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俺達冒険派遣業 ~黒いのは会社だけで充分だ~

作者: 八切武士

 1945年05月07日…ベルリンは鉄と炎に沈んだ。


 1945年08月06日午前08時15分…衛星軌道上で生み出された虚無が広島を包み、直径50kmのクレーターだけが残った。


 1945年08月09日午前11時02分…長崎市を失った長崎半島は、長崎海峡と長崎島に変貌した。


 1945年08月15日正午…日本は敗北を認めた。


 1945年09月9日…アメリカ、アリゾナ州ナバホネーション、アメリカ最大のインディアン居住区が消えた。


 1945年09月12日…アメリカ、ルイジアナ州ニューオリンズが消えた。


 1945年09月17日…ロシアからウラジオストク、ハバロフスクが消え、その他数十の雑多な町がその後を追った。


 1945年09月22日…奉天、瀋陽、重慶、幾つもの都市が大陸から消えていった。


 1945年09月28日…アイルランドからダブリン、ウォーターフォード、スライゴーが消えうせた。


 1945年10月…いちいち上げるのが面倒な程の街や山河が消えていった。


 自然人造に関わらず、あらゆる地形が攻撃の対象だった。


 1945年11月…地上には敗者と惨めな勝者が張り付いていた。


 1945年12月02日…急遽設けられた国際連合にて、アースクリーナ停止プロジェクトの発動が提言され、各国の支持を受け実働。


 1946年01月11日09時50分…アースクリーナ停止プロジェクトの手により、アースクリーナの停止に成功


 同1946年01月11日正午…アースクリーナ停止プロジェクト、解散を拒否、「世界遺産技術利用監視機構」の設立を宣言


 1947年01月01日…国連にて、世界遺産技術利用監視機構を公式組織として公認する声明が可決、具体的枠組みの検討開始。


 えーと…遺産技術利用監視機構が、地球立宇宙軍に正式に変更されたのはいつだったか…年号が思い出せない。

 まぁ、とにもかくにも、戦争は終わった。

 アースクリーナみたいなアホな絶滅兵器から、一機で既得技術兵装で完全武装した機甲師団を壊滅させる様な自動兵器、水源に一滴垂らすだけで一国を滅ぼしかねない不思議化学兵器まで、軌道衛星上から宇宙軍の連中が、戦争に使ってないカナ?と見下ろしてくださりやがってるおかげで、いまんとこ人類その他は絶滅の憂き目にはあっていない。

 未だにテロだの何だのと小うるさいのは確かだが、最後の大戦から半世紀、今んとこ日本は平和を貪る事に割と成功している。

 多分宇宙軍の連中がまともに仕事をしていれば、その間戦争が起こっても、せいぜい、首都に核の雨が降り注ぐ程度で済むだろう。

 まぁ…庶民にとっちゃ、どっちも厄介なことには違いない。

 宇宙人共の考える事は何処かぶっ飛んでるから頭から信用するのはどうかとは思うが、連中はここ数十年うまくやってるし、少なくとも、使い方もよく分からん様な発掘技術をやたらと人に向けて使いたがるエライさんに任せとくより億倍もマシってもんだ。

 そもそも、宇宙軍…いや、大本のアースクリーナ停止プロジェクトの連中があのキ○ガイ衛星を止めてくれなかったら、この地上から国なんてとっくになくなっていたに違いない。

 プロジェクトの為に多数の遺産技術を提供されていたとはいえ、世界のアホたれ首脳陣に愛想を尽かして喧嘩を売った度胸も嫌いじゃない。

 ま、しばらくはテロリスト扱いだったらしいが…公認の国際組織として認めさせた辺り、元より計画の上だったに違いない。

 プロジェクトリーダーの名前は…又忘れたが、まぁ、スゴイ奴だった筈。

 あの国籍を捨てた宇宙人どものお陰で、今のドンパチは、古式ゆかしい、俺の大好きな火薬の臭いのする火器が全盛なのだ。

 ありがたや、ありがたや。

 めでたし、めでた…くはないか、流石に。

 おれはしょーもない考え事を振り払い、ペンキの粉と赤錆がふいた看板に、後藤人材派遣事務所と記された小汚いビルに入った。



 仕事の時間だ。



 二回の事務所もやはり薄汚れている。

 別にごみが落ちている訳じゃないが、経年劣化で染み付いた汚れがもう落ちないのだ。

 手前においてある接客用のソファセットは部屋ほど汚れては居ない。

 しかし、その上にのびたヨレヨレのガイジンのせいで台無しだ。

 ぐおぐおとうるさいイビキが実に不快だが、起こすともっと不快になりそうなので放っておく。

 奥の所長用のデスクは空で、他には誰も居ない。


(俺が一番乗りか)


 ま、この寝こけている奴を除けばだが、こいつは昨日飲み歩いてから、その足でここに転がり込んでそのままなのに違いない。

 暇なので、俺は応接セットのテーブルの上に、持ってきたキャリングケースを置き、鍵で開けた。

 中の緩衝材に埋まっている銃達を取り出し、軽く調子を見る。

 トリガープルの重さを見るのに撃鉄を起こした瞬間、向かいのソファのぐおぐおがぴたりと止まった。


「ん~、オハヨウ…もう朝デスか、ぼく、ちょー、眠いデスよ」


 相変わらず特定の音には異常な程反応がいい奴だ。


「クロウがそんな事をしてるって事は仕事デスか」

「ああ、又どっかに遺跡が湧いたとか、何からしいが」


 世界にはよく分からん奴等というか、生き物や、いつ出来たか分からん遺跡も沢山あるが、ツイて無いと、突然身近に遺跡が湧く事がある。

 昨日まで何の変哲も無かった地下室だの、倉庫、悲惨な話だと家全体が、怪しげなダンジョンや建設物に変わり果てたという話がある。

 実は元からそこにあったとか、空間がくっついちまったとか理由はいくつかあるが、重要なのはそこから化け物や、大戦中行方不明になった兵隊さん達が殺る気満々で湧いてきたりする事だ。

 茶の間で風呂上りの一杯をやりながら寛いでる時、猛り狂った梟熊だの完全武装のゴブリン兵団だのが押入れから這い出してきたら目も当てられない。


 警察を呼ぶか?


 まぁ、運がよければ、警察の浮動遺跡対策班が駆けつけてくれるかも知れない。

 多分…


『外から何か引っかく音がする…窓枠に、手、手がッ!』


 と、まぁ、それ位逼迫した状態なら多分大丈夫だろう。

 だが、彼らは忙しい。

 そもそも、まともに遺跡に対処出来る様なノウハウがある様な警官等、それなりの規模の街にしか居ないものだ。

 ついでに言えば、もし間に合う様に到着しても、せいぜい現場を封鎖して立ち退きを勧告されるのが関の山だ。


 じゃあ、宇宙軍に泣きついてみるか?


 まぁ、湧いた遺跡に遺産扱いされるようなものがあれば実際それも悪くは無いかも知れない。

 連中は有能だ。

 だが奴らは限度ってものをを知らない。

 湧いたものによっては“念の為”あんたの大事なおうちを随行の軌道クルーザーからフェイザーカノンで遺跡ごとぶっとばすかも知れない。

 そうなったら、家にかけた災害保険がそんな災難をカヴァーしているか確認に走るしか無いだろう。

 もっとも、保険証書が残っていればの話だが。

 遺産に関しちゃ治外法権の宇宙軍相手じゃ、国なんて指一本動かしちゃくれない。


 じゃあ、誰に頼ればいい?


 あんたが小金持ちで、格別な伝がある訳でもないなら、迷うことは無い。

 手近のISDS(International Special skill person Dispatch Society:国際特殊技能者派遣協会)に電話して、協会のエージェントを待てばいい。

  彼(もしくは彼女)があんたの注文と現場の状況を見て、最善の特殊技能保持者を手配してくれる。

 後は安全なところでスペシャリストの仕事が終わるのを待てばいい。

 協会に登録してる様な連中の仕事は綺麗でスマート、そしてクライアントの利益最優先、実に素晴らしい!


 そんな金は無い、どうしたらいいんだ?


 そうか、毎度ありがとうございます。

 あんたみたいな人が俺達のクライアントだ。

 電話一本参上、委細相談、迅速派遣、よろづ揉め事解決承ります。

 昔なら冒険者って名乗るゴロツキの溜まり場になってるきったない盛り場まで足を運ぶ羽目になっていたんだからそれだけでもツイてる。

 まぁ、今だってまともな派遣業者に頼まなきゃ、ヤクザまがいのチンピラを掴まされる事もあるが、そういうのがイヤだったら、お友達にお勧めの派遣事務所が無いか聞いてみるのがいい。

 口コミは馬鹿に出来ないぜ。


 なに?そんな事相談できる知り合いも居ない…って。


 うーん、まぁ、その、なんだ…何でも一度は試してみるもんだぜ。


 愛用の大口径オートマティック達を軽くばらして、点検とクリーニングを済まし、弾倉に弾丸を込め始めた辺りで事務所のドアが開いた。


「こんにちは」


 元気な挨拶がして、紅白のめでたい装いをした娘が部屋に入った瞬間、ソファでごろごろしていた外人が跳ね起きた。


「ブラーヴォ、ミドーリ、お久しぶ~り~ねー」

「げッ、似非ドイツ人」


 神職についているにしては微妙にはしたない言動をしつつ、両手を広げて顔を突き出してくるドイツ人、フリードリヒ=ヴァンヒルトをぐいぐいと押しのけているのは、巫女の婆沙羅翠ばさら みどり自称20歳だ。

 神道の巫女というより、どう見ても密教の験者しか思いつかない、冗談みたいな苗字だが、本物の巫女だ。

 確か、天照大神を祀ってる神社だった。。

 骨格は正直大人の女というより、せいぜい高校生どまりだが、魔女、魔族の本当の年なんざ見た目じゃわかりゃしない。

 魔族…っと、差別用語だったか、魔法適応種は平たく言えば魔法の使える連中の総称だ。

 一応、エルフだのドラゴンだの魔法を使える化け物…失礼、種族も含むが、普通にそこらのおっさんが使う時は大体人間なのに魔法が使える連中を指している。

 DNAだのは普通の人間と特に変わらないらしいが、連中、奇妙な年の取り方をする。

 一定まで育つと、見た目の肉体年齢がそこで止まってしまうのだ。

 まぁ、中身まで全て若いままとは中々いかないらしいが、一応見た目は10代から30台程度の幅で止まる。

 珍しいのではガキのままとか、最初からジジババというのもあるらしいが、少数派だ。

 前にフリードリヒと入った店でいい雰囲気になった女の子が、実際には孫が居る年、っていうか、実際に居たのが分かった時には正直へこんだ。

 いや、泣いた…トイレで新兵みたく。

 フリードリヒの野郎は平気の平左で口説いてやがった。

 そういう悪い方向に分け隔てない所は尊敬に値すると思う。

 俺には無理だが。

 ま…そんな事を気にしてたらエルフだのドワーフだのといった妖精族の娘を口説くのなんざ無理難題な訳だが。

 ドワーフなんて樽みたいな生き物口説きたくないって?

 ドワーフも女の子になると、ヒゲが生えた樽って訳でもないぞ。

 丸顔で小柄、うーん、どちらかと言えば愛嬌のある顔立ちの子が多いな…触ると骨格が結構がっちりしてて逆に驚いたりするんだが…いや、そういう話じゃないか。

 …そういえば俺、最初に翠と仕事を一緒にした時、極普通に年を聞いていきなり怒らせたっけなぁ。

 イロイロと望み薄だ。


「ちょ、ちょっと、どこ触って、ってか、揉んでるッ」


 確かに、ペアダンスのように身を寄せ、女性の背中を反らせる形でチューを迫る形を作っているフリードリヒの左手が、背中から尻にかかってもにゅもにゅと蠢いている。

 はさみになった翠の手が振り上げられ、人差し指と中指がフリードリヒの目に突き刺さった。


「イターイ!ミドーリ、愛がイタイヨー!」


 片手で顔を抑えて、大げさに苦しむドイツ人からようやく逃れると、翠は指についたヘンな汁を拭いた。

 俺の銃用のクリーニングクロスで。


「何よ…文句があるなら、最初っから助けなさい、もぉ」


 触らぬ巫女に祟りなし。

 俺は銃弾を箱型弾倉に充填していく作業に戻った。


 俺が紅茶、フリードリヒがエスプレッソ、翠が緑茶と好き勝手に淹れたお茶を飲んでいると又ドアが開きいて、とんでもない臭いが吹き込んできた。


「くさっ…酒くさっ」


 翠が懐から取り出した手ぬぐいで鼻を抑える。

 酒呑みにはお馴染みの、人間の体で発酵したアルコールの臭いだ。


「ゲボップ…まだ、正ちゃんは来ておらんか」


 ずんぐりした人影がよたよたと事務所の中に入ってきた。

 背中に担いでいた荷物をどさりと下ろすと、ソファなど無視して床にどっかりと座り込む。

 人間だのエルフだの用に作られたソファは高すぎて落ち着かないという事らしい。


「ちぃ…仕事前にちぃっとだけ、効かせ過ぎたか…頭が金床みてぇな音させてやがるぜ」


 ブツブツ言いながら尻ポケットのフラスクを取り出し、きゅうっと呷る。

 中身は多分“アペカムイトゥリヒサケ”アイヌ火酒だ。

 ポンアイヌレ、今で言えばアイヌドワーフ(アイヌ小人は差別用語だ)出身の北山三衛門きたやま みつえもんは200歳前後でドワーフとしては中年辺りの年代だ。

 カムイも、アイヌコタンも、ついでに元の名前も忘れて久しいが、あそこの酒だけは止められないらしい。

 俺も少し呑ませてもらった事があるが、アレは人間が口にしていい液体じゃない。

 アレに比べればウォッカなんて蒸留水程度のもんだ。

 アルコール濃度以上のものがあるに違いない。

 実際あの火酒の中毒で廃人になった酒飲みは多く、街に転がってる浮浪者にそれを見る事ができる。

 もっとも、火酒で廃人になったのが先か、浮浪者になってから火酒にやられたのかは俺にもわからない。


「うぃ~」


 アイヌユーカラと酒気でのどをごろごろ鳴らして吐き出し、三衛門はさっき床に落とした頑丈そうな皮ケースの鍵を開ける。

 中には整然と格納された旧式のボルトアクションライフルが1丁と、これまた古臭いまさかりが一丁、他には工具が納まっている。

 鉞を取り出した三衛門は刃を調べ、何かをブツブツつぶやきながら携帯砥石を取り出すと、酒を垂らしてしゃこしゃこやり始めた。

 独特のきつい香りが広がり、翠があからさまに顔を顰める。

 確かに独特だか、俺は火酒の臭い自体はそこまで嫌いじゃない。

 ま、なんで斧を研ぐのに使いたがるのか気は知れないが。


(有坂九十九式短小銃…ボルトアクション、装弾数5発、7.7mm弾使用)


