貴族連
かつて、エヴィロイドはエヴィロイド一族による世襲制が主流であった。
およそ200年前に国王として君臨していたベロト・エヴィロイドはある国が作り出したシステムを見習い、いわゆる民主制にしようと考えていた。国の政治を一族のみで行うのは、既に時代遅れであり国の安定性を損なうとしたからだ。
エヴィロイド一族は国の外交や最重要課題、式典にのみ参加し、残る仕事は全て民から選別されたエヴィロイド市民により、各室長として働く。
このシステムは今で言う議員に値する貴族連にも出された。
論議では問題点を提起した貴族もいたが、民主制にした方が一族世襲制より比較的安定することが分かり、移行に向けて準備が始まった。
無論貴族連の中にも反対派がいた。実際、自分が無能でありながら、何とか親の代から世襲することにより、食い繋いできた貴族もいたからだ。
そして、ついに恐れていた事態が起きた。
国王は暗殺され、王妃は追放。貴族連でも賛成派は粛清された。以降は国王名義で民に命令が下るようになり、現在に至る。
しかし逃げ延びた王妃は、貴族連が気づいていなかったのが幸いしたのか、元気な赤ん坊を産み、以降は息を潜めながら生活していた。
貴族連により王立騎士団は王妃暗殺の命を受けていたが、王立騎士団はエヴィロイド一族にのみ仕えると誓った身。王妃を発見し保護。そして王妃の遺品として身につけていた物を貴族連に見せることで、偽装に成功した。
貴族連はこれで我らも安泰、と思った矢先に暴走を始める幾つかの貴族間で歪みが発生。領土内を統括する最重要都市の上層部が仲間や身内を殺し合う有様となってしまい、治安上無事だったのは辺境伯等が管理する離れた領地だけになった。
数ヶ月に及んで粛清に次ぐ粛清が行われ、王宮に血が流れない日はなかったという。
自分達の保身を第一に貴族連は考えた。せめて我々だけの命令に従う人形がいれば、と。
「私は、私はこんなところで終わるわけには!」
《ドーヴ。貴様、しくじったか》
「ち、父上!申し訳ございません!しかし敵はあまりに強すぎて」
《やはりお前も出来損ない、というわけか》
「父上!も、もう一度機会を!御慈悲を」
《知らん。消えろ》
ドーヴはその場で串刺しとなり、果てた。
《これで、1586人目か。ドーヴ》
《ああ。今回も失敗だ。全く、私の名をよくも汚してくれた。アレは最悪の個体だった》
「フン・・・。それが貴様らの成れの果てか。貴族連」
歩いて入ってきたのはジョシュア。そして彼が足を踏み入れた場所には様々な宝石が立ち並び、白骨化した死体が転がっている。
その中心にあるのは6つの光る鉱石。魔法陣によって制御され、常に魔力が供給され続けている。その姿はさながら延命装置のようにも見える。
《貴様、何者だ⁈》
《ここは神聖なる場。立ち去れ!》
「立ち去る?何を馬鹿なことを。私、いや、俺がそんなことをするとでも?貴族連」
《貴族連を知る者、だと?姿が見えぬが、何処にいるのだ?》
「姿が見えない?ああ。当たり前だ。お前らには目がないからな」
《何を言っている⁈現に我々は生きている!》
《我々は身体を持ち、息をしているではないか!》
ああ。哀れだ。まさかこいつらは自分が生きていると錯覚しているのか。いや、信じ込まされているだけか。貴族連の話は王立騎士団から度々聞いてはいたが、まさか本当だとは思わなかったな。
魂の記録。ゴーレムに使用されているコアに生きているうちに己の魂を複写しておき、緊急時には作動するようになっている。中身にとって此方がどのような状況なのかはわからない。
ドーヴに関してもおかしいと考えていた。
王立騎士団の情報部隊によれば、ドーヴは貴族連の中でも魔術に長けていた一族の名前。だがそれも180年、いや下手をすれば180年以上前の人物。普通の人間が生きている訳がない。
しかもその長けていた魔術というのが、人工的に作られし人間。ホムンクルス。
命令が絶対であるとして教育されてきたホムンクルスならば、あのようなこともできるだろう。
ここまでやるとは、貴族連も往生際が悪い。
「貴族連。お前らは亡者だ。生きていないはずの人間だ。ホムンクルスを作り、魂を複写してまで何故生きていたいと考える?」
《我々が亡者であると?君は面白い人間だな!》
《ウェストルム。静かにしろ。貴族連を知る者、ということは王宮関係者か?》
「ああ。そうだ」
《名を、何という?》
「ジョシュア・エヴィロイドだ」
《エヴィロイド、だと⁈》
《王立騎士団め!我々を出し抜いたか!》
《王立騎士団を解散させる議決を取る!異議を唱える者はいるか⁈》
《《異議なし!》》
《王立騎士団は解散にする!》
何がどうなっている?何故今更になって王立騎士団を解散させようとしている?そもそもそんなことができるはずがない。
彼らは何を、何の為にこんなことをしている?
