探偵狂奏曲#4
この話だけでも独立していますが、これより前の話から読むことをお勧めします。
雨の降りそうな黒い雲がはやく冷たい風に流されていく。公園のベンチに座りぼうっとそれを眺めていた僕は少し昔の事を思い出していた。
「あの日もこんな天気だったなー」
何ともなしに呟く。と。
「あの日って?」
!独り言に返事が返ってきた……?ぱっと声のしたと思われる右の方を向いたが—――――誰もいない!
「こっちよ、こっちー」
つんつんつつかれた左側へ視線を向けると……うわぁ……。
「どーしたのよ帽子くんそんな嫌そーな顔して」
「時枝先輩……別に嫌そうな顔をしているつもりは……」
まあ、なくもない。一番聞かれたくない人に一番聞かれたくない独り言を聞かれちゃったなぁー…あぁもう、コレ絶対来るよ!
「ね、あの日って?何いつ何かあったの」
ほら来た!そら来た!時枝先輩は根掘り葉掘り何でも聞いてくる。よく言えばゴシップ好き、悪く言えば―――――ん?悪く言うとゴシップ好き?……まいっか。それよりも時枝先輩を何とかしないと。
「あの日っていうのはあの日で、いつっていうのは少なくとも未来ではなく、何か……何かは何かですよ!」
「はぐらかさないのー。ほらほら話したって減らないよー」
言いながら僕の隣のブランコへ。うわー……帰る気ないよこの人どうしよう。
「何かは何かってことは。つまり何かあったんでしょ」
「……」
しまった墓穴掘ってた!えー……どうしようどうしよう。一度話を聞かせ始めたら結局質問攻撃を受けて最後まで話すハメ。になる何とかやんわーりと別れたい。あ、そうだ。
「あー……雨降りそうですねそろそろ帰らないと僕傘持ってませんし」
「降ってきたら私の貸したげるよ?心配しないで」
「うぐ……えーとえーと、あ!用事!思い出した……」
「…………帽子くん」
あわー……やっぱり、これはベタ過ぎたかぁ。呆れているのか、時枝先輩は真顔でこっちへ顔を向けた。そして徐に口を開き―――――……。
「何、用事って。手伝おっか。その間に話してくれれば」
え!嘘ッ!そう来るか?何この人好奇心で動いてんの?―――――……ここまで食い下がられちゃったらなー。もう他に成す術、考えつかないし。お手上げです。
「……分かりましたよ。話します。でも、ちょっとですよちょっとですからね?」
「用事ヘーキ?」
「もうそれはいいですよー」
「あ、そう。ならいいんだけど」
「えーと……」
何を話そう……どの辺ならなんとなくでサッと終わらせられるかなぁ。考えながら無意識的にブランコをこぎ始めると、それに合わせるように時枝先輩も漕ぎ始めた。振り子が共振してるみたいだ……ん?ちょっと違うかな?まぁいっか。
「どしたの帽子くん、黙りこくっちゃって」
「え、いや、別に……何でもないです」
「ふーん……よいしょー。ブランコ、すっごい久しぶり」
待つのに飽きてきたのか、時枝先輩は立ち漕ぎし始めた。そして気づく。立ち漕ぎされたら声、届きにくいじゃん!さらっと話してさらっと終わらせたい僕としてはそれは困るぞ―――――というわけで、僕も立ち漕ぎすることにする。暫く漕いでいると、何とか振幅を合わせられた。ズレる前に話さないと!
「あの、ここで何がって言いますと、初めて先輩と会った、所なんです」
「え!」
嬉しそうに驚く時枝先輩。……嫌な予感が……。
「いついつ?それって、先輩って倉石のコトでしょ?」
「え、はい、まあそう、です。えーと、一年前ですね」
「どんな風に会ったの?」
「えーと……」
失敗したかなぁ。時枝先輩の興味に火をつけちゃったような……。先輩のこと、伏せとけばよかった。どう説明しよう。
「何か、ヘンでした」
「どんな風にヘンだったの?」
すかさず尋ね返してくる。やっぱりそう来るのかぁ。
「……それは、どすね……んあー、もう、分かりましたよ!全部話しますってばー…………でも、絶対他言なしですからね?」
「そこは心配ないわ。私、口は固いの。―――――あー、時々アタマも固いって言われるけど」
あーあ。何でこうなっちゃったんだろ。あの独り言を言った自分が恨めしい。いやそもそも模試の勉強の息抜きにって近所の公園まで行こうと思った自分が……。仕方ないかぁ。時間が戻ってくれればいいのに―――――そういえばあの日も。確か受験勉強の息抜きにってこの公園に来たのがそもそもの始まりだったんだ。よし!もう二度とこの公園に息抜きには来ない!
←
雨が降りそうだった。だからそろそろ帰ろうと思って公園のベンチから立ち上がり、歩き始めたところで―――――彼らと出くわしてしまった。
「あれー!小森……だっけ」
「あ、ホントだ。帽子の」
「受験勉強サボってていいのか?もう11月に入ったぞ」
クラスメートだ。3人は俺の行く手に立ちふさがった。右から順に一松恵太、仁川英一、三河愛之助だ。サボってるんじゃない。息抜きだ。ていうか3人だって同じ受験生じゃないか。俺だけサボってるって言われるの、不服なんだけど!
