幕間:黄金の監獄と、震える聖剣
王都の館、その一室で。
勇者カイトは、自身の愛剣である聖剣『エクスカリバー』を膝に置き、静かに瞑想していた。
だが、その心はかつてないほどの嵐に見舞われている。
(……恐ろしい。あまりにも、恐ろしすぎる!)
カイトは目を見開き、窓の外に広がる王都の情景を見つめた。
そこには、かつて彼が守ろうとした「貧しくも必死に生きる人々の姿」はなかった。
代わりに溢れていたのは、見たこともないほど豪華な衣装を纏い、魔王領から流れ込む安価で高品質な品々に囲まれ、満面の笑みを浮かべる市民たちの姿だ。
「……カイト様。どうされました? 顔色が悪いようですが」
背後から声をかけたのは、元聖女セシリアだ。
彼女は今や、魔王アルバスの紋章が入った法衣を纏い、手には「魔王銀行」の預金通帳を大切そうに抱えている。
「セシリア……。君は、今のこの状況をどう思っているんだ?」
「どう、とは? 素晴らしいの一言に尽きますわ。魔王様が関税を撤廃し、通貨を統一されたおかげで、教会への寄付に苦しんでいた貧民たちも、今や毎日温かいパンと蜂蜜を口にしています。これこそが、神が成し遂げられなかった『地上の楽園』です」
「……違うんだ、セシリア。それは『黄金の鎖』なんだよ」
カイトは、拳を強く握りしめた。
「魔王アルバスは、武力で我々を屈服させることを止めた。代わりに、彼は『便利さ』と『豊かさ』という名の麻薬を人類にバラ撒いたんだ。……見てごらん。今や、誰も魔王に反旗を翻そうなんて考えない。なぜなら、彼に逆らえば、明日の食卓からパンが消え、贅沢な暮らしが崩壊するからだ」
(……あの男、魔王アルバス。なんて底知れない戦略家だ!)
カイトは、アルバスがおやつを食べていた時の表情を思い出し、背筋に冷たいものが走った。
「彼はあの日、こう言った。『みんなが自由に、甘いものを手に入れられるようになればいい』と。……一見、慈悲深い願いに聞こえる。だがその実態は、『全人類の胃袋と財布を、私の指先一つで管理してやる』という冷酷な宣言だったんだ……!」
カイトの解釈では、アルバスがチョコを齧ったのは「人類の経済を一口で飲み込んだ」儀式。
「悪くない」という呟きは、「この家畜たちの飼育環境を合格点としよう」という神の査定。
「……僕たちは、もう逃げられない。剣で斬れる相手ならまだしも、経済という名の巨大な網で包み込まれてしまった。……聖剣よ、君はあのお方の喉元に届くのか? それとも、あのお方の差し出す黄金の果実に、その牙を折られてしまうのか……」
カイトは、足元に置かれた「魔王印の高級クッキー缶」を見つめた。
アルバスが「これ、余ってるから食べていいよ」と震える手で渡してきたものだ。
「……くっ、なんていい香りだ。……毒など入っていない。ただ、抗えないほどの『幸福』が詰まっている……。これが、魔王の真の攻撃か……!」
カイトは葛藤の末、一枚のクッキーを口に運んだ。
サクッ、という音と共に、彼の正義感はまた一歩、魔王という名の深淵へと沈んでいくのだった。




