約束
アイヴィの元へ走ると、アイヴィはセリーヌの小さい体に支えられながら上半身だけ起こしている。セリーヌは魔力を振り絞るかのような辛い顔をしながらアイヴィのお腹に手を当て、魔術を使っている。その手は白く光っているが、今にも消えそうな程に弱い。アイヴィの元に寄り膝をついて手を握りしめる。アイヴィの力は弱いがそれでも握り返してくれるのがはっきりと伝わる。
「ごめん。逃げられた・・・」
「洋平・・・。無事でよかった・・・」
「大丈夫だ。きっと助かる。だから諦めるな。」
「いいえ。自分でなんとなくわかるんです。このままじゃきっと私は・・・」
「こんな時に冗談はよしてくれよ。アイヴィが居なくなったら俺はどうしたらいい。一緒に四大巡業をするんだろ!世界を回るんだろ!!俺の世界に一緒に行くんだろ!!!こんあ所で死んだら何も出来ないじゃないか!そうだ!前に約束したな。俺のお願いをなんでも聞くと!だから死ぬんじゃない!」
そうだ。こんな所でアイヴィを。俺の愛する人を死なせてたまるか。
「セリーヌ。何か手伝える事は無いか?制約の誓いだっけか。あれをもう一度やれば魔力も回復して・・・」
「制約の誓いは七日に一度しか出来ないのにゃ。それとこれは土魔術と火魔術と水魔術を使わないと治しきるのは難しいのにゃ。今僕がやってるのは失った血を少量づつ戻すことしか出来ないのにゃ。」
「土魔術だとセクターが使えるじゃないか!よし!セクターを探してくる!」
俺がアイヴィの手を離そうとしたが、アイヴィは力なく精一杯の力で手を離そうとしない。
「どこにもいかないで・・・」
「何を言ってるんだ。このままだと本当にやばいんだぞ!!頼むから手を・・・」
アイヴィは目に涙を浮かべてこちらを見つめている。
「私も洋平に一つお願いごとが出来るんですよね?」
「あぁ。そうだけど、今はそれどころじゃないだろう!」
「洋平は私にお願いごとをして私のお願いを聞かないのは卑怯じゃないですか?」
「わかったわかった。聞くよ。聞くから。聞いたらセクターを探しに行くからな。」
「この手を離さないでください。」
「なんでだよ!!このままだと本当に・・・」
「あと、私が居なくなっても悲しまないで下さい。洋平はちゃんと元の世界に戻ってください。あとカル兄を恨まないでください。」
「なんでそんなに多いんだよ。わかったから。頼むから手を放してくれ。」
「絶対に手を離さないで。最後まで一緒に居たい・・・」
相変わらずの分からず屋だな。でも正直な所は俺も手を離したくない。この手を離すともう二度と触れられない気がする。でもこのままじゃアイヴィは。
「ウェンディ。頼む。力を貸してくれ。もう俺にはどうすることも出来ない。」
「もうアイヴィの死は決められてしまっています。私にはどうすることも出来ません。」
「そんな馬鹿な事があってたまるか!!4大精霊と言われる位なんだろ!何か出来んだろ!!もうアイヴィと過ごせないなんて俺には考えられない!!だから・・・頼むよ・・・」
「・・・手が無い訳ではありません。リスクは伴いますが・・・」
「本当か!頼む!俺に出来る事ならなんでもするから」
「では。時間が無いので細かい説明は省きます。セリーヌあれをここに。」
「まさか。あれを・・・わかったにゃ。」
セリーヌは懐から小さな袋を取り出しその中に手を入れる。その中からどう見ても袋よりも大きい豪華な箱を取り出した。その箱になにかしら唱えると、箱は開いた。箱の中には青い渦を巻いている水晶があった。渦は流動し美しい。幻想的な玉だ。
「では二人共、アイヴィに手を触れ、愛を念じなさい。」
言われるがままにアイヴィの握りしめていた手を両手で握りなおす。目を閉じ、愛を念じる。今までのアイヴィとの思い出を、振りかえる。俺がアイヴィに惹かれたのは最初に見た時だろうな。一目惚れだと思う。見た目で人を判断する訳じゃないが、なぜか運命みたいなのを感じたんだよな。それから俺はアイヴィと一緒に居たい。それだけを考えるようになった。どんな時でもアイヴィの事を想っていた。一人で依頼をしていた時も一人でベッドで寝ているときも、常にアイヴィの事を考えていた。ずっと一緒に居たい。これが愛でなくてなんだと言うのだ。こんな所で終わりだなんて俺は許さない。絶対にだ。アイヴィ。お願いだから、死なないでくれ。また俺の隣で笑っていてくれ・・・
「・・・なん・・・とか。間に合いましたね。」
ウェンディの声で目を開ける。するとそこには、またしても真っ白な空間が広がっていた。だが今までと違うのは、アイヴィとセリーヌも居る事だ。そしてウェンディも。今までは声しか聞こえず、姿を見たことが無かった。だがそこには人の体をしているウェンディの姿があった。体はほぼ透明だが見る事は出来る。ウェンディの周りには水が流動しており、それがウェンディを取り囲み、羽衣のような形をしている。足元は徐々に光の粒子となって消えていっている。
「セリーヌ。時間が無いので詳しくは説明出来ませんが、これからの事わかりますね?」