「ふーん!今日もまたカッコつけたの被ってんのー」
一松が無神経に言い。
「見たところフェルト生地っぽい。夏も厚めのだったよなお前」
仁川がちょっと俺を気にしつつも言い。
「それよりなぜ一年中室内外とわずずーっとずーっと帽子被ってるのかが気になるな」
三河がメガネを押し上げ言う。
ほっといてくれ!
帽子を被っている理由を俺が話すとでも思ったのか3人は暫く口を閉じておとなしくしていたが俺が何も話さないところを見ると再びわめき出した。
「たまにはさ、帽子脱げって。な?」
「そうだそうだ。頭冷やせ」
「別に頭からツノが生えているわけでもないのだろう?」
あ!
あまりにも急なことで声も手も出すヒマがなかった。一松……一松!なんてことするんだ……。
「これ!公園内に隠しとくから!」
「自力で探せよ……?」
「何、そう難しくはない。じゃ、健闘を祈る!」
3人はそれだけ言うと一目散に駆けて行ってしまった。俺の帽子を持って。
探せと言われても―――――。
やっぱりなぁ……。
足が竦んで、もう一歩も進めない。
→
「ちょっと帽子くん」
「……何ですか時枝先輩」
思い出しつつ話していたら話の腰を折られた。いつの間にか2つのブランコは動きを止めている。座って、思い出したように時折軽く揺らすだけ。
「洗いざらい話してますけど、俺。何かご不満でも?」
「あれ、帽子くん一人称……“俺”だっけ」
「え?―――――あ!」
しまった。
「えーと、それは、ですね……」
「まー、それはいーのよ。後から直したんでしょ?私もねー、最初“私”に直したときは時々間違ってそれまでの“あたし”って言っちゃったりしてねー……wの有無なんだけどねえ。私の兄なんか古典には待って自分のこと“某”って言おうとしてたけど、3時間で諦めてたわ。あ!なんか兄がなぜか呆れ顔で私に似てるとか言ってくる兄の友人は―――――……」
「あのー……」
思っていた以上に暗い声になってしまった。聞く気あるんですか?自分から聞き出しておきながら!
「あら。ゴメンゴメン。それじゃなくて―――――ねえ、どうしてずっと帽子被ってるかの説明、してくれてないじゃん?」
じゃん?……て、え!それ、そこまで食い下がってくるの?この人!
「言わないとダメですか」
「ダメね―――――ま、私にそう言う権利はないけど」
「………………」
なぜか話さなきゃいけないという気にさせられる。ていうか時枝先輩っていつもこんななのかな?クラスの人から遠巻きにされたりしてないのかなぁ。
「実は小さい頃、ちょっとケガしまして、それが、その……原因でちょっとしたトラウマと言いますか。それで」
「そう……」
……何か不満そうだなこの人……。原因が知りたいのか?そうっぽい!でもさすがにそこまでは突っ込んではこない―――――でもやっぱり不満げだ!もう!
「あの!アレです。看板が降って来て頭に」
時枝先輩は少しびっくりしてこちらを向いた。
「何とか後遺症なく助かったんですけど、どうやらお医者さんが帽子のおかげもあったと母に言ったようで―――――その、降ってきた日俺…僕はもこもこした帽子被ってたんですね?寒くて。で、それで母が僕のいるとこ……てか病室で帽子があったからって言いまくってたんで、サブリミナル効果か何かよく分かんないですけどそれから防止ないと怖くて歩けなく」
「小森くん!」
「!」
遮られてはっと隣を見ると、時枝先輩が申し訳なさそうにこっちを見ている。初めて見る表情だった。
「ごめんね……辛かったら、いい」
「え」
「話さなくてもいいから。私、気になることは何でもとことん追求したいけど―――――そこまで非常な人間でもないつもりだから」
あ。自覚してたんだ一応!自分が人に何でも聞きたがる性格だって!でも……それ以上に僕を驚かせたのは……辛そうに見える?
多分それを認めたくないから。言った。
「ここまで話しちゃったんだし、もう最後まで言いますよー」
それを聞くと時枝先輩は優しく微笑んだ。
←
俺は底の煮立ち続けていることしかできなかった。何も考えられなかった。
どれ位そこにこうして突っ立っていただろうか。風の冷たさも気にならなくなって来た頃―――――。
そいつが来た。
「いやぁー、うん。ここだと電波がいいなぁ」
「で…デンパぁ?」
思わずヘンな声を上げてしまう。どうしよ!なんかヤバイ人来た!その変な人はその声で初めて俺に気付いた、という風にこっちへ顔を向けた。
「やあ、どうも」
「……」
「いい電波日和だね」
世間話を始めたつもりなのかな。
「君、名前は?」
「……」
「ま、いいよいいよ。小林くんということにしておこうじゃないか」
……な…なんで?この人、本格的に変人なのかな?よく見るとこの人の制服―――――うわぁ、俺が受けようとしてる高校のだぁ。
「どうしたんだい?変な顔して」
「……あ…あなたこそ何してんですか?」
久々に出した声は震えて掠れた。
「何って。宇宙人と交信をね!」
「……」
えー……早くどっか行ってくれないかなぁこの人。
「ん!」
うわ!変な動き始めた!