「あんだ坊主、見てたって撃たせちゃやんねぇぞ」

「別に、俺はこいつで充分」


 俺がさっき点検が終わったばかりの、ベレッタ92FSオートマティックを持ち上げて見せると三衛門は鼻を鳴らした。

 確かにあの時代のものにしては高品質な小銃だとは思うが、生憎とおれは銃についてはオート党だ。


「お、みんな揃ってるじゃねぇか」


 事務所のドアが勢いよく開かれ、三衛門とどっこいどっこいの横幅をしたおっさんが入ってきた。

 身長も似たり寄ったりといった所だが、三衛門が鍛造した様ないかつい体をしているのに対し、おっさんの体はイースト発酵のパンみたいにふっくらしている。

 後藤正二郎ごとう しょうじろう、この性質の悪いジャム叔父さんみたいなのが、この事務所の所長で、ありがたくも俺達みたいなのに仕事をお分けくださっている訳だ。

 当然若干の手数料や何やかんやと…いや、大分ピンハネされてる様な気もするが、このおっさんが依頼の入札、条件の交渉、武器使用許可の法手続きといった、冒険野郎共がだいっ嫌いな書類仕事をしてくれるお陰で難しい事を考えずに俺達は心置きなく遺跡に潜れてるって訳だ。

 古き良き冒険者みたいに冒険やる毎に酒場でツケ貯めて、しまいにゃ路傍で野宿なんて生活とはおさらば、文化的生活を謳歌している。

「おぅぇえぁっぶッ…ック」


 ま、人にもよるが。


 何か困ってる市民が後藤のおっさんみたいな派遣会社の社長に泣きついてきたら、おっさんは事務所で抱えてる俺たちみたいな技能持ちから適当なのを見繕って集め、現地へ派遣する。

 そこで俺たちが困りごとを解決すれば、依頼者たる善男善女が大喜びでなけなしの金を払い、おっさん満足、俺達の懐もそれなりに暖まるって寸法だ。

 さっきから冒険者、冒険者と連呼しているが、一応、今風に言えば、派遣業者の契約社員の立場で、業務の実態は何でも屋。

 我が日本の派遣業に関する法律はぐだぐだゆるゆるなんで、何でもやる。

 ダンジョン掃除から、家の片付け、ペットの世話に捜索、家庭教師、中小企業の臨時の応援まで。

 いや、まともな業者なら法に触れない範囲だけどな。

 残念ながら、いつも銃をぶっ放す様な華々しい仕事ばかりじゃない。


「おう、正ちゃん…うぇ、今日はどんな穴倉だ…斧が磨きすぎてピカピカになっちまったぜ」

「叔父さん、今日そいつを振るったら、刃から羽毛を落とすのに一苦労しそうですよ」

「なんだぁ、今日の獲物は鳥熊かよ…なべにゃあできそうにねぇな、大東亜の戦ん時に、あれ喰った馬鹿がいてなぁ、営倉がくせぇのなんの、掃除する方の身に…」


 又、三衛門の手がフラスクに伸びた。

 俺が目配せすると、後藤のおっさんは咳払いしてとりあえず先を続けた。


「…今日の現場は秋川渓谷で農家をやってる田沢さんからの依頼だ、山の畑の近くに昔防空壕に使っていた洞窟があるらしいんだが、どうも最近妙な臭いがするって事で見に行ってみたらよ、せいぜい10メートル位だった奥行きが、奥が見えねぇ位に増えてるわ、入り口付近に鳥熊のクソが落ちてるわって事らしい」


 成る程、確かに鳥熊が出た程度なら地元の猟友会にでも頼めば済む話だが、単なる防空壕がダンジョン化した様な事例ならこっちの仕事だろう。

 まぁ、単なる野獣駆除も引き受けるけどな、たまに。


「くれぐれも失礼のねぇ様にな、こぃつぁ前にやった仕事のクライアントからの紹介で入札じゃねぇ、直電で受けた依頼だ、次に繋げろよ」


 俺は正二郎のおっさんに目を向けられ、三衛門に目をやる。

 床に座り込んだドワーフは斧磨きを止め、7.7mm弾を数えていた。

 経験豊富なのは認めるが、本当にこんなんよく雇ってるな、後藤のおっさん。

 先代からの付き合いらしいが…とにかく、俺に振られるのは面倒だなぁ。


「…この銃オタク」


 秋川に向かうバン後部で、俺は翠の冷たい視線に耐えつつ、事務所から借りてきたショットガンの点検に勤しんでいた。

 バンはフリードリヒが運転して、助手席では三衛門が大いびき、床に座り込んだ俺を壁を背にして座るタイプのシートに座った翠が睨んでいる訳だ。

 バン全体が酒臭くてイラつくのも分かるが、俺に当たらんで欲しい。


(レミントンM870…)


 今回は大物相手という事で、後藤のおっさんが貸してくれたのだ。

 弾代はしっかりさっぴかれるみたいだが、ま、背に腹は変えられない。

 俺も自前の長物が欲しいが、本体だけ手に入れるなら兎も角、ライセンス取得でごたついていてまだ手元に安心して持ち歩ける様な物が無いのだ。

 開発が1960年中期なんて古い銃だが、未だにポンプアクションショットガンの定番としてパトロール警官の携帯火器や、狩猟の友として使われて続けている堅実な代物で、手入れもいい。

 銃身下のチューブ型装弾部も延長されていて、装弾数が4発から、倍の8発に変更されているのもあり難い。


(素性のいい銃だ…もって帰れたら、ちゃんと整備して返そう)


 ポッと出のダンジョン、浮動遺跡は何もかもが不安定だ。

 あそこで無くした物を後で見つけ出せるなんて考えない方がいい。

 俺は点検が終わったショットガンをきちんとケースにしまって鍵をかける。

 いくらこんな稼業してるとはいえ、銃をむき出しで運搬してる所を職質されたら厄介な事になる。

 つまらん点数稼ぎのネタに武器所持ライセンスを取り上げられた契約社員は結構いるのだ。

 人里離れると結構すぐに危険生物がうろついている地方なら兎も角、都市圏では銃器はきっちり装弾しないで鍵のかかる専用ケースに閉まって持ち運ぶのが基本である。

 てか、流石に仕事の契約書と探索許可書持って現地に行くんでもない限り、都下で武器を携帯しようとか考えない方がいい。

 連中チンピラのダガーは鼻も引っ掛けないが、個人契約事業者から魔剣や銃器を取り上げる時なんて、すっぽん並みのしつこさで食らいついてくるからな。



 とりあえずクライアントの田沢さんの前でイロイロと取り繕う羽目になるのは回避された。

 三衛門の爺さんがついても起きなかったので、バンの中に放置してきたからだ。

 念の為、フリードリヒも番につけた。

 しかし、次の問題は立会人だ。

 浮動遺跡出現が疑われる様な案件には、行政、まぁ、警察かその天下り団体の遺跡調査影響度監査委員会の委員が俺達みたいな信用のおけないゴロツキ共が無茶なおいたをしでかさないか、調査の立会人としてついてくる。

 仕事としては、遺跡の入り口で調査作業の書類をチェックして、調査の開始と終了、または調査中異常事態が生じた場合の書記官への連絡、後は、調査終了時に俺たちが遺跡からサルベージした戦利品の記録と保管庫への移送という所か。

 しかし、たまに妙に熱心とか酔狂な奴は遺跡の中までついてこようとするから困る。

 ずっと見ていられるのは居心地が悪いし、怪我でもされたら面倒だ。


 ちなみに、遺跡、遺産の取り扱いに関する法律、手続きは殆どの国で同じだ。

 公的機関が立会い、後に情報を宇宙軍に引渡し、宇宙軍がそれを監査する。

 遺跡の除去、遺産技術の公開非公開決定権は宇宙軍にある。

 遺跡の除去、破壊の通達が出ちゃったら、クライアントなみだ目。

 戦利品の遺産技術が非公開になっちゃったら、俺達なみだ目。

 遺跡の戦利品は宇宙軍関連の国際法にのっとり、普通の拾得物とは別枠で宇宙軍預かりとなるが、宇宙軍の拾得物処理課で一定期間情報公開された後(ま、長くて6ヶ月、短くて3日って所だ…普通は2週間位か)に遺跡の探索業者、すなわち俺達に直接下げ渡されるからだ。

 ま、直接とは言っても、結局後藤のおっさんに渡す訳だが。

 遺産の審査と所有者探しの告知、ついでに依頼者と雇用者との取り合い、それを全部クリアしなくちゃならないんだから、現在の冒険者なんて面倒くさいもんだ。

 ハック&スラッシュだったっていう昔の冒険者が羨ましくなってくる。

 拾ったもん、すぐさま総取りだからなぁ。

 うらやましい限り。


 今回の立会人は鼻が赤く酒焼けした人の良さそうな駐在さんだった。

 後藤のおっさんから預かった調査作業許可書を渡すと、駐在さんはざっと目を通して判子をついてくれた。


「どうも」

「いやぁ、この辺で作物食われるは、そうそう、田沢さんとこの番犬居なくなるわで、猟友会も槍と銃磨いとったんですが、流石に遺跡ととると入りたがる連中も居なくてですなぁ」


 あっけらかんと笑う駐在さんに翠が微妙な顔をする。

 確かにぽっと出のわけの分からん遺跡に踏み込もうなんて奴は俺たちみたいな業者か、リスクジャンキー名自殺志願者、非合法のトレジャーハンター、後は分別の無いばか者位だろう。

 さっき、タキオンバロメータで空間安定率をみてみたら20%以下だったから、ま、遺跡全体が突然消滅することも無いだろう。

 まぁ、局地的な安定率は違うだろうし、遺跡の安定率なんて割とコロコロ変わるもんだ。

 遺跡の再移動に巻き込まれて行方不明になる連中は毎年届出がある業者だけでも、50件は下らない。

 どっか訳分からん国に再出現した遺跡から脱出できたり、数年後にタイムスリップ状態で出てくる連中も居るが、本当の本当に帰ってこない連中が多い。

 そういう連中はどうなったのか?


