017 死合・試合
「停まりやがれ!」
諦めず、剣を振り続ける俺へ遂に、奴の視線が向けられた。シメタ!と感じた俺は、振り翳す腕の速度を速める。寸分狂わず同じ所を斬り付けた効果が現れて来た様だ。ブ厚い奴の灰色の皮が少しづつ赤みを帯び出す。蟻の一咬みで象を倒す。そんな話を思い出す。
「何万匹の軍隊蟻だっけな!?まぁ~良いさ!足止めが叶えば何でも在りだ」
小五月蝿い俺を邪魔だと思ったプロントエレファントは、俺を踏み潰そうと前足を掲げる。そうは、させるかと奴の周囲を廻るように駆けだす俺。奴が俺を見失い、動きに隙が生まれた。
手に持っていた剣を一旦鞘に戻すと、腰にぶら下げたポーチから新たな武器を取り出した。女性達のコスチュームお披露目会の時、ヴァジム様から頂いた魔法のポーチ『アイテムボックス』巾着なのにボックスとは、コレ如何に?なんて思いは措いといて、色んな女性達とパートナーになる俺には、重宝な奴だ。色々な武器を隠し持てて軽いからな。
燻銀に光る鋼鉄製の武器『バーニング・ガントレット』と取り出し、両腕に填める。打撃専用の篭手だ。指先よりも長く先端部に突起物がありブ厚い鋼鉄の塊。途中から手首が出せるので、物を掴む事も容易に出来るシロモノ。
「ウッシ!コレで、お前の急所を叩き潰す」
奴の左前足前に一段腰を低く構え、大きく息を溜め込み一気に吐き出す
「百烈拳!」
怒声と供に力と速さのみを追求したパンチを奴の膝関節目掛けて、打ち続ける。
先日会得したばかりのスキルだ。『バーニング・ガントレット』には、無属性の人口魔石が幾つも埋め込まれている。その一つ一つが澄んだ透明な硝子の様な輝きを放つ。パンチを繰り出す毎に、くすんだ色へ変わり破壊力と速さが増していく。
奴が耐え切れず、叫び声を発し。ついに、膝を着いた。
「凄い!凄いぞ!タイガー。プロントエレファントと独りで膝を着かせる猛者など、聞いた事が無い~。何て奴だ!何て破壊力だ!!いつの間にか剣から拳に武器が変わってるのも驚きだが、彼の力はトンでもない破壊力だぁ!」
アナウンサーも何時もの口調に戻って、観客を煽り始めている。否、彼自身が仕事を忘れ、試合を楽しんでいるんだ。中止を余儀なく起こそうと考えた彼も俺の動きに我を忘れた様に、死闘を楽しんでいる。
奴の巨体が、痛みに苦しんでいると、レパードの魔術詠唱が整った。
「行くわよ。タイガー!」
「ストロング・バラク!!」
レパードの詠唱と供に奴の頭上に雨雲が突如と浮かび上がり、激しい雷が奴の頭部に放たれた。屈強な巨体を一瞬で貫く程のエネルギーが奴に止めを刺したと思えた。
内部から焼き尽くされたのか、白い湯気が立ち込める。ゆっくりと巨体がコロッセオに『ズドーン!』と地響きと供に横たわる。
『ウォオオー!!』と場内アナウンサーの雄叫びと供に歓声が沸く。誰もがスタンディングオベーションで、レパードを称えていた。しかし、奴の巨大な体躯は硝子細工が崩れる様に消え去る事は無かった。まだ、死んで居無いと悟った俺とレパードは、慌てて倒れこんで何時奴を襲う。
「まだだ!まだ!暴君プロントエレファントは倒れてないぞ!!タイガーとレパードはそれに気付いて猛攻撃を繰り出してるぞ!!」
場内アナウンサーも奴が消え去って居無いことに気付き、俺達の攻撃を実況し続ける。観客達も奴の渋とさに恐れと驚きを抱いたのか、次第に歓声は薄れ、誰もが席に座り始める。俺達の決死の攻撃に『ドンドン』と観客席からの足踏み音が重なる。歓声の代りにリズミカルな重低音の足踏み音が場内に響き渡っていく。
「倒せ!倒せ!」
と静かな応援はやがて、大きな波となって俺とレパードを後押ししていく。
「パォォォ~ン!」