「君、小林くん……探し物をしているね?」
「え!」
「その探し物は―――――ふむ!帽子だ。色は……グレーに焦茶のリボンが巻かれている!」
「……」
インチキ霊能力者みたいになってきた。ていうか、うわぁ……さっきから見られてたんだぁ。
『よし、探しに行こう!」
「えぇえ?」
突然の提案に自分でも驚くほどの大声が飛び出してしまう。
「調査は聞き込みからだよ。ほら」
調査って、うわ!ちょっと待っ……。こっちの気も知らずその人は俺の腕を掴んでぐいぐい引っ張っていく。多少もつれながらも、転ばないようにという本能的なものに従ってどうにか足が動き出した。
自力で探せとは言っていたけど一人で探せとは言ってなかったからいいのかな……?それよりも探しに行こうと言った割にこの人、公園をずんずん歩いてくだけでちっとも探してないような―――――いや、きょろきょろしてはいるけど……探す気ないのかな?俺ひょっとしてからかわれてる?
「えーと、あ!」
え?見つけたのかな……。いきなり方向転換しだす。そして。
「すみません。ちょっといいですか?」
ベンチに座っていた可愛らしいおばーさんに声を掛けた。
「はぁい?何かしら」
「この辺で、帽子を持った男子中学生を見ませんでしたか?」
「ええと、そうねえ。ついさっきこの公園に向こうの入り口から入ってきたばかりだけれど、見かけてないわねえ」
「そうですか……」
「でもリヤカーの修理してる人なら見たわねえ」
「リヤカーの?へえ。そうですか、ありがとうございました。貴重なお時間とらせてしまってすみません」
「いえいえ」
会話を終えるとまたすぐに歩き出す。俺もおばーさんに一礼して引っ張られるままについていくしかなかった。
=
「おや、あれかな?」
おばーさんと別れて歩いていると間もなく、その人はそう言って立ち止まった。何事だろう―――――あぁ。あれって……。
「きっとあれだね。行ってみようか、小林くん」
躊躇いなくリヤカー向かって俺を引っ張っていく。―――――けど、わ!あの3人もいる!けど立ち止まる隙なく引きずられているので行くしかない。強情に立ち止まるほどの気力はなかった。もうなるようになれ!
すぐこちらに気付くと思ったけど、3人は何やらリヤカーを覗き込んでいて近付いても気付かなかった。
「や!何してるんだい?」
俺を引っ張っている人が軽く声を掛けると3人は結構びっくりしたようで、少しとび上がったかのようにも見えた。そして―――――俺の姿を認めるとなぜかばつが悪そうにする。一体何事だろ?
「よお、小森……えーと、その……」
「ちょっと今さ、奇妙なことがな……」
「それより、いやそれよりじゃないが、そっちの人は誰だ?」
3人の視線が一斉に俺を引っ張ってきた人に集中する。が、その人は至ってマイペースだった。
「ふーん、君、小森くんっていうのか。でもまあ、今日のところは小林くんってことにしてたし……そうだな、僕はじゃあ、アケチと名乗っておこう」
じゃあって……本名じゃないんだろうな。ふざけてるのかな?3人もぽかっと口を開けている。それに気づいているのかいないのか、その自称“アケチ”さんは続けた。
「で?奇妙な事って何―――――あぁ、なるほどね。小林くん、君も見てごらん」
「?」
アケチさんは質問しながらリヤカーを覗いて自己解決した。中に何があるのだろう―――――あ!
さっと3人の方を見る。3人は慌てて弁明し始めた。
「違う違う!俺らも不思議で!」
「……まあ、このリヤカーの中に隠したのは俺らだけどね……」
「だが誓ってこうしたのは俺たちじゃないぞ」
そのちょっと痛んだ木製のリヤカーの中には、きちんと長方形に折り畳まれたどうやら濡れているらしいバスタオルと、その上に俺の帽子があった。そしてそれは。
「ふーん……しっかり貫いてるな。リヤカーの底を貫通して土にまで食い込んでる……。ホントに君ら3人がやったんじゃないんだね?」
「違うって!」
「本当です!」
「帽子を置いたことは認めますけどね」
タオルと帽子は、なぜか鋭く尖った金属製の細い棒で、串刺しにされていたのだった。
=
「さて」
一通り勝手にリヤカーを改めたアケチさんは、3人に向き直った。
「それじゃあ、帽子を置いた時からこの状態を発見するまでの経緯を教えて貰えないかな」
……。この人、探偵にでもなったつもりなのかな……。三河も同じように感じたらしい。
「探偵ごっこですか?」
いい年して……と言外に呆れが滲んでいる。
「そうだよ」
わ!あっさり肯定した!