 わからん。


 今の所、それが正答だ。

 ま、スカイクリーナーの暴走と共に、遺跡の浮動率が劇的に酷くなったのを根拠に広島とか長崎の市民と同じところに行ったのではという学者も居るが、眉唾なもんだ。

 とりあえず、近代の記録には未来人が遺跡から出てきたって記録は無いので、過去へは移動できない様だが。

 実際、空間の安定率が怪しくなると多く発散される怪しいわけ分からん粒子に“タキオン”なんて名前がつけられたのもそれにひっかけてあるらしい。

 未来にしか飛ばない遺跡と未来に向けて流れる粒子。

 科学って言うのも安直だ。

 ま、ネーミングは兎も角、このタキオンバロメータって機械のおかげで俺達は割と逃げ時が分かる様になったんだから、民間へ安く供給する道筋をいち早くつけた宇宙軍に感謝すべきだろう。

 今は、一般のご家庭向けに置き時計に仕込まれた商品がある位、一般的だからな。

 勿論、俺達は一人1個以上は携帯してる。

 命綱だ。


「まぁ、その為の業者ですから」

「いやいや、お願いしますわ…じゃ、今から県警に電話しますんで、ちゃっちゃーと、始めて下さって結構なんで」


 駐在さんがパトカーの無線でしばし連絡を取りあう間に、俺達は装備の最終点検をする。

 おれは腰に装着した装具ベルトにホルスターと道具が互いに干渉して音を立てない様に納まっているか確認し、たすきがけにした弾帯をぶらぶらしない様締め直す。

 弾帯にはショットガンの弾がきっちり押し込まれている。

 体の各所を覆ったしなやかな抗刃、抗弾プロテクターもしっかりと所定の位置にあった。

 正直鳥熊みたいな大物相手には防御力に不安の残る代物だが、プレート入りのハードタイプは値段も高いし、重量も嵩む。

 趣味じゃない。

 どうせ殴られたら無傷じゃ済まないのだ。

 他の連中も自分の装備をしっかりと点検している。

 三衛門は古風な具足に身を固め、額には鉢金、腰の装具ベルトには斧、背のスリングホルスターに九十九式短小銃といったこしらえだ。

 ちょっとした歩く歴史博物館である。

 具足の端々にはアイヌの文様があしらわれており、本土から伝来した技術を取り入れ、三衛門のご先祖が打ったものらしい。

 護身の魔力を叩き込まれている為、俺のプロテクターなどより遥かに防御力は高い様だ。

 らしい、様だで済まないが、実際にあの鎧が大口径の拳銃弾を至近距離から弾いたところを見た事があるから、あながちウソって訳でもない。

 翠の方はいつもの巫女装束の上に、鶴と亀が描かれた千早を着て、勾玉や管玉で飾られ、中央に照魔鏡が配された首飾りを下げ、背には破魔弓と破魔矢を担いでいる。

 長い髪は白い和紙(奉書と言うらしい)でしっかり縛り、邪魔にならない様に纏めてあった。

 それだけなら凛々しい巫女さんで済むが、腰には俺達と似たり寄ったりの装具ベルトが巻かれている。

 しかし、武器がぶら下がっている俺達に比べ、彼女の場合はベルトについているのは救急医療用品が主である。

 世界の病院の多くは宗教団体によって運営されているか、直接運営はされていなくともそういった組織と仲良くしている。

 治療魔法の使い手は普通宗教者なのだから、当然と言えば当然だ。

 ま、俺は巫女ナース、シスターナース、イロイロ(怪我にそんな余裕があったら)選べるから結構お得じゃないかとは思うが。

 翠も一応看護資格自体は何年か前に取得したらしい。

 そんな資格持ってるんだったら、普通に教団の病院に勤めれば、こんな危なっかしい稼業で命を危険に晒すよりなんぼかましだと思うのだが…ま、人の事情に立ち入ってもしょうがない。

 ちなみに、遺跡の中は治外法権だ、翠が医者しか処方できない薬をマニュアル診ながら処方しようと、緊急手術しようと、法律違反には問われない。


(おいおい…合法的に人切り刻みたいとかじゃ…ないよな…多分)


 フリードリヒは大あくびしながらベルトを巻いている。

 開襟シャツにブラックジーンズ、靴は一応ジャングルブーツだが…後は手袋してる程度。

 相変わらず遺跡を舐めた格好だが、鎧を着ると肌でものを感じ取れなくなるとか、無茶な事を言って防具つけないんだからしょうがない。

 ま、実際、あいつはDNAは人間でも、やっぱり人間じゃないから俺がどうこう言ったってしょうがない。

 フリードリヒは奴の住んでる方ではベルセルカー、狂戦士、この国じゃ、鬼とか言われてた連中…強靭種の血を引く一人だ。

 翠みたいな魔法技術的応種と同じく、DNAは人間と一緒だがイカレタ能力を発揮する。

 ま、俺に言わせりゃこっちは野蛮人だがな。

 生身で撃たれても、まだ戦えるってのは常軌を逸していると思う。

 こいつら直接魔法も効かないし、鬼ってのも妙な連中だ。

 ちなみに、回復魔法も効かない。

 ま、アイツの回復力はゴキブリかプラナリアって感じだから必要ないだろう。

 しかし…いつも思うのだが、この連中に混じっていると、俺一人で軍人みたいなかっこしてるのが馬鹿みたいに思えてくる。

 気にしてもしょうがないんだが…


「よし、行こう」


 俺が口にだして言うと、それぞればらばらに返答が返ってきた。


 ここまではイヤになる程いつもどおりだった。


 埃まみれの防空壕に潜り込んで、その奥の洞窟に踏み込むと、すぐに濃密な獣臭が鼻をついた。

 声こそ出さないが、背後で息を詰める気配がする。

 俺は鼻で呼吸しないようにしつつ、そろそろと足を進めてゆく。

 前方確認はいつも俺の仕事だ。

 しかし、いつもの事ながら、NBCM(Newclear.Bio.Chemical.Magic arms)対応のマスクが無いのが悔やまれる。

 いつも買おう、買おうと思うのだが、その度に手持ちが無い。

 口元を覆っているネックマスクで今のところ我慢するしかないだろう。

 洞窟の中は薄暗く、奥は完全に見通しが効かない。


「先行して確認する」

「おう、気ィ締めて行け」


 俺はようやく酒が抜けてきた三衛門に親指を立て、M870と同じく、事務所からの借り物である赤外線ゴーグルのスイッチをONにした。


(相変わらずひでぇな…)


 安物のポンコツゴーグルは俺の視界を極彩色に変える。


(せめて白黒の照度強弱表示固定か、切り替えの奴がいいが…)


 欲しけりゃ自分で買うしかないが…金が無い。

 お宝、お宝と、まるで遺跡荒らしの様に念じながら、俺は奥にに踏み入っていく。

 臭いと気配が強くなる。

 あの熊と鳥の合いの子みたいな獣を見つけるのはそう難しい事じゃない、ただ、臭気に我慢しさえすれば達成可能だ。


(しっかし、こりゃ、たまらんな…)


 殆ど180°カーブした先にある少し広い空間に2つ、でかい熱源がうろついている。

 雨風の入ってこない理想的な巣だが、換気は絶望的だ。


(充分だな…)


 俺は吐き戻して存在をばらす様な無様なまねをする前に皆の所へ戻った。


「奥に鳥熊が2等、酷い臭いだ…もっと奥にいるかも知れんが」

「ッく…手前の奴らから片すしかねぇな、調べるにしても邪魔だ」

「はっやーく、いきまショー、狩りの時間ネ!さっきからボクの拳、夜鳴きしまくりデス」


 俺と三衛門が真面目に額を寄せて相談している間、フリードリヒのアホウはグローブをはめた指をぽきぽきと鳴らしまくっている。

 いつも思うが、こいつのおかげで、俺のドイツ人に対するイメージはがた落ち、大暴落、世界大恐慌だ。

 つられて俺の株まで破綻したらどうしてくれる、このお気楽独逸人め。

 H&K社の職人さんに謝れ、全く。


「どうでもいいけど、さっさとおわらせましょ…ここ、臭い」


 翠先生、俺も同意見だ。

 今度は全員で置くまで進む、ゴーグルをつけてる俺と暗視能力持ちの三衛門は普通に歩いているが、そんなもんが無い翠とフリードリヒはそろそろとついて来る。

 先手を打てるときはわざわざ明かりで自分達をアピールしてもしょうがない。

 まぁ、正直三衛門みたいな金物の塊が居ると微妙かと思うが。

 歩く度にカチャカチャとうるさくて仕方が無い。


 (あの獣共が想像を超えた間抜けであります様に…)


 幸い俺の祈りは何かに届いたらしく、熊共はまだ所在無げにウロウロとしていた。


 俺はライフルを下ろしている三衛門の肩を叩き、左側の奴を指差し、ついでに右側の奴を指差してから自分を親指で指す。

 おっさんはうなづいて左側の奴に狙いをつけはじめた。

 俺も右側の奴に狙いをつける。

 元々大物相手って事で、M870には散弾ではなく、一粒弾が込めてある。

 当てる所に当てれば効く。

 俺が発砲した瞬間、三衛門も発砲した。

 即座に銃身下のストックを前後にしゃくって次弾を装填し、ゴーグルをはねあげて、射撃するのと同時に瞑っていた片目を開く。

 発砲音に合わせて翠が解き放った魔力光に照らされて咆哮を上げる巨獣が目にやきついた。

 断末魔の絶叫を奏でながら崩れ落ちる一頭を無視して、猛り狂う一頭へ俺と三衛門の火線が集中し、止めを刺した。


(首か…4発使った)


 生き残ってた奴は俺が撃った方だった、くそ。

 最初にくたばった方は綺麗に頭が撃ち抜かれている。

 頭が戦車並みに固い並みの熊じゃああはいかなかったろうが、しかし、スコープつきライフルに、ショットガンのアイアンサイトじゃ流石に狙撃で分が悪かったか。


「くさーいね、とりあえずここはこの2頭だけみたいだ」


 すばやく空間の中を調べていたフリードリヒが思い切り熊の死骸を蹴飛ばした。

 ぐったりとした死骸が一瞬跳ね、どさりと床に落ちた。

 相変わらず出鱈目な腕力である。


「でもここが巣じゃないわね、奥かな」


 翠のくぐもった声に俺はこもった硝煙を透かし見る。

 確かにこの空間には奴らの寝床も、獲物の喰いカスもない。

 もっと奥を探索する必要がありそうだ。

 俺はたすきがけにした弾帯から手早く実包を抜き出し、消費した分を再装填する。

 しかし、閉鎖空間でドンパチなんてやるもんじゃない。

 イヤープロテクターを装着していても耳が効かなくなって来るし、硝煙が実に目にしみる。

 まぁ、俺は嫌いって程じゃないが、鳥熊の死臭と混ざり合って、吐きそうな毒ガスと化している。


(次にまとまった金が入った、NBCM対応のフェイスマスクを買おう…決定)


 鼻が曲がりそうだ。

 これだけ大騒ぎをした後じゃこそこそしてもしょうがない。

 明かりを持った翠を真ん中にすえた隊列で、空間の奥へ伸びる通路へ踏み込む。

 左右に分かれている。

 左は下り、右はすぐ先で→ぐぁに曲がりくねっていて先は見えない。


「ふん、奴らの巣は右だな…」


 床を軽く調べていた三衛門が呟く。

 言われてから見てみると、確かに右の方はいくつもの大きな足跡で踏み固められている。

 ついでに腐った獣脂の臭いが充満しているが。


「とりあえず確認しますか」


 手ぬぐいを鼻と口にあてている翠があからさまに嫌そうな顔をするが、口に出しては嫌と言わない。

 一度一人で待ってた時にグール共に襲われて死ぬかと思った事があるらしい。

 ま、確かにダンジョンで単独行動等、自殺行為だ。

 さっきの空間よりは狭いが、八畳間くらいは有りそうな開けた場所に出た。

 そこらの農家から盗んできたと思われる稲藁、布団等で営巣された巣が三つ。

 特に動くものは見当たらない。


「足りねぇな」

「ですね」


 さっき倒したのは二頭、一頭足りない分は外に仮に出ているのか…ま、外の警官も流石に鳥熊出没地帯なのにパトカーの外で居眠りしたりはしないだろう。

 今日日地方のパトカーに使われている抗弾ガラスは鳥熊のパンチ位じゃ破れない。

 少なくとも一発二発程度じゃ。


「卵があるわね、そこと、そこ、あ、そこも…全部で三つ」


 相変わらず手ぬぐいで片手が塞がっているが、中々目ざとい指摘だ。

 俺は翠が指した巣の中身を確認し、確かに大人の頭ほどはある卵が三つ入っているのを見つけた。

 でかいくせに保護色で見つけ辛いのだこれ。

 鳥熊の卵は錬金術素材として結構いい値段で売れる。

 ここの所有者へのリベートを差し引いても俺たちの報酬に色をつけてもらうには充分だ。

 ついでに言えば鳥熊の羽毛も魔法触媒として需要がある。

 後藤のおっさんはその辺も考慮に入れて今回の仕事を引き受けたに違いない。

 がめついおっさんだ。

 俺達は卵を大事に入り口まで運び出し、次に鳥熊の死体を台車で外に運び出した。

 勿論翠は見てただけだが。

 立会いの警官に未発見の鳥熊の件を警告し、再び中へ進む。

 いい加減鼻が馬鹿になってきて、臭いは我慢できるレベルに落ち着いた。

 今度は下に下っている通路だ。

 低くなっていく天井に苦労しながら下へ下る。

 左の手首に振動が走った。


 腕時計の後ろに巻いておいたタキオンバロメータの警告だ。


(30%超えか…)


