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死にたがりの赤ずきんと気の長い狼の迂遠な関係 - ニ

作者: 萩原間九郎

『ニ。』


三橋亜留ミハシアル

 僕がそう名乗ると、彼女は、

佐宮間由岐サクマユキ」と応えた。

 僕は軽く驚いた。聞き覚えのある名前だったから。

「同じクラス?」

 朝礼で教師が名前を読み上げて、出席を取る。その中に当然僕の名前があるし、佐宮間由岐という名もあった。

「知らなかったの?」

 佐宮間はにやりと唇を歪め、不気味に笑った。寒気を覚えるような、妖怪じみた笑顔なのに、どことなく妖しい魅力を感じさせるのだから、美人はずるい。しかも、身長は高いし胸は大きいし。僕など今だに小学生と間違われるというのに。十五センチはあるんじゃなかろうか、身長差。

「人の顔、あんまり覚えられないから」

 悔しさを滲ませないよう感情を抑えながら、僕は呟いた。

 僕は高校入学と同時に県外から引っ越してきたクチで、知り合いはおらず、したがって知り合いの知り合いも、そのまた知り合いもいない。そうなると誰々の知り合い、というようなタグを着けて覚えるわけにはいかず、結構覚えづらい。よく話しかけてくれる人くらいは覚えておきたいものだけど、集団行動が苦手な僕にとっては負担の大きすぎる作業だ。

「もう七月なのに。イベントもあるし、そろそろ覚えておいた方がいいんじゃない?」

 そう言われても、めんどっちいものはめんどっちい。

「ま、おいおいね」

 当たり障りなく答えておく。覚える気はあるのだ、覚える気は。ただめんどっちいだけで。

 それから、僕は佐宮間から質問責めにされた。

 なぜ今の季節でも長袖で、タートルネックのインナーで、ストッキングを履いているのか、という至極もっともな疑問から始まり、身長体重スリーサイズ、中学時代の成績、趣味、家族構成、自殺未遂の遍歴と、聞かれたことにはとにかく答えさせられた。聞かれなかったことは、言わなかったけど。

 無論、黙秘する権利はあった。言いたくないことも。だけど、このガラス玉の瞳にみつめられると、僕は逆らえなくなって、口を開いてしまう。

 何故だろう?

 決まってる。僕は佐宮間が怖いんだ。自殺癖に慣れて以来、死んだら死んだでその時だと思い定めていたけれど、僕を、僕の死体を食らいたいという欲求をぶつけてきた彼女に、動物としての本能が恐怖を感じているのだ。

 でも、僕は逃げない。あのとき以来、少しばかりねじれてしまった僕の理性が、佐宮間に興味を持っている。死んだ僕の抜け殻を、彼女の食膳に供してやっても良いと本気で思っている。逃げ出してしまうのは、もったいなかった。

「何故こんなことを聞くの?」

 あらかた答え終えた後で、今度は僕が質問をした。たくさんたくさん、佐宮間の質問に答えてあげたのだ。一個くらい、質問しても許されるだろう。

「……そうね」

 佐宮間は答えに窮したらしかった。遠くの空を見て、僕を見て、また空に視線を戻した。

「昔ね、全然美味しくなかったんだけど、ずっと忘れられない味があったの。それをもう一度食べたくて、色んなものを、色んな食べ方で試してみたけど、どれも駄目。同じ味にならないの。だから、あのときと同じ気持ちになればもしかしてと思って。そのために、必要だったから」

「ふうん」

 わかったような、わからないような答えだ。

 なんと言葉を繋ぐべきか、思案している僕の腕を、佐宮間は掴んだ。そしてぐい、と顔を近づけ、

「もっと教えてね。あなたのこと、知らないことがないくらいに」

 くらくらするような微笑みを浮かべた。

 僕は頷くことしか、できなかった。




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