約束は銀色のブレスレット~18歳にもなって実は伯爵家の子だと言われても困ります!~
コリーナはちょっと困っていた。
目の前にいるのは同じ隊の先輩であるレイ。彼が差し出しているのは高級感のある黒い小箱だ。コリーナの手にも収まるサイズである。レイは気恥ずかしそうに視線をコリーナから外している。
「女性にモノなんて贈ったことねーから、気に入らなかったら売ってくれ」
ぶっきらぼうな口調でレイが小箱を突き付ける。
コリーナはそっと黒い小箱を手に取った。カポッと蓋を開けると銀色のブレスレットが現れた。ブレスレットの輝きに負けないくらい、コリーナの目が輝く。
ブレスレットは一見するとシンプルなものだが、よく見ると植物をモチーフにした細かい装飾が施されていた。高価なものだと一目でわかる。ブレスレットには青色の宝石が埋め込まれていた。
「こ、こんな高そうなもの、いいんですか?」
コリーナは嬉しさと高価なものを貰ったドキドキで声が上ずる。それでも彼女の黒い瞳はキラキラ輝いていた。
「誕生日プレゼントなんだから、高価なもんだっていいだろ」
レイは黒い髪をかいた。コリーナは満面の笑みでお礼を口にする。
そんな二人を陰から見守る姿が、三人いた。
「くぅ~、甘酸っぱいのぅ~」
「でも、誕生日は四日前だぞ。減点」
「渡せただけいいじゃないか」
同じ隊のおっさん三人である。二人の恋路をもどかしく思いながらも静かに見守るダンディたちだ。
コリーナが受け取りにちょっと困った理由。それは誕生日が四日前だったからだ。レイがそれを知らないはずはない。
この隊では誰かの誕生日にみんなで小さなケーキを食べる習慣がある。レイもみんなと一緒にケーキを食べていた。
それにプレゼントをもらったのは今回が初めてだった。プレゼントに慣れていないコリーナはどうしていいかわからなかったのだ。
コリーナは女手一つで育ててくれた母のため、十五歳で騎士団に入った。騎士団を選んだのは単純に給料がいいからだ。
母に苦労させた分を返したい。
そんな健気な少女を隊の面々は父親面をして育て、見守ってくれた。
そうして三年の月日が流れた。
年が近いコリーナとレイは少しずつお互いに惹かれ合いながらも、その想いを口にすることはなかった。
その結果が現在である。こじれてはいないが、もどかしい。
おっさんズはそんなもどかしさと三年間も付き合わされている。
急かしたいのは山々だが、コリーナはまだ十八歳の平民。おしゃれをしたい盛りでも、恋に恋するお年頃でも、それらをかなぐり捨てて騎士団の仕事に打ち込んでいる。
すべては苦労をかけてきた母のため。
母を思う気持ちにおっさんは弱い。二人を急かすことができなかった。
「えへへ」
コリーナは早速左手首にブレスレットを付ける。手をかざして嬉しそうに笑った。ブレスレットの銀色と宝石の青がきらりと輝く。
「お、おい。今つけなくても……」
「袖で隠れるから大丈夫ですよ」
恥ずかしそうなレイに対し、コリーナは袖でブレスレットを隠して見せた。こっそり見ていたおっさんズの顔がほころぶ。
その日から、コリーナは毎日そのブレスレットを付けていた。ほとんど袖で隠れているが、時折銀色が覗く。その度にレイは恥ずかしそうに頬をかいていた。
もどかしさからおっさんズは顔を見合わせる。
「あ~、ホントに早くくっつかんかのぅ」
「もう少し先だな」
「安心しろ。見合いの申し出は断っている」
隊長の言葉に、他の二人はグッと親指を立てた。コリーナに父親はいないが、父親代理は三人もいるのだ。ガードは固い。
コリーナは短い黒髪に黒い瞳で小柄。男性受けがいいので、見合いの話が舞い込んでくることがある。隊長はそれをすべて跳ねのけていた。
文字通り、うちの可愛いコリーナはお嫁には行かせません! の状態だ。
もしくは、コリーナより強い奴でなければ預けられん! である。
小柄だがコリーナはそこそこ強い。三年間、ただ可愛がられていただけではない。手には豆が出来るほど剣を振っている。力は男性に劣るものの、小柄な体格を活かしての戦闘を身に付けていた。
今日も訓練の時間に隊の五人で剣を打ち合っていた。木剣がぶつかり合い、甲高い音が鳴る。
しばらく訓練をしていると、何やら訓練場の外が騒がしくなった。何の騒ぎだ、と隊の面々は手を止める。