 10%の上下があったら警告が出る様にセッティングしてある。


「きやがったか」

「はい」


 中腰で抜けた通路の先は、コンクリと木材で補強された通路になっていた。

 明々白々な人工建造物だ。


「ボク、ワクワクしてきたーヨ」


 フリードリヒの奴は相変わらず能天気だが、ま、流石に俺も同感だ。

 この未知の何かと出会えるかもしれないという期待と緊張、背筋にゾクゾクとした感覚が走る。


「早く回って帰りましょ、ここも臭いし…ちょっと気味悪い」


 独りうんざりしている様子の翠に、俺は少し違和感を覚えた。

 前に組んだ時の感じだと、翠はうんざりといった態度の中にも、幾分か俺たちと似た様な何かを感じている感があったのだが。

 今日は妙にノリが悪い、というか、少し怖がっている様な響きがある。

 遺跡の雰囲気に簡単に呑まれる程には素人じゃ無い筈だが。

 見た感じ、木材もコンクリもさして風化していないが、拡張したと思わしき箇所は手掘りの鶴嘴と鑿の跡がついている。


「こりゃ大戦もんだな、全然機械を使ってねぇ…チッ、雑な掘り方しやがって、小鬼に掘らせやがったな」


 今日日穴掘りをしないドワーフは珍しくないが、三衛門は昔気質なドワーフで、大戦中は散々退避壕やら、地下通路だのをほじくったくちらしい。

 穴倉にかけては一家言ある。

 装具ベルトからピックハンマーを引き抜いてコンクリを打ち欠き、小片を口に放り込む。


「うぇ…」


 この手の奇行はいつもの事だが、翠はどうにも慣れないらしく、顔が引きつっている。

 ま、俺だって多分微妙な顔はしてると思う。


「どう、ミツエモン、おいしーね」


 喜んでるのはバカだけだ。


(つーか、飲み込みやがったこのおっさん)


 こんな事するからドワーフは石食って硬くなるとかいう都市伝説が無くならんのだ。


「まじぃ…ソーダが腐ってやがる、ここぁ間違いなく帝国の施設だぜ」


 三衛門のおっさんは大戦中に参加した戦闘の事は余り喋らない。

 いつも酔っ払ってくっちゃべるのは、どこそこの土はまずかった、あそこの島のトンネル掘りには骨を折った、最初の内は三度三度ちゃんと白い飯が食えただの、殆ど出稼ぎ労働者のノリだ。

 たまに戦闘の話をしたかと思うと、内容は三八式の長銃は長すぎてうざいだの、殺しと死体だけだ、つまらん、で終わる。

 まぁ、それはそれで納得できるのでいい、ぶっ放すのが好きなおかげでたまに誤解されるのだが、別に俺も殺し合いが好きな訳じゃない。

 少なくとも話が長くて絡み酒な戦中派に比べれば、余程呑んでて楽しい相手である。

 今迄呑んだ相手だけの話だが、どうもドワーフっていうのは、戦闘をいさおしとして誇らしく語るか、楽しそうに愚痴るのだが、エルフっていう連中は、戦闘の個々の技術の評価に終始するか、厭世的に戦いの空しさを自戒だの説教する奴が多い。

 ま、そう考えると、三衛門は少し変化球なタイプか。

 しかし、日本が帝国名乗ってバチバチ戦り合ってた頃の施設となると、何か遺産技術が残されているかもしれない。

 うまく回収できればいい金になるかも知れないが、ま、それもヤバ過ぎて宇宙軍に吹っ飛ばして貰う羽目にならなければだが。

 当面の問題は遺跡の中に残ってるかも知れない旧帝国軍人の方だ。

 説得して外を試す気になれば良し、そうならなければ少々厄介な事になってくる。

 基本向こうが先に撃ってこれば正当防衛で終わるが、寝覚めが悪いし、持ち出してくる兵装によっては俺達だけで事態が片付けられるかが問題になってくる。

 大体、最初の一発がいいとこ当たったらそれで終わりだ。

 ほんと、俺もよくこんな商売を好き好んでやってると思う。


(そんなもんが絶対居るって訳でもないさ…)


 どうも遺跡自体とそれに伴う小物の消失、出現にはズレがあるらしく、その小物が生き物となると更にそれが激しくなる。

 遺跡が旧帝国軍のものだからと言って、そのゆかりの者が必ずセットとは限らないって事だ。

 かと言って、一人の帝国軍人の代わりに猛り狂った穴居人が2ダース湧いている可能性もあるので、安心できる訳ではない。

 浮動遺産の中では確かな事等、何一つ無かった。

 しかし、この遺跡、手掘りでも結構広く空間が掘られている。

 三衛門はいい加減な掘り方と言っていたが、床はきちんと平らにならされているし、壁の補強もしっかりしていて、崩れてくる心配は無さそうだ。

 ここは湿っぽくて何処と無くかび臭いが、幸い、さっきまで居た場所に比べれば臭気はどうと言う事も無い。

 集中できそうだ。

 広い通路の左右には部屋の様な空間が幾つかある。

 斧を抜いた三衛門とフリードリヒが先行し、一つ一つ空間をクリアリングしていく。

 ドアがつけられている部屋は少ない。

 手前左の部屋はどうやら通信室らしく、木製の机に古めかしい通信機が設置されている。

 通信機自体は大戦時代に使用されていた有線型のモデルだ。

 床に通信魔法用の祭壇も置かれている。

 通信文書を浮かべる水桶の中には半分程の水が残っており、積まれた半紙に黄ばみは無い。


「この遺跡、まだ大して時間が経ってないな…」

「少なくとも年単位は無さそう…月、数週間位かな」


 机の表面をなぞった翠の指にはうっすらと埃がついているが、机に埃のカーペットが生成されるにはまだ程遠い。

 まだ、せいぜい見えにくい筋が引かれる程度。

 ここを掃除するものがいなくなってからしばし、遺跡は何処を漂っていたのか、守人達は何処へ行ったのか。


(あるいはまだどっかに居るのか…)


 知りたくてたまらない。

 はやる心を抑えつつ、俺は次の部屋へ移動する。

 通信室の向かいは食堂だった。

 簡素な木目そのままの食卓が二台、片方のテーブルには三人分の食事がのっている。

 かさかさに乾いた飯、味噌が沈殿した汁物、縮んだ漬物、多分何らかの野菜の煮物だったもの。

 既に腐敗臭がしない程乾燥している。


「数ヶ月の方っぽいな」

「ま、確かに誰も居ないんなら、そっちの方が楽でいいけど」


 翠の台詞は確かに正論なのだが、それでは何かが足りないと思ってしまう俺はまだこの稼業じゃ、素人の域を抜けらないままという事か。


「油断すんじゃネェ、旧軍の遺跡なんざ、肥溜め並にくそったれな遺産まみれだって事を忘れてっと、五体満足じゃ帰れん」


 酒臭い三衛門の声は潰れ、しわがれている。

 普通の遺跡で三衛門がここまで緊張を露にしているのは見た事が無い。

 戦中派のトラウマと斬って棄てるのは簡単だが、聞きかじりの知識の万分の一でも事実だとしたら。


(死にたくなきゃ、俺も気を引き締めていかないとな…)


 次は一つ奥、左手の部屋を改める。

 その部屋は丈夫そうなドアに簡単な南京錠がついていた。


(外開きか…)


 一応扉に警報や罠の類が無いかを確認する。

 普通の生活スペースにそんなものをつけるイカれた輩は少ないが、ここは遺跡でしかも旧軍の施設だ、用心に越した事は無い。

 目に見えて分かるものは無し。


(中から音はしない…)


 この程度の錠前、まともなピッキングツールが使えるならトイレの鍵を開け閉めする位簡単にやれる。

 俺は軽くテープで錠前本体を扉に固定し、軽くいじる。

 すぐにバネ仕掛け鉄棒が軽い音を立ててずれたのを確認し、そっと外す。


(ま、そりゃ仕掛けなんてないか…)


 扉を開けると、中から黴臭くていがらっぽい腐敗臭が流れ出てきた。

 逆の脇から中を探ってみると、見つかったのは米の袋、乾燥林檎の詰まった樽、サツマイモ、みかんの缶詰、どれも食料品ばかりだ。

 ネズミに一部やられているが、保存食ならまだまだいけそうだ…自分で試してみる気にはなれないが。

「ん、けっこう美味し~ね、ボク、リンゴ大好き」

 俺が試す迄も無かった様だ。


(この変態胃袋め)


 思わず口まで出かかったが、カビを口に入れてまで口に出す事でもないので黙っておく。

 食料庫の向かいの扉は他と違い強固な鉄扉がつけられ、食料庫のちゃちな奴とはモノが違う南京錠が太い鉄閂、というかボルトロックをとめていた。


「おお~、お宝の臭い、プンプン~です」


 全くだ、しかし、やばさも同じ位である。

 大体、開けるのはいつも俺なのだ。

 慎重に調べる。


(ここも、外から見る限り、機械的な罠は無い…見えにくい所、閂の裏だのにマジックシンボルだのも書き込まれて…ないな)


 俺はベルトに通したダクトテープを又びびびと引き出して錠前を固定し、ピッキングツールを引っ張り出す。

 ま、一分はかからなかった。

 カチと音を立てて横棒がリリースされ、錠前の右から突き出る。

 元々、無人状態で放置する事を考えてつけた鍵でもないのだろう。

 保安上の措置という奴だ。

 特に見えないスリットから針だの刃だのが出て、盗人に毒を注入しようという気配は無いし、レリーフの毒蛇が実体化して噛み付いてきたりもしない。

 いや、そんなレリーフは元から付いてないけども。


(ま、それが普通だよな…)


 しかし油断してると、時たま本当に冗談みたいなしかけにぶち当たる。

 極限状態に陥っていた施設だったり、後から遺跡に湧いて出た誰かが仕掛けたり、あるいは経年劣化が妙な罠を熟成してたりする事もあったり…廃墟探索というのは気苦労が絶えない。

 正直、鍵にいちいちこんなちまちました事をするんなら、C4辺りをほんの少量盛ってぶっ飛ばしたくもなるが、生憎とまだ危険物取り扱いの資格を俺は持ってなかった。

 指とか目とか、あと、命とか失くしたくなければセコくセコく立ち回る事だ。

 テープを剥がして錠前を取り除き、閂と取っ手それぞれに紐を固定して少し離れる。

 何も言わない内に他の連中はかなり遠くに避難してやがったので、俺は気兼ねなく紐を引いた。

 閂はゆっくりと動き、外れた。

 何も起きない。

 場所を変えて取っ手を試すと、かなりきつい手ごたえと軋みを放出しながら扉が開かれる。

 食料庫に較べればどうと言う事も無い空気、特に中から鬼だの邪だのは出てこない。


「中にはな~にも居なーいネ」


 いち早く中を確認したフリードリヒの能天気な声を聞いて中を覗くと、整然と整えられた室内には、木製の銃架、木箱、金属コンテナ等がしまわれている。


 当たり、お宝だ。


 普通に手続きを踏めば、元、所有者の国がしゃしゃり出てくるが、それでも旧軍の軍装と兵器はミリタリーマニアに高くさばけるので、オークションの拾得者配当だけでもそれなりの額になる。

 非合法に横流しすれば、一財産なんだが、それをやったらトレジャーハンターと変わらない。

 俺達は掃除しに来たのであって、盗掘に来たわけじゃない。


(ま、お宝眺めてつかの間いい気分にひたるのは嫌いじゃないけどな…ものによっては買い取っても…)


 銃架に並んでいた三八式歩兵銃はよく磨いてあるが、造りとしては並だ。

 銃底に施された焼印は左照準だの、上照準だので、そのまんま狙って当たる正照準のものは見当たらない。

 ありゃ、ちっと価格が違うんだが。


「お、珍しい、百式短機関銃か…」


 少数生産されて、実際に配備された日本製サブマシンガン。

 これは展示施設も欲しがるだろう。

 金に余裕があれば俺が引き取って撃ってみたい所だが、生憎と金が無い。

 俺はSMGを木箱に戻し、瀬戸物製の手榴弾を一撫でしてから、奥まった所に置かれた金属ケースに注意を向けた。

 明らかに他と雰囲気の違うその箱は、当時、通常の金属としては、かなり貴重品だったジュラルミンで出来ている。

 錠前をぶら下げる為のリングはついているが、そこに錠前は無い。

 俺は妙なワイヤーや何かないか確認してからラッチを外し、蓋を開ける。


「ブラーヴォ、ボク知ってる、コレ、ちょっと前に見たアニメに出てたーヨ、エイリアンやっつけるミライ銃ね」


(大当たり…)


 頭の痛くなるフリードリヒの歓声も気にならない。

 箱の中に入っていたのは、五七式電磁誘導架線加速長銃…つまり携行型のリニアレールガンだ。

 銃身から射出されたプロジェクトタイルは音速の数倍の速度で飛翔し、有効射程圏内の邪魔者にことごとく大穴を開けて行く。

 理論上は地球の丸さに邪魔されない10kmまでの目標ならことごとく排除できる筈だ。

 通常兵器の装甲厚の違いなんざ、こいつに狙われたらトイレットペーパーか濡れた和紙位の違いしかない。

 もっとも優秀なセンサーと射手が揃わなければ無理な話だが、それでも、俺は絶対にこいつにだけは狙われたくない。


(痛みを感じる間もないだろうな…)