《早く!早く!我々はここで尽きてはいかん!決議は通っている!さあ!解散するのだ!》
違う。彼らは、ただ喋る骸だ。彼らに意思というものは存在しない。魂を複写していても、こんな無機質な『物』達が決められる筈がない。
恐らく彼らは180年以上前から魂の時が止まっている。あの王宮に血が流れない日がなかったといわれた、あの時から。
哀れを通り越して、もはや恨みすら感じなくなった。自分達のためだけに無用な命を生み、失敗しては再び作り出すの繰り返し。
そして俺、いやエヴィロイド一族はこんな奴らの為だけに、180年前から奪還計画を受け継いでいたと?考えてみると馬鹿らしくなってくるな。
「亡者達よ。もういい。仕事はしなくていいんだ。180年以上前からよくやってきた」
《・・・エヴィロイドの末裔よ。我らに、このドリスにも安らぎを与えるというか》
「ドリス・・・?お前、ドリス・クアイエルなのか?あの哲学者一族の」
《左様。エヴィロイドの末裔よ。仮にその180年が正当だとするならば、貴殿は4いや6代ほど先の王族か。貴殿が我々に恨みを持つ理由は知っておる》
「他人に、それも俺ら一族を追いやった奴ら何ぞに恨みを諭されたくはない。同情も要らん」
《・・・貴殿の論は最もだ。故に、かつての臣下として、裏切りの謝罪と共に貴殿に進言する。人は、二度死ぬ。一度目に肉体。二度目に記憶。そう。我らは既に二度死んでいる。180年前の貴族の名など、既にこの世から消えている。我ら貴族連は、力を独占するが故に子すら作る事が許されておらん》
「ドリス。違う。お前は」
《ここまで言って、分からぬ貴殿ではあるまい。エヴィロイドの末裔よ。亡者は、決して生者であってはならないのだ》
違う。ドリスはああ言っているが、この世には存在しないが故に彼らは亡者ですらない。己による業が己に帰ってきただけだ。
死後も権力を欲するが為だけに、己で己を封じ込めた。それも時が流れないまま180年。感情など、そんなものはもう彼らにはないのだろう。それに普通に生きている人間だとしたら、もう精神はズタボロのはずだ。
エヴィロイド一族の長きに渡る復讐計画が、ある意味で達成され、ある意味で失敗した瞬間だと俺は感じた。
・・・俺は、私は彼らを介錯する、いや、しなければならない義務が存在する。一個人としてではなく、復讐計画として、王族としての義務。
上の責任は下の責任であり、下の責任は上の責任。つまり私には王族として貴族連を暴走させた責任がある。
「一族として、義務は果たす。それだけだ」
私はビッグサルから借り受けた剣を鞘から抜き、ゴーレムコアに近づいて行く。一歩一歩を踏みしめながら、ゆっくりと魔法陣の中へと入る。
「一族の因縁。これを以って、絶つ!」
横に一振りした瞬間、真っ二つに割れたゴーレムコアから魔力が放出されていき、光の粒子となって消えていく。彼らの魂は、魔力によって強制的に生かされていた。また、同時にエヴィロイド一族との因縁も強制的に繋げられていた。
しかしこの瞬間を以って、一族との因縁は無くなり全てが終わった。国を奪い返し、かつての国王が望んだ流れへと変わる。
エヴィロイドは、やっと未来を手に入れたのだ。
「父、上・・・。否・・・。私は、私は終わる、のでは、ない」
串刺しになって息すらしていなかったホムンクルスのドーヴが動き出す。ジョシュアは、ただ驚愕の目をしたまま動くことができなかった。
「馬鹿な・・・心臓を貫かれていた筈だ。なぜ動く⁈何をするつもりだ⁈」
「エヴィ、ロイド、一族。王族ノ、末裔ヨ。我ト・・・」
「まさか・・・!」
「地獄へ、共ニ、オチロ・・・!」
ジョシュアは、ある一つの事実に失念していた。
ホムンクルスドーヴが逃げ込み、ビッグサルことハインドが戦闘を行なっていた地下空間は、ありえない構造でも常に安定した状態を保っていた。それこそハインドがぶち抜いた天井も、本来なら崩れる筈なのに、穴が空いた場所付近は物理的にあり得ない位置で固定されていた。
地下空間は、魔力により物理法則が無視されており、その状態を維持しているのは魔法。そしてその魔法を作り出したのは、他でもない貴族連。
彼らの指示一つで、安定していた地下空間は崩れ始め、直ぐに崩落する。
逃げ出す余裕など、ある筈がなかった。
「・・・ビッグサル。ファローズ。皆。すまん。どうやら、俺はここまでのようだ」
崩れゆく地下空間に、逃げずにただ一人佇むジョシュア。
「ああ。せめて最後に・・・国を、閉ざされてない本来のエヴィロイドを・・・見たかった」
次の投稿は3月20日を予定しています!
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