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001 「こんにちは。突然ですが、世界征服に興味はありますか?」

「こんにちは。突然ですが、世界征服に興味はありますか?」

 そう言って威勢よく机に両手をついた女の名前を、美咲は知らなかった。だからこのとき、まず思ったのは「だれだこいつ」だ。

 五時間目の体育のあとのHRがおわって、美咲は自分の席で日誌を書いているところだった。

 放課後の教室はがらんとしていた。一人ぐらい生徒が残っていてもよさそうなものだが、この日はなぜか、美咲は一人ぼっちだった。

 窓際のうしろから二番目が、美咲の定位置である。そこで、踵をすっかり履き潰してしまったうわばきをパコパコ音させながら、頬杖をついて、美咲は〝きょうの一言〟を考えていた。

 そんなときに、ふっと湧いて現れたのが、この女だ。

 わずかに傾いたおひさまが、その知らない女の横顔を照らしていて、置かれた手を辿って顔を上げた美咲は、悔しいけれど少しだけ見惚れた。仕方がない、美咲だって男だ。〝美咲〟なんて女みたいな名前でも、中身はれっきとした一人前の男なのだ。

「女と二人っきり!」

 と、心の中で美咲は叫んだ。女子と二人になることなんて、そう滅多にあるもんじゃない。日々、サッカーボールを追っかけているか、コントローラーを握って格闘ゲームにいそしんでいる中学一年男児なら尚更だ。

 入学してから六月のいままで、美咲は用事以外でクラスの女たちとはまったく話したことがなかった。そのせいで、このとき急に、しかも他クラスの女子に話しかけられて、美咲がきょどったことは想像に難くはないだろう。

「…………」

 ただ幸いにも美咲は、小学校時代にいろいろあって、本心を悟らせず、自分を強く見せることに非常に長けていた。だから、いままさに、有頂天の内心とは裏腹に、美咲は反射的にメンチを切った。

 美咲がよくツンデレと勘違いされる理由はコレだ。心と行動が伴わないのだ。

 名前も知らない美少女は、鋭い視線に怯むこともなく、なにも言わない美咲に焦れたようで、もう一度「こんにちは。突然ですが、世界征服に興味はありますか?」と、壊れたラジオみたいに同じセリフを繰り返した。

 そこでようやく我に返った美咲がなんとか発した一言が、

「あァ?」

 だいぶガラが悪くなってしまった。さすがに「女相手にこれはまずかったか」と思い直して、

「あー、えっと」

 なにかフォローの言葉を入れようと口を開けば、それより先に、見知らぬ女がまるでミュージカルの女ヴォーカルみたいに、歌うように高らかに名乗った。美咲は阿呆づらになる前に、ぽっかり開いた口を慌てて引き結ぶ。

「思えば名前を言っていませんでした。わたしは1‐Aの服部律子。律子と呼んでください」

「は?」

「ああ、あなたの自己紹介はけっこうです。1‐B出席番号18番、七夕生まれのO型、左利き。好きな食べものはシュークリームで、運動はけっこう得意な里谷美咲くん」

「なんでそんなことまで知ってんだよ! 怖ぇよっ」

「調べましたから」

 さらりと「調べましたから」とか言われて、美咲はぞっとした。まさかこの女、変人なのか。

嫌な考えがよぎって、ごくりとつばを飲みこんだ。これが俗にいう『テーソーの危機』ってやつかもしれない。完全に気が動転した美咲の脳内で、デフォルメされた、ちいさな天使みさきと悪魔みさきが交互に『ストーカー! ストーカー!』と叫んでいた。

「さて、あまり時間がありませんので、本題いいですか?」

「な、なんだよ」

 ストーカーもとい1‐Aの服部律子が、こほんと一つ咳払いする。

「里谷くんは世界征服についてどう――」

「知るかぁ!」

 そう叫んで、美咲は脱兎のごとく教室から飛び出した。足にはそれなりに自信がある。小学生のときもずっとリレーの選手だったし、何度もいろんなクラブに助っ人にだって呼ばれたくらいだ。

だから逃げ切れると思ったのに、

「へ?」

 傾ぐ上体。眼前に迫る薄緑の廊下と白線。踏み出した左足が宙に浮いてから、ようやく美咲は、なにかを踏んで滑ったことを理解した。まずい!

