視察
降伏した五大国の王たちが、アルバスの「石(という名の戦略兵器)」に屈してから数日。
魔王城の謁見の間には、見慣れぬ老紳士が立っていた。
長い白髪を整え、縁のない眼鏡の奥で、知性そのもののような灰色の瞳を光らせている。
「……お初にお目に掛かります、アルバス陛下。我が名はアイザック。陛下の目覚めを待ちわび、地下の図書館で千年の理論を編んでおりました」
四天王が最後の一人、大司教アイザック。
彼は膝を突くことすら忘れ、俺を食い入るように見つめていた。
(……千年の理論? 怖っ。この人、絶対話が通じないタイプだ!)
俺は、また新しい「勘違いの爆弾」が部屋に入ってきたことを本能で悟った。
だが、今の俺には「大陸制覇」という重すぎる肩書きがある。
下手なことは言えない。
「……アイザックか。随分と、長く待たせたようだな」
俺は、とりあえず「ごめんね」という意味でそう言った。
だが、アイザックは雷に打たれたように震え、その場で崩れ落ちた。
「……っ! 『待たせた』……! つまり、私が千年の時をかけても辿り着けなかった『万物の真理』に、陛下は即位した瞬間に到達されたというのですね!? 凡愚な私の研究など、陛下にとっては欠伸が出るほど退屈な停滞だったと……!」
「え、いや、そんな……」
「わかっております! これまでの魔法理論は全てゴミだ! 陛下の存在そのものが、新たな世界の『法』なのだ!」
(何がわかったんだよ! 俺はただの挨拶をしただけだろ!)
「……さて、ゼノビア。人間たちの王都に行く準備はできているか?」
俺は、アイザックの熱狂から逃れるように話題を変えた。
王都に行けば、美味しい食べ物や、魔王城にはない娯楽があるはずだ。
これは、俺なりの「自分へのご褒美旅行」のつもりだった。
「はい、陛下。……アイザック。貴公も同行せよ。陛下の『視察』を記録するのは、学識あるお前の役目だ」
「……光栄です。陛下の『一歩』が、どれほど世界を歪め、再構築するのか。この眼に焼き付けましょう」
こうして、俺は四天王全員を引き連れ、豪華な飛竜の馬車に乗って王都へと向かうことになった。
俺の目的は、王都の有名なパン屋に行くこと。
だが、背後に控える四天王たちの目的は、全く別のものであった。
「……アイザック、聞いたか。陛下は『一歩』と仰った」
フェリスが、影の中から囁く。
「……ああ。王都の地面を踏みしめることで、そこを『魔族の領土』として呪い、書き換えるつもりなのだ。……まさに、歩く災厄だ」
「……楽しみだな。人間共が、陛下の足跡を拝んで絶望する姿が」
馬車のカーテンを閉め切り、俺はガタガタと震えていた。
(……王都の人たち、石のことで怒ってないかな。石、返してって言われないかな……)
最強の勘違い集団を引き連れた、魔王の「お出かけ」という名の侵略が、今始まった。




