神々の黄昏
王都の中央にそびえ立つ世界樹は、日を追うごとにその枝葉を広げ、ついには雲を突き抜け、概念としての「天界」の境界線すらも侵食し始めていた。
その結果、天界に住まう神々は、自分たちの庭に巨大な根が割り込んできたことに激怒。連日連夜、抗議の印として王都の空に轟雷を響かせていた。
ゴロゴロ、ピシャーン!
「……うう、またかよ。勘弁してくれよ……」
俺はベッドの中で、枕を頭に押し当てて丸まっていた。
光るわ響くわ、これじゃあ熟睡なんて夢のまた夢だ。
俺はフラフラと部屋を出ると、バルコニーで空を見上げ、雷を降らせる雲を睨みつけている四天王たちに、涙目で訴えかけた。
「……ゼノビア。あの空の光……ずっと光ってて、うるさいんだ。……静かになれば、いいんだけど」
(神様、怒ってるならごめんなさい! だからせめて夜だけでも静かにしてください!)
という、平身低頭な平和への願いだった。
だが、俺の背後にいたアイザックが、持っていた魔導書を床に落とした。
「……『静かになればいい』。……陛下、ついに……ついに神々に対し、沈黙を強制されるのですね!?」
「えっ、いや、ただ眠いだけで――」
「わかります、陛下!」
勇者カイトが、聖剣を抜き放ち、眩い光を放つ空を指差した。
「神々は、陛下の統治が気に入らないからと、天の上から『騒音』という名の文句を垂れ流している……。陛下はそれを、『不快な雑音』と切り捨てられた! つまり、神々の発言権を剥奪し、天界そのものを魔王の静寂下に置けという命令ですね!」
(違う! 誰が神様と戦うなんて言ったよ! 謝りに行きたいくらいだよ!)
「……承知いたしました」
ゼノビアが、漆黒の翼を広げ、空を見据える。
「……アイザック。世界樹の魔力伝導率を最大に設定せよ。……陛下が望まれるのは『静寂』。……ならば、あの雷を全て世界樹に吸収させ、逆に天界のエネルギーを地上へと吸い上げる『天界逆流魔法陣』を起動させましょう」
「……ククク、素晴らしい。神々を電池にするというわけですな。……陛下、今こそ天上の玉座を地上へ引き摺り下ろしましょう!」
俺は、去っていく彼らの背中に向かって、必死に手を伸ばした。
(待って! 逆流とか電池とか、そんな恐ろしいことしないで! 菓子折り持って謝りに行こうよ!)
だが、俺の口から出た言葉は、「……徹底的に、黙らせろ」という、神殺しの宣告に他ならない重低音だった。
その数分後。
世界樹が七色に輝き、空に向かって巨大な「吸引の渦」を形成した。
天界から降り注いでいた雷は、まるで吸い込まれるように世界樹へと収束し、逆に天界の美しい空が、じわじわと魔王の闇に塗り潰されていく。
「……な、なんだ!? 天界が、地上に引っ張られているぞ!?」
「魔王アルバス……! 貴様、神々の住処を第二庭園にするつもりか!?」
天の上から神々の悲鳴が聞こえてくるが、俺にはそれが「遠くで鳴っている不快なノイズ」にしか聞こえなかった。
俺は、騒音が収まってきたのを感じて、ようやく安堵の溜息をついた。
「…………ふぅ。……やっと、静かになったな。……これで、ゆっくり休める」
(ああ、ようやく眠れるよ……よかった……)
だが、その瞬間、天界の門が崩壊。
魔王の圧倒的な「静寂(吸引)」に抗いきれなくなった神々が、光り輝く玉座ごと王都の広場へと墜落してきた。
「「「陛下!! 神々を降伏させました!!」」」
ゼノビアたちが、地に這いつくばる神々を引き連れて、俺の寝室へとなだれ込んできた。
俺は、パジャマ姿で「ひえっ!」と声を上げたが、神々にはそれが「貴様ら、私の睡眠を邪魔した罪は重いぞ」という死神の宣告に聞こえたらしい。
「お、お許しを! 魔王アルバス様! 私たちが悪かったです! これからは、貴方の睡眠を邪魔するような音は一切出しません!」
天界の最高神が、俺の足元でガタガタと震えている。
俺は、眠気で朦朧としながら、彼らの頭を適当に撫でた。
(……よしよし、わかればいいんだよ。おやすみ……)
「……なっ! 神の頭を、赤子のように撫でた……!?」
アイザックが、感極まって失神した。
「……慈悲、そして圧倒的な支配。……陛下は、神々を『魔王城のペット』として飼い慣らすことを選ばれたのだ……!」
こうして、世界から「宗教的対立」が消滅した。
神々は魔王の機嫌を損ねないよう、毎日せっせと「静音魔法」を大陸全土に展開し、世界はかつてないほどの静寂と平和(と魔王への恐怖)に包まれた。
俺は、フカフカのベッドの中で、ようやく深い眠りに落ちた。
まさか自分が、一晩で「全知全能の神々を下僕にした、宇宙の主宰者」へと昇格しているとは、夢にも思わずに。