 べったーん、とギャグ漫画みたいに派手に転んで、美咲は地に伏した。廊下で完璧なヘッドスライディングをキメてしまった。

 なんとか起き上がって、痛む額をさする。後方に視線をやれば、雑巾と――にっこり笑う女の姿があった。

「くそったれ!」

 美咲はひどい悪態をついた。この女、相当計算高い。本気で身の危険を感じた。

遥か彼方に吹っ飛んでいた通学かばんを猛スピードで拾って、美咲はまた走り出した。まるでひったくり犯の手腕だ。

 本能が「逃げろ、逃げろ!」と警鐘を鳴らしている。後ろを振り向く勇気なんてないから、あの女が追いかけてきているのかはわからない。

 とにかく美咲は、逃げて逃げて逃げまくった。ふと、この間テレビで見た『メンヘラ女特集』を思い出す。あれは、なかなかに鳥肌ものだったが、きょうほど鳥肌が立つことは、きっと生涯ないだろう。

 頭の中で、ふいに『天国と地獄』が流れ出した。アレを聞くと一気に運動会っぽくなるから不思議だ。

 男子200m走の気分で、兎にも角にも廊下を全力疾走していたら、

「里谷ァ! 廊下は走るなァ!」

 担任の日下のがなり声が響いてきた。

「へーいっ」と返事しながら、さらにスピードを上げたところで、美咲は「やっべぇ」と、『メンヘラ女特集』よりも重要なことを思い出した。むしろこっちの心配を真っ先にすべきだった。

日誌だ。書きかけの日誌を教室に放置してきてしまった。

 天使みさきが言った。

『どうする? 美咲、戻る? やっぱり日誌はしっかり出さなくちゃ……だもん、ね?』

 正論を言うわりには、かなりへっぴり腰な天使みさきの声。ストーカー女の待ちかまえる変態の巣窟には、天使みさきだって戻りたくないらしい。

 美咲も弱気になったところで、悪魔みさきがさらに追い打ちをかけてきた。

『やめとけ、危ねぇよ! やっぱり自分の命は大切にしなきゃ、だろ? 日下だってわかってくれるさ』

 美咲の心は一つになった。

「止まれ里谷ァ! そう言えばお前、日誌はどうした!」

「きょうはむりなんすよ! 教室にやべぇのがっ」

「やべえの?」

 それだけ言って、陸上部もびっくりのトップスピードで、美咲は日下の前を通り過ぎた。その背中を、日下の驚いたような独白が追いかける。

「ゴキブリでも出たのか?」

 ふつうの女教師なら口に出すのでさえ嫌がりそうなものなのに、このときの日下は平然としていた。モノローグには、とくべつ恨めしく思っている様子も、生理的嫌悪感に辟易している様子もなくて、ただ目の前の事象を事実として受けとめているような響きを持っていた。

 この女教師はいつもこういうスタンスだ。とくになにかに肩入れすることはなく、常にひょうひょうと立っている。

 だけどこういう性格は、美咲は嫌いじゃない。

 コーナーを曲がってあらわれた階段を、二段とばしで駆けおりた。階段を下りれば、正面はすぐ昇降口だ。走りながら片方ずつうわばきを脱ぎ、靴下で下駄箱までラストスパートをかける。

「うおっ」

 危うく横倒しにすっ転びそうになって、美咲はわずかにスピードをゆるめて、両手でバランスを取った。靴下で廊下を駆けるのはかなり滑る。思いかえせば、小学五年生のときにもこんなことがあった。昼休みの廊下、靴下で追いかけっこをしていて、転んだあげくに壁の角に頭をぶつけた苦い思い出だ。