「僕はまあ、探偵もどきみたいなもんだ。さ、話して話して」
「えーと……」
仁川が話し出した。
「ここにリヤカーが置いてあって、そのー……帽子を隠すのにちょうどいいと思ったんです。タオルは言ってたし、ここなら汚れないかなって思って。で、今日ほら、雨降りそうな天気じゃないですか」
「だからもし雨降っても濡れねーようにフタすることにしたんだ」
一松が言葉を繋ぐ。それを更に三河が繋いだ。
「このリヤカーの側に、ちょうど手頃なサイズの薄い金属板の板があったんですよ―――――コレです」
言いながら三河は錆びた金属板を手に取った。それを見てアケチさんが言う。
「テープで囲ってあるね?」
「フタした後、テープでズレないように止めたんですよ」
「ずれたらフタした意味なくなっちまうだろ?」
「今日美術でコラージュやったんで、ビニールテープ持ってたんです」
三河がテープをいじりながら答え、一松が無駄に偉そーにつけ足し、仁川がポケットからテープを取り出して補足した。再び三河が続ける。
「フタした後、俺たち少し離れた場所からここを見張っているつもりだったんです。リヤカーが移動させられてしまっては困るので」
「つもりだったってことは―――――」
「はい。少し目を離してしまいました」
「猫が!」
一松がなぜ、とアケチさんが問うより早く言った。
「猫がいたんだよ!な、な!」
「……」
「……一松、お前……くく!」
なぜか猫を主張し残り二人に同意を求める一松。だが仁川は無言でどこか呆れているし、三河は笑いを堪えている。
「別にいいんじゃん?話したってさ……ぷふ!」
「み、か、わ!笑、笑うなあ!」
「だってさ、お前がそーやって必死になってんの、珍しいなと思って」
「一松、好きな子見つけて告白んチャンスだって追っかけて行っちゃったんです。で、俺らもその……気になって。―――――結局話し掛けることすらできてなかったぽいですけど」
「あ!コラ言うなよ仁川もう!テメーらいつかブッ殺してやるー!」
顔を真っ赤にして叫ぶ一松、宥める仁川、見かけによらず笑い上戸らしい三河を可笑しそうに見ていたアケチさんが。その時。一松の言葉に、はたと真顔になった。そして言う。
「えーと、一松くん?」
「え?え。はァ。何すか」
一松は急に声を掛けられきょとんとする。
「ダメだよー、そういうこと言っちゃ」
「へ?」
「軽々と殺すだなんて。ほら、もしいつかこの2人が殺されたりしたら君、今の台詞で疑われちゃうよー」
歌うような流れで、アケチさんは言う。……歌うように何か怖いこと言ってる!この人!
「はあ、すいません」
「まぁ、それはいいとして……で?その後戻って来たんだね?」
「ええ。そしたら、このリヤカーからこの、コレですね」
三河は金属棒をつつく。
「これがリヤカーから生えてたんです」
「生えてた?」
「そうですそうです!だから俺らテープはがしてフタ開けてみたんですけどそしたら―――――」
「ちょっと待って」
三河から言葉を継いだ仁川は、怪訝そうなアケチさんに遮られた。アケチさんは三人の顔を見回しながらゆっくり慎重に尋ねる。
「そのフタに開けられた痕跡は?」
「ありませんでしたよ」
「多分……」
「テープが一度はがされてたとしたらこんな風に跡になんだろ。そんなんなかったし」
三河がきっぱりと答え、仁川も自信なげに同意し、まだ若干顔を赤くしている一松がアケチさんが持っている金属板のテープがはがれてしまったところをトントン指しながら言った。確かにテープがはがされたところは、金属板が古いせいか錆がテープの形に崩れている。
「よく見たの?」
「見ましたよ。一応、とにかく訳が分からなかったので現状を確認しておこうと思いまして。フタにズレた形跡なし、リヤカーも大きく動いた跡なし、棒はリヤカーと土にちょっと斜めに刺さっていました」
「三河は何でも記録したがんだよなぁ。メンドくせぇ」
「一松……お前そんなんじゃいつまでたっても理科の成績上がらないぞ」
「うるせッ!これでも暗記科目は得意だ!」
「仁川の方がお前よりいいじゃん」
「がーー!オメ―らができすぎんだっつのおぉ!」
「歴史は俺より小森の方ができると思うけど……」
騒ぎ出した三人を尻目にアケチさんは何やら考え込みだした。が、ハッと何かに気付いたように顔を上げる。
「あ。そうだそうだ、ゴメンゴメン―――――はい」
急に何を思ったのかと思ったら……アケチさんは棒から帽子を外して俺に渡した。てっぺんに穴が開いてしまったが、そんなに大きくないし、まぁ仕方ない。ないよりマシだし。俺は帽子を被り一応アケチさんに会釈……したがもうアケチさんはこちらを見てはおらず金属板の一点を凝視している。
「見たまえ小林くん!」
「……え?」
何だろう?アケチさんの指さす一転を見てみると―――――ちょうどフタの中央らへんに……何コレ。小っさい、窪み?
「すこーしだけ、凹んでるね。コレ、何だと思う?」
「えーと、アケチさんがあまりにも見つめ続けたから穴が開きそうに……」
「……僕にそんな能力はないかな」
さっきは宇宙人と交信してるとかワケ分かんないこと言ってましたけどね。
「いいかい、このリヤカーの中で、なかなかちょっと重そうなバスタオルと君の帽子が仲良く串刺しにされていた。しかしだ。君ら3人が帽子を入れてフタをした時には金属棒なんて刺さっていなかった―――――そうだね?