「はいですにゃ。もう後には退けないのにゃ。」
意味がわからない。突然この場所に連れてこられて二人だけで勝手に話を進めてもわかるはずが無いだろ。それよりアイヴィはどうなるんだよ。
「セリーヌ!どうゆう事か説明してくれ!つーかアイヴィは一体どうなるんだ!」
「それは僕にはわからないのにゃ。それよりも時間が無いのにゃ。少ない時間にゃが二人で話してくるのにゃ。僕はウンディーネ様と話してるにゃ。」
この空間は外の世界と違って時間が止まってるんじゃないのか。よく見るとウェンディの足元の光の粒子が徐々に上に上がってウェンディの体を消していくように感じる。アイヴィを見るとアイヴィのお腹の傷口から光の粒子が漏れ出し、足元も光の粒子となって消えていっている。俺はアイヴィの手を握りながら、アイヴィに向き直る。
「アイヴィ・・・」
「洋平・・・」
「体は大丈夫か?」
「はい。もう痛みは感じません。」
「そうか。それはよかったが・・・どうなるんだ。」
「私にもわかりませんが・・・私はこのまま死ぬのでしょうか?」
「そんな訳無い!アイヴィは死なない!これは俺との約束だ!」
「洋平・・・ありがとう・・・。そうだ。忘れないうちに渡しておきますね。」
アイヴィは服のポケットからピンポン玉より少し小さい石を取り出した。
「これは?」
「洋平と別れた後、家に帰ってから洋平の部屋で作りました。洋平の事を想って愛情をたっぷりと込めたので、大事にしてくださいね。」
渡された石を見る。綺麗な球体を成している。そして文字が掘られている。『I think I love you more than you think』小さな玉にこれだけの文字を書くのは大変だろう。そして英語までマスターしていたとは驚きだ。英語の教科書を自作してアイヴィに渡しては居たのだが。所詮自作。ただ俺の思う言葉を書きなぐっていたものに近い。文法なども申し訳程度に書いてはいたのだが。これはその一文だがアレンジは加えられている。文法も覚えているのだろう。
「ありがとう。これは一生大事にするよ。でも俺はその上を行ってみせるけどな。そうだ。俺もアイヴィに渡すものがあるんだ。」
ウィンストハイムで買った指輪をアイヴィの左の薬指にはめる。魔道具なので指輪のサイズは問題無くぴったりだ。
「これは・・・。」
「まぁ、そのなんつーか。勢いで言った所もあるし。ちゃんとした言葉で伝えたいんだ。」
「はい・・・」
「アイヴィ。俺はお前の事を愛してる。この世界の誰より、俺の世界の誰よりもだ。これからもずっと一緒に俺の隣で笑ってるアイヴィを見ていたい。俺と結婚してくれ。」
「・・・うん・・・」
アイヴィの目から大粒の涙が零れる。その涙もまた光の粒子となって俺達を包む。お互いに見つめ合い、自然に唇を合わせる。
「二人をずっと見ていたい気持ちもありますが。そろそろ時間がきてしまいます。洋平。よく聞いてください。」
俺はアイヴィと手を繋いだままウェンディを見る。
「これから、私とアイヴィはこの世界から消えます。」
「なんでだよ!!なんとかするんじゃなかったのかよ!!」
「もうすでにアイヴィの死は確定していますので、私にはどうすることも出来ないのです・・・。でもよく聞いてください。私はこれからこの世界の神に逆らいます。これは非常に危険な事です。この世界の秩序の一つが壊れる可能性もあります。そしてこのガルガンティアに住む人々に多大な影響を与えるでしょう。ですが二人の愛を守るにはこの方法しかないのです。セリーヌと洋平には沢山迷惑をかけるでしょう。ですが忘れないでください。洋平のアイヴィを想う気持ちを。常に愛を胸に持ち続けてください。そしてアスラ神島へ行くのです。全て・・・精霊に・・・会い・・・元の・・・戻っ・・・」
「おい!どうゆう事だ!アイヴィはどうなるんだ!!」
光の粒子の勢いが増してくる。ウェンディの声はもう途切れ途切れにしか聞こえない。アイヴィを見るとアイヴィも同じく、光の粒子の勢いが増してきている。二人の光の粒子が徐々に一つとなり天へと昇って行く。
「アイヴィ!!」
「洋平!!私!私!!ずっ・・・から・・・必ず・・・と・・・いに・・・たし・・・てる・・・ら・・・っと・・・」
「アイヴィ!!待て!!待ってくれ!!行くな!!行かないでくれ!!」
俺の手の中からも光の粒子が溢れ、それを掴もうと手を伸ばす。だがその手にはもう何もつかむ事は出来ない。アイヴィとウェンディは光の粒子となって天高く昇って行く。光の粒子が消えた瞬間。世界は元の姿に戻る。そこには俺とセリーヌが向かい合っている。その間に居たはずの彼女の姿はもう見当たらない。俺の手には彼女から渡された石が握られている。その石は先程の光景が嘘ではないと物語る。石を見つめる。文字を読む。様々な感情が一気に押し寄せて来る。自然と涙が溢れだす。俺は天を見上げ大声をあげる。この声が彼女に届く様にと。空からは光の粒子が舞い落ちるかのように雪が降り始めていた。
この話で1章終わりでもいいのですが、説明がいろいろ足りないのでもう一話続きます。