 あのときについた額の傷あとはいまもくっきり美咲に刻まれていて、美咲の密かに囁かれている元ヤン疑惑に一役買っている。

 幼少期の経験から、男らしくありたいと人一倍思っている美咲は、

『ぎゃ――!! 美咲の顔に傷がぁ』

 と、卒倒した母さんには悪いが、この傷について、実はそんなに否定的ではなかった。勲章とは言わないまでも、男前の顔にまた一歩近づいたと(周囲がその意見に賛同しているかはともかく)思っているので、廊下で滑って転んだことも、あらためて考えればそれほど苦い思い出ではないのかもしれない。

 あれこれ考えていたら、ボックスに入ったところでうわばきに履きかえようとしていた生徒と派手にぶつかった。

「ってぇ」

「だ、大丈夫かい?」

 思わず尻もちをついた美咲にその男子が手を差し出してくれる。ぶつかった弾みで床に散らばった青いラインのうわばきに自然と目がいって、ぶつかった相手が二年生だとわかった。

『敬語使えよ、美咲』

 と、すかさず脳内で注意してくる悪魔みさきに頷きつつ、差し出された手を「あ、すんません」と取って顔を上げると、

「あれ? 美咲?」

「京介!」

 親友の澤村京介が、いつもの爽やかスマイルで立っていた。

「一学年違うのに、親友なんておかしくねえ?」とはクラスメートの言葉だが、そう言われたとき、きまって美咲は「幼稚園からのつきあいだから」と返している。

 京介は、背が低くて女顔で、おまけに名前も女みたいだとからかわれ、売られたケンカを買いまくっていた小学生時代から、美咲にとっては唯一の良心だった。

 要は、すごくいいやつなのだ。

「わりぃ、京介」

「平気だよ。それよりどうしたんだい、美咲。そんな慌てて」

「や、実はさっき教室で――」

「さすが、運動が得意なだけあって足早いですね、美咲くん。追いつくのに少し時間がかかってしまいました」

 いつの間にか下の名前呼びになっているのを指摘する余裕もなく、いきなりうしろから声をかけられて美咲は飛び上がってビビった。

「ぎゃあぁぁぁぁ」

 と腰を抜かして、横のロッカーと震えながらお友達になっていれば、

「もしやホラー系は苦手ですか? 覚えておきます」

「美咲? そこは美咲の靴箱じゃないだろう?」

 と、二人が二人して別ベクトルにズレた反応を返してくるので、もう美咲は泣きたくなった。天使みさきはすでに脳内で号泣していた。

「二年生の先輩ですか。はじめまして、美咲くんの知りあいの服部律子です」

「あ、どうもご丁寧に。2‐Dの澤村京介です。いやあ、美咲にこんな可愛い知りあいがいたなんて。じゃあ僕はおじゃまかな? おじゃまだよね! 僕もう行くね、美咲。服部さん、どうぞごゆっくり」