「そうです」
代表して三河が答えた。いつの間にか静かに3人もアケチさんの話に耳を傾けている。
「そしてちょっと目を離した隙に金属棒が突き刺さっていた、と。なのにフタには開けられた形跡はない」
「つまり密室でタオルたちは串刺しにされていたってことですか!」
仁川が叫ぶように言った。アケチさんは肯く。そして。
「まあ、そう考えることができる。でも……今までの状況を整理してみたところで、諸君、方法は自明ではないかな?」
そう言うと、いたzらっぽく俺たちの方に笑いかけてきた。思わず4人で顔を見合わせる。何が言いたいんだ?この人は。
「つまりその……自明というのは?」
代表して三河が尋ねる。アケチさんはしれっとして答えた。
「自明というのは、自ずから明らかになるという意味で―――――」
「……そういう意味では、なかったのですが……」
「冗談だよ。つまり、なぜこのような状態になったのかというわけだね」
「え!」
と叫んだのは仁川だ。
「どうしてフタしたまま棒を突き刺したのか分かったんですか?」
「うん……まぁ、正しいかは別として、1つの方法があるよ」
「焦らすなよもう!だからそれ、何なんだよ?」
一松が痺れを切らした。アケチさんはにっこり笑い、言う。
「簡単なことさ。つまり、リヤカーの下から突き刺せばいいんじゃないか」
「……」
「……」
「……」
「……」
「だから」
俺たち4人が何も言わないので、アケチさんが続けて口を開く。
「下から刺したら何もフタを開ける必要はないだろ?あのタオルは重そうだったし、なによりこの金属棒、上下ともよく尖っている。それにリヤカーの木は薄くてしかも結構ボロいから脆いだろうし下からだって刺せないことはないと思うよ。もしかすると、フタがされる前に少し穴をあけておいたのかもしれない。そしたら刺しやすくなるからね。で、下から上へ刺したら、今度は下に引っ張って土に刺し込めばいいんだよ。棒はほら、ちょっと下から上へ斜めに刺さっていただろ?あれは、棒が長かったから真っ直ぐ刺せなかったんだろうね」
「……理論的には……できなくもない、のか?」
三河が唸っている。仁川も首を捻り捻り、言った。
「ですけど……えーと、えーと……リヤカーの下から?」
「そうですよー」
俺も思わず口を挟んだ。
「上からならともかく、下から刺すとなるとリヤカーの下に入り込まなきゃならないじゃないですかー。そんな不審な行動をしたっていうんですか?」
「そうだよ」
アケチさんはあっさり肯いた。
「これをやった人はおそらく、さっき僕が言った方法―――――或いはそれに準じた方法をとったんだろう。現に、目撃されているじゃないか」
「え?」
「小林くん忘れたのかい?さっき僕らが会ったおばあさんの言ったことを」
「……あ!」
――――――リヤカーの修理してる人なら見たわよ。
あれは、リヤカーの下に人が入り込んでいたって事だったのか。
「それにもう一つ。僕の考えを裏付ける証拠がある」
「まだあるんですか?」
「そうだとも小林くん!さっき見せた金属棒の凹み、覚えているね?」
「ハイ」
「あれは」
「成程成程、下から勢いよく刺したがために、一度金属板にブチ当たったというのですね?」
「……その通りだ―――――えーと、うん」
セリフを三河に持って行かれ、アケチさんはちょっと拍子抜けしたように言った。
「何で犯人はそんなことしたんだよ」
一松の問いに、アケチさんが少し表情を曇らす。
「それなんだけどね……」
「イヤお見事ッ!」
突然あらぬ方向から声が降ってきた。その声の主は……リヤカーの後ろの茂みからパチパチ拍手しながら、葉くずをつけて出てきた。ひょっとして、ずっと繁みの中にいたのかな……。
「誰だ?」
一松が明らかに不審者を見る目つきで問う。
「……」
仁川はあれ?とか呟きながら首を捻り続けている。
「髪の毛から蜘蛛降りてきてますよ……」
三河は冷静に状況を伝えた。それを受けて声の主は初めて蜘蛛の存在に気付いたようだ。
「え!ウソうわホントだあッ!」
それを眺めていたアケチさんはどこかほっとした表情だ。声の主は蜘蛛を取り払うと、にっこり笑いかけてくる。切れ長い目がさらにきゅっと細くなった。おそらく30代位だろうと思われる男の人だ。長くてぼさっとした髪を後ろでまとめていて、無駄に大きく厚いメガネに無精ひげ……この人マトモに働いてるんだろうか……?
