褒美という名の恐怖
カストル砦の無血開城。
その報告が魔王城に届いた時、俺は心底「もう帰りたい」と思っていた。
だが、俺の目の前には、勝利の熱狂に浮かされた二人の四天王が跪いている。
「陛下! 捕虜とした聖騎士団の連中ですが、いかがいたしましょうか? 陛下の『争いは好まない』という御言葉通り、四肢を切り落として生かしたまま国境に並べ、恐怖の象徴といたしますか?」
ゼノビアが、美しい顔に似つかわしくないほど物騒な提案をしてくる。
彼女の瞳は、俺の肯定を確信しているかのように輝いていた。
(……怖すぎるだろ、この女!)
俺は背筋を走る戦慄を隠し、必死に声を絞り出した。
ステータスが「魔力量10」の俺にとって、ここで残酷な処置を許可して、後で人間側の勇者に復讐されることだけは避けたかった。
「……必要ない。彼らには、温かい食事を与えて……解放しろ」
俺は「お願いだから恨まないで」という一心でそう告げた。
だが、その言葉が発せられた瞬間、室内の温度が数度下がったような錯覚に陥る。
ゼノビアとゴルガが、示し合わせたように息を呑んだからだ。
「……解放、ですか? あの聖教国のエリート騎士たちを、無傷で?」
「ああ。そうだとも」
俺は震える膝を隠すため、深く玉座に背を預けた。
すると、ゼノビアの瞳に、畏怖を超えた「理解」の色が浮かぶ。
「……なるほど。あえて生かして帰すことで、彼らの口から『魔王の圧倒的な威圧感』を人間社会に蔓延させる……。殺すよりも確実に、人類の精神を内側から崩壊させる、精神汚染戦術ですね?」
「え、いや、ただの親切で――」
「さらに温かい食事! 毒も盛らず、敵に情けをかけることで『魔王こそが真の救世主である』という偽りの希望を植え付け、彼らの信仰心を根底から揺さぶる……! なんと恐ろしい。肉体を滅ぼすのではなく、魂を汚染し、従属させる。これこそが陛下の仰る『争わない』戦い……!」
(ただお腹空いてるだろうな、と思っただけなんだ!)
「陛下、畏れ入りました! このゴルガ、武人として浅はかでした! 直ちに奴らに『魔王の慈悲』という名の呪いをたっぷりと食わせてから叩き出します!」
二人は再び嵐のように去っていった。
俺は一人、豪華な広間で頭を抱えた。
適当な一言が、なぜか「人類史上最悪の精神攻撃」に変換されてしまった。
一方、解放された聖騎士たちは、魔王城から出た後、泣きながら自国へ逃げ帰っていた。
「魔王は、我々を殺す価値すらないと笑っていた……」
「あの食事は、毒よりも恐ろしい『屈辱』の味だった……」
彼らによって広められた「魔王の噂」は、尾を引くように人間側の諸国を震撼させていく。
そして、その噂を聞きつけた一人の少女が、静かに立ち上がった。
「……精神を汚染する魔王。放っておけば、人類の心は闇に飲み込まれてしまう」
人間側の聖都。大聖堂の奥深くで、白銀の甲冑に身を包んだ聖女セシリアが、その瞳に決意の光を宿した。
彼女の手には、魔族を消滅させるための聖なる短剣が握られていた。
「私が、その『偽りの慈愛』を暴いてみせます。……暗殺という名の、救済をもって」
魔王城の玉座で、俺は「今日の夕飯は何かな」と現実逃避を始めていた。
だが、運命という名の「勘違い」は、さらに加速して俺の元へと迫っていた。