訓練場に姿を現したのは小太りの中年男性だった。がに股でドシドシ歩いてくる。服装からして騎士団の者ではなく、貴族だ。後ろからは私兵のような男たちも数人続いている。
部外者が何の用だと隊長は訝しんだ。
小太りの中年男性はコリーナを上から下までジロジロと見る。コリーナはその視線に居心地の悪さを感じた。
「お前がコリーナか?」
「え? はい、そうですけど――」
「よし、連れていけ」
コリーナが答えた途端、小太りの中年男性は指示を出した。私兵たちがコリーナを取り囲もうとする。隊長はその間に割って入った。コリーナは不安そうにその背中を見る。
「ドーリア伯爵、何のおつもりですか?」
隊長は小太りの中年男性の名前を思い出して問いただした。いきなり入ってきて、部下を連れていこうとはどういうことか。
ドーリア伯爵はフンと鼻を鳴らした。
「それは私の娘だ。家に来てもらう」
「はぁ?」
コリーナは思わず声を出していた。
母から父は死んだと聞いていた。突然、自分が父親だと言われても困る。信用する気にもなれない。
「拒めば母がどうなるか、保障はできんぞ」
ドーリア伯爵の言葉に、コリーナは身動きが取れなくなる。隊長の表情も険しくなった。コリーナにとって母が何よりも大切だと、ドーリア伯爵はわかっているのだ。
コリーナはスッと隊長の前に出た。
「コリーナ!」
隊長が慌てて声をかける。コリーナは振り向いて握っていた木剣を隊長へ渡した。
「私は、大丈夫ですよ」
気丈に笑うコリーナに隊長は胸が締め付けられる。黒い瞳は不安に揺れていた。隊長は木剣を受け取りながら、コリーナだけに聞こえるトーンで囁く。
「何かあったら、帰ってこい」
コリーナは小さく頷いた。
小隊は彼女が連れられて行くのを黙って見送るしかなかった。おっさんズはたまらず隊長に詰め寄る。
「隊長! いいんですか?」
「このままじゃコリーナがぁ!」
「良いも悪いも、伯爵家相手に誰が引き止められるんだ?」
隊長の言葉に、黙り込む。レイも悔しそうに顔をしかめていた。彼の青い瞳には後悔の色が見えた。
ドーリア伯爵の屋敷に連れていかれたコリーナは、母屋ではなく隣の小さな離れに通された。そこには母の姿があった。
「お母さん!」
「コリーナ!」
コリーナは母に駆け寄り、何かされていないかを確認する。
それは母も同様だった。コリーナが抵抗してケガをしていないか心配していた。
「お母さん、あの人がお父さんって、本当なの?」
コリーナは確認するように母に尋ねる。母は黙って頷いた。その表情が悔しそうに歪む。
「自分のことは死んだと言っておけとか言ってたくせに、あのハゲ」
盛大に悪態をつく母に、コリーナは思わず吹き出す。確かに、ドーリア伯爵の前髪前線は後退気味であった。
母の改まった説明によると、若い頃はドーリア伯爵邸でメイドをしていたとのことだ。そこで若かった頃の伯爵に迫られ、コリーナを身籠ったらしい。ドーリア伯爵は手切れ金を渡して母を切り捨てた。母は一人でコリーナを産み、十八年間育て上げたのだ。
それを今さら何の用だというのか。
母の腹の底からふつふつと怒りが湧いてくる。
コリーナとしても、いきなり実は伯爵家の令嬢だと言われても困る。ずっと平民として生きてきたのだ。今さら貴族になんてなれるわけがない。
貴族としての所作も、教養も、彼女は持ち合わせていない。むしろ、そんな自分を家に招き入れるのは家の恥になるのではないかと思う。
二人はそのまま数日間、離れに軟禁された。食事は伯爵家の料理人が作ったものを出してくれたので、最低限の生活は保障する気らしい。
そんな二人が拉致された理由がようやくわかった。
「喜べ! お前に縁談を持ってきてやったぞ!」
と、言うドーリア伯爵の言葉ですべてを理解した。
コリーナを伯爵家の娘として嫁がせ、結納金を手にしたいのだ。
ドーリア伯爵には跡取りの男の子が一人しかいないらしい。そこで庶子のコリーナを召し上げることにした。しかもちょうど十八歳という貴族としては結婚してもおかしくない年齢。非常に都合が良い。
腐った生ゴミを見るような目で見てくるコリーナと母の視線をものともしない。その根性だけは認めよう。
