真美の彼女心3
匠と仲良くなりはじめた頃の嫌がらせは無くなったものの、噂話や陰口は減りはしても無くなる事はなく今でも耳に入ってきていた。
気にしないようにはしていても、平気とは言い切れない日々だった。
高田さんのように、匠の隣にいる私が気に入らない人と、面と向かって話をする事は久しぶりだ。
ミキさんとの自販機の後は、一回あっただけだ。
普段なら気持ちから負けていそうだけれど、さっきの教室での暖かい時間が私を卑屈にさせる事なく落ち着かせてくれていた。
そんな中、不機嫌な匠が口を開いた。
「話す事はもうない。」
「この人が彼女なの?そうなんでしょ?
ねえ、谷沢さん。谷沢さんの隣には、やっぱり私の方がいいわよ。」
にっこり匠に笑いかけ、当たり前のように言う高田さん。
あの日にミキさんに宣言していたけど、匠の気持ちを無視って、こうゆう事か…。
直に高田さんと話をした事がないからか何が、やっぱりなのかも分からなかった。
なので、今が初対面だからとまず頑張って聞いてみた。
「私が、谷沢匠の彼女ですけど、何かいけませんか?」
「だって…。」
高田さんは私を見て、手を軽く口にあてクスクス嫌な笑い方をした。
分かりやすい人みたいだ。
「…いい加減にしろ。」
「谷沢くんは、いいから。」
繋いだ手を離して前に出ようとする匠を、胸の中心に手を押し当て止めてから高田さんに向き合う私。
最初の高田さんが匠にした告白がいつかは知らないけれど、匠は高田さんに態度を決めて変えずにいてくれている。
「あの…、谷沢くんが誰と付き合うかは、谷沢くんが決める事じゃないの?それで、相手もOKしてから二人で彼氏と彼女になるんだよね。」
「そうよ。だから何?
谷沢さんとバイトも一緒で仲良くて、いつも私に優しくしてくれてる。好きになって付き合うのに順番とかあるの?
きっと、私の方が谷沢さんが好きよ。谷沢さんも、私が彼女の方が良いに決まってる。」
大きな瞳でじっと私を見て言いながら、匠を見てふわふわ柔らかそうな茶色い髪を揺らした。
確かに可愛い。、バイトの時間も一緒だから、やっぱりなのかな?
その自信と顔立ちが羨ましくなった。
「ごめんなさい。高田さんの、好きな気持ちが私より大きいかは分からない。
けど、だからって高田さんが思う良い事を谷沢くんも良いと思ってるって、高田さん一人で決めるのはおかしいと思う。
谷沢くんは何度も高田さんとのお付き合いを断っている事を私に教えてくれてる。色々あっても解決して私と付き合っている私の彼氏なの。だから高田さんがいくら来ても、私も谷沢くんと別れるつもりはない。
高田さんも谷沢くんの言葉をちゃんと理解して欲しい。」
俯きたいのを我慢して言いたい事を早口に、高田さんの白く小さな顎を見ながら一気に言った。
言い切ってから高田さんの目をみたら、最初は鼻であしらっていた高田さんが、今は私を睨むように見てた。けど、もう目はそらさない。
高田さんに自惚れたり自慢したり馬鹿にするつもりじゃなかった。
高田さんの事でうじうじ悩む時間をなくしたい自分の為。
匠がいつもより疲れたりベタベタしてきたり、一緒にいる時間が減る事とか全てに高田さんが関わっている様で嫌だった。
私達の事で匠が悩んでバイトでも疲れているのに、今まで私が何一つ高田さんに言えなかった。匠の力に何もなれない事が一番嫌だった。
「まぁちゃん、ごめん…。」
スウッと匠が私の前に出て、大きな背中に隠される。
けど、隠れたままは嫌なので背中からこっそりと出た。
「ほんとに、いい加減にしてくれない?さっきから、人の彼女に失礼すぎる。例え俺がフリーだったとしても、お前とは付き合わない。」
「谷沢さん。ひどい…。」
匠の言葉に、態度をコロリと変えて上目遣いで目を潤ませ匠に近寄る高田さん。
なのに匠はため息をついた。
