004 訓練所生活
「思ったより早い時間の到着ね」
迎えてくれたのはヘレンだ。そして彼女の言葉は俺では無く横に立っているアリッサへ向けた言葉だった。
「ええ。遅くなると私の身体が壊れると思ったのよ。それと計画変更したわ。この人がデビューするまで私帰らない事したの。だから、ちゃんと休日には、私に返してね」
「嘘!アリッサの身体が壊れそうになったの!羨ましいわ。あぁ~昨日帰さず私も就職祝いに参加すれば良かったわ」
(おいおい!会話の焦点はそこかよ!?)と突っ込みを入れたい所だが、アリッサが滞在する事は織り込み済みなのかと俺は考えてしまう。
「まぁ~仕方ないわ。契約期間中は私は手が出せないし、其の間に色々とこの世界の事を教えてあげるのもアリね。どうする?私のトコで滞在する」
「幾ら貴方が我慢するからって、友達の目の前でイチャツク度胸は私には無いわ。前々から、この町に屋敷を一軒構えようと思ってたのよ。良い機会だから、この後探してくるわ。だから、ヘレン貴女に彼を任せるわ」
「じゃ~英司。休日に会いましょう。迎えに馬車を来させるわね」
俺自身が自分の休日を知らないのにアリッサは勝手に話を進め、サッサと屋敷を後にした。残された俺は苦笑いを浮かべ、雇い主と成ったヘレンは呆れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場内アナウンサーが驚いている内に一体を仕留めた俺に、鎮まっていた観客から盛大な歓声が沸きあがる。その音に周囲の同期達は我に返る。このまま俺の独り舞台に成ってしまえば、彼等は其々の雇い主の興行師からお小言を喰らうからだ。
歓声が火蓋となってコロッセオ内は乱戦と化した。俺もまた同期の新人に負けないショーを披露しなければ成らない。ヘレンと交わした約束はデビュー戦で、三体の獲物を狩らなければ成らないからだ。感触は気分の良い物では無いが、今日の俺の戦い方は、拳と蹴りだ。デビュー戦で壮絶な戦いを見せる為、この一月俺はボクシングと空手を真似た訓練に時間を割いた。コーチは俺の説明と見せた動作に戸惑うもののオーナーのヘレンも認めているから従う他は無い。コッチにも似た様な戦法は存在する。両者を掛け合わせ、且つ派手なパフォーマンスを生かす動きを見せる訓練は、超人的な身体能力の身体を更に酷使しなければ得られなかった。
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「お前か新人って野郎は!?ヘレン様のお気に入りらしいが、宿舎内や訓練中はたとえ、オーナーのヘレン様でも口出しは出来ねぇ~良いか!死にたくなかったら、そのデカイ鼻っ柱は今日中に終う事だな。練習中の事故なんて、この世界では当たり前なんだぜぇ」
予想通りの風当たりが俺に降り掛かる。アリッサがベットで忠告した通り、早くも俺に粉を掛けて来た男達が数人目の前に立っている。
「あ~スマン。田舎から出てきたばかりで、闘獣士のルール処かアンタ達の名前すら知らないんだ。俺はエイジスだ。悪いが先輩方の名前も教えてくれないか?」
「手前ぇ~フザケタ構えするとこの場で痛めつけるぞ」
「確か……この大部屋って新人もしくは上のランクに上がれない奴が居座る場所だよな」
「この野郎~調子扱きやがって!ええい!ヘレン様に怒鳴られるのを堪えたが構うもんか。オイ!やっちまえ!!」
啖呵を俺に放つ男の横を掻い潜って俺は運動場へと飛び出す。入所早々騒ぎが起こり、コーチやヘレンの目に留まる。急いで騒ぎを抑えようとコーチが動き出すとヘレンは、其れを止め何やら主任コーチと話をしていく。何度か首を縦に振るヘレンは、男達の攻撃を躱す俺に視線を投げ掛けた。其れを合図に俺は今まで手を出さずに居たが、軽くジャブと廻し蹴りを繰り出して、襲い掛かる男達を沈めて行く。
「正直、お前さんの動きには驚かされるぜ。俺は『クリステン』皆はクリスって呼んでる。お前さんと同じ『青の刻』にデビューが決まっている。所謂同期って奴だヨロシクな」
「エイジだ。但しコロッセオでは、エイジスと名乗るらしい。どっちでも好きな方で呼んでくれ」
「へぇ~既にリングネームまで決まってるのか。オーナーのお気に入りってのは本当らしいな」
「お気に入りかは知らないが、紹介者がヘレンと友人らしい。それとエイジスはリングネームじゃ無い。エイジって名前が此処では響きが悪いって事で、普段使う名前を変えさせられただけだよ」
「友人って、あの豪くベッピンな小娘か!ありゃ~王都でも見ない別嬪な娘だよな!大きくなったらヘレン様に負けず劣らずの美人に育つぜ」
名前の由来は簡単にスルーされた様だ。アリッサは思った通り、この世界で美少女だって事が判っただけでも、このクリステンという名の男と話した甲斐が在った。
それから俺は、二ヶ月間ミッチリ身体の使い方を叩き込まれ、その後二ヵ月の時間を加算して、基本的な戦い方とダンジョンでの実地訓練が施される予定だ。