「じゃまじゃない! じゃまじゃないからっ」

 叫んでも、京介は、瓶に入ったラムネみたいにしゅわしゅわ涼やかに笑って、手を振るだけだった。いまその女子受けするイケメンスマイルはいらない。まったく望んでない。

 京介のサッカーで引き締まった背中はどんどんちいさくなって、しまいには用具室の中へと消えていった。

「さて、ようやく話ができますね。もう、逃げるなんてひどいじゃないですか」

「は、服部……」

 ここで「す、ストーカー……」と言わないだけ、美咲は自分のメンタルの強さを褒めてあげたかった。

「律子、と呼んでくださいと言ったじゃないですか。ふざけてるんですか」

「ふざけてんのはおまえだよ、服部!」

「だから律子だと」

「とにかくっ」

 ストーカーを下の名前で呼んで喜ぶ性癖は持ちあわせていない美咲は、なんとかして話題をそらそうと矢継ぎ早に言葉をつづけた。

「おまえさっきからなんなんだよ! 世界征服とか、電波? サイコパスかよっ!?」

「美少女のくせに電波とか、残念すぎるだろ」と、そんなかなり失礼なことを考えながら、ようやく美咲は服部のことを真正面から見つめた。

 体つきは、かなりすらっとしている。一年生女子にしてみれば、背もかなりありそうだ。正直、小学生のときから、たいして大きくならなかった美咲は隣に立ちたくない。

 顔立ちは、じいちゃんの家で見た日本人形みたいな和美人で、おろした黒髪は長く、センター分けの前髪も、あごぐらいまでの長さがある。やっぱり俗にいう美少女だ。サイコパスかもしれないけれど。

「失礼な。電波じゃありませんよ」

 服部は、外国人みたいにキザに両手を広げて、肩を竦めてみせてから、美咲の前にしゃがみ込んだ。

「もう埒が明かないんで、勝手に話させてもらいますね」

「お、おう」

「わたしが美咲くんを知ったのは、実はついさっきなんです。五時間目の体育、AとBで合同だったでしょう?」

「あー……だな。でも、それがなんだって言うんだよ」

「準備体操で開脚のストレッチをやったとき、わたし驚いたんですよ。美咲くん、あんまりにも体が柔らかいから」

「げぇ」

 その話題は、美咲にとっては一番避けたいところだった。必然的に、幼稚園時代から親にむりやり習わされていた、新体操の話をしなければならなくなるからだ。中学にあがってようやく新体操から解放されたのに、なんでまた女扱いに拍車をかけていた黒歴史を、掘り起こさねばならない。

「……お前もそーゆー系の、なんかやってんのかよ」

 早く話を切り上げたくて、投げやりにそう言うと、服部は「待ってましたっ」とばかりに頷いた。

「〝モダンバレエ〟ってご存知ですか?」

「バレエ? なんとなくな。『白鳥の湖』とかだろ」

「それはおもに〝クラシックバレエ〟と呼ばれるジャンルのものですね。ほら、あれでしょう? 腰まわりで広がったフリルの衣装を着て、硬い靴の上でつま先立ちしたり、まわったりする……」

 服部は腰に手をやって、ふわっと広げる仕草をしてみせた。

「おーそれそれ」

「あの衣装は、チュチュと言います。靴の方はトゥシューズです。まあ今は〝クラシックバレエ〟の話をしているわけではないので、それは置いておいて、わたしが言いたいのは、バレエはバレエでも〝モダンバレエ〟の方なのですが」

「は? なにか違うのか?」

「ぜんぜん違いますよ! 〝クラシックバレエ〟は、古くからある洋舞踊です。格式を重んじ、振り付けや衣装には、決まった型というものがあります」

「へぇ」

「逆に〝モダンバレエ〟は、自由を重んじるバレエです! 振り付け、衣装はもちろんのこと、テーマや曲に至るまで、すべてがバレリーナの采配によって決められます」

「ふぅん。で、おまえはなにが言いたいんだよ」

「美咲くん」

 服部にいきなり両手を握られて、美咲は不覚にもどきっとした。美少女に手を握られて、胸躍らない中坊はいないだろう。それがたとえ元ストーカーで、元? いや現電波であったとしても。

 服部がそのままぐいっと引っ張ったので、美咲はそれに逆らわず、立ち上がった。夕焼けで、橙色に染まった放課後の下駄箱。向かい合って手を握りしめあう(この表現には若干の語弊があるが)男女。

 場所だけはロマンチックなここで、一瞬ときめいたあとの美咲の心情は、さながら宣告を待つ死刑囚のようだった。いままでの話の流れで、これからなにを言われるのかは、だいたい予想がつくってもんだ。天使みさきと悪魔みさきは、すでに二人で仲良く絞首台に乗っている。