「だから、何回も断っただろう。
それに、噂も知ってる。こんな風にして付き合っても、すぐにお前から振って別れて次に行くって。俺にしたら迷惑なだけだから、お前のお遊びにも付き合いたくないんだ。」
「そんな…そんな遊びしてない。嘘よ。ただの噂よ。
谷沢さんの事は遊びなんかじゃなくて本当に好きだもの。」
傷付いたよう顔を歪め、匠の胸にすがる高田さん。
「こんな風にされても邪魔なだけ。」
私が何か思う前に言葉と共に、高田さんをグイッと押し除け淡々と言葉を続ける匠。
「俺の無駄に広い情報網をなめるな。
お前に興味がないから噂なんか、もっとない。嘘でも本当でもどっちでもいいし、今思い出した位だ。
例えお前の気持ちが本当だとしても、悪いけど付き合う事は無い。いくら来られても、嫌になるだけだ。俺が、付き合いたいと思うのは真美だけなんだ。だから、もう待ったりしないでくれないか。」
悔しそうに唇を噛み締め、私を睨みつけ高田さんは走り去った。
「ごめんな。行こう。」
匠が振り向き、気遣うように手を繋がれ歩きはじめた。
終わったはずなのに、後味の悪い複雑な気持ちになってしまう。
もう来ないだろうか…。
噂がただの噂で、高田さんが匠に本気だとしても申し訳ないけど、匠の隣を譲ってあげる事は出来ない。
もし、匠の気持ちが私以外に向いたとしても、私は隣に居ようと最後まであがくだろう。
それでも、私が今日の高田さんの立場になる日が来るかもしれない。その時は、綺麗に見を引けるだろうか…。
別れてしまったら、付き合う前の薄い繋がりも切れて、本当に他人になってしまう…。
少し感傷的になっていた。
けど、高田さんから私を庇うハッキリとした、匠の態度と言葉が嬉しかった。
トボトボ歩く私のペースにも匠が合わせて歩いてくれて、いつもより手を力強く繋がれている事も嬉しかった。
二人で無言のまま歩みを進めていると、駅が近くなり人が増えてくる。
そこで、気がついてしまった。
まだまだ人の多い下校時間の学校近く。見てなかったけど、辺りに人はいたはず。
あれは修羅場という類のものになるのか?自分で恥ずかしくなるような事も、言った気がする…。
「たっくん。明日、学校を休みたくなった…。」
「どうした?体調悪いのか?」
慌てたように見当違いな事を匠に聞かれ、緊張まで溶けてしまう。
もしかして…自分で分からないくらい緊張してたのか。
そういえば、匠は私を庇う時だけ怒っていて、高田さんの相手の時は落ち着いていた。
「大丈夫?もうすぐ駅前だしどこかで何か飲むか?」
いつもの匠の心配する声にじっと匠を見上げ、せきを切った様に聞いた。
「あの…周りに人いた?知らない?たっくん、気にならなかった?
告白される事は、よくあるの?だから、あんなに余裕だったの?
なんで、高田さんが上目遣いしたり縋り付いて来ても冷静なの?そうゆうの慣れてるの?
それと、もし私と別れる予定が出来たら、心の準備もあるから早目に言ってね。」
聞いても他の疑問が湧いてきて、匠に聞いてみたくなり匠を見上げて距離を縮めた所だった。
また、勢いだけで余計な事まで言った事に気が付き急いで目をそらせる。
聞こえてない事を願いながら、目線だけで匠を見上げる。
「真美…。」
じっと、私を見下ろす匠がスウッと目を細め繋ぐ手に更に力を込められた。
次に、フイッと視線を外し急に私の手を引き歩き始める。
これは…。絶対聞こえてた。
何も言わない沈黙が怖くて、さっきまで嬉しかった力強く繋がれた手も、今は逃走予防の為のような気までしてする。
ご機嫌を伺うように名前を呼んだ。
「たっくん?」
「俺の部屋でまとめて答えてやる。」
口調はきつく、私の手を引きながら、真っ直ぐ前を向いたまま言われた。
「嫌だ。」
すぐにハッキリ返事が出来た。
なんで部屋?怒ってるの?