コリーナは母屋へと連れていかれ、袖を通したことのない豪華なドレスを着させられた。ドーリア伯爵夫人のものなのか、サイズが合わない。
袖はガバガバ、裾はズルズル。
それでも鍛えた筋肉のおかげで腰と肩はピッタリという何ともアンバランスな出来栄えだ。
銀のブレスレットだけはずっとつけていた。
高価なものと一目でわかるので外すよう言われなかったのは幸いか。心細くなり、そっとそれに触る。銀は冷たかった。
メイドがコリーナに化粧を施す。鏡に映る自分の顔がどんどん綺麗になっていく。メイドの腕前に感心していると、あっという間に出来上がってしまった。
それを確認した執事は無感情について来るようコリーナに告げた。コリーナは何とか裾を上げて引っかからないように歩いていく。
彼女のことは何とも思っていないようで、執事もメイドも最低限の会話しかしない。話すこともないコリーナには逆にありがたかった。
通された部屋には小太りなドーリア伯爵と、同じ体形のドーリア伯爵夫人。夫人は濃い目の化粧で気合十分の雰囲気が見て取れた。
今からその結婚相手とやらに会わされるのだろうとコリーナは感じた。
話すこともないコリーナは口を閉ざしていた。ドーリア伯爵も伯爵夫人も同じなのか、会話をしようとしない。
数分後、部屋のドアが開いた。現れたのは身なりの良い金髪の青年だ。くせ毛のようで金色の髪が羊の毛のようにもこもこしている。年の頃はコリーナより少し上のように見える。
「クレート殿、よくぞいらっしゃいました」
ドーリア伯爵は青年を笑顔で出迎えた。クレートと呼ばれた青年は丁寧なお辞儀をする。
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
「ささ、お座りください。娘のコリーナです」
ドーリア伯爵はコリーナの隣へクレートを促す。コリーナは特に挨拶はせず、ツンと顔を逸らした。それでもクレートは人の好い笑顔を見せて彼女の隣へ腰を下ろす。
「コリーナ、ちゃんとしないか」
ドーリア伯爵が苛立たしげに言った。
「平民ですからね。貴族の所作なんて知りません」
コリーナは遠慮なく口答えする。ドーリア伯爵の顔がサッと青くなった。伯爵夫人も扇子で口元を隠してはいるが、顔が引きつっている。クレートはニコニコ笑った。
「いいですね、気に入りました。ぜひこのまま彼女との縁談を進めてください」
(この男、正気か?)
コリーナは横目でクレートを睨みつける。クレートはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「調教する甲斐がある」
コリーナにだけ届いた言葉。コリーナの背筋が凍りつく。本気でこの男はヤバい奴だ。この男を殴り飛ばして今すぐ隊長の所へ駆け込みたい。コリーナはそんな衝動に駆られた。
それほど目の前にいる男が気持ち悪い。コリーナの手が無意識に銀のブレスレットに触れる。
すると、部屋の外が騒がしくなった。ドーリア伯爵が何事だという前に、部屋のドアが開いて一人の執事が駆け込んでくる。
執事はコソコソとドーリア伯爵に何かを伝えた。その報告にドーリア伯爵の目が見開かれる。
「なんだと、別室にお通ししろ」
誰かが来たらしい、ということはその部屋にいた全員に伝わった。ドーリア伯爵はそそくさと部屋を出ていく。
ドーリア伯爵夫人は取り留めもない話をしてクレートとの場を繋ぐ。
しばらくして、ドーリア伯爵が戻って来た。その顔はホクホクの笑みだ。何か良いことがあったのだろうか。
「クレート殿、申し訳ないが今回の話はなかったことにしてくださいませぬか」
突然の申し出にクレートの顔が引きつる。ドーリア伯爵夫人もコリーナも訳がわからず、ただ驚くばかりだ。クレートは勢いよく立ち上がる。
「どういうことですか!? 我が家からの結納金がいらないとでも!?」
「そんなはした金はもう必要ありません」
激高するクレートにドーリア伯爵は余裕のある態度で返す。予想外の反応だったのか、クレートは言葉に詰まった。
「喜べコリーナ。あのバレストラ辺境伯から婚姻の申し出があった!」
ドーリア伯爵はクレートそっちのけで話を進める。コリーナにはそのバレストラ辺境伯がどれほどすごい人なのかわからない。少なくともクレートより家格が上なのだろうことは察した。この変態よりはマシな人であることを願いたい。