 冷却フィンだらけの太い鉄パイプに機関部を取り付けた様な本体に、背中に担ぐ革鞄、中にはリアクターとバッテリーが詰まっている筈だ。

 無限に電力を放出し続けるリアクターは発掘品で、コピーもできないブラックボックスだ。

 直接つないでぶっ放すには出力が足りないが、急速充電可能なバッテリーとあわせる事で、チャージしながら断続的に連射できる様になる。

 射出用のプロジェクトタイルと銃身さえもてばほぼ事実上無限に打てるのだ。

 残忍以前に余りにも危険な兵器の為、ヴェルサイユ条約で提示された戦争利用禁止兵器リストのガウスガンの項目でこの辺のレールガンは筆頭に上がっていた筈だ。


(手元において置くのは、絶対に無理だなぁ…ま、俺達の稼業には過ぎた代物だけど、しかし…一発撃ってみてぇなぁ)


 撃たれたくは無いが、せめて試し撃ち位はしてみたいのが人情である。


(できれば重装甲の…MBTのスクラップ辺りにぶっぱなして、すこーんと穴が開くのを…)


 馬鹿な事を考えつつも俺の腕はケースの蓋を閉め、ここの部屋の扉についていた南京錠で施錠した上、鍵穴を速乾の金属パテで埋めていた。


「…何面倒な事してんの」


 折角のお宝に胡散臭い事をしている俺に翠が不審気な表情を向けている。


「…持ってきゃ邪魔くせぇ上に、こんなせめぇ場所で使うにゃ大仰過ぎる…かといって、そのまんまにしといて後ろからぶっ放されたくねぇか」


 三衛門の見立てに俺は肩を竦めて見せた。

 大体そんな所だ。

 全長が1m半を超え、重量8キロの本体に、重量6キロのリアクターなんて代物を他に加えて装備して歩くなんざ真っ平ごめん被る。

 一撃でどんな相手でも排除できるだろうが、逆に言えば、敵と味方が絡んでる状況じゃ絶対に使えないのだ。

 ま、それなりの価格で引き取ってくれる筈だから、まずは喜んでもいいだろう、持って帰れれば。


「今回はもうタイリョー、タイリョーね、帰ったら祝杯ヨー」

「帰れればね…」


 能天気なフリードリヒの台詞は兎も角、翠の台詞はいただけない。

 普段なら三衛門辺りが吐き棄てそうな台詞だ。

 どうもさっきから、三衛門だけじゃなくて翠までそわそわしている。

 俺まで感化されちまいそうだ。

 実を言えば俺の勘も、そろそろお宝を纏めて一旦引き上げろと言っているのだが、俺の仕事が宝漁りじゃない以上、ここで引き上げる訳にはいかない。

 まだ全部を見た訳じゃないのだ。

 武器庫を出て次の右側の部屋は宿舎変わりの大部屋だった。

 3段ベッドが幾つかに、それに見合う手荷物、そして机。

 まぁ、大したものは無かった。

 机の上に放置されていた小さな葉書にも、家族にあてた当たり障りの無い、元気にやってます程度の私信が書かれていただけだ。

 まぁ、途中検閲で墨塗りされちまうんだから、そうなるのも当たり前だが。

 左側の部屋は簡単な鍵がかかっていたが、まぁ、開けるのは難しくも無かった。

 中は上級士官用の個室らしく、書類と本が詰まった小さな本棚と机、上等なベッドがあった。


「お宝はっけーんネ」


 いち早く机を漁ったフリードリヒが、多分、秘蔵の代物だったと思われるウィスキーを勝手に呑んでいた。

 敵性国家のものと言えども、嗜好品は嗜好品なのである。

 当時うるさいのに見つかったら事だっただろうが。


(今はただ呑みする奴に見つかっちまった訳だが…)


 俺が呆れていると、不意に三衛門がフリードリヒの手から瓶を奪い取り、ラッパのみし、たかと思うと、咳き込んで半分がた噴きだした。


「ミツエモン、慌てて呑むからヨ、とったりしないから安心して残り呑んじゃうネ」


(おいおい、お前じゃあるまいし、三衛門のおっさんは仕事中にそこまではのまねぇぞ)


 三衛門のおっさんが瓶を持っている反対の手にはくしゃくしゃになった紙が掴まれている。

 どうやら軍の書類の様だ。


「やっぱり、くそったれだぜ…ここはよ」


 手が震えていた。

 俺が三衛門の手から書類を引き抜いて目を通そうとした時、背後で鋭い怒りの声が上がり、何かが砕ける音が響く。


(おいおい、今度は何だよ…)


 振り返ると、隅の急ごしらえの衣装棚が置かれている辺りに立っていた翠が、鬼女の形相で地面を踏みにじっている。


「おわ…」


 余りの形相に目を下に逸らすと、地面に管玉と勾玉、そして黒曜石の欠片が飛び散っているのに気が付いた。

 どうやら、組み合わせると翠が胸にぶら下げている小型の照魔鏡と似た様なものが出来そうだ。


「こ…コワイネ…ミドーリ、君にそんな顔は似合わなーいね、さぁ、ボクに笑顔を見せてクダサーイ」


 フリードリヒの発言は俺の頭痛を酷くしたが、少なくとも翠の注意をひきつけるのには役に立った。

 翠が放つデスレイ並の視線に、フリードリヒがマジびびりしているのを尻目に、俺は軽く咳払いする。


「げほ…えーと、一体どうしたんだ…二人ともおかしいぞ」


 三衛門ぐいぐいとウィスキーを空にするのが忙しい様なので、俺は翠に目を向けて問いかけてみた。


「ここに居たのよ…黒い太陽、あいつ等がね」


(黒い太陽…邪な外道神道、黒神道か…)


 黒い太陽は、翠達が信仰している大体真っ当な神道とは異なる、道に外れた信仰、外道の宗教として黒神道と呼ばれる特に悪名高い宗派の一つである。

 何しろ宗教に疎い俺でさえ心得てる位だから相当なもんだ。

 何故格別に悪名高いのか。

 黒い太陽の連中は、戦時中、どうやったのか軍部の一部に潜り込み、連中の黒い信仰の力を戦力として利用する為の研究を行なっていたのが大きい。

 黄泉の黒き太陽を信仰する奴等の力は特にアンデッドを作る技に優れていた。

 死んでも生き返る兵士、砕け散るまで戦いを止めない兵士。

 使い所は十分にある。

 実際、戦時中それなりの戦果をあげていた報告があり、敗戦した後は大日本帝国が行なった悪行の一つとして、世界中から激しい糾弾を受ける原因となった。

 後世の検証じゃ、軍神さまの内幾人かはリッチだのヴァンパイアだのの上級アンデッドだったらしいなんて話もある。

 兵隊にアンデッドを使うなんて、別に新しい発想じゃないが、曲がりなりにも近代国家が後ろ盾になっていたというのは激しく問題…であるらしい。

 殊に黒魔術の技術研鑽部隊として組織されていた731部隊は広く報道され、そのまんまの黒い太陽って名前の映画が作られ、世界中に日本の悪行というものを宣伝していた。

 俺は学校の道徳の時間に見せられたが、正直子供に見せるもんじゃない…後で調べても事の真偽はよく分からなかったが、あの映画で解剖されてる子供の死体が映画の為に用意された本物だって話が出てきてまたぞろ気持ち悪くなったもんだ。

 どんな崇高な意思でおつくりになったか知らないが、子供の死体を見せもんにする必要があったのか…見た方はたまったもんじゃないぜ、って、ま、怒るならそんなもん受け持ちの生徒に見せた先公に怒るべきか。

 と、まぁ…とりあえず、原因が分かってみれば翠がマジギレしてる理由は簡単だ、黒い太陽が信仰してるのは日輪にとぐろ巻く黒き蛇、黄泉路照らす太陽、天照大神信仰の悪趣味なカリカチュアだ。

 確か天照大神を祀っている系列じゃ、あの信仰自体が死霊術士達の妄想から生まれたまがい物であり、神格として認めていない。

 いや、認めていない所か、信徒は入信した時から不倶戴天の敵として繰り返し、繰り返し教育されている。

 真面目に教育を受けている敬虔な信者であればある程、憎悪の様な感情すら形成されているだろう。


(しっかし…キレ過ぎだろ、昔なんかあったのか)


 正直無信心な俺にしてみれば、ちっと退くものがある。

 それにしても、三衛門の様子も尋常では無い。


(まさか、このおっさん、関係者だったんじゃないだろうな…)


 三衛門は戦中派だ。

 軍人なんてのは上から命令されりゃ、どんな任務だろうとやらなきゃならない。

 可能性はあるだろう、が、しかし。


(マジだったら、翠とおっさんの間で血を見るな…勘弁してくれ)


 正直、おっさんを射的の的にした挙句、怒り狂ったネコの様に掴みかかる彼女の姿が目に浮かんでしょうがない。

 間違いなくやるぞ、この女。

 俺は三衛門が見ていた書類に目を落とした。


(…志願素体、全身満足たる者4体、欠損有りたる者8体…5番、左脚欠損…6番、内臓器に破裂、病巣に侵されたるものあり)


「ふぅ…」

「どしたねクロウ、元気ないネ~、疲れたか、ボクは元気一杯ヨ」


 そりゃそうだろう、強靭種が並の人間より先にへたばったなんてきいた事が無い。


(…名を書く事叶わぬことくちおしけれども、いずれも、死してなお護国の鬼たらんとす勇兵なり)


 胃が痛くて、ちょっとばかり胸焼けがしてきた。


「はぁ…いや、別に、とりあえず、この先を調べてやばそうだったら、さっさとものを引き上げて外の警官に通報しよう、戦利品はしばらく換金できないかも知れないけど、あのカルトが絡んでちゃ、零細派遣業にゃ荷が重い」

「神宮にも連絡するからね」

「そっちは任せるさ…」


 さっきよりは少し落ち着いた声で宣言する翠に俺は肩をすくめる。

 多分、天照大神系列の総本社、伊勢神宮の事だろう。

 餅は餅屋、あっちで引き受けてくれるならその方がいい。

 俺は書類をたたみ、ポーチにつっこんだ。



 もう一つ奥にある左右の部屋は研究者の居室らしく、白衣と書類が多かった。

 ついでに宝飾品のケースに入った黒い照魔鏡が又1つ出てきたが、今度は翠も叩き壊さず、黙って俺に渡してくる。

 証拠品として持って行きたいが自分じゃ持ちたくないらしい。

 適当にベルトに装備したポーチにそれを突っ込んでおいた。

 あまり気色のいいもんじゃないが、ま、いいだろう。

 研究者の部屋の次はどんづまりになっており、でっかい観音開きの鉄扉が閉じていた。


「うへ」

「きもちわる~いね」

「ック、ウィ~」


 鉄扉の中央には左右の扉にまたがって巨大な黒い太陽がぎらぎらと禍々しい輝やきを発し、下方では黄泉醜女よもつしこめ黄泉軍よもついくさが平伏している。

 黒い輝きをいうのを想像するのは難しいが、実際に見てみるとそうなんだから仕方が無い。


「死人を威伏する呪法…下に居るわよ、間違いなく」


 一旦くたばった奴等なんて嫌いだ。

 奴等に銃火器の効きがいまいちだし。

 大体、臭くて汚い。


「一旦引き上げるか…」


 俺が言いかけた時、三衛門が黙って扉を引き開けていた。

 ドワーフの体重と腕力にあっさり屈した扉は音も無く開き、半分に割られた太陽から黒いものが消える。


「俺ぁ、いくぜ…確かめておきてえ事があるからな…無理についてくんじゃねぇ」


 ヨタヨタと俺にまで分かる瘴気の中、扉の向こうの下り坂に足を踏み入れる三衛門の背を見て、正直迷う。

 しかし。


「何ぼーっとしてるね、クロウ、おいてっちゃーうヨ」


 頭の上で腕を組んだフリードリヒが三衛門の後をちょろちょろと追い、翠まで毅然とした足取りでその後に続いていた。

 やれやれ、これじゃ、又俺が馬鹿みたいだな。

 俺はため息をついて先行した3人の後を追った。

 先頭に回り、念の為に愛用のベレッタを片方、銀の弾頭をフルロードした弾倉にチェンジしておく。

 少々割高だが…まぁ、保険だ。



 扉の向こうの道は下りながら右に曲がり、180度展開したかと思うと、左に曲がって、右、右、左、右、左、左とやたらとぐねぐねとしていた。

 一本道だからいいが、分かれ道にでもなってたら厄介だ。

 そういえば、黒い太陽の地下神殿は、黄泉国の似姿として作り、そこに続く道は黄泉比良坂とするんだったか。

 けた糞悪い話だ。

 しかし、ここに入ってから妙にタキオンバロメーターの数値に動きが無い。

 何か湧いたりとかどっかにぶっ飛んでいきそうにないって事なんで、いい事っちゃいい事なんだが、普通ここまで大掛かりな遺跡が湧いて出た場合、もう少し上下が激しいもんだ。

 かえって気に食わない。


 何か聞こえた。


 カー、とも、コーともつかない、喉を鳴らす音。

 角から飛び出してきた何かに反射的に銃口を向け、目前に迫ったそれに一粒弾を叩き込む。


(抜けた)


 当たった箇所にぼつっと穴が生じるが、突進力は落ちない。

 もう、銃器の間合いじゃない。

 俺はショットガンを回し、銃杷をそいつの顔面辺りに叩き込んだ。

 硬い肉を叩く感触。


(うへ、噛み付きやがった)