身体能力を生かす経験が無い為、担当したコーチが徹底的に俺に基礎を叩き込む。
そりゃ~四十路手前になるまで、スポーツらしい事を何一つしてこなかった俺には、この身体は宝の持ち腐れなのだろう。訓練を重ねる毎に俺の頭は身体に付いて行くと同時に動きにキレが増す。結果的にコーチが与えた試練を次々とクリアーして行き、結果的に一ヵ月後には、言い渡された課題の倍のメニューをこなす羽目となるが、俺自身新たな力に目覚めていた。身体能力は身体だけで無く神経や目に力が及んでいたのだ。動体視力に聴力。オマケに『感』と言うか殺気とか気配も読める様に成り出した。それは、戦いの中だけで発揮するのでは無く、日常生活の中でも常に働いていた。
「ねぇ~私感じるんだけど、アナタ最初の晩より凄く成ってない?本当に私、身体が壊れるかと心配に成ってるんだけど」
「大丈夫だ。女の体は何度も果てても問題ない。逆に男の方が年齢的にも回数にも制限が懸かるって話だ。……否、成長期の体だとどうなんだろう?どうする逢うのを辞めるか!?」
「冗談言わないで。私の体は、もうアナタ無しでは居られないのよ。正直、アナタにどう言って責任を取らせようか悩んでるって言うのに、今更別れるナンテ私からは無理よ」
「そうか……俺の方からも無理だ。アリッサがどんな風に綺麗な女性に育つか傍で観て居たい。なら……少しセーブするしか道は無いな」
「それも困るわ」
「俺もだ」
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二体目を倒すと歓声が、また湧き上がった。攻撃を避ける為の側転後に、向かい合った獲物の後頭部へ『延髄蹴り』が炸裂したからだ。此処がフィールドでは無くダンジョンで有難いと感じる。ゴブリンナイトの後頭部が破裂したと思った瞬間にガラス細工が砕けた様に奴が消えて行く。正直グロテスクな異物を飛び散らせば、其の瞬間に俺の戦いは終わっただろう。大勢の観客を前に俺は情けない程に嘔吐に苦しんだ姿を曝け出す結果に終わっていただろう。良かったと内心思っていた。
俺の動きを注意しながら、同期の奴等が拍車をかけて暴れだす。今だ他の連中は一匹のゴブリンを倒しすのに苦労している。否、クリステンが今一匹倒した。視界の片隅に奴がガッツポーズを俺に送る仕草が飛び込んで理解できた(おい!その倒した獲物、俺が散々弱めた奴じゃ……まぁ~良いさヘレンもこの試合を見ている判断は俺じゃなく彼女が決めるものだしな)
クリステンに触発され、次々と同期の連中が一体のゴブリンナイトを仕留めていく。コチラの数は十五人、対して獲物の数は四十五体。一人三体狩れば、帳尻が合う。しかし俺目掛けて二体が同時に攻撃を仕掛けてきた。右から持っている剣を俺に袈裟切りしてくる奴をカバーする様に、やや後ろから追随し追い討ちを掛け様としている。魔獣も存外馬鹿では無いらしい。しかし相手が悪かった。身体能力が常人の域を遥かに超えた俺には視力もまた常識外だ。奴等の動きは手に取るようにハッキリと見えている。向ってくる剣先を左足で蹴り上げると、素早く最初の一体目の後ろへ体を移動させ、奴を後ろから羽交い絞めすると俺は勢いを殺さず、そのまま奴をバックドロップの形で後ろに投げつける。当然投げた先には追随し、コチラへ向ってくる二体目の獲物だ。放物線を描いて飛んで行った一体目が綺麗に二体目と重なり合う。『ドサッ!』と言う激しいぶつかる音が鳴り響き、二体の意識が飛んだ様で、朦朧とフラフラとしている。最後の決めとして俺は、奴等の首へ特大のラリアートを両腕で咬ましてやった。身体如宙へ飛ばす積りだったが、奴等の頭だけが空高く舞う。そして其れは空中で綺麗な反射を醸し出しながら、消えて行った。
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「そうよ、それがこの国の言葉よ。中々覚えるのが早いわね。此処まで物覚えが速いと、逆に教え我意が無いわね」
「出来の悪い生徒の為にメガネと伸縮式指示ボールペンでも用意してた?」
「それって、銀色のビョ~ンって伸びる奴?ウフフッ、貴方って面白い事を思いつくのね。でも残念。この世界は魔術が発達し市民の生活し浸透して以来、科学は停滞してるわ。残念だけど、此処ではボールペン処か鉛筆も存在しないのよ。有るのは、その羽ペンとインクだけよ」
「ふ~ん。魔術って便利そうだが、そう言った人が考える力を押さえ込むってのは、不便って言うか問題だな。魔術が器用に仕えない人は不利じゃないのか?」
「そうよ。だからこの世界では、職人でも魔術師でも他者より優れた魔術を扱える者は、巨万の富を得る事が出来るわ。御多分に漏れず、私もそうよ」
「そうなのか。じゃ~批判はこの辺で終えておこう」
次話は明日午前中投稿予定です