クレートは信じられないと言いたげな顔をする。
「そんなバカな! 辺境伯などに娘を送り出して良いのですか?」
「多額の結納金を貰えればこんな娘はどうなっても構わん」
ドーリア伯爵はフンと鼻を鳴らした。本音が駄々洩れである。
コリーナは本当に金のためだけに自分を引っ張ったのだと思った。余程、金に困っている様子と見受けられる。
クレートは散々喚いたが、ドーリア家の私兵によって外へ連れ出された。
ドーリア伯爵はバレストラ辺境伯を部屋に招いた。どんな人だろうとコリーナは身構える。ドアを開けて入ってきた姿にコリーナは目を疑った。
綺麗に整えられた黒い髪、紺色のスーツ、青い眼差し。
見間違うわけがない。レイだ。
コリーナはこんなに整った身なりをする彼を初めて見る。普段は服を着崩しているし、髪も適当にしている。
「それではドーリア伯爵。お約束通り、ご息女を頂いていきますね」
レイはにっこりと人の好い笑みを浮かべた。コリーナはその笑顔に違和感を覚える。何か企んでいるときの張り付けた笑顔に間違いない。
ドーリア伯爵はもうどうぞどうそと喜色満面だ。
レイはコリーナの前まで進み出ると、手を差し伸べた。
「行こうぜ、コリーナ」
先程の改まった口調ではなく、いつもの声だ。コリーナの黒い瞳が揺らぐ。迷うことなくその手を取った。立ち上がると、アンバランスなドレスが姿を現す。
レイは笑いかけたが、何とか堪えた。着せられているのは一目瞭然である。コリーナの手を引いて部屋を出る前に足を止めた。
「そうそう、母上様も今日一緒にお連れしますので」
再び笑みを張り付けたレイはドーリア伯爵に告げる。
寝耳に水のような顔をするドーリア伯爵。レイは笑みを崩さない。
「おや、先程の誓約書に書いてあったのですが、お読みになっていませんでしたか?」
わざとらしくレイは言う。ドーリア伯爵の拳がわなわなと震えた。レイは何かを言われる前にコリーナと共に部屋を去った。
「お前、それ動きづらくねーのか?」
「すっごい動きづらいです」
コリーナはレイの手を放し、両手で裾を大きく持ち上げた。小柄な彼女には丈が長すぎる。それでも足取りは遅くならない。
レイはそれを見て頷く。
「母上様はどこにいる?」
「西側の離れです。常に見張りが一人います」
「問題ねぇ。さっさと行くぞ」
騎士団にいた時のようなやり取りをして、母がいる離れへと向かう。
コリーナは聞きたいことがたくさんあったが、まずはこの屋敷を離れたかった。あと、このドレスを脱ぎたい。
離れの見張りには、レイはコリーナの婚約者だと言って押し入った。
「お母さん!」
「コリー……ぶはっ!」
母は娘のドレス姿を見て盛大に笑った。似合わないにも程がある。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん!」
コリーナはドレスを脱ごうと四苦八苦する。だが、他人に着せてもらったものを一人で脱ぐことは出来なかった。
「背中のファスナー下ろして!」
「はいはい」
母はまだ半分笑いながらファスナーに手をかける。レイは慌てて背中を向けた。コリーナは構わず、ドレスを脱ぎ捨てていつものズボンとシャツを着る。
その間、約一分だ。
「荷物まとめて。屋敷から出るよ」
「え? 屋敷から出るってどういうこと?」
娘の言葉に母は驚きを隠せない。
「申し遅れました。私はレイモンド・バレストラと申します。この度、コリーナさんに婚姻を申し込ませていただきました」
レイが丁寧にお辞儀をした。バレストラの名前を聞いた母は驚きっぱなしだ。コリーナもレイのそんな所作は初めて見たので呆気に取られている。
「詳しい話は馬車で。ドーリア伯爵から難癖付けられても困ります」
レイの言葉に、コリーナはハッとしてその場にある必要なものをかき集め――ようとしたがほぼなかった。手ぶらの状態で連れてこられたので何もない。あるとしたら家と騎士団の宿舎である。
三人は足早にドーリア伯爵邸を後にする。
揺れる馬車の中でレイがドーリア伯爵と交わした誓約書の内容を説明した。
