009 「本日は晴天。絶好の洗濯物日和です」
――バレエ教室に通い始めてニ週間も経つと、大きく変化した美咲の環境も、だいぶ落ち着いてくる。同じ時間にレッスンする仲間の顔ぐらいはわかるようになるし、ストレッチの手順や、バーレッスンのときの足の形なんかも大方覚えた。
そしてなにより、一番変化しておきながら一番早くに慣れたのが、
「夏休みだー!!」
頭上を見上げ、両手を大きく広げて入道雲めがけて叫んだ真太郎に、美咲は数歩うしろから「おー」と生返事した。
「なんだよぉ、美咲、テンション低いなあ」
「おまえが高すぎなんだよ。だいいちソレ、毎日言ってんじゃねぇか」
「でも夏休みなのは事実だろ。それに、きょうは大事な決戦の日! テンションあげなきゃやってられないぜ!」
「それなんだよなぁ」と、美咲は一人嘆息した。気が重い。せっかくきょうは天気も良くて、バレエのレッスンも休み。外遊び日和なのに、自分はなぜこんなことに付き合わされているのか。
『それは俺たちから説明してやろう!』
なぜか蝶ネクタイにタキシード姿の悪魔みさきが現れて、ふんぞり返ってそう言った。
『というのも、真太郎の妹、亜紀ちゃんが原因なんだよね!』
『その通り! 亜紀が京介と遊園地に行くらしいってのを聞いた真太郎が、美咲に尾行のお供を言いつけたんだぜ』
そこまで聞いて美咲は、ちび美咲たちを追いはらうように左手を軽く振った。その話はもう十分だ。
「男が隠れてこそこそ親友のあとをつけるなんて、くっそだせぇ」
「美咲―? なんか言ったかー?」
「なんでもねぇよっ」
「くっそだせぇ」とは思うが、断って真太郎だけを行かせることの方が問題だ。京介が亜紀のことをどう思っているのかはわからないが、真剣に付き合っているなら美咲的には「いいことじゃねぇの」と思うし、「頑張れよっ」と応援もしてやりたい。
そのためには、真太郎について行って、二人の仲を邪魔したがる彼をさりげなく阻止しなければならない。それが男の友情ってもんだ。
「美咲、早く行こうぜ!」
「おうっ」
七月下旬。
踏みしめたアスファルトはじりじり焼けただれていて、道路に蝉が喚く声が甲高く響いていた。茹だるような暑さの中で、美咲の耳には「本日は晴天。絶好の洗濯物日和です」と言っていた天気予報士の弾んだ声がこびりついて離れない。
「やっべぇ……干すの忘れてきちまった」
厄日かもしれないと、美咲はがっくり肩を落とした。