「な、な、君。私のこのトリック、簡単すぎたかい?」
そのよく分かんない人はアケチさんに話し掛けた。
「いえ……いや、その、リヤカーでしたし。これがもっと大がかりな―――――例えば別荘なんかだったら、もっと苦戦していたでしょうね」
「おお!苦戦、ね。解けないとは言わないんだな君は!うむ、いいことだ」
うんうんと肯く謎の人。この2人、何の話してるんだろ?一松も三河もよく分からないという風に2人の会話を聞いている。と。
「あーーーッ!あ!えっとすいません……」
「どうしたんだよ仁川。急に叫んで」
「いや、でも……三河は気付かないか?」
「?何が」
「この人!この人!」
壊れたように繁みから現れた人を指しながら腕をぶんぶん振り、仁川は言う。
「くだミス銀賞の矢瀬照奴!……さん、じゃない?」
「……え?」
三河はまだピンとこないようで、首を捻る。一方、一松はぽんと手を打った。
「あー、あの!マジか」
その人なら、俺も知っていた。
「バレたか」
当人―――――矢瀬さんは愉快そうに笑った。
「痩せてるヤツ……?確かにこの人痩せてるけど、仁川くん……失礼じゃ……?」
驚いたことにそう言ったのはアケチさんだった。それを聞くやすぐ仁川が謎の身振り手振りを加えながら説明を始める。
「知らないで話してたんですか?この人、今年のくだらないミステリー大賞の銀賞とった人で、今じわじわ人気急上昇中なんですよ?俺、著者近影で見ましたもん!どっかで見たことあるなって、思ってたんです!」
「ふーん。……僕は著者近影はあんまり見ないからなぁ……じわじわ急上昇、ねぇ……」
「ははは!銀賞だったしね」
ぱんぱん頭をはたく矢瀬さん。そのたびに葉くずがはらはら落ちる。
「だから凄いんじゃないですか!金賞はホントーにくだらないんだけど、銀、銅賞は割とマトモなので、むしろこの賞は銀賞が最優秀賞とまで言われていて……」
いつになく熱っぽい仁川。このまま放っておいたら日が暮れるまで……いや暮れてもずっと語り続けていそう。しょーがないなー。話題を変えよう。
「あのー、どーしてその矢瀬さんがこんなことを?えっと、このリヤカー用意したのも矢瀬さんなんですか?」
「そうだよ」
「ず!ずるい小森!矢瀬さんと会話を……」
……仁川ってこんなにうるさい奴だったっけ?
「目的は検証ですか」
アケチさんが口を挟む。矢瀬さんは目を丸くした。
「へえ、君そこまで気づいていたか」
「……というか、出て来て下さって良かったですよ。えーと…やせ…ヤセテルさん」
「あなたの方が失礼じゃないですか!」
すかさず仁川が突っ込む。矢瀬さんはまあまあ、とそんな仁川を諌めた。
「で。私が出て来なかったら君、どうするつもりだったのかな?」
「それに困ってたから出て来て下さって良かったって言ったんです」
「困るって何がだ?」
一松が焦れったそうに問う。
「まぁ、仮定の話なんだけどね。いいかい、僕はこれはトリックの予行演習じゃないかって思ったんだ」
「まさか!え!まさか小説の?」
「君、呑み込みが早いね。えーと…うん」
アケチさん。仁川って名前ですよ―――――って教えた方がいいのかなぁ?
「そう、このヤセテ……矢瀬さんは、小説の事件のトリックが実際に使えるかどうか実験した―――――あのー、合ってますか?」
「合ってるよ。私は次の小説の殺人事件のトリックの現実味を試してみたのさ」
「凄い!さすがです!うわぁ、もう、お会いできてホントに光栄です!」
どさくさに紛れてちゃっかり仁川は矢瀬さんと握手を交わしている。
「編集さんにそのトリック無理だろって言われたから見返してやろうと思って……」
矢瀬さんは苦笑いして小さく口の中で呟いた。聞こえちゃってますよー。
「しかし」
眉をひそめて三河が問う。
「いくら何でもタオルが刺せますか?」
「……」
「矢瀬先生?」
急に矢瀬さんは閉口した。いつの間にか仁川は先生と呼んでいる。
「それは、まあ、タオルだしな。ほら、えーと、まぁねぇ。タオルだし?最初にちょーっと穴開けといたっていうかさ……これはトップシークレットなんだけど……」
「まあそれは別にいいんです」
「べ!別に?―――――じゃあ聞かなくても良かったんじゃ……?」
「それより帽子が入っているのに気づかなかったんですか?」
咎めるように三河が言いよると、矢瀬さんは頭を下げた。まだ葉くずが絡まってる……。
「あぁ、それは申し訳ない。完全に私の失態だ」
……勝手に人の帽子をその辺にあったリヤカーに放り込んだ3人にも非があると思うけど。
「実はリヤカーをセットしてから蓋を止めるテープを持ってくるのを忘れてしまったと気付いてね。家までとりに帰ってたんだ」
「え!この近くに住んでるんですか?」
仁川が目を輝かせる。ひょっとしなくてもこの人のファンらしい。
「まあね。で、戻って来てみたらなんとテープが貼ってあるじゃないか。ラッキーと思って深く考えずに下から突き刺しちゃったのさ。本当に悪かったね。何なら、いや是非弁償させてはくれまいか」
「いえ、別にいいです」
俺は即答した。そしてすぐ言葉を繋ぐ。
「それよりその後どうしてすぐフタ開けなかったんですか?」
「……それは、だね。いやこれも申し訳ないの一言に尽きるのだけど、棒を指した後手洗いに行っていて。で、戻ってきたら君たちが集っていたもんだから」
「トリックが見破られないか見物してたってわけですか」
アケチさんがのんびり言った。
「いや全くその通りだよ」
「でもよかったですよ。もし本当に現実世界で殺人でも起こそうとしてる人がいてその人が予行練習したのとかだったらどうやってその人止めればいいのか悩みましたからねえ」
「ケーサツに通報すりゃいーんじゃん?」
「誰がやったかも分からないのに」か
「矢瀬さん!家帰って矢瀬さんの本持ってきたらサインくれますか!」
一松があっけらかんと言い、三河が呆れたふうにそれに返し、仁川は……もはや周りが見えていない。
「起こるかもしれない殺人事件を止められなかったらそれは……やはり心苦しいからね」
「だったら探偵のマネ事みてーなの止めちまえばいーのに」
一松が言うとアケチさんはちょっと困ったように笑った。
「止められる可能性があるのなら。そっちにかけたいじゃないか」
→
「で」
「で?」
そろそろどこまで話せばいいんだろって思い始めた頃。暫くぶりに時枝先輩が声を掛けてきた。と思えばこの人は……。
「で……って、何がですか?」
俺―――――じゃなかった、間違えた。僕が問うと時枝先輩は目をぱちぱちさせて言った。
「んもー、だからさ。それ、その子、えーと…仁川くん」
「仁川がどうかしました?」
「結局サイン貰えたワケ?」
「……」
そこですか!
