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004 真太郎博士の容姿分析ー『中性的? 女顔!』

「疲れた顔してんなあ、みさっちゃん」

「だれがみさっちゃんだゴラァ!!」

「ちょ、どこのヤンキーだよ」

 翌朝。席がもう半分ほど埋まっている教室にかったるげに入った美咲は、そこで非常に不本意なあだなを耳にした。

〝みさっちゃん〟だ。

 これは小学生のときに、とある同い年の男子からつけられたあだなだが、それは次の日にはもうクラス中に広まっていて、けっきょく小学校を卒業してからも呼ばれ続けている。せまい街だから仕方がないが、朝から最悪だ。

「胸糞わりぃ」

 と渋面を作れば、つるんでいるクラスメートの真太郎は「悪い悪い」と悪びれた様子もなく片手で拝んだ。

「ホントちゃん付けで呼ばれんの嫌いだな、美咲。別にいいじゃん? 呼び名くらい」

「てめぇは〝真ちゃん〟って呼ばれてもいいのかよ!」

「え? 美咲なら?」

「きめぇ!」

「ははっ」

 冗談を言い合いつつ、美咲は机上に肩に担いでいたかばんをほうった。

 真太郎の席は美咲のうしろなので、必然的に向かう方向は一緒だ。真太郎が席についたのを確認して、美咲も椅子にうしろ向きにまたがって、背もたれに腕とあごをだらんと乗せる。

「でもさあ、美咲、冗談抜きに黙ってれば可愛いのになあ」

 きょうの数学の課題の話をぼそぼそしたあと、真太郎が急に変化球を投げてきた。あまりのキレに美咲はキャッチし損ねて、椅子からずり落ちる。

「あァん?」

「凄むなって。いやさ、さっき女子が美咲の顔が好みって話をしてたから、なんだかなーって思ったわけ」

顔が好み、とわざわざ強調するあたり、それ以外は好みじゃないということなのだろうか。

 あだなの件ですでに急降下していた美咲の機嫌は、いまの心理的ダメージで浮上不可能なところまで落ちに落ちていった。

「で、オレも考えてみたわけさ」

「なにをだよっ」

「だからキレんなって。美咲の顔についてだよ」

「……おまえ、よっぽど暇なんだな」

「逆に中学一年男子で忙しいやつっているのか?」

 そう言われると言葉に詰まる。確かにそうだ。美咲も普段は、メシやゲームや漫画や、サッカーのことしか考えていない。

「くっそ! そうだな!」

「だろー? だからまあ、暇つぶしにはいいかと思って」

「人を暇つぶしの道具にすんじゃねぇ!」

「まあまあ落ち着けって。聞けよ、オレの考察を」

「…………」

 真太郎は博士にでもなったみたいに、コホンと一つ咳払いをしてから、ぴんと人差し指を立てた。

「うちのクラスにはさ、橘晴一っつー〝男の娘〟代表がいるだろ?」

「……橘もそんなボロクソ言われて、さぞ不本意だろうな」

「そうかぁ? ま、そんなのどうでもいいんだけどな」

「おいっ」

「で、その橘なんだけどよ。アイツ、どちらかと言えば中性的な顔立ちだろ?」

 美咲は首を巡らせて、斜め前で開閉する教室のドアの方を見やった。一番前に座って静かに本を読んでいるのが橘だ。確かに大人しいやつだし、少年特有の危うさとアンバランスさが、どっちつかずな性の魅惑を醸し出しているような気もしないでもない。

「あれは俗にいう『儚い系男子』にカテゴリされるとオレは思っている」

「カテゴリなんてあんのかよっ」

「それに比べて美咲は、中性というよりは女顔だ」

「ざっけんなてめぇ!! おれのどこが女顔だってぇっ」

「ちょっ、自覚ないのかよ! そんなチャラい恰好してるし、てっきり気にして服装を男らしくしようとしたら、なんかヤンキーっぽくなっちゃった、ってことなのかと思ってたんだけど?」

