別れと旅立ち
頂上決戦は結果としてサラマンダーに稽古をつけられる形で幕を閉じた。その場で行われた魔術の攻防に誰もが見入っていた。途中からルドルフとリンセも参戦したがやはり精霊の強さは別格だった。本来は人に対して魔術を使う事は禁止しているのだが、身の危険を感じた時や攻撃を受けた時など自らの判断で使ってもいいようだ。普通の魔術では精霊にダメージを与える事は出来ないのだが、霊術や加護者の攻撃は普通に通用するらしい。戦いの後は王と兵士達と共にミカトレア城下町へと戻ってきた。もうすでに閉会式は俺のせいで終わっており、今は後夜祭の様な感じで町は賑わっていた。ロイさん達も闘技場での店を閉め、街中で露店を開いているようだ。
「んで洋平。これからどうするんだ?」
「セリーヌに挨拶してからエルフの国だな。」
「ゆっくりしてられないのか。」
「まぁ結構この国に居たからな。もうそろそろ俺がこの世界に来て一年になろうとしているんだ。俺を待ってる人が居るからな。」
「そうか。じゃあすぐにでも出発するんだな?」
「そうだな・・・」
「わかった。そろそろ一度城に戻らないといけないな。セリーヌ様はクリストの所か。後で行くから待ってろよ。」
そう言ってルドルフはゆっくりと城へと歩いていった。俺はまだ大事な事を言えずにいた。ルドルフには付いてきてほしい。これからの旅路を一緒に歩きたい。一人でなんでも出来ると思っていた。強化された今ならそれも可能なのかもしれないが、旅の終わりは俺との別れ。そしてなにより今の地位を捨てなければならないだろう。はたしてそんな事をあの堅実な王が許すのか。俺は最後になって不安を募らせていた。
「なにをぼーっと突っ立ってるのにゃ?」
「あ、セリーヌ・・・」
いつの間にかクリストの家へと足は運んでいたようだ。玄関の前にセリーヌが立って居る。
「とりあえず中に入って詳しく話をするのにゃ。」
俺はクリストの家の中に入りテーブルに座る。向かいにはクリストとセリーヌ。俺の隣にはリンセが座っている。俺は火の試練で起きた事を話した俺の霊術の話や強化された話。巨大な溶岩のトカゲと戦った事。サラマンダーとの会話の事も話した。
「と、まぁこんな感じか。」
「そうなのにゃ?もっと魔術同士の激しくぶつかり合うのが感じたのにゃが?」
「あぁそれは終わった後にサラマンダーにちょっと稽古をつけてもらってたんですよ。」
「にゃるほど。あいつらしいのにゃ。それですぐに出て行くのかにゃ?」
「そのつもりです。でもその前に風の試練について意見を頂ければと思ってます。」
「にゃるほど・・・。風の試練は死の風がエルフの命を奪う感じだったかにゃ?」
「そうですね。」
「洋平はどう思うのにゃ?」
「俺は試練を解くのに疑問は感じてません。その後に今回のような溶岩のトカゲの強さの敵が現れると思ってます。」
「クリストはどう思うのにゃ?」
「今回の巨大な溶岩のトカゲに関してはおそらく、神の手下であった四龍の一体エルドラドだと考えられます。四龍に関してはセリーヌ様の方が詳しいかと思います。」
「にゃ~あの四龍かにゃ・・・。火のエルドラド。水のニライカナイ。風のホウライ。土のユグドラシルの四龍にゃ。今回のエルドラドは弱かったみたいにゃが、次のホウライとなるとまた神の影響が出て強くなってるかもしれないのにゃ。試練内容も変わってる可能性もあるのにゃ。」
「なるほど。四龍か。それはセリーヌが実際に戦ったのか?」
「あの時代には四龍の他に五龍、六龍まで居たのにゃ。天空四龍。砲撃五龍。双極六龍と呼ばれていたにゃ。全部とは戦っていにゃいが後ろで見ていたのは何体か居たのにゃ。」
「凄いな。全部で15体もあのクラスの龍が居たのか。」
「龍だけで言えばそれくらいなのにゃ。それ以外にも敵は居たのにゃ。」
「そうだよなぁ。でもセリーヌはリソワの後ろで見てただけなんだろ?」
「否定はしないのにゃ。あの頃の僕にはみんなほどまだ力が無かったのにゃ。」
「洋平!あまりセリーヌ様を困らせるな!論点がずれては話し合いにならん!」
