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第1話 贅沢勇者と節約勇者

 石造りの謁見の間に、重厚なファンファーレが鳴り響く。


 玉座に座る国王の前に、二人の若者が並び立っていた。


 本来なら豪奢な絨毯が敷かれているはずの床は冷たい石のままで、シャンデリアのロウソクも半分しか灯されていない。国王が羽織るマントの裾も、よく見れば修繕の跡があった。


「勇者よ、よくぞ来てくれた。現在、この世界は魔王軍が引き起こした『異常(ハイパー)物価高騰(インフレーション)』の脅威に晒されている」


「物流網の破壊と資源の独占だ。奴らは世界最大の穀倉地帯と主要鉱山を不法占拠し、さらに関所を物理的に封鎖して流通を止めた。極端な物不足が招く『供給ショック』により、昨日のパンが今日は倍の値段になっている。このままでは国家経済が破綻してしまう。どうか魔王を討ち、世界のサプライチェーンを回復させてほしいのだ!」


 勇者召喚!

 テンプレ展開である。

 しかし、救うべきは命ではなく「経済」らしい。


 金髪でいかにも育ちの良さそうな青年、リッチーは優雅に(うなず)いた。


 一方、すすけた旅装束に身を包んだ黒髪の青年、ゼニマルは、眉間に(しわ)を寄せたまま自分のステータス画面を凝視している。


「リッチーよ、お主に授けるのは『絶大なる軍資金』だ。これを受け取るがよい」


 国王が合図をすると、リッチーの手元のカードに数字が浮かび上がった。


【所持金:10,000,000,000G】


「100億ゴールドか。まあ、物価が上がっていようと、これだけあれば品薄の伝説の武具も、国一つも買えるだろうな」

 

 リッチーは事も無げに言った。

 まさに「贅沢勇者」の誕生だ。


「そしてゼニマルよ。お主には『絶大なる生命力』を授けた」


 ゼニマルのステータスは異常だった。


 【HP:10,000,000,000】


 一見、最強だ。しかし、その後に続く文字がゼニマルの表情を凍りつかせた。


【特記事項:回復不可】


「……ふざけんな」

 ゼニマルの震える声が響く。


 彼は「節約勇者」だった。


 たとえHPが100億あろうと、かすり傷一つでその残機は永遠に失われる。


「おい、ゼニマル。そんなに怖い顔をするな。インフレなんて僕の資金力でなんとでもなるさ」


 リッチーが、綿花の輸入停止により今や1枚1万ゴールドにまで高騰した最高級シルクのハンカチで鼻をかみながら、気楽に肩を叩いてくる。


「触るな!『1』でも削れたらどうする!」


「……えぇ?」


「いいか、物不足で物価が毎日上がるってことは、現金の価値が毎日下がっていくってことだ! チンタラしてたら路銀がただの紙くずになるんだぞ! サプライチェーンが死んでるなら、アイテムの補充も絶望的だ。魔王を倒すまで、俺は一歩たりとも無駄な時間は使わないし、無駄なダメージも受けない!」


「では、旅の支度として、ゼニマルにはこれを授けよう」


 王が差し出したのは、空の財布だった。


「……リッチー、お前、さっきの鼻をかんだハンカチ捨てたな? それを拾え。貨幣価値が落ちる前に、さっさと売って『現物資産』に変えるぞ」


「えっ、汚くない?」


「黙れ! 経済を救うのは、俺の『節約』かお前の『贅沢』か……どっちが先か勝負だ」


 死ぬほどタフだが、死ぬほどケチな勇者。

 死ぬほど普通だが、死ぬほど金持ちな勇者。


 こうして、あまりにも対照的な二人の旅が、狂乱のインフレ世界で最悪の相性で幕を開けた。


■贅沢勇者:リッチー

【所持金】 9,999,990,000G


●本日の支出

シルクのハンカチ── 1万G


■節約勇者:ゼニマル

【所持金】 0G

【HP】 10,000,000,000


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