第3話 スライム
王都を出て数十分。
リッチーは10万Gでチャーターした馬車のふかふかな座席に寝そべり、旅を優雅に楽しんでいた。
その後ろを、ゼニマルが「99本の銅の剣」を背負い、尋常ではない汗を流しながら徒歩で追従している。
「ゼニマル、意地を張らずに馬車に乗ればいいのに。靴底が減るだけだよ?」
「馬鹿を言え。俺の足は『燃料費ゼロ』だ。馬車の相乗りで追加料金を取られたらどうする。それに、歩行によるカロリー消費は、後でその辺の野草を食えば無料で補填できる!」
そんな生産性のない言い合いをしていると、草原の真ん中で、二人は最初の敵に遭遇した。
プルプルと震える、青い粘体。
スライムだ。
「おいゼニマル、初陣だよ。君のHPなら、そいつに噛まれても平気だろ? さっさと片付けてよ」
リッチーは馬車を止めさせると、特注の革椅子を地面に置き、優雅に腰を下ろして観戦体制に入る。
「……待て。計算させろ」
ゼニマルは銅の剣を抜かず、眉間に皺を寄せてスライムを睨みつけた。
「スライムのドロップアイテムは『スライムの核』、現在の市場価格で約1Gだ。対して、あいつの体液は微弱な酸性。もし俺の銅の剣が触れて酸化し、耐久値が1%でも減少した場合、修理費あるいは減価償却費としておよそ3Gの損失が出る。……つまり、戦えば戦うほど『2Gの赤字』を垂れ流すクソゲーだ! 確証のないリスクは冒さない、俺は逃げるぞ!」
「えぇー……スライム相手に逃げる勇者なんて聞いたことないよ」
呆れるリッチーをよそに後ずさりするゼニマルだったが、敵は待ってくれない。
「キュイッ!」
スライムが跳ねた。獲物に向かって、酸の体液を飛ばしながら飛びかかってくる。
「ヒィッ!?」
ゼニマルは、まるで巨大な隕石でも降ってきたかのような形相で、地面を激しく転がって回避した。
「……ああっ! しまった! 今の緊急回避で、ズボンの膝部分の布地がコンマ数ミリ摩耗した! 服の寿命が縮んだぞ! お前のせいだリッチー、後で修理費として3G請求させてもらうからな!」
「……服の摩擦係数まで計算してるのかい? 気が遠くなるよ。ほら、君の武器がもったいないなら、僕が『投擲武器』を貸してあげるよ」
リッチーが懐から取り出したのは、ずっしりと重い「100G金貨の詰まった袋」だった。
「これ投げなよ。金貨ってけっこう重いし、物理ダメージ入るんじゃない?」
「……正気か!? 金を投げる!? 投擲した瞬間に、その金貨はお前の所有権から離れるんだぞ! そんな資産運用の敗北みたいな真似ができるか!」
「じゃあ、僕が投げるよ。とりあえず1枚ね。……えい」
リッチーが軽いスナップを利かせて投げた100G金貨が、空中で美しい黄金の軌跡を描き――スライムの脳天にクリーンヒットした。
――グチャッ。
鈍い音とともに、スライムの粘体が弾け飛び、跡形もなく潰れる。
「……勝った。やっぱり金で解決できない問題はないね。資本主義の勝利だ」
「……リッチー……貴様ぁぁぁ!!」
勝利の余韻に浸るリッチーに対し、ゼニマルは断末魔のような叫びを上げた。
彼はスライムの死骸跡に飛び込み、ベトベトの酸性粘液を素手でかき分け始めたのだ。
「うわっ、汚いな。何をしてるんだい?」
「金貨だよ! お前が投げた金貨が、スライムの消化液で溶けてるだろうが! 質量が減ったら地金としての価値が下がるんだぞ!」
「……100Gくらい、いいじゃないか。僕の金だし」
「良くない! いいか、さっきも言ったがスライムの『売上』は1Gだ。お前は1Gの利益を得るために、経費として100Gを投じたんだぞ。……粗利がマイナス99Gだ! この大馬鹿野郎が! 会社なら即倒産レベルの放漫経営だぞ!」
ゼニマルは、表面がわずかに溶けて変色した金貨と、1Gの価値しかないスライムの核を両手に握りしめ、血の涙を流さんばかりの形相でリッチーに詰め寄った。
「いいか、戦いとは『利益』を出すためにやるもんだ。お前の戦い方はただの『赤字の垂れ流し』だ! 次からは俺が指揮を執る。一歩の歩数、剣の一振り、すべてを最小コストで運用して、必ず黒字を出してやる!」
「へぇ、面白そうだね。じゃあ、次の敵は君の『黒字経営』とやらで見せてよ」
リッチーが指さした前方。そこには、スライムよりも少しだけ強く、そして「素材」としての価値が高そうな魔物、「ツノウサギ」が草を食んでいた。
ゼニマルは、銅の剣を握りしめ、獲物の「毛皮の損傷」と「肉の鮮度」を損なわない、最も費用対効果の良い殺し方を脳内のソロバンで弾き始めた。
■贅沢勇者:リッチー
【所持金】9,998,839,900G
●本日の支出
特注の革椅子 ── 100万G
投げた金貨 ── 100G
■節約勇者:ゼニマル
【HP】10,000,000,000
【所持金】0G
【装備】 銅の剣×99
【道具】折れた剣の先、石
【換金アイテム】合計時価総額──1G
●本日の収入
スライムの核──1G




