自慢の一品
浩二「というわけなんだ」
ツグミ「どういうわけよ……」
進藤「あぁ、思い出した。思い出した!」
ツグミ「進藤さん?」
進藤「僕は、僕はあのトンカツを食べて意識を失ったんですね?」
浩二「そうだ」
進藤「なんて事だ。ハツネの愛したトンカツが食べられないなんて……。こんなことじゃぁ婚約者失格だ……」
ツグミ「し、進藤さん。そこまで落ち込むこと無いと思うけど」
進藤「いや、違うよツグミちゃん。これは由々しき事態だ。大きな問題だ。僕がハツネを愛しているのならなおさらね」
ツグミ「はぁ……」
進藤「ハツネが愛したトンカツを、ハツネを愛する僕が食べられないなんて、そんなこと、あってはならないんだ!!」
ツグミ「ちょ、進藤さん!?」
浩二「やめるんだ進藤君!」
進藤「僕だって……食べて見せるんだぁぁああ!(パクッ)もぐもぐ……」
ツグミ「ダメ! 進藤さん! 食べ慣れてない人がお母さんのトンカツを食べたら……」
進藤「ブヘラバグボッ!」
進藤、奇声を上げて倒れる。
ツグミ「あああ! だからダメだって言ったのに! お父さん!」
浩二「ぽちっとな」
進藤「あばばばばばばばばばば!」
進藤、復活。
ツグミ「進藤さん、大丈夫?」
進藤「はあ、はあ、はあ。な、なんとか……」
浩二「まったく。そんなに無理して食べなくてもいいじゃないか」
進藤「でも……」
ツグミ「誰にだって食べれるものとそうでないものが在るの。だからそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
進藤「ツグミちゃん……」
ツグミ「心配しなくても、お母さんのトンカツを食べても平気なのって私とお父さんくらいなんだから。進藤さんが食べられなかったとしても、それがお姉ちゃんを愛せてないってことにはならないと思うよ」
浩二「その通りだ進藤君。気に病むことは無いさ。むしろ、キミの反応のほうが正解なんだ」
進藤「そう……ですね」
浩二「きっとハツネも、こうなることが分かっていたからあんなことを言ったんじゃないかな」
ツグミ「あんなこと?」
進藤「……ハツネ。そうならそうと言ってくれればよかったのに。キミって人は……」
《SE》チャイムの音
浩二「こんな時間に、いったい誰だ?」
ツグミ「あ、きっと秀平だ。私が出る。お父さん、今のうちにお母さんを起こしてあげて。進藤さんはちゃんと服を着て」
ツグミ、玄関へ向けてはける。
しばらくすると玄関のほうから話し声が。
浩二「洋子、洋子、お客さんだよ」
洋子「どうせ、どうせ私の料理なんて……」
浩二「なにを言ってるんだ洋子。お前の料理は世界のどんな料理よりもおいしいよ」
洋子「……本当?」
浩二「ああ本当さ。だから早く機嫌を直してはくれないか。お客さんが来たんだ」
洋子「分かったわ。じゃあその人にも、トンカツをご馳走しないといけないわね」
浩二「あ、あぁ、そうだな。とりあえずテーブルを片付けよう。ずいぶん散らかってしまったからね」
洋子「あらホント。一体何があったの?」
浩二「まあなんというか……いろいろあったんだよ」
洋子「ふーん」
浩二「ほら、進藤君も。いいかげんちゃんと服を着なさい」
進藤「……はい」
洋子「ほんと、何があったのかしら?」
テーブルを片付けていると、ツグミが秀平を連れて戻ってくる。
秀平「おじさん、おばさん、こんばんは」
浩二「おお、秀平君。久しぶ――」
洋子「あらあら秀ちゃん! 久しぶりね~。元気してた?」
秀平「は、はい」
洋子「あら? 背ちょっと伸びたんじゃない?」
秀平「そ、そうですか? 自分じゃあんまり分かんないんですけど」
洋子「絶対に伸びてるわよ。いやー会う度に男らしくなっていってるわねー。まあそれでも、うちの浩二さんには敵わないけどね」
浩二「こら洋子。お客さんの前でなにを言ってるんだ」
洋子「またまた~。浩二さんったら本当は嬉しいくせに~」
ツグミ「お、お母さん! ちょっと落ち着いてってば!」
秀平「お前の母ちゃん、相変わらずスゲェな」
ツグミ「ホントだよ。私、お母さんのこういう所が嫌いなの。だいたいお母さんはいつもいつも――」
秀平「あ、進藤さん。ご無沙汰してます」
進藤「やあ野村君。久しぶり」
ツグミ「無視すんなー!」
秀平「まあまあ。それよりホラ。ご注文の品だ」
秀平、おかもちの中からトンカツ定食を取り出す。
秀平「国産の豚肉をパン屋で仕入れたパン粉で包んで揚げた、ウチの看板メニュューです。秘伝のソースをかけてお召し上がりください」
進藤「おお! これはまたおいしそうなトンカツだ!」
ツグミ「ありがとう秀平。そこに並べといて」
秀平「へいへい」
ツグミ「お母さん! お父さん! いつまでいちゃついてるの!」
浩二「すまんすまん。だが洋子が」
洋子「そんなこと無いですよ。浩二さんだってノリノリだったくせに」
浩二「そうだったか?」
洋子「それはもう」
浩二「そうか。ツグミ、前・言・撤・回だ!」
ツグミ「とにかく座ってよ! もう!」
秀平「ツグミも大変っすね」
進藤「ああ」
ツグミ「ちょっとなにしてるの秀平! さっさと並べなさいよ!」
秀平「へいただいま!」
秀平、慌しく皿を並べ始める。
ツグミ「ふふふふ……。お母さん、本当のトンカツを教えてあげようじゃないの」
不適に笑うツグミ。
暗転