 服部は美咲の心も知らず存ぜず、少女漫画のクライマックスのヒロインみたいに、頬を染めて、柔らかく微笑んでこう言った。

 ちなみに、なぜ美咲が少女漫画の話ができるのかは触れてほしくない。

「わたしと一緒に、バレエをしませんか?」

 残念、里谷美咲死刑囚に情状酌量の余地はなかった。死刑執行だ。

 いま眼前で、目をピカピカ輝かせて美咲を見つめているこの女は、微塵たりとも美咲が断るとは思っていない様子だった。自分がちゃんとお願いすれば、叶わないことはないとでも言いたげな、傲慢で、無邪気な、子どもみたいな真っ直ぐな視線。

『美咲も子どもでしょ?』

『るっせぇ! おれはもう、子どもじゃねぇよ!』

『子どもだろ?』

『だーまーれー!!』

 罪悪感を感じないわけではないけれど、美咲にとってもこれは男の意地と沽券に係わる問題だ。いま勢いに押されて頷いてしまえば、非常に大事なものを失う気がする。なんか、こう、男らしさというか、そんなもの。

 美咲の小学時代のトラウマNO.3が脳裏に甦る。いままで必死に忘れようとしてきたのに、その努力むなしく、こうも簡単に復活してしまうとは、人間は本当に忘却の生き物なのか、かなり怪しい。

「里谷って、やんちゃな女みたいだよな」

 クラスメートにこう言われたときの衝撃は、バズーカ並みの攻撃力を持って、当時の幼い美咲を襲った。あまりにショックすぎて、しばらく寝込んだくらいだ。

 女人口の多いバレエなんて始めてしまえば、中学三年間も「女みたい」言われつづける日々が、美咲を待っているに違いない。

「…………り」

「ん? なんですか、美咲くん」

「むりに決まってんだろバカヤロ――――!!」

 肝試しでもこんな走ったことないというスピードで、美咲は服部に背を向け、出口に突っこもうとした。

「待ってください!」

「ぐえっ」

 きょうほど学ランの下にフード付きのパーカーを着ていたことを、美咲は恨んだことがない。ばったんと大きな音を立てて、うしろにひっくり返った美咲に、服部は馬乗りになって、

「まあまあ、これでも見てください」

 と、紙切れを差し出した。よく見ると写真だ――って、

「てんめぇ! なんでこんなもん持ってやがるっ」

 思わず胸ぐらを掴んで凄んだ美咲に、服部は、先程とは打って変わってあくどい笑みを浮かべた。完全にラスボスの顔だ。くっそ、だまされた!

「可愛いですねえ、美咲くん。これ、幼稚園ぐらいのときの写真ですよね?」

「うるっせえ! よこせ、よっ」

「わたし、新聞部に知りあいがいるんですけどね?」

 急な話題転換に、美咲は虚をつかれた。なんだか嫌な予感がする。「あーん?」と美咲が威嚇すると、服部はさらに口角を釣り上げた。

「このお姫さまみたいな恰好の写真、校内にばら撒かれたくなかったら、わたしのお願い聞いてくださいよ」

 脅迫された! この女、どこまでも性根が腐ってやがる!

 美咲は恐怖に打ち震えた。これが校内新聞に載ったときを想像して絶句する。

「わたし、美咲くんがバレエをやってくれないと困るんです」

殊勝そうな顔はしているが、美咲はもう信じない。これもきっと同情を誘う演技だ。

「おれの知ったことかよ!」

「美咲く―ん?」

 目の前でちらつく写真。

 美咲は口を閉ざして、服部を覗った。見つめ返す服部。この眼は本気だと美咲は確信した。

「……とりあえず、話だけは聞いてやるよ。やるかやらねぇかはそのあとだ」

 最後の足掻きとばかりにこんな言い方をしたが、服部は気にした様子もなく、

「ありがとうございます!」

 と、心底嬉しそうに笑った。こんな理不尽な目にあっているんだから、ここで『だいしゅきホールド』を期待したってバチは当たらないと思うけれど、残念ながら、勢いあまってそんなことにはならなかった。悲しいかな、これはラブコメではないのだから仕方がない。

「それより世界征服の話はどうなった?」

「ああ、それはのちほどお話しします」

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