008 休日
昨夜は汗も流さず羽目を外しすぎた。お蔭で何時もは目覚めている筈も今朝ばかりは、シャルロットもまだ、ご就寝中だった。
「考えてみたら、出会って以来初めてシャルロットの寝顔を見詰ているな……可愛いじゃないか。マツ毛は長いし、二重まぶただし……どうしてこの世界の女性達は化粧も無しの素顔で綺麗なんだろう」
気が付けば、手の甲でゆっくりと優しくシャルロットの頬を撫でている自分が居る。結婚生活約二十年妻にはこんな事をした記憶が無い。此処で出逢った女性達は皆魅力でステキだと思う。が、以前の俺は出逢った頃のアイツにも同じ気持ちを抱いていた筈なのに……どうして優しい言葉の一つも掛けてやらなかったのだろう、別居の原因は単に仕事だけでは無いと今更ながらに気づいてしまう。
「多分、俺は帰る事は出来ないんだろうな。昔の俺のままなら、この娘達を同じ様に傷つけてしまうかもしれない……それだけは避けたい。こんな俺に尽くしてくれる君達を俺は必ず幸せにして見せるよ」
「絶対ですよ。今の口約頂きました」
行き成りシャルロットがパチリと目を見開いて鼻先近くで語りだしたのには驚かされた。甘い鼻息が軽く俺の頬に触れる距離で、しっかりと俺を見定めながら語る口調には一切の誤魔化し等聞かないと言わんばかりの視線だ。
「えっと~どの辺りから起きてた?」
「考えてみたら出会って……辺りです。途中意味不明な思考が在った様に感じますが、意味不明などで、その辺は流します。ですが、アリッサ様とヘレン様への不変の愛は貫いて頂きます」
「嫌々!俺が誠実に愛を語るには、当然シャルル君も含まれる。約束しよう。俺は君達に誠実に愛を注ぎ続けるよ」
「有り難う御座います。……でわ、早速。昨夜は不覚にも遅れを取っってしまいました。今朝一度再戦をお願い致します。此度はご満足頂ける様精進致します」
いや~そんな硬い言葉で誘われても、イキり立つモノも萎えてしまうぞ。もっと、ソフトに甘く俺に寄り添ってくれ。
時々シャルルはコチラの感情を読み取るエスパーじゃないかと思う。現に今も俺が思っている通りに、可愛く甘えてくるのだ。そして……甘く激しい朝を迎える事となる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ノックの音で目が覚める。目覚めれば横にシャルルは居無い。眠気眼を擦りながらドアを開けば、そこにはへレンが立っていた。
「ねぇ!ねぇ!シャルロットが朝から良い事が聞けるって話で覗きに来たんだけど何?何?何を語ってくれるの?」
「……」
まだ、フル回転していない脳みそを捻りながら朝方口にした言葉を思い出す俺。
「あ~言っても良いケド……そうなると、この興行所潰れるケド良いか?」
「う~ん……やっぱ辞めとく」
「ねぇ!ねぇ!それより聞いてよ!!昨日のファイティングマネー幾らに成ったと思う!?」
ハートの形の瞳が現ナマのマークに変わったヘレンに俺は愛想笑いを浮かべて質問返しで応えた。
「金貨千枚?」
「あぁ~ん、おしい!」
ヘレンの返事に俺が今度は驚かされた。
「マジか!凄いじゃん!!」
「えっと正確には金貨千二百枚だわ。なので、貴方には金一封差し上げちゃいます。ついでに今夜は興行所の皆にも特上肉のステーキをディナーに付けちゃいます~」
ヘレンの声に運動場で練習していた輩が大声で喜んでいる。(おいおい。そんな離れたトコで会話が筒抜けなら、俺とシャルルの事も全部筒抜けなのか~?)
「って事で、貴方は偶には懸命に身の回りの世話をしてくれるシャルロットに何かプレゼントでもしてきなさい。ほら!早く着替えて二人で買い物行くのよ~解った!良いわね~」
言いたい事だけ伝えるとヘレンは掌をヒラヒラと揺らしながら宿舎から屋敷へと帰って行く。確かに、シャルロットに俺は今まで何も報いて居無い。ヘレンの言葉を借りて彼女と街へ繰り出そうと行動を開始する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街は昨夜の試合の余韻で少しザワついている。空き地の片隅で子供達が手製の『マスク・ド・タイガー』のお面を被って遊んでいた。最近俺のマスクも受けが良いらしくチラホラとコロッセオの観客席でも見かけることが在ったのだ。
「無邪気な子供は可愛いですね。アリッサ様もあのように振舞えばモット御可愛いのに……」
「嫌々、アレはどうみても4~5歳だぞ。アリッサは14歳だ。其の言葉はあんまりだろう!」
「あら?エイジス様はアリッサ様を可愛くないと!?」
「そうは言ってないぞ!オイソレとそんな事を口にするな。何処に彼女の『耳』が存在するか判らない。後で刺す様な視線攻撃が来るぞ」
二人で居無い人の事を摘みに語るのは、その人を懐かしく思うからだ。逢いたい。と思う気持ちが違う言葉で表現される。久し振りの街の散策はそんな気分にさせてくれた。有難い事にマスクのお蔭で、普段の俺は誰からも注目を受けずに歩く事が出来る。オマケに今はシャルロットと初のデートだ。誰にも邪魔されず街中を散策するのは気分が良い物だと思えた。
ランチを取り、ウィンドショッピングを楽しみ、お茶を啜る。時折笑い声を交えながら、二人並んで街を歩く。組んだ腕に彼女の胸の膨らみを時折感じながら俺は悦に入る。ワザとらしく強く胸を押し付けるシャルルの仕草にやっぱりエスパーだと思ってしまった。本命のプレゼントを買う為に一軒の店に立ち寄った。
「これなんかどうだ?」
「少しデザインが幼い気がしますね」
「じゃ~コッチは?」
「予算オーバーです」
「そっか!?十分買えるぞ」
「いいえ、無駄遣いはイケマセン」
「コレが良いですね!お洒落ですし。デザインもシックで年齢の幅そうです」
「安くないか?」
「店員さん良いですか!?」
俺の案を無視してシャルロットは店員を呼びつけた。店員も安物買いの客に少々御座なりの態度を示すが、シャルルの色違いは在るか?サイズはどうだと?執拗に質問攻めいする。
「コレに決めました良いですか?」
「安モンだけど、気に入ったんなら良いぞ」
「有り難う御座います」
「でわ!店員さん。先ずは青色で七号。緑色で八号そして赤色で六号を各一個づつ下さい。あぁ~六号と八号には箱も付けて下さいね」
俺は疑問に思ったが、直に理解する
「否!三つ供箱を付けてくれ」
俺の言葉にシャルロットが目を見開いてコチラを見詰る。
「三人同じ物を買うなら全部一緒だ。お前だけ箱無しにしたら、俺が二人に怒鳴られる。……そうだろ!?」
「そうでした。あの方達は、そう言う正確ですね」
「有り難う御座います。……殿方から初めての贈り物です。大切にしますね」
店を出て更に胸の感触が伝わるのを感じながら、違う道順で二人並んで興行所へ帰って行く。