と、鼻を鳴らし奴は再び起き上がろうとモガキ出す。前足の一本の膝を壊した上に、あの巨体だ。そう簡単に起き上がることは出来ない。それでも何が起こるか判らないのが、この戦場だ。レパードが、今日の日に合わせて新調した、弩派手な装飾の槍で奴の視界を奪う攻撃に出る。コレだけの魔獣だと、目玉も硬いらしい。槍の使い手でもあるレパードを持ってしても、簡単に奴の目玉は崩せない。俺も『バーニング・ガントレット』の人口魔石が全て、くすむまで、百列拳を倒れて曝け出している奴の腹へと打ち込む。
「おっと!今度はタイガーの攻撃にプロントエレファントが耐え忍んでいるぞ!残された魔力で、完全防御の守りに入ったか!?こうなると、人の手ではどうする事も出来ないぞ!!一体どうする。タイガー&レパード。手は、全て使い果たしてしまったのか?」
そう!レパードは、さっきの魔術に魔力を注ぎ込みすぎてスキル発動が出来ないでいる。彼女に奥の手は残されて居無い。だが!俺は違う。『バーニング・ガントレット』から再び剣へと持ち替えた。アリッサが俺へ贈ってくれた剣だ。名前はまだ無い。彼女に付けて貰いたいと思っていたからだ。装着している人口魔石は一個。だが、その大きさはバーニングガントレットの石全てを合わせても大きな石だ。
俺は剣のスキルを放つ為、剣舞の動作に入る。剣を振り回し、奴の体の周囲を廻り始める。一撃一撃に力が加わり出す。
「再び剣を持ったタイガーが見事な剣舞を繰り出したぞ!しかし、そんな技で倒せるのか!?傷一つ負ってないぞ!このまま行けば、タイガーの剣先は魔獣の背中に向ってしまう。大丈夫か?何を考えてるんだ彼は!?私には、腹より背中の皮が硬いと思うのだが、一体彼は何を企んでいるんだ!!」
そうだ。指摘通り背中の方が皮が厚く攻撃は通り難いだろう。だが、巨体の奴が倒れている今の状態では、こうするしか他に手が無いのだ。一か八かの大勝負だ。
剣舞の絶頂を迎えた同時に俺の体は観客を背にして奴の背中と対峙した。
「ヤァ~~!!」
あらん限りの大声と気力を剣を通して奴の背中に突き出す。
『ドドォォオ~ン!』と轟音と供に衝撃が会場を支配する。奴の体を貫通して一筋の衝撃波が誰も居無いコロッセオの壁に、ぶち当たり壁の一部を破壊した。
精根尽き果て俺も膝を付いてしまうと、アナウンサーが驚きの声を上げた。
「何と言う事だ!!プロントエレファントの背中に大きな穴が開いております。これは夢でしょうか?私は、嫌!会場の皆さんも一緒に夢を見ているのでしょうか!?この巨体のプロントエレファントの背中から腹に掛けて一筋の穴が!貫通しています。……恐るべし力!神の如き裁きの突きか?彼は人を越えた力を持つ戦士否、勇者なのか!?私は、今までこれ程の破壊力と業を聞いたことも見た事も有りません。正に神事の如き一発をタイガーはタイガーは遣ってくれました!」
大きな亀裂が奴の体に走った。重みに耐え切れず、ゆっくりと亀裂が広がって行く。
そして激しい音と供に、プロントエレファントの体はコロッセオから消え去った。
歓声がドッと沸き。紙吹雪が舞う。観客のみならず、係員までもが拍手喝采を俺達に送っている。
「どうにか勝てたな」
「あぁ~エイジス殿と一緒なら、私は怖いものを知らずになれそうだ」
歓声が鳴り止まぬ一方で、コロッセオの一角では、捕り物劇が行われていた。
明らかに今回の魔獣は、不備であり、計画的だ。魔獣はダンジョンマスターの権限で、自由にコロッセオの闘技場に送られる。それが、ダンジョンマスター最大のスキルでもある。明らかに予定外の魔獣が闘技場に送られたのは人為的作為からだ。
ギルドマスターは戦いが始まると同時に犯人探しに走った。捕まえたのは、下っ端連中とダンジョンマスターの右腕と称された若い男だ。彼等の後ろに誰が居るのか?これからの厳しい捜査の手が入るが、今はまだ俺達が知る由もなかった。