掃除?いいえ、粛清です
聖女セシリアが俺の足元で咽び泣き、忠誠を誓ってから数日。
魔王城の一角に、俺専用の「引きこもり部屋」を確保することに成功した。
だが、落ち着かない。
この城、とにかく埃っぽいし、隅の方には得体の知れない魔法生物の死骸やら、前の魔王が遺した呪いの魔導書やらが散乱している。
(……せめて、自分の部屋くらいは綺麗にしたい。死ぬにしても、不潔な部屋は嫌だ)
俺は、部屋の入り口に立っていたゼノビアと、なぜかその隣にぴったりと寄り添うようになったセシリアに向かって、ボソリと呟いた。
「……ゼノビア。この場所は、少し汚れているな」
「陛下……? 左様でございますか。私共は、この禍々しさこそが魔王城の威厳かと」
「いや、ダメだ。一度、徹底的に『掃除』をしなければならない」
俺は、日本人の血が騒ぐのを感じていた。
まずはこの部屋から、そして廊下へ。
(雑巾がけとか、箒とか、どこにあるのかな……?)
だが、俺の言葉を聞いた瞬間、ゼノビアの表情が凍りついた。
隣にいたセシリアまでもが、ハッとして短剣の柄を握りしめる。
「……『掃除』。なるほど、そういうことでしたか」
ゼノビアの声が、今まで聞いたこともないほど冷徹な響きを帯びる。
彼女は俺の足元に跪き、震える声で答えた。
「陛下の慧眼、恐れ入ります。実は、最近一部の貴族たちが、前代魔王の血筋を盾に、現陛下の即位に異を唱える不穏な動きを見せておりました。……陛下は、それら『城内の汚れ』を、一掃せよと仰るのですね?」
「えっ、いや、ただの埃の話で――」
「わかります、魔王様!」
セシリアが、俺の言葉を遮って一歩前に出た。
彼女の瞳には、かつての聖女としての輝きではなく、新興宗教の幹部のような危うい光が宿っている。
「物理的な汚れは、心の汚れ。魔王様の玉座を汚す不浄な者たちは、この私が、光の魔法(物理)で一人残らず『磨き上げて』差し上げます! これこそが、私が授かった最初の聖務……!」
(違う! セシリアさん、君は光の聖女だろ! なんでそんな暗殺者のような顔をしてるんだ!)
「……任せる。だが、あまり騒がしくしないでくれ」
俺は、これ以上説明するのも怖くなり、逃げるように部屋の奥へ引っ込んだ。
(静かに、箒でササッとやってほしい。それだけなんだ……)
だが、その夜。魔王城は「静かな地獄」と化した。
ゼノビア率いる隠密部隊と、セシリアによる「異端審問」のような苛烈な捜索が始まったのだ。
反乱を企てていた魔族の貴族たちは、暗闇から現れたゼノビアに首を撥ねられ、あるいはセシリアの放つ眩すぎる「浄化の光」によって、蒸発するように消えていった。
「陛下の仰る『掃除』だ! 一片の塵も残すな!」
ゴルガの怒号が響き、抵抗しようとした私兵たちは、戦う前にその圧倒的な「大掃除」の気迫に呑まれて降伏した。
翌朝。
俺が目を覚ますと、廊下は驚くほどピカピカに磨き上げられていた。
窓ガラスは曇り一つなく、空気は澄み渡っている。
「……おお、やればできるじゃないか。気持ちいいな」
俺が満足げに廊下を歩いていると、曲がり角からゼノビアたちが現れた。
彼女たちの衣装には、微かに血の匂いが混ざっていたが、俺はそれを「強力な洗剤の匂いかな?」とスルーしてしまった。
「陛下、ご報告いたします。城内の『汚れ』は、全て処分いたしました」
ゼノビアは、数十枚に及ぶ「粛清リスト」を俺に差し出した。
俺はそれを「あ、ゴミの分別表かな?」と思い、中身も見ずに頷いた。
「ああ、お疲れ様。……これで、少しは過ごしやすくなるな」
俺のその一言に、その場にいた全員が震え上がった。
(……何百人もの政敵を消しておいて、『少し過ごしやすくなった』だと!?)
(このお方にとって、反乱軍の命など、本当にただの埃と同じ重さしかないのか……!)
こうして、魔王城内の反乱分子は一夜にして根絶やしにされた。
「新魔王は、ただの呟き一つで一族を滅ぼす」
その噂は、魔族たちの間で「恐怖の絶対定理」として刻み込まれた。
一方で、俺は自分の部屋の隅っこで、小さな雑巾を見つけて喜んでいた。
(よし、次は窓際を磨こうかな)
勘違いの連鎖は、もはや魔王城という檻を超えて、大陸全土へと伝播しようとしていた。