「すみません。そのあとすぐ別れたんでそこまでは」
「あらー、そ。残念。で?」
「……で……って今度は何ですかぁ」
「何で倉石が探偵やってるか言ってたりしなかったの?」
「それは…言ってませんでしたね」
そういえば先輩とそんな風な話したことないなぁ。今度聞いてみようか。
「じゃあさ。なんで帽子くんは倉石の弟子やってるの?」
「……助手ですけどね」
「じゃあそれ」
「えっとですねー……それは……」
どうして…だろう。いつの間にか、多分あの日から、僕は先輩のようになれたらと。目標にしていた気がする。
「分かりません!」
「……ホントに?―――――まぁ嘘には見えないけど」
時枝先輩は笑い、立ち上がってそのまま立ち漕ぎを始めた。髪の毛がふわふわ―――――というよりはばさばさはためきだす。僕も座ったまま何ともなしにブランコを漕ぎ出す。
そう。分からないんだよなぁ。何でだろ?高校に入って、廊下でばったり出くわした時、思わず口に出てたんだから。
―――――あの!弟子にして下さい!
―――――はぁ……?
―――――あ、いやえっとその、助手!助手にしてください!そう助手で!えっと先輩探偵もどきやってるんですよね!
―――――まぁそうだけど……僕がやってるの公認の部活とかじゃないよ?
―――――ハイ!そうじゃないかなーとは思ってました。
―――――いいのかな……。
―――――いいんですよー。では、宜しくお願いします。
―――――……じゃあ、宜しく……。―――――ところで君、名前は?
―――――……小森一といいます。
まぁ、名前を憶えてはないと思ったけど。先輩は高校に入る前の僕に会ったことも忘れてるらしい。帽子を変えたせいかなぁ?でも、やっと薄い生地の帽子でも安定してきたし。と、不意に時枝先輩の声が降ってきた。
「お!ウワサをすれば影だね」
「え?」
「ほらあっちから来るの、倉石」
「あ。ホントですね。せんぱーーい!」
呼びかけると先輩はこちらに気付き近付いてきた。ブランコに乗る僕と時枝先輩を交互に見比べると、驚きとショックを足して羨ましさで割ったようなヘンな表情をする。
「小森くんに時枝さん……いつの間にそんなに仲良しに!
「ぐーぜんここで帽子くんに会っただけ。それよりさ、あんた以前ここで帽子失くした子に会ったんだって?」
「時枝先輩!」
何て余計なことを!
「うん、そうだな……」
「その子の名前とか覚えてないの?」
「……覚えてるよ」
え!―――――危ない危ない。思わぬ即答にブランコから落ちそうになった。先輩はまだブランコの上で立っている時枝さんを見上げて言った。
「小林くんっていったな確か」
「……」
「……」
それ先輩が勝手にそう言っただけじゃないですかぁ!ふう、とあからさまなため息をついて時枝先輩が言う。
「木が一本足りないんじゃないのー?」
また余分なことを!先輩は首を捻る。
「え?小木林くんだっけ?ていうかどうして時枝さんが名前知ってんの?」
「……」
「……もういいわ。あー、雨降りそ。帰ろっか帽子くん」
「え?あ、ハイ。そうですね」
すっかり忘れてたけど来週模試だし。勉強しないとだった!
