始まりの一言
《登場人物》
白石ツグミ〔しらいし つぐみ〕次女 高校2年生
白石浩二〔しらいし こうじ〕父
白石洋子〔しらいし ようこ〕母
進藤直弥〔しんどう なおや〕長女の元婚約者
*注* 元が舞台用の台本として書いたので、ちょくちょく舞台用語が出てきます。初出のものはあとがきにて用語説明いたします。
???「その日は、私が死んで二回目の命日だった」
食卓に座る三人の親子。
食卓の上には無骨なキャベツの千切り、揚げすぎて茶色いトンカツ。
ぎこちない空気の中、両親の会話がむなしく響く。
そんな三人を仏壇から見守るハツネ(幽霊)。
ツグミ「お父さん、ソースとって」
浩二「あ、ああ。ウスターかい、中濃かい? それともトンカツソースかい?」
洋子「もうあなたったら。トンカツを食べてるんだからトンカツソースに決まって……」
ツグミ「ソイソース」
父&母「え・・・・?」
ツグミ「ソイソース」
浩二「あ、ああ」
洋子「ツ、ツグミ、トンカツに醤油なんてかけるものじゃ在りません」
ツグミ「大丈夫。ご飯にかけるから」
浩二「そ、そうか。いやでもそれはそれで……」
ツグミ「早く取ってよ。お父さんはホンッとどんくさいんだから」
洋子「ツグミ、あんたお父さんになんて口の利き方を……」
浩二「す、すまん。いま取るよ」
洋子「あなた……」
黙って食事をする三人。
ツグミ「ねぇお母さん」
洋子「なあに?」
ツグミ「このトンカツ、すっごく不味いんだけど」
洋子「え!?」
浩二「なんてことを言うんだツグミ。せっかくお母さんが作ってくれたのに」
ツグミ「衣はコゲコゲだし、中まで火が通ってない。なんか胃がムカムカしてくるのよね」
洋子「……ごめんなさい」
ツグミ「お母さん、料理一から練習しなおしたら?」
浩二「ツグミ! おまえ母さんになんてこと……」
ツグミ「お父さんだってそう思うでしょう」
浩二「…………」
洋子「あなた?」
再び沈黙。
しばらくして、来客を知らせるチャイムが鳴る。
洋子「誰かしら、こんな時間に」
ツグミ「さあね」
浩二「と、とにかく出てくるよ(はける)」
ツグミ「お母さん」
洋子「なあに?」
ツグミ「なんであんな人と結婚したの? お父さんのどこが良かったの?」
洋子「……お父さんはね、昔はもっとかっこ良かったのよ」
ツグミ「じゃあいつからああなっちゃったの? ……ごめん。どうかしてるね、今日の私」
洋子「ツグミ……」
浩二「いや~、よく来てくれたね」
進藤「すいません。こんな時間にお邪魔しちゃって」
浩二に連れられ、進藤直弥が入ってくる。
ツグミ「!?」
洋子「あらあらあらあら、進藤さん。お久しぶり~」
進藤「ご無沙汰しております。相変わらずお元気そうで」
ツグミ「……(睨みつけてる)」
進藤「こんばんは、ツグミちゃん」
ツグミ「……フン」
浩二「そ、それにしても、ウチに来るのは二年ぶり……になるのかな?」
進藤「そうですね。ハツネさんの葬儀の日以来だと。……すいません」
浩二「いやいや、気にすることは無いよ。きっとハツネも喜んでくれるだろう」
進藤「……そうだといいんですが」
洋子「どうかしました?」
進藤「い、いえ。大丈夫です」
ツグミ「ごちそうさま……」
浩二「ツグミ?」
洋子「まだご飯残ってるわよ?」
ツグミ「いらない。もうお腹いっぱい」
進藤「ツグミちゃん、ご飯は残さず食べないと……」
ツグミ「いらないって言ってるでしょ!
ツグミ、荒い足取りではける。
進藤「嫌われてるのでしょうか……僕は」
浩二「そ、そんなことは無いさ」
洋子「そうよ。気にしないでね。まったくあの子は」
進藤「そうだといいんですが……」
洋子「ほらほら。せっかく来てくれたのに、そんな辛気臭い顔してちゃ、ハツネも悲しむよ」
進藤「……ですね。まったく僕ってば何してるんだろう」
洋子「うんうん、そのいきだよ」
浩二「ささ、進藤君。座って一杯どうだい?」
進藤「あ、いいですね! でもその前に」
進藤。仏壇の前まで行き、座って手を合わせる。
後ろから見守る二人。
進藤、ひとしきり拝んだあとテーブルへ移る。
進藤「お酒臭いとハツネさんに怒られちゃいますから」
洋子「ええ。きっとそうね。あの子、お酒があまり好きじゃなまったから」
浩二「私もよく怒られてたな~」
進藤「ははは。ハツネさんは……怒ると怖いですからね……」
浩二「あぁ……。ああ見えてあの子は……。洋子、すまないが酒を持ってきてくれ」
洋子「はいはい」
洋子、いったんはけ、酒を持ってくる。
酒盛りを始める男二人。
洋子「ふふふ。あの子の命日だからお酒は控えるんじゃなかったんですか?」
暗転
【はける】舞台の上から去る。
【暗転】照明が消え、舞台が暗くなる。