「悪かった。つまり行ってみないとわからんって事だな!戦闘の準備はしっかりとって感じか。」
「気を付けて行って来るのにゃ。風の試練が終わったら一度家に戻ってくるといいのにゃ。」
「わかりました。では支度をして今日中には出発します。」
俺が立ち上がるとリンセが服の裾を掴んできた。弱弱しい力で。簡単に振り払えてしまう程の力しか入っていない。リンセもわかっているのだろう。俺とここで別れなければならない事を。でも頭では理解しても気持ちはそうではない。その葛藤の最中にリンセはいるのだろう。
「リンセ・・・。」
「よっ・・・へ・・・。」
リンセは今にも泣きそうな声でうつむいている。俺はなんと声をかけていいかわからずに動きを止めてしまった。
「リンセ。こっちに来るのにゃ。」
セリーヌがこれでもかと言うほど優しい声を掛ける。リンセはゆっくりと俺の服から手を放しセリーヌの隣に向かう。俺は離れていく手に手を伸ばし掴もうとしたが何もつかむ事は出来なかった。俺は三人に背を向け扉へと歩き出す。
「じゃあ・・・行って来る・・・。」
俺が扉に手をかけ半分程扉を開けたところで肩を捕まれる。やっぱりリンセと離れるのは俺も辛い。だが仕方ないんだ。
「リン・・・セ?」
「あー感動の別れの所悪いんだけどなんか忘れてないか?」
俺の肩を掴んだのはクリストだった。
「どうしたクリスト?」
「だからあれだよあれ。」
「あれと言われてもなぁ。」
「この後に及んでしらばっくれるつもりはねぇよな!俺がどれだけの思いをしてあれを作ったかわかってんのか!」
「嘘だよ。嘘。わかってるって約束は・・・」
すると外が急に騒々しくなり、クリストの家の扉が乱暴に開かれる。
「はぁはぁはぁ。洋平!待たせたな!行くぞ!急げ!」
「ルドルフか。どうしたんだ急に?」
「急にってすぐに出発するんだろ?だから急いで準備してきた。」
「ルドルフ・・・。いいのか?」
「いいも悪いもあるか!俺は洋平がこの世界を変えるのを一番近くで見たいんだ!俺は洋平の底知れぬ深い心に惚れたんだ!洋平の力に少しでもなれるなら俺は付いていくぞ!俺がもし洋平に必要無いとわかればそれまでだがな・・・。でも俺の期待に応えてくれるって信じてるんだぜ!」
「・・・ふっ。当たり前だろうが。この世界が変わる瞬間を一番近くの特等席で見せてやる。それに・・・。俺もルドルフと一緒に旅が出来たらって初めて会った時から思ってたんだ。」
「洋平・・・。」
「ルドルフ・・・。」
「っと!そんな事してる場合じゃないんだ!この封炎剣だけどな。親父が国の国宝にするから寄越せと言って来たんだ。だから盗んできた!」
「つまり外の騒ぎはルドルフのせいか?」
「その通りだ!国家反逆罪だぜ!急げ!行くぞ!」
「おう!目指すはエルフの国だ!」
俺とルドルフでがっちりと握手を交わし玄関を出て走り出そうとするとクリストに肩を捕まれた。
「待て待て待て~い!や・く・そ・くは!?」
「クリスト。少しは空気読めるようにならないとモテないぜ。」
「貴様~~~~!!」
俺がクリストの腕を掴んで道に放り投げる。するとその道には大勢の兵士達が居て、クリストを見事に受け止めた。
「居たぞ!ルドルフ様だ!捕まえろ~!」
「おい!洋平も捕まえろ!」
「は、はい!!」
兵士達とクリストが一斉に向かって来る。騒がしい外の様子を聞いてセリーヌとリンセが外へ出てきた。
「セリーヌ!リンセ!ここは頼んだぞ!行くぞルドルフ!」
「全く。最後まで世話が焼けるのにゃ。リンセ行くにゃ。殺さない程度にぶっ飛ばすにゃ!感情をぶつけるのにゃ!」
「よっへ!すき~!!!」
俺とルドルフはその場を二人に任せて走りだした。後ろで巨大な魔力を感じて振り返ると、リンセが巨大な水の柱を何本も出現させクリストを含む兵士達を宙へと舞い上がらせていた。
「風の試練が終わったらまた会えるからな!」
「ん!!」
俺とルドルフは走り出した。まだ祭りの最中の街中を。遠くに聞こえるリンセの声を胸に焼き付けながら俺とルドルフは走った。
ちょっと泣いちゃった。