「え?え!何だよ!え?ちょっ……時枝さん?小森くん!僕何かした?」
「僕に言われても困りますよー」
どうして。どうして僕はこの人の助手になったのか。さっぱり分かんない。けど。はっきりしてることがあるとしたら―――――。
「ほらほら。ぼーっとしてないでよ帽子くん」
「小森くん!時枝さんと2人で何してたの?」
「倉石にはカンケーないことー」
「えぇえ!何それ!」
うん、やっぱり。
僕は今のこの日常が、大分気に入ってるみたいだ。
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「やあった!うわ!ほんとにもう夢ですコレありがとうございます!」
「いやいや。こんなに熱心なファンに会えて私は嬉しいよ。じゃ、またどこかで会ったら」
「ハイ!あの、絶対今日のリヤカーのアレはヒミツにするんで!」
「宜しく頼むよ」
「ハイ!―――――……うわぁ……夢だよコレ!」
「夢じゃないよー」
「ぎゃあ!―――――あ……ビックリさせないで下さいよ!」
リヤカーの謎が解き明かされ、全員が解散した後。最後まで残っていた―――――というか正確には一度家に帰って本を持ってサインを貰うべく再び戻って来た彼に僕は声を掛けた。どうしても確かめておきたいことがあったのだ。
「ごめんごめん」
「まぁいいですけど。ところで、えーと……アケチさん、何か用ですか?てっきりさっきみんなと帰ったとばかり」
「ちょっと小林くんと……矢瀬さんのいないところで聞きたいことがあってさ」
「アケチさん……今、矢瀬さんの名前この俺の本見て思い出しましたね!」
う!バレてた!いやでも今のは確認であって断じて忘れてたわけではない!
「そんなことはないよ。えーと……」
「……仁川です」
「……そう、仁川くん」
「何です?聞きたいことって。雨降る前に済ませて下さいよ。この本濡らしたくないんで」
「うん。あのさ、君ら3人がどうして小林くんの帽子を隠すなんてことしたのかなと思ってね」
「…………」
「ま、いいか。確認だけさせてもらおう。あれは別にいじめてたとかじゃない―――――そうだね?」
「…………」
「確証はないけど。ひょっとして君らは善意から帽子を隠したんじゃないかい?」
仁……ナントカくんはちょっと顔を上げた。
「でなきゃ、わざわざ帽子が雨に濡れないようにだとか、なくならないようにだとか、気にしないと思うんだけど」
「…………小森―――――あの、アケチさんが小林って言ってる奴の事ですけど―――――に、言わないで下さいよ…?」
「言わないよ」
「あの、俺と一松と三河と小森、小学校の時からずっと同じクラスなんですよ。もう何かの陰謀だと思うんですけど」
「……まあ、小学校の―――――その制服……君らも西野中だよね。てことは西野小だったよね?」
「そうですね」
「じゃあ、ま、西野小はクラス替え2年ごとだし、ありえなくはないんじゃ……」
「でも中学校もですよ?しかも4人も」
「うん、それは確かに……で?続けていいよ」
「で。そんなわけで俺ら4人、ずーっと顔つき合わせてなきゃなんなかったんですけど、小森の奴いっつもふさぎこんでるんです」
「その、小森くんはずっと帽子被ってたの?」
「少なくとも小学校入った時にはもう。ずいぶん厚いもこもこのでしたね。夏でも」
そういえばだんだん帽子、薄くはなってきてる気がするかも……。そう呟くのが聞こえてくる。
「で、まあからかわれたりするわけですよ―――――俺らも低学年の時それでからかったことあるし……。それでか分かんないんですけど、あいつ、その、そういえばあんまり毎日楽しそうにしてなかったんです。別に笑わないとかいじめられてるとかじゃないし、友達いないわけでもないんですけど、その……やっぱり何かに縛られてるなって、そんな気がして。で、それやっぱり、原因帽子なんじゃないかって」
「なるほど。それで君らはあんなことしたのか」
「…………すみません」
「……君に謝られるようなことをした覚えはないかな」
でもまあ、良かった。取り敢えずそれが確認できれば十分だ。あ。いや、待てよ……。
「もう急にあんなことしない方がいいよ。理由は分かんないけどけっこー困るみたいだから」
「はい……。ちょっと帽子レスに慣れさせてやろうと思っただけだったんですでど、俺らも軽く見すぎてたっていうか」
隠してしまえば、帽子を探している間は否応無しに帽子なしのままでいなければならない。彼らは荒治療しようとしたってわけだ。……それと。そーいえばあいつ帽子ないとどうなるんだ?何て疑問が出てきて受験勉強に集中できなくなったために、じゃあとってみるか!なんて思いもあったのかもしれないけど。まあ、そこまで突っ込んで聞く必要はない。
「ところで」
「ん?」
「アケチさんは……どうして小森といたんですか?知り合いって風にも見えませんでしたけど……」
「ああ」
それか。
「ただ通りかかっただけだよ」
「……通りかかっただけ、ですか」
「そう」
本当だ。偶然通りかかったら―――――というかここ、僕の通学路だから学校行く日は毎日通るんだけど―――――そしたら今日はなんだかちょっと不穏な4人がいて、気になって様子を窺っていたところ、3人が帽子をとって行ってしまったのを目撃してしまった。そのまま見ていたが残った一人は一向に動こうとしない。
何かありそうだな。
そう思ったら放っておくことはできない。一応探偵みたいなものを自称しているんだからね。もどきでも。
長々と最後まで読んでくださり、ありがとうございました!