「結納金と引き換えに、今後コリーナと母上様に係わらないこと。金を無心しないこと。などなど考えうるすべてのことを盛り込んでサインさせました。あのおっさんはたぶん読んでねーから頭に入ってないと思うけど、ちゃんとサイン貰ってっから心配すんな」
コリーナはただ唖然とする。悪知恵が働く人だとは思っていたが、こんなことをやってのけるとは思っていなかった。
「というか、レイ先輩って……?」
コリーナは首を傾げる。レイは言いにくそうに頭をかいた。
「あー、本名はレイモンド・バレストラ。バレストラ辺境伯の嫡男だ。今回、お前が無理やり結婚させられるって聞いて、その……急いで色々手続した」
説明を聞いてもコリーナはいまいちピント来ていないようだ。そんな娘に母が助け舟を出す。
「辺境伯っていうのはね、国の境を守る役目を負った貴族のことよ。普通の伯爵家より家格は上になるの。ですが、コリーナで本当によろしいんですか?」
不安そうに母が尋ねる。レイは力強く頷いた。
「コリーナだからいいんです」
レイの言葉に迷いはなかった。コリーナの目から涙が溢れる。それを見たレイはギョッとする。泣き顔など今まで見たことがなかった。ポロポロとこぼれる涙は止まらない。
本当は怖かった。どんな男と結婚させられるのかと。
本当は怖かった。母に何かされるのではないかと。
母は優しくコリーナの肩を抱いた。コリーナは両手で顔を覆う。指の間からも涙が伝った。
レイは顔を外に向け、コリーナの泣き顔を見ないようにした。
ドーリア伯爵は事務手続きだけはしっかりしていたようで、コリーナは既に騎士団を脱退していた。
さらにきちんと養子縁組が成されており、身分は正真正銘の伯爵令嬢となっていた。伯爵家の娘としてバレストラ辺境伯に嫁ぐのだから何も問題ない。
そして数日後、ようやくコリーナは騎士団に顔を出すことが出来た。
「いや、良かった。本当に良かった」
隊長はコリーナの元気な顔を見てホッとして涙ぐんだ。
「ご心配おかけしました」
コリーナは深々と頭を下げる。
他のおっさんたちも安心した様子だ。
「しかし、これが娘を嫁に出す父親の気持ちかぁ~」
「めでたいんだ、そう言うな」
レイとコリーナの結婚の話も同時に聞いたおっさんズは安心と寂しさが混ざり合う複雑な胸中である。
結婚と同時に、レイも騎士団を離れて実家の国境を守る組織に入ることになった。いずれそうなっていたとはいえ、若手が二人も同時にいなくなるのは寂しい。
隊長はキッとレイを睨んだ。レイの背筋が伸びる。
「レイ、不義理を働くことは絶対に許さんからな」
「わしら全員でボコりにいくぞ」
「泣かせるなよ」
おっさんズの見送りは手厳しい。愛娘を嫁に出す父親より手厳しい。コリーナはフフッと笑った。
「その前に私が一撃入れておきます」
コリーナは笑いながら拳を握った。隊長はその意気だと頷く。レイはただ苦笑いを浮かべることしかできない。
二人は宿舎に残されていたコリーナの荷物をまとめて騎士団を去っていった。おっさんズは涙ながらにそれを見送った。若人たちの門出が輝かしいものになることを祈って。
涙の別れから数か月後――。
レイとコリーナの姿はバレストラ領にあった。山の麓にある町を小高い丘から眺めている。高い塀がぐるりと町を取り囲み、町全体が要塞のようだ。魔物が頻繁に出るこの地ならではの町の造りである。
心地よい風が駆け抜けた。コリーナは大きく息を吸う。
「いい眺めですね」
「ああ。俺のお気に入りの場所だ。ガキの頃はよくここに来て、鍛錬をサボったもんさ」
レイが小さく笑う。そのたびに父から怒られていた。子供が一人で町の外まで来ているのだから当然である。
「サボり癖はその頃からなんですか?」
からかうようにコリーナが尋ねた。
「言うほど騎士団じゃサボってねーぞ」
コリーナの発言が心外だとばかりにレイは顔をしかめる。言われるほど仕事はサボっていない。コリーナはクスクスと笑う。
髪をかき上げたコリーナの左手首には銀色のブレスレットが輝いていた。
おしまい
ドーリア伯爵家はこの後、たくさんお金が手に入ったことで気が大きくなって散財して没落します。
二人の穏やかな雰囲気を壊したくなくて本文に入れませんでした。
お読みいただきありがとうございます!
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