 ショットガンの木製銃床になまっちろい歯をむき出しにして噛み付いているのは、青白い肌で目を濁らせた日本兵だ。


(護国の鬼…か)


 物凄い力だ。

 俺は坂の下側にいる自分より小柄なゾンビにずりずりと押しあげられるのを感じた。

 こいつはちょっとばかり新鮮過ぎる。

 俺が四苦八苦していると、後ろから何か独特の詠唱が聞こえ、激しい光が目を灼いた。

 翠の祝詞だ。

 明らかにひるんだゾンビに蹴りを入れて引き剥がし、俺は後ろに下がる。

 こんな近接レンジは俺の距離じゃない。


「フラー!」


 俺の脇を駆け抜けたフリードリヒがゾンビに物凄い前蹴りを入れた。

 蹴りを胸倉に喰らったゾンビが吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 ぴょーんと飛び上がり、天井に手をついたかと思うと、そのまんまゾンビの上に両足で着地。

 ちょっと形容したくない音がした。

 ついでに臭いも。

 果敢かつ過激な攻撃を受け止めたゾンビの体のどこかから何かが漏れたらしく、どろどろになるまで腐敗した代物の臭いが爆発した。

「ちょ、っと…」


 何か言いかけた翠が絶句する。

 俺は兎に角息を止めて、まだフリードリヒを乗っけたままびくびくと動こうとしている英霊のなりそこない、いや、その抜け殻の前を通り過ぎた。


(絶対に、ここ、生きて出たら新しいマスクを買う…)


 今日、何回目になるか分からない誓いを胸に刻む。

 しかし、ここは風が上に吹き出すのではなく、下に吹き込んでいる為に臭いが中々消えない。

 上の方では瘴気が吹き出していたのだが。

 しかし、そもそも、風の流れが出たの自体、この妙な道に踏み込んでからだ。

 実にけたくそ悪い。

 道が曲りくねり過ぎてどれ位下ったのかはよく分からないが、時間的には5分も下った辺りで広い場所にでた。

 じめっとした空気が頬を撫でる。


「地底湖か…」


 翠が灯したままにしている天照大神の神光に照らされ、地底湖が蒼く、幻想的な光を放つ。

 俺達が足を踏み入れた空間は底の見えない地底湖に幾つかの島が浮かんだ場所だった。

 カルスト台地から溶け出し、沁み込んだカルシウムとミネラルが壁にきらきらと輝く内装を提供し、上と下で手を伸ばしあう鍾乳石と石筍がインテリアの大広間だ。

 噴水は無いが、水気だけはたっぷりある。

 入った瞬間に耳をうった妙なうめき声が無ければ、しばらく見入っていた所だ。

 中央に浮かぶ一際大きい島に10人程度の人影が佇んでいた。


(…畜生、数が多い…)


 全部、元が付く連中だ。


(ゾンビ7、ワイト3…近づかれると厄介だ)


 発光する菌糸を纏って蠢くワイトにやられたら、こっちまでご同輩になっちまう。

 細かい事を言ってる暇も無く、全員が一斉に武器を向け、こちらに顔を向けた死者に向かって攻撃を開始していた。

 俺のショットガンがワイトの胸に1発、頭に1発命中して腐った脳漿を撒き散らし、三衛門の九十九式が連中の胸だの腕だのにぽつぽつと穴を穿つ。

 とてつもない轟音を響かせてフリードリヒのS&W M29リヴォルヴァから発射された44マグナム弾は胸に当たったゾンビをよろめかせ、手脚に当たったやつはそこを吹き飛ばした。

 しかし、生憎と銃器では腐った肉人形を止めるのは困難だ。

 翠が祝詞と照魔鏡で追い払った所で、逃げ場の無い連中は怒り狂って戻ってくるだけである。

 後ろでかちりと小さな金属音がして、何か小さな金属ボールが足元をコロコロと転がっていく。

 それは、島にかけられた渡り廊下を渡って俺達に殺到しようとしていた死者達の目前でかしゃりと弾け、高圧縮されていた液体を霧状に撒き散らした。


「ぶは」


 液体を喰らった奴等は強酸でもかけられた様に煙を上げ、痛みを感じない筈の死者が激痛にのたうつ。

 その隙を逃さず、俺達は残った弾丸を奴等に注ぎ込んだ。

 腐った肉と骨が更に撒き散らされる。

 瞬く間に残弾を撃ちつくした俺はショットガンを手放し、腰のホルスターからベレッタを引き抜く。

 フリードリヒはリヴォルヴァを棄てて素手で打ちかかり、三衛門は斧を抜いている。

 残ったゾンビ4体とワイト2体、フリードリヒと三衛門がゾンビと組討ちで忙しい中、俺は銀の弾丸をワイト達にご馳走してやった。

 本来貫通力の高い9×19mm弾だが、軟い銀剥き出しの弾頭は半ナマワイトの中でぶっつぶれて貫通しない。

 並の弾丸では効き目が薄いが、こいつは流石に効いたらしく、一瞬よろめく。

 しかし、まだ倒れない。

 俺が更に引き金を引き絞るのとほぼ同時に、右のワイトの胸に矢が突き立ち、内側から光が爆発した。

 翠の破魔矢だ。

 天照大神の神力がエンチャントされた破魔矢はアンデッドに対する必殺兵器だが、それなりの寄進をしないと分けてもらえないし、自分で作るのはメンドイので翠もケチる。


(機嫌が悪いんだろな…ま、ワイトにやられると治すのも厄介ってのも)


 頭をよぎる間に、左のワイトは連射された銀の弾丸に屈している。

 ほぼワンラウンド分使ってしまったが…まぁ、今回は実入りが多そうだからマイナスには程遠いだろう。

 いくら俺がセコくても、アンデッドの中からちまちま銀のかけらをほじくる程じゃあない。

 やる奴はやるが。

 フリードリヒと三衛門の方に目を向けると、ちょっと苦戦していた。

 自分より背の高いゾンビ3体の足元で斧を手にした三衛門は這いずり、転がる様な独特の動きで攻撃をかわし、一体のゾンビの足首を叩き切っていたが、鎧の隙間にゾンビの軍刀を貰ってしまっているらしく、背中から血を噴いている。

 フリードリヒもわき腹の辺りに一発貰ってしまったらしく、白いシャツに下半分を真っ赤に染め上げたまま、ゾンビの三八式長銃を跳ね上げて力の篭った逆突きをみまっていた。

 俺は撃ちつくしたベレッタを左手でしまい、幾分遅れてホルスターにたどり着いた右手で通常弾が詰まったベレッタを引き抜く。

 幾分慎重にゾンビ共の胸から上を狙撃すると、連中は多少の刺激を感じたらしく上半身が多少揺らいだ。


(くそ、豆鉄砲じゃ効果が薄いな)


 血の流れていない連中相手では、小指の先程度の鉛弾の衝撃なんて多寡が知れたものである。

 しかし、連中の鈍い注意を此方に割かせる役には立った。

 連中の内の1体がこちらに向けてよろよろと歩き出し、すかさず背後から背中に飛びついた三衛門が斧で後頭部を叩き割る。

 しかし、まだ五体満足な一体が三衛門の背後から迫り、着剣した三八式長銃を三衛門の背中に振りかぶった。

 俺は残った弾丸を全てそいつの上半身に叩き込んで仰け反らせようと試みたが、勢いの付いた銃剣は鎧の表面を滑って鉄の隙間に潜り込み、三衛門の左二の腕に食い込んだ。

 怒りの咆哮を上げてドワーフは銃剣を振り払うと、たたらを踏んでいるゾンビの三八式を掴んで引っ張り、斧で腕をすっぱりと断ち切った。

 続く二打ちで、バランスを失って前のめりになったゾンビの首が落ち、完全に決着がつく。

 撃ちつくしたベレッタの弾倉を交換して構えると、自分の受け持ちを片付けたフリードリヒが片脚を失ったゾンビに脚払いを食らわせ、首を踏み折っていた。


「とりあえず片付いたか」

「そーね」


 俺は空で戻してあったベレッタに、又銀の弾丸が詰まった弾倉を装填し、スリングで胸前にぶら下がっていたショットガンに、散弾、一粒弾、散弾、一粒弾、散弾、一粒弾、散弾の順番で弾薬を補充する。

 次に何が出てくるか分からないが、こうしときゃ、ちっとは対応が効く。

 ブーツに何か当たった。

 俺は足元に転がってる霧吹きの親玉みたいなボールを拾い上げる。

 放射状に噴射ノズルがついたボールは、所謂、液体手榴弾という奴だ。

 中に、聖水だの、若水だの、あるいは単なる刺激性の液体と一緒に高圧ガスを封入しておき、必要な時にバルブを捻ると、数秒後にはぶしゅっといく。

 パッキンとかの関係で腐蝕性の薬品は使えないが、便利な品物だ。

 何より繰り返し使えるって所が俺は非常に気に入っている。

 俺が戦闘の後始末と次の準備をしている間に、翠は負傷してしゃがみこんでいる三衛門の様子を見ていた。

 三衛門を傷つけた軍刀と銃剣を軽く調べ、毒や黴、妙な呪いが無いのを確かめてから2箇所の傷にそれぞれ軽傷治癒の加護を祈り、祝詞を唱える。

 翠が施術をこなしている間にも、三衛門は腰からフラスクを出し、火酒を呷っている。


「大げさだぜ、大したこたぁねぇ」


 確かに腕がもげる様な傷じゃ無いみたいだが、おっさん、そのうち死ぬぞ。

 俺も軍刀を少し調べてみた。

 よくある昭和新刀の安物じゃなく、刀を軍刀のこしらえに作り直した代物だ。

 恐らく先祖伝来のという奴だ。

 錆がうっすら浮いちまっているが、これじゃ、けっこう痛かったろう。

 幸い毒だのカビだのはついてなかった様だが。

 銃剣の方も刃先がグラインダーで磨いたみたいにぎざぎざになっている。

 こんなもんで斬られたら、ずたずたの傷がつく。


「あんたは大丈夫なの」


 三衛門の傷がちゃんとふさがった事を確認して翠が振り返ると、それまで興味深そうにゾンビの装備を漁っていたフリードリヒは突然倒れてぴくぴくと痙攣し始めた。


「ミドーリ、タイヘン、タイヘン…ボク一杯血が出ちゃいました、しんじゃいます、タスケーテ、キズ看てクダサーイ」


 毎度毎度アレだが、翠は仕方なさそうに一応血の付いている銃剣を確かめてからフリードリヒの近くにしゃがみ込んだ。


「ああ、イターイ、イターイです…とりあえず、ボクの股間に注目デス」


 翠の正拳がフリードリヒの血で染まったわき腹に突き刺さった。


「ニェット、そこチッガーウね、イタイのそこじゃないヨ」


 フリードリヒは胸に手を当てて気色悪く身を震わせる。


「イタイのはボクの胸デース、ミドーリの愛の看護でこの痛み止めてクダサアーイ」


 翠は半眼で何故か俺の方を横目で睨んだ。


(おいおい、なんでアホ犬を放し飼いにしてる飼い主を見る様な目で俺を睨むんだよ)


 俺が目を逸らすと、翠は俺に向けたのと百八十度違う輝く様な笑顔でフリードリヒににっこりと笑いかけ、思いっきり股間に拳を叩き付けた。


「$%&’(#”*」


 奇声を上げて転がりまわるフリードリヒを捨て置き、翠は懐紙で血を拭う。

 ま、今日日アレぐらいの図太さが無いと、だめ人間揃いの派遣じゃやってけないか。

 しかし、いつも思うが、強靭種って連中は本当に人間なのか。

 さっきのは結構な深手だったのに、多分もう傷等跡形も無いだろう。

 強靭種には直接かけるタイプの魔法は全く効かないという便利だか不便だか分からん特性とトロールにちっと負ける位の治癒力が備わっている。

 古今東西、魔術師も科学者もついてない強靭種(と魔法適応種)をいじくりまわして能力や遺伝の秘密を探り出そうとしたが、どんなに調べても並の人間と彼等の決定的な違いを発見する事はできていない。

 俺としては昔一緒に呑んだ道教の導師くずれが言っていた、産まれながらにして仙人骨が出来ている人間っていうのが割と気に入ってるが。

 しかし、そうすると、フリードリヒの奴は仙人様かその候補生扱いなのか、それは納得いかないものがある。


(ま、アホにつける薬は無いというが、そもそもつける薬自体が必要ないんだから合理的だな)


 キズが治った三衛門は、ワイトの死体をゾンビが持っていた三八式でひっくり返して調べていたが、3体全てから高官の部屋で見つけたのと同じ黒い照魔鏡がその下から出てきたのを確認して唾を吐く。

 俺も同じようにしてゾンビの方をひっくり返してみたら連中黒い勾玉を首にぶら下げていた。


「まちがいねぇ…黄泉戦だ」


 黄泉戦は黒い太陽の実行部隊で、大戦中は特殊部隊として運用されていた…と言われている。

 何分、表には出てこない情報だし、関係者は口を開きゃしない。

 そういえば、黄泉戦の構成員は死ぬとアンデッドになる呪いがかかってたって話を聞いた事がある。


(ま、連中にとっちゃ祝福なのかもしれねぇけどな…)