「そうだよ! わかってんなら傷口えぐるんじゃねぇよぉぉぉぉ」

 つらい。これはどんな虐めだ。真太郎が「あーごめんって。美咲は可愛いから、何も心配することねえよ」と苦笑して宥めてくるのが、またさらに美咲をみじめにさせる。

「よけい心配なんだよっ」

「これでもオレ、お前のこと褒めてんだぜ? 目はおっきいし、ちょっと吊りぎみなところとか、勝気なお前らしくてすっげえいいと思うし――十月にさ、文化祭あるだろ」

「……なんだよ、急に」

「せっかくこんな優良物件が揃ってんだからさ、クラスの出し物、オレ、『オカマ喫茶』って提案しようと思って」

「優良物件っておれのことじゃねぇよな! つーか、絶対そんなん意見で出すんじゃねぇぞ! じゃねぇと……削ぐ」

「なにを!?」

 とっさに急所を押さえた真太郎の顔があまりに滑稽だったので、美咲は少しすっとした。

「ったく」

「あーあ。黙ってれば、下手な儚い系男子より女子受けもいいだろうに。そんなヤンキーみたいな恰好して、口も悪いから、女子がみんな怖がって寄りつかないんだろうよ。もったいない」

「るっせえよ! てめぇだって人のこと言えないだろっ」

 真太郎は、シャラシャラキラキラという効果音が似合いそうな派手めなイケメンの京介とは違って、どちらかと言えば、物静かそうでシャープな感じの美形だ。眼鏡だってかけているし、制服だってきちんと着こなす真面目な優等生。

 それでも美咲と一緒でモテないのは、口を開けば「妹ちゃん、妹ちゃん」のシスコンをこじらせた残念なイケメンだからだ。

「俺は妹ちゃんにだけモテてればそれでいいんですー」

「でも亜紀、京介のこと好きなんだろ?」

「それを言うなよぉぉぉぉ」

 真太郎の二つ下の妹の亜紀は、いま小学五年生だ。そんなに歳の変わらない美咲から見てもずいぶんませていて、こと恋愛に関しては、大人顔負けの駆け引きを見せることもあるらしい。

 一度、真太郎の家に遊びにいったときに、なりゆきでついてきた京介にどうやら一目ぼれしたそうで、それから二人は頻繁に連絡を取り合っていると聞いた。妹ごとには被害妄想の強い真太郎情報だから、本当のところはどこまでの仲なのか、わからないが。

「今度なぁ、妹ちゃんが京介さんとデートするってぇ」

 美咲をからかっていたときから一変、ぐずぐず泣いて机に突っ伏す真太郎に、たいして興味もない美咲は「ふぅん」とそっけなく相槌をうった。

「ちょっとひどくね!? 話ぐらい聞いてくれたっていいじゃん」

「うっせ」

 タイミングよくチャイムが鳴ったので、美咲は前向きに椅子に座りなおした。うしろでまだ真太郎がうだうだ言っているが、気にしない。そんなことに構っている暇は、いまの美咲にはないのだ。なんたって、きょうの昼休みには、あの女が突撃しにくるにちがいないのだから。

「ちっくしょ、あの女、母さんまで味方につけやがって」

 美咲の『写真を取り返し、早々に逃げる』という計画は、その日のうちに破綻した。レッスンを見学したあと、しれっと美咲の家までやって来た服部は(実は家はそんなに離れていなかった)、可愛いもの好きの母さんに「息子さんに、衣装できゃわいい格好させ放題ですよ!」と嘘八百――なのかはバレエについて無知な美咲は知らないが、とにかくテキトーなことを言って丸め込んでしまった。

 服部のポテンシャルを舐めていた美咲の完全敗北だ。

 写真も何度か取り返そうとトライしたものの、野生動物並みの勘で尽く回避され、未だ成せていない。きのうはもう、散々な一日だった。

「くそっ、あのアマ……」

 美咲の悪態は、担任が入ってくるのに気がついた日直の、「きりーつ」という抑揚のない号令によってかき消された。

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