素晴らしいとか言われているが所詮は貴族に金を与えて黙らせているだけだ。
大型貸馬車屋がある方面の領主は領主で民の意見は聞くが実行はするものの、自分達に有利な条件で政治をしている。
「どいつもこいつも・・・」
「ウェスター伯爵?如何なされましたか?」
「・・・ハインド君。先に言っておくが領主全員が私の様な人間だと思わん方がいい」
「それは一体どういう?」
「行けば分かる。私以外、全員が領主を継承している。いさかいは絶えん」
現状のアルス王国は5人中4人が領主を代々継承している。おそらく溜まりに溜まった財産もかなりあるのだろう。
そんな金があるなるば民の為の医者の一人も雇えるだろうに奴らは絶対にしない。自分達の金は自分達のものであり横領しても民から直訴されるか或いは王の小耳に挟んだりでもしない限り見つかることはないし見つけることこともできない。
地位というのは時に人の心を持って行ってしまうのだ。地位を取得する為に空回りして監獄に閉じ込められた奴もいれば罠に嵌められて処刑される奴もいた。
悲しいことに人間というのは気高い生き物ではないらしい。
奴隷排除批准条約を締結しているこの国ですら、未だに奴隷売買が行われていると父から聞いたことがある。嘘か真か?そんなことを調べる前に自分の身を守るので精一杯だ。
「金を欲する人は何故それを欲するのか?こんな質問されたこと、ありますか?」
ハインドは私にそう尋ねてきた。
「私はない。それが何かあったのか?」
「人は見栄を張る為に金を使います。領主という地位は金を貯めこむにはいいのでしょう。しかしウェスター伯爵。これは伯爵にも同じことが言えます」
私にはハインドの言っていることが一瞬わからなかった。
領主という金を貯めこめる地位。
たしかに私は確かに予算の数パーセントを研究費にまわしたこともあったが民の許可を得てから使っている。だが言われてみれば私も他の領主とやっていることは同じか・・・。
「ですが伯爵。貴方は違います。外を見てください。ここは王都ですが伯爵の領と比べてどう思いましたか?」
「そうだな。特に目立つのは職がない子供だ。私の領は職がない子供を出さないようにして今は一人もいないな。いつ出るかは分からんが」
「そこなんですよ。伯爵は金を『自らが治める領土の為』に使って『自らの領土の現状』という『見栄に近いもの』を張っています。しかし伯爵のいう他の領主達が使う『見栄』という宝石などの高級品ばかり。俺はそういう奴らを見て毎回思いますよ。こいつらは一体何の為に金を使っているのか?と」
ハインドの言葉に少し勇気づけられた気がした。
私としたことが何と情けない。使用人達には心配させ、会って2日目の客人に説教されてしまった。私がやっていることに間違いはない。間違いはないのだ。
ならば私がやるべきことは決まっている。魔法が使えない身でありながら手にいれた私とハインド君だけの魔術基礎属性『雷』。これを使わない手はない。
「伯爵。ちょっと前見てくれません?」
「む?」
目の前から来たのはやけに豪華な馬車。赤が特徴の大きな車両に二頭の強靭な筋肉が売りのホメリス馬。あれは王が出る時しか使わないはずの馬車だ。
「凄い馬車でしたね。アレも他の領主のですか?」
「いや、アレは王が直々に他の領土に向かう際に使われるものだ」
「定例会議に王様はいないんですか?」
「王の出席は基本自由だ」
定例会議が行われている城内の施設に入りトラックを馬車の車両が入る場所に置いておき私とハインドは会議室へと入っていく。
「これはこれは。貧乏学者のウェスター伯爵」
「また裏献金でもして新しい魔術基礎でも出すつもりかね?」
「これ以上はやめたまえ。君の名誉に傷がつくだろう?といってももう遅いか!ハハハ!」
「君も飽きないものだな。古臭い正装に身を包んで。ああ汚い。見るに耐えない」
私はもう一瞬で悟った。奴らには既に私の代わりとなる替え玉がいる。おそらく奴らの腹心の貴族だろう。
「よろしい。ならばこれが私の結論だ!」
私は左手から雷を出して右ポケットから投げナイフを出す。もしこれで何か別のことを言うなら私の考え違いだが・・・そんなことはなかった。
「そうか。大人しく引き下がらないと」
「落ちこぼれの分際でよくもまあ」
「やはりお前には底辺がお似合いだな」
「もう貴様は伯爵ではない。下賤の人間だ」
領主達が全員戦闘態勢に入った。周囲には護衛と依頼された冒険者らしき人物を含めて40人以上はいるだろう。だがもう引き下がれない。
私とて男だ。散るならばここで全てを焼き尽くしてやる!
「ウェスター伯爵」
「私はもう伯爵ではない。ただの平民だ」
「ではウェスターさん。俺も援護します」
ハインドが謎の兵器を出して領主達に向ける。あれがどのような物なのか、聞くのは生きて帰ってからでも遅くはない。
「待ちなさぁぁぁいっ!」
鎧をつけた馬と共に窓を突き破って来たのは謎のフードをつけた女性。しかし私には聞き覚えがある声だった。
「駄目じゃない旦那様。私も仲間にいれて?」
「ジュリア!」
ジュリア。私のたった一人の妻にして強大な火属性を扱う魔術師の名家の一人娘であり私の心の支えでもある。
彼女には助けられてばかりだ。
「話は何となく察するにそういうことね。なら早く始めましょう!」
ジュリアとハインドという素晴らしい仲間を味方につけた私はもう負ける気など一切ない。
「ジュリア。君は左を。ハインド君は右を。私は真正面から潰す。援護は任せた」
「分かりましたわ!」
「承知しました」
さあ。始めよう。断罪の戦いを!
いつもPV・ユニーク、ありがとうございます!
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