「無理。せっかく真美が可愛いのに。高田も二人で追い返せたのに。久しぶりに二人だけなのに。明日は休みなのに。ここも人が多いのにいいのか?」
さっきのように答えられたけど、少し声は柔らかかった。
可愛いと言われて嬉しかったけれど、結局なんで無理なのかは分からなかった。
辺りを見ると、確かに人が多い。
けれど答えは早く欲しい。
「いや…。だったら、歩きながらでお願いします。真っ直ぐ家に帰らせて下さい。」
手紙で悪魔になった匠みたいになりそうな予感がして、部屋には行きたくなかった。
外なら大丈夫だろう。人も多いし、聞かれても周りには何の話かわからないだろうし、まず聞かないだろう。
そう思って返事をしたら、大きな通りの信号が赤になってしまった。周りの人達と一緒に二人並んで立ち止まる。
私の考えは、甘かったらしい…。
「いい加減にしてくれませんか?
さっきは、高田の前で僕の彼女って言い切ってくれたじゃないですか。僕の部屋でも良いじゃないですか。」
私の方に顔を向けて見上げた私を見下ろし、ハッキリした口調で笑顔で匠は話しはじめた。
い~やぁ~。けど、この話し方なら怒ってはいないはず…多分。
「さっき、周りなんか見ていないから知りません。悪い事をしてた訳でもないからかまわないでしょう。
僕は、高田とケリをつける事しか考えてませんでしたから。
バイトは別部所です。なのに、仲良く優しくされてるなんて嘘まで言われて、どれだけ僕が不愉快になったかわかりますか?」
欲しかった答えだけれども、内容が内容だから辺りを伺う。
サラリーマンのおじさん達は見ないふりをしてくれていて、おばさんやお姉さん達には生暖かく見守られていた。
同じ年頃の子達は、野次馬根性丸出しで目をキラキラさせてじっとこちらをみている。
顔が赤くなるのが自分でよく分かった。
慌てて俯いて自分のローファーを見つめた。
素直に部屋に行けば良かったかも…。この信号は待ち時間も長かったはず…。
そこのおばさん…いや、今日も素敵なグラマラスなおばさま。その、キラキラしたスパンコール沢山のお洋服がおばさまの為に作られたかの様でとてもお似合いです。
見守っていないで助けて下さい…。
「告白は、今もされる事はあります。真美が僕には一番ですから、全て断っています。安心して下さい。
余計な事は、あまり考えないようにしてくださいね。素顔でも真美は十分可愛いです。化粧をしていても、真美だからどちらも好きですけどね。」
うわぁ~。人前でなんて事を言い始めるんだ。
ごめんなさい。私が悪かったです。
隣のお姉さま。
ただの会社の制服なのに、お姉さまをそんなに華やかに見えるなんて…。何て魅力をお持ちなのでしょう。女神様ですか?
だから、目が合ったら微笑みかけるより、笑う悪魔を止めて下さい。
ちらりと見た匠の顔は綺麗に微笑んでいる。
見慣れすぎた匠は、背が高く綺麗な顔をしているから存在感がある事を忘れていた…。
周りに聞かれないなんて思った私が馬鹿だった。早く変われと赤信号を見つめた。
「今日は、化粧をバッチリしているから知らなかった真美の可愛さがあります。僕だけに素顔でほんわり笑いかけられたりしても涎ものです。他の男共と、仲良くなりすぎないようにして下さいね。
それと、高田ですよね。上目遣いや縋り付かれても冷静ですよ。
当たり前じゃないですか。さんざん真美との仲を邪魔した奴なんですから。慣れとかじゃないんです。
さっきみたいに、真美に上目遣いで擦り寄ってこられたら、もう勢いだけで突っ走りたくなりますよ。けど、ちゃんと待つから大丈夫です。俺の部屋で話しをするだけです。多分。」
そこの、匠の後ろの男子高校生達。
茶色い髪に、耳に光るピアスがチャラそうに見えるけど、お年寄りに電車で席を譲る優しく良い人なはずだ。
だから、口笛なんて吹いて冷やかしてないで、匠に膝カックンくらいしてみろ。
男でしょ?大丈夫。君は一人じゃない。君達なら勝てる!
「けど、さっき物凄く嫌な事を言いましたね…。
さぁ、早く帰りましょう。」
そこで、信号が変わり最後に頼ろうとしたおじ様達は、見ない聞かない振りのままスタスタ信号を渡りはじめた。
「まぁちゃ~ん。」
渡った横断歩道の後から聞こえた声は、いつかの天使達。
青井、柳、松山の仲良し三人組だ。
私も、そっちの仲良し組に入れて下さい…。
すがるように念を送ったのに
「ばいば~い。」
あっさり、赤信号にひっかかりやがった。
もう抵抗する気力なんて湧いてこず、手を引かれががままに匠の家に向かった。