注文が一件
ツグミ、自室にて電話中。
相手は幼馴染の野村秀平。
野村、家(定食屋)の手伝いで忙しく、空返事ばかり。
ツグミ「ホンット信じらんない! 二年間顔も見せなかったくせに、いまさら何しに来たのよって感じ!」
秀平「はいはい。はい! しょうが焼き定食お待ち!」
ツグミ「お父さんもお母さんも甘いのよ。いくらお姉ちゃんの元婚約者だからって、あんなに馴れ馴れしくしてもいいわけ?」
秀平「はいはい。あ、いらっしゃいませ!」
ツグミ「そりゃあ進藤さんは、お父さんの勤め先の会社の次期社長で、お金も人望もある人格者だよ?」
秀平「はいはい。ありがとうございましたー!」
ツグミ「でもだからって、あんなにヘコヘコしないでさぁ、もっとこう……年長者の威厳って奴を見せて欲しいわけですよ!」
秀平「はいはい。あ、お客さーん! ケータイ忘れてますよー!(はける)」
ツグミ「ちょっと秀平! 聞いてるの!」
秀平「はいはい。いらっしゃいませー!」
ツグミ「聞いてないでしょアンタ……」
秀平「聞いてるよ。ただ返事をする余裕が無いだけ。こちとら仕事中なんだからしょうがないだろ」
ツグミ「フン。分かってるわよそんなこと」
秀平「分かってんのかよ! あ、はい。すぐお持ちしまーす!」
ツグミ「はぁ」
秀平「ツグミさあ、進藤さんのこと嫌いなの?」
ツグミ「そんなんじゃないわよ」
秀平「じゃあ好きなの?」
ツグミ「ブッ! ど、どうしてそうなるの!」
秀平「『嫌よ嫌よも好きのうち』って言うじゃん?」
ツグミ「…………」
秀平「沈黙は肯定とみなしマース」
ツグミ「…………」
秀平「もしもーし、ツグミー?」
ツグミ「…………」
秀平「え、もしかしてマジ?」
ツグミ「う、うるさいわね! アンタには関係ないでしょ!」
秀平「……関係あるんだなぁこれが」
ツグミ「え? なんか言った?」
秀平「いえいえ何も。だけどツグミ、進藤さんはハツネさんの……」
ツグミ「分かってるわよそんなこと! この気持ちが、本当は抱いちゃいけない物だってこともね」
秀平「ツグミ……」
暫しの沈黙のあと、ツグミ、勤めて明るい口調で話す。
ツグミ「とゆーわけで、私は進藤さんのことは『ちょっと気になる男の人』くらいにしか思っていないの。安心した?」
秀平「ななななんでそんなことで俺が安心しなきゃいけないんだよ! べ、別に俺お前のことなんてなんとも思ってないし!」
ツグミ「はいはい。そーゆーことにしておきましょうか」
秀平「だ、だからっ! てか、何が『てゆーわけで』なんだよ!」
ツグミ「まあまあ。ところで秀平。一つお願いがあるんだけど」
秀平「な、何だよ急に」
ツグミ「あのね……」
秀平「お、おう」
ツグミ「出前お願い。トンカツ定食四人前。大至急!」
ずっこける秀平。
秀平「で、出前!?」
ツグミ「あら、嫌とは言わせないわよ。アンタの家食堂でしょ? 断る理由なんかどこにも無いじゃない」
秀平「食堂じゃない。定食屋だ」
ツグミ「同じようなもんじゃん」
秀平「だ、だけどよツグミ。お前だって知ってるだろ? 俺、夜の配達はダメなんだよ……」
ツグミ「別に断っても構わないわよ。でも、もしそれがアンタのおじさんにばれたら、後でどんな目にあうのか……。うふふ、楽しみね」
秀平「くぅ……。この鬼!」
ツグミ「じゃあそういうことで~」
秀平「はぁ。トンカツ定食四つだな?」
ツグミ「分かってるじゃない。なるだけ早く持ってきてね」
秀平「はいはい」
ツグミ「もちろん秀平のおごりでね?」
秀平「はいはい……てちょっと待て! なんで俺のおごりになってるん……」
ツグミ「じゃ、そういうことで~」
ツグミ、一方的に電話を切る。
秀平「……切れた。ったくよぉ。ツグミの奴、分っててやってるんだからタチ悪いよな。はぁ、しょうがない。行ってやるとするか。オヤジ! 出前! ツグミんとこ! トンカツ定食四つだとー。え? なんだよオヤジ。そんなんじゃねぇって!」
秀平、喋りながらはける。
ツグミ「さーてと。秀平が来るまでまだ時間が掛かるだろうから……。とりあえず下の様子でも見に行こうかなー」
ツグミ、はける。
暗転。