 俺は拾った液体手榴弾を翠に返し、渡り廊下に足をかけた。



 落ち着いた所で俺達は渡り廊下を進み、中央の大きな島に足を踏み入れた。

 島には手術台が6台置かれ、いずれも体液や脂質の汚れが染み付き、取れない汚れに覆われている。

 手術台の隣には簡単な作りの手押し式道具台が3台あり、ぴかぴかになるまで磨き上げられた解体道具が整然と並べられていた。

 さっきはいきなり殴り合いが始まってしまったおかげで細かい所までまともに見てる余裕がなかったが、実際に渡って見ると正直、あまり長居したい場所じゃない。

 一応の事、死体は見当たらないが、正面奥の渡り廊下を渡った先に何か巨大な祭壇が見えるし、でかい神像みたいなものまでその脇に置いてある。

 ついで言えば、神主や巫女の格好をした死体まで転がっている様だ。

 祭壇の照魔鏡は遠目にも分かる程に闇の中で黒い輝きを発しており、俺はまるで底知れぬ穴のふちに立っている様な不安に苛まれ、尻の辺りがむずむずしてきた。


(いや…覗いてるっていうか、覗かれてる方だな)


 あの鏡には明らかに知覚力がある。


(何が覗いてるはしらねぇがな…)


 どうせろくでもないものに決まっている。

 しかし、翠は兎も角、三衛門は一体こんな所まで何を見に来たというのだろう。

 ドワーフは中央の島をざっと見回した後、左から順番に小さな島にかけられた渡り廊下を試し始めている

 明らかに何か探している様だ。

 相変わらず空気を読めないフリードリヒの奴はスキップしながら奥の島へ乗り込んでいる。

 翠は周囲を見回しながらそのゆっくりと奥の島へ歩いているが、かなり警戒している様だ。

 いや、少し怖がっているのかも知れない。


(そりゃ、俺だって結構びびってるからなぁ…)


 ゾンビだのワイトだののアンデッドがどうこうじゃない、この場所が嫌なのだ。

 五感六感を刺激する穢れの感覚。

 気が落ち着いたお陰で、余計に感覚が強まる。

 心身共に汚れが蓄積していく様な嫌悪感。

 翠が上の方でもそわそわして落ち着かなかったのは、俺達より余程ここの穢れに反応していたせいかも知れない。


(ていうか…大丈夫か)


 俺は少し足を速めて、翠に近づいた。


「いけるか」


 軽く声をかけてみると、翠は首を抑えて立ち止まる。


「正直さっさと帰りたいけど…」


 ため息が結構しんどそうだ。


「一通り確かめないと人呼べないしね」

「ああ、適当に調べてさっさと引き上げよう、流石に気味が悪い」


 俺と翠が喋っている間にも、三つ衛門とフリードリヒはその辺を調べまわっている。

 三衛門はぱっと見た目でさがしているものが見つからなかったらしく、今奥の島に足を踏み入れる所の様だ。


(ていうか、フリードリヒ、お前、自重しろ)


 フリードリヒの奴は、地面に膝をついた神像をぺちぺち叩いたり、周りをごそごそと調べまわっている。


(ふつーに危険だろが)


 とりあえずその下に転がっている死体が動き出している気配は無いみたいだが。


(ていうか、ばらばらじゃねーか)


 神像の足元に散らばっている死体はずたずたになった着物がひっかかってるだけだったり、胴体に大穴が開いてたり、手足が足りなかったり、明らかに馬鹿力のある何かにやられている。


 ついでに両手でささげ持つように巫女だったらしき死体を握り締めているが、拳の辺りが急にすぼまってるのは大いに死因と関係ありそうだ。

 下には搾り出された何かの残骸に混じってギラギラと黒い輝きを放つ剣が転がっている。

 俺は早足で渡り廊下を駆け抜け、奥の島へ渡った。


(アレ…)


 しかし、さっきから神像、神像っていってたが、近くに来てちゃんと見ると、こいつ大鎧みたいなものを着せられてる。

 黒い太陽っていうのは胡散臭い奴らだが、基本神道の筈だ。

 神道の神様に大鎧着た奴なんて居ないと思うが。

 俺は珍しく少し怯えた様な表情で祭壇の前に立っている翠に聞いてみようかと思ったが、その視線の先を追って、とりあえず口を閉じた。

 俺はさっきのゾンビどもが黄泉戦だったので、地面に転がっている死体は、黒い太陽の中でも秘術魔法の死霊魔術を駆使する黄泉醜女だと思い込んでいた。

 だがよくよく見ると、ずたずたの神主の死体に一体だけ首の無い巫女が混じっていて、その近くに、翠のつけてるのと同じ様な照魔鏡の首飾りが落ちている。

 血にまみれたそれは、この薄気味の悪い場所にあって、ほっとさせてくれる様なか細くも冴え冴えとした清涼な光を発していた。


(生贄…か)


 絶対現場に居たくない、惨劇の儀式が行われた事は間違いないが。

 とても成功したとは思えない状況だ。

 しかし、さっきの半生ゾンビと違ってどの死体もミイラみたいになっているのはどういう事だ。

 とにかく、やばい。


(タキオンバロメータは…特に変動して…ないか)


 しかし気持ち悪い程緊張の高まりを感じる。


(これは…)


 翠が恐る恐る照魔鏡を拾い上げると、ふっと光が消えた。

 何か絶対的な重量を持った物体がぶち当たり、俺は硬く、広い面積をもったそいつをもがき、押し返そうとのた打ち回る。

 耳から生ぬるい液体が垂れた。

 不意に背後から力強い手が、俺を持ち上げる。


「しっかりしろ、坊主」


 酒臭い息が俺の感覚を現実に引き戻す。


(床…)


 俺は自分の手が床を必死に押し返そうとして、腕立て伏せみたいになっているのを見る。

 頭がガンガンする。

 俺は腰砕け、ふにゃふにゃの足に気合を入れ、手をついて霞む視界をしばたたく。

 うっかり巫女の死体に触りそうになり、反射的に振り払ったら、重くてぐにゃっとした感触がかえってきた。


(なまあったか…おい、翠か、コレ)


 視界がはれてくると、床にくたっとのびた翠が目に入った。


(やばい)


 きーんと麻痺した聴覚に閉口したまま周囲を見回すと、三衛門とフリードリヒが周囲を飛び回る巫女の幽霊と殴り合っていた。

 黄泉醜女の巫女の手には禍々しい黒い剣があり、そこだけくっきりと目に映る。

 対する三衛門の手には先祖伝来の手斧、フリードリヒの手には銀でコーティングされたコンバットナイフ。


(精神攻撃か…ちくしょう)


 幽霊の叫びを食らって、伸びちまってたようだ。

 しかし、死人相手なのに翠までのびてるんじゃ、分が悪い。

 俺は翠の装具ベルトを勝手に漁って液体グレネードを掴み出し、バルブを捻る。


「水爆弾いくぞ」


 叫びざま手近にコロコロと転がして、銀玉を装填したベレッタを引き抜く。

 足元で噴出した水が俺達を濡らし、幽霊の慟哭が木霊する。

 俺は後先の事など考えずに、黄泉醜女に向かって引き金を引きまくった。

 銀の弾丸は不気味な青い電荷の軌跡を曳いて幽体を貫通し、幾分かのダメージを与える。

 しかし、ユーカラをうなり上げながら振り回される三衛門の手斧は激しい炎を上げて幽体に突き刺さり、銀の弾丸以上の激烈なダメージを黄泉醜女に与えた。


(魔鍛冶師の手腕褒むべきかな!)


 巨大な魔猿と化したフリードリヒが斬り下げたコンバットナイフが、巫女の背中を深々と切り裂き、幽体の背中にでかい裂け目をこしらえる。


(弱ってる)


 俺が最後の銀玉をつめた弾装を再装填している間に、三衛門の手斧が頭を割り、フリードリヒのナイフが背中を滅多刺しにして、よこしまな存在に致命的な損傷を与えた。

 俺の回復しつつあった聴覚に魂消える様な絶叫が突き刺さる。

 存在を失いかけた巫女の魂が、黒い照魔鏡に吸い込まれる所を俺は見た。

 最悪なのは、引きずり込まれた瞬間、鏡の中で大蛇に咥えられた悪霊の瞳にやたらと人間的な恐怖を見ちまった事だ。

 あれじゃ、化け物じゃなくて人が殺される所を見ちまったのに等しい。

 地面に剣が突き立つ微かな音が事の終わりを告げた。


「フラー、やったネ」


 フリードリヒの間抜けな勝ち鬨が実に効率的に体の力を奪ってくれる。

 俺は体の力が抜けるまま本気で地面にぶっ倒れた。


(んあ…)


 蒼白で目を瞑って唇を震わせている翠と横顔をつき合わせて、そういえばまだ、彼女がぶっ倒れたままだった事を思い出す。

 体を捻って気付けカプセルを取り出そうとした時、俺の体を地味な地響きが揺らした。


「おい、次はなんだってんだ」

「サムラーイロボが動き出しちゃったーヨ」

「嘘だろッ」

「てめぇら、ちゃっちゃと立ちやがれ」


 俺は跳ね起きてベレッタをしまい、ぶらぶらと暴れるショットガンを構えなおす。

 巫女のなれの果てを振り捨てた神像…いや、武者像は俺達の方にゆっくりとのし歩いてくる所だった。

 立ってみるとやはりでかい、2mは超えている。


(畜生、なんでRPGかM72を持ってこなかっただろうなぁ)


 俺は一応顔面の辺りを狙って速射した。

 ショットシェルと一粒弾が鎧の表面で激しく火花を散らし、はじける。

 しかし、強固な金属で作られた面当てと、強化ガラスは全然破れない。


「マジかよ」


 やばい、実にやばい。

 こんなヤツに、対抗できる様な火力を今日は持ってきていない。


(ていうか、零細派遣に扱えるヤツじゃねぇぞ)


 床に転がったままの翠を抱え上げた俺の前に、岩みたいな短躯が立ち塞がった。


「…戦友、もう眠っちまえよ」


 火酒のフラスクをぐぐっと呷った三衛門はゲップを一つ漏らし武者像に襲い掛かる。

 並の人間程の素早さで振り払う腕をかいくぐり、踏み鳴らす足を切り払い、激しい火花を散らす。


「…U、う、UGUFURURUッ」


 今までに無い奇声を上げながらフリードリヒが武者像に襲い掛かる。

 単なる素手の打撃が俺の銃撃でさしたる傷がつかなかった装甲に明らかなへこみをつけていた。


(やっと奥の手を出しやがったか)


 強靭種の奥の手、鬼人化。

 精神集中で普段抑えている潜在能力を引き出すとか、なんとかだが、腕力と治癒力が目に見えて上がるのはいい。

 でも、普段から無謀なのが余計に無謀になりやがるし、声をかけずに近寄った日には無差別に殴られるんで味方にも迷惑な事この上ない。

 しかし、二人の猛攻を受けながらも、武者像は俺の方に手を伸ばしてにじり寄ってくる。

 妙な執着ぶりだ。

 俺は無駄と知りつつ右手でベレッタを抜いて後じさり、無意識に足元のボールを避けた。


(って、首か…)


 うっかりボールに長い髪の毛がくっついているのに気がついてしまう。

 そんな場合じゃないが、俺は怖気を奮った。

 俺たちが全滅すれば、翠も同じ羽目になる。


(おい…まさか)


 俺はいやあな直感を感じつつ、全力で中央の島の渡り廊下に翠を引きずり、ぱっと左に離れてベレッタの全弾を奴の顔面に注ぎ込む。


(ガン無視かよ)


 武者像は、俺達3人の攻撃をほぼ無視してぎしぎしと渡り廊下の翠に手を伸ばした。

 俺が翠にとびついて引っ張るのとフリードリヒが武者像の腕に体当たりをかましたのはほぼ同時だった。

 きわどい所でそれた手がむき出しの地面を引っ掻き、岩くれを削り取る。

 間違いない、奴は食えなかった贄を欲しがっているのだ。

 穢れた魂では満たせない虚ろを、翠から搾り出した魂で満たすつもりに違いない。


(いい加減、目ぇ醒ましてくれ…てか、結構重いんだが)


 本人に知られたら絞め殺されそうな事を考えながら俺は必死に翠を引きずって、来た道を退却し始めた。

 奴がまだ贄を喰らって完成していないっていうんなら、完成しちまったらどんなになる事やら。


(大体、こんな力仕事、俺の…仕事、じゃ、ない…)


