川辺にて
川辺にて
いつも、川の西側にいる夢を見る。いや左側というべきだろうか。
川と行っても幅は狭く、半ば谷底のようになっていて普通に歩いている分には水面は見えない。
道路を川とともに挟むようにそびえたつ山は法面をコンクリートで固められ、そのコンクリートも黒ずみ苔むしていた。
右側の風景は、日によって違う。昔ながらの工場が見えることもあれば、温泉街らしき建物たちが見えることもある。
ただ、橋は決まって掛け替え中で、向こう側に渡ることはできない。だから、何度も見ているのに川の向こう側へは行ったことがない。
向こう側に興味を持つ自分に対して、「行く必要なんてないじゃないか」と彼は決まってそう言うのだ。
そうはいうが、こちら側には山しかない。
おしゃれなカフェとそこに並ぶ人たちも、灯りのともる窓の並ぶ旅館も、煌々と輝く発電所も、何もかも向こう側にある。
こちら側にあるのは、地元の人が置いたのであろう山からの湧き水を受け止めるポリバケツぐらいで、本当に何もない。
「行く必要なんてないじゃないか」
愚痴る自分に、彼はそう言うばかりだ。じゃあこちらには何があるのかと、聞き返してみた。
彼は僅かに瞠目し、にまりと笑った。
「こちらには私がいる」
その自信満々な顔にちょっと腹立たしさを覚えて、脇腹に肘を入れておいた。どすりといい音がしたが、彼の表情を歪ませるには至らなかった。
いつも、川の左側にいる夢を見る。渡れない右側は賑やかで華やかで、魅力的だ。
パティニールの描いたステュクス川の右側は地獄であったが、この風景はでは右側の方が活気があり、人があり、華やかで暖かだ。
「なんだ、よく分かってるじゃないか。だから行く必要なんてないんだよ」
彼は綺麗な顔で笑いながら、今日も横にいる。背中に、真白い翼を生やして。
「夢は深層心理を垣間見る場所。君は人の世こそが地獄だと、分かっているんじゃないか」
だとしたら、自分を天国を良く思っていないのではと思ったが、口にはしないでおこうと思う。
*****
「316号室の彼、まだ起きないのね」
「MRIや他の検査結果からしても、意識回復しておかしくないはずなんですけど」
「誰かが引き留めてるのかしら」
「冗談はよしてくださいよ。それにしても、ご家族が気の毒ですね……」
地獄と呼ばれた人の世で、白衣の天使たちがそう囁きあっていた。