 フリードリヒ辺りなら喜んで代わってくれる筈だが、生憎と、あっちはあっちで手一杯だ。

 我ながらじれったくなる様な速度だが、散々妨害を受け、解剖台を蹴散らしながら追ってくる武者像の速度はもっと遅い。

 俺は貴重な数秒を費やし、襟首を掴んで引きずっていた翠を担ぎ上げる。

 ファイアマンズキャリー、人間襟巻きだ。

 やりあってる二人には悪いが、正直、戦って勝てる相手じゃない。

 俺は敵に背を向け、出せる限りの速度で来た道を戻り始めた。



 異常に曲がりくねった道をよたよたと走る。

 首の後ろに人間をのっけてる体勢じゃ、呼吸がままならないし、ついでに、引っ張りすぎて緩んだ翠の小袖が纏わりついて邪魔臭い。

 背後では戦闘の物音がずっと聞こえる。

 流石に引き離すのは無理だ。

 しかし、やたらと曲がりくねってるお陰で、図体のでかい武者像は小回りが効かずに、遅れを取っている。

 ありがたいが、生憎と、俺の体力が地上まで保ちそうにない。

 俺は、新しいマスクを買って金が余ったら、翠に何かダイエット…って言ったらひっぱたかれそうだから、フイットネスクラブの回数券でも買って、福引か何かで当たったって事で渡そうと思う。

 朦朧とした頭で考えていると、背後でひときわ大きな物音が二回、いや四回程して、がしゃがしゃと歩く音しか聞こえなくなった。

 どうなったのか、あんまり想像したくない。

 俺は今にも口から心臓が飛び出してきそうだったが、できる限り足を速めた。


(ちく、しょう…やばい)


 今は曲がり角でなんとかなってるが、この坂を出たら間違いなく追いつかれる。


(いや、扉、閉めれば…何とかなるか)


 あの魔法のかかった扉を閉めれば何とかなるかも知れないが。

 三衛門とフリードリヒがまだ中に居るが、まだ生きているかどうか。

 しかし、手を打たなければ、全滅だ。

 俺は背後に重い物音を聞きながら坂をよろめき出てぶっ倒れ、受身を取れずに翠の腹をクッション代わりに使ってしまった。

 まだ目を醒まさない。

 俺は翠の様子を見る間も惜しんで扉に飛びつき、重たい鉄扉を何とか閉じる。

 扉の黒い輝きが復活してほぼ間もなく、内側から扉が歪んだ。

 規則正しく、重々しい打撃。


「ばけもん、め…」


 どうやら長持ちしそうにない。

 俺は脚を引きずって翠の近くにしゃがみこみ、首筋に手を当てた。

 まだ、脈はちゃんとあるし、息もしている。

 気を失ってるだけだ。

 俺は呻きながら、もう一度翠を抱え上げ、扉から少しでも離れる為に歩き出した。

 生活区画を這う様に移動する。


(どうする…どうする…)


 壁に寄りかかって、少しだけ息を整える。

 背後の乱打音に嫌な軋みが混じり始めた。


(逃げ切れんな…)


 流石に暗澹たる気持ちに胃の引きつれを感じながら顔を上げた俺は、右前方に兵器庫の鉄扉を見る。


(そうだ、アレなら、絶対やれる…って、アレしかねぇ)


 俺は全力で通路を横切り、武器庫の中に入り込んだ。

 部屋の奥に翠を今度は丁重に下ろし、五七式電磁誘導架線加速長銃が入った箱にとびつく。


(畜生、がっちりやっちまったなぁ)


 箱には俺自身の手により鍵穴を潰した南京錠がくっついている。

 俺は自分の偏執的な警戒心を呪いながら、半べそかいて装具ベルトからミゼットカッターを引き抜いた。

 頑丈そうな心棒を力を込めて切断していく。

 ひいこら言いながら二箇所切断した所で何かガラスが割れ、放電する様な音が鳴り響いた。

 単なる棒になった心棒を引き抜いてケースを開け、ジェネレータのスイッチを入れる。

 頼もしい励起音がして、チャージメーターがちまちまと溜まって行く。

 俺がランドセルを担いで本体を取り上げていると、背後で小さなうめき声がした。


「ここ、どこ…」

「お目覚めか…っ、きっつ、重かったぜ…」


 翠が頭を抑えて身じろぎしていた。

 眠り姫のお目覚めだ。


「下に居た武者像に…追っかけられて、逃げてきた…銃も何にも、きかねぇ」

「…他の二人は」

「…分からん」


 翠が上半身を起こした時、洞窟を揺るがす破壊音が轟いた。


(黒い太陽の封印も大した事はねぇな…)


 レールガンのチャージはまだ半分程度しか済んでない。


「奴は、巫女が狙いだ…歩けるんなら、わりぃが、一人で外行ってくれ…」


 俺は深呼吸して武器庫の外に出る。


「…あんたはどうすんのよッ」


 よろめきながらついてくる翠に俺はレールガンを掲げた。


「一発…撃ちてぇ」

「あんた馬鹿、この銃キ○ガイ、馬鹿、ばっかじゃないの…馬鹿なの、死ぬの」


 いつも、不機嫌の混じった冷静さを保っている彼女にしては珍しく、混乱して、半分泣いている様な声。


(フリードリヒの奴が聞いてたら喜んだろうな…)


「かもな…もう、遅い」


 ぐねぐねに壊れた鉄扉を押しひしいで入ってくる武者像は傷だらけだったが、まだ五体満足だった。


「チャージ、おせッ」


 まだチャージは七分だ。

 本当に馬鹿の俺は死ぬ事になりそうだった。

 翠の祝詞の声が聞こえる。

 もう破魔矢は俺が通路にぶちまきながら逃げてきたので、照魔鏡しか残っていない筈だ。

 闇に激しい陽光の輝きが満ちたが、武者像は動じない。

 対抗策が施されているのか。

 チャージが8分。

 奴が腕を振り上げた。

 こんな装備をつけていてはよけられるもんじゃない。


(しかし、これじゃ、巫女さんと心中したみたいな死に様だな…)


 走馬灯が浮かぶなんざ嘘だ。

 間抜けな考えしか浮かばんじゃないか。

 その時、坂の中から何かが喉から声を絞り出しながら飛び出してきた。

 武者像の背中に飛びつき、喉首を締め上げ、頭を捻じ曲げる。

 血まみれのフリードリヒだった。

 全身の力を込めた捻り上げは武者の首からみしみしと異音を生じさせ、無視できない痛痒を課す。

 更に震えるときの声を上げながら坂からよろめき出た三衛門が、右腕に握られた手斧で激しく膝を打ち据えた。

 左腕はぶらぶらになり、鎧はへこみ、全身朱に染まっている。

 ピッという素っ気無いビープ音が、俺には天使の口笛に聞こえた。


「どっちも離れろッ」


 俺の叫びが聞こえたのか、フリードリヒの注意が一瞬こっちを向いた。

 武者像の腕がフリードリヒの肩を掴んで引き剥がし、地面に叩き付け、足がその上に落ちる。

 あちこちが砕ける音がした。

 俺は足を踏み切って動きが止まった武者像の胸、黒い太陽が輝くそこに照準していたライフルのトリガーを引き絞る。

 耳を聾する衝撃波とリコイルキャンセラーの重力波エフェクトに翻弄された俺の知覚が回復した時、胸にぽっかり穴の空いた武者像から何体もの悪霊が吸い出され坂を転げ落ちていくのが見えた。



 倒れる地響き。

 俺も三衛門もへたり込んで喘いでいた。

 とても、やったなんて実感が湧いてこない。


(次に何もないだろうな…)


 不安と恐怖で、一刻も早く逃げ出したい。

 それが実感。

 翠はふらふらとフリードリヒの落ちた所に歩み寄ると、喉の詰まった様な声を上げ、へなへなと座り込んだ。

 俺が近づくと、確かに血まみれの肉塊みたいなものが転がっているのが見えてきた。

 手足は全部あっちこっち曲がっちゃいけない所で曲がってるし、折れた肋骨が肉を裂いて飛び出して来ているし、裂けた脇腹からはグレーがかったピンクの腸がはみ出ている。

 普通の人間だったら、死を待つばかりだ。

 だが、奴は生きていた。

 強靭種はそう簡単には死なない。

 しかし。


「…治癒の祈念も効かないのにどうすればいいのよ」


 そう、魔法が効かないのだ。

 翠は魔法だけしか治療術を知らない訳じゃないが、こんな挽肉みたいな状態の奴を治療する程の外科技術は無い。

 今まで聞いた中じゃ一番泣き声に近い声だ。


「…救急ヘリでも呼ぶか」


 俺の呟きに翠が立ち上がろうとした時、その裾を誰かが掴んだ。


「Gehen Sie nicht…」


 弱弱しい声。

 動かない手の指がはだけた小袖の裾をつまんでいた。


「…Mutti」

「…行かないで、ママ、か」


 俺の方を翠が見たので、軽く首を左右に振る。

 もう、いい加減、全てがしんどい。

 翠は座り込み、そっとフリードリヒの頭を抱いた。

 おや、涙がぼろぼろ出てる。

 意外と涙もろいもんだ。


(結構可愛いとこあるじゃないか…)


 しばらく沈黙していると、妙な音が聞こえてきた。


(ん…)


 何か、ちゅうちゅう吸引する音。


「へ…」


 ぎょっとした顔の翠が身を引き離すと、ちゅぽん、とかいう間抜けな音が響いた。


「むー、Mutti、もっと~」

「なッ、何で生きてるのよッ」


 何か動揺して無茶苦茶言ってるなぁ、翠。


「強靭種は…即死じゃなきゃ、時間はかかっても大体治ると思うぜ…そこまで酷くやられたの見たの初めてだったか…」

「*+/-?@#&”%」


 今度は翠の絶叫が空間を満たし、俺は、またも不意に目の前に生じた壁に激突していた。

 だが、今回は腕立て伏せに至るまでの気力等無く、俺の意識はひたすらに闇に沈んでいく。



「ん…翠」

「気分はどうですか、今先生を呼びますからね」

 俺が次に目を醒ましたのは、病院のベッドの上だった。

 巫女姿の看護士が連れてきた神主姿の先生に幾つか質問され、特に異常なしとなった俺ははれて病院をおん出された。

 もう傷と消耗は治ってる患者に無駄なベッドを割いてる余裕は無いらしい。

 後藤事務所に連絡を入れると、後藤のおっさん、大体事は収まって報酬は口座に振り込んだから細かい事情は端末に送付した報告書を見て他の連中に聞けとか適当な事を抜かしやがった。

 ついでに俺の分の報告書もすぐ書いて出せと仰せだ。


(まったく、やってれんねぇぜ…)


 報告書を書き上げた俺は、折角なので三人に連絡して一杯やる誘いをかけてみたが、翠には即、電話をぶち切られた。

 なんか、根にもたれたらしい。


(まぁ、次の仕事に支障がなけりゃいいか…)


 そういう訳で俺は、結局三衛門とフリードリヒの三人で居酒屋の一角を占領したのだった。



「ネーネー、クロウ、ホントにボク、ミドーリのオパーイ、ちゅーちゅーしたですカ、全然憶えてないネ…何で、ナンデー」

「ああ、ああ、思いっきり音がしたぞ…次会った時になんて言うか考えとけ、死にたくなきゃな」

「うぃ~」

「よし、ボク決めましタ、ミドーリのオパーイ、ちゅうちゅうしちゃっタ責任トリマース、愛の告白でス」

「おめー、いつもそれ、やってるじゃん…」


 この最低の呑み会で確認した所によると、結局あの後、伊勢神宮から派遣された処理部隊が警察と宇宙軍の立会いの下あの場所を浄化し、証拠物件を持ち出した後に現場は封鎖、現状のまま保存されているらしい。

 俺は三日三晩寝てたので肝心な旬を見逃してしまったが、新しく黒い太陽の活動痕跡が発見された事はそれなりにワイドショーを賑わしていた。

 後藤のおっさん、取材のとき、しっかりと宣伝してたなぁ。

 ま、流石に安全保障の為、俺たちの事は出してなかったようだが。

 黒い太陽のカルトはまだ活動しているので、正直洒落にならない。

 しばらくは気をつけなければ。

 ちなみに三衛門のおっさんが妙にあの遺跡にこだわった件について水を向けて見たが、言葉少なく、不機嫌に明かした所によれば、どうもおっさんとその戦友は黒い太陽の献体候補だったらしい。

 しかも、それを知ったのはひょんな事で盗み見た書類の上だった。

 要するに志願した訳でもないのに、献体志願扱いだったらしい。

 知らない間に献体として消費されていった戦友の成れの果てをどうしても探してしまうという事だ。

 ある意味、三衛門の戦争は終わっていないという事か。

 ま、事件は俺達の手を離れた。


(次の仕事までせいぜい英気を養う事にしよう…)



 おちついてレールガンの試し撃ちが出来なかったのは残念だったが、戦利品をさばいて分配されていた報酬はちょっとしたものだった。

 俺はちゃんと、NBCM対応のガスマスクを買った。

 次からは、妙な臭いに悩まされる事だけは無さそうだ。

 ただ、フィットネスのタダ券については…正直、金券屋の前で迷った。


(翠の奴、口利いてくれないだろうしなぁ)


 結局一束買ったが、流石にほとぼりが冷めるまで直にあうのはやばい予感がびんびんきたので、とりあえず郵送しておいたが…ちゃんと届いただろうか。

 ま、いい。

 今回も又、生きて帰ってこられた。


「次は…自前の長物買うか…」


 次の仕事が楽しみだ。

 せいぜい生きて帰って来られる事を祈るとしよう。

 いや、その前に…


(次もちゃんと仕事が来ますように…)


 世の中不景気なのである。


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