引きこもりへの道は、黄金の道
勇者カイトが「弟子」として魔王城(という名の接収された王都の館)に居座るようになってから、数日が経過した。
俺は、一刻も早くこの騒がしい状況から逃げ出し、自分だけの「聖域(引きこもり部屋)」を構築しようと画策していた。
「……ゼノビア。私は、しばらくこの部屋から出ない。……誰にも、邪魔させないでくれ」
(お願いだから一人にして! 勇者の視線が熱すぎて怖いんだよ!)
俺は、切実なプライバシーの確保を求めて、冷徹なトーンで告げた。
だが、扉の向こうで控えていたゼノビア、セシリア、そしてアイザックが、一斉に息を呑む音が聞こえた。
「……出ない。……『邪魔をさせるな』。……ほう、なるほど」
アイザックが、眼鏡を怪しく光らせながらペンを走らせる。
「陛下は、ついに『瞑想』に入られるのですね。……物理的な肉体をこの部屋に置き、精神だけを魔力回路の深層へとダイブさせる……。全大陸の魔力網を再編するための、静かなる大変革の予兆……!」
「えっ、いや、ただ寝たいだけで――」
「わかります、陛下!」
勇者カイトが、部屋の外から大声で叫んだ。
「僕という最強の敵を降伏させた今、もはやこの地上に戦うべき相手はいない……。だからこそ、陛下は『自分自身』という真の強者と戦い、さらなる高みへ登ろうとしているのですね! さすが僕が認めた唯一の男だ!」
(違う! 誰もいないところでマンガ読んだりお菓子食べたりしたいだけなんだ!)
「……ああ、そうだとも。……しばらく、任せる。……外のことは、適当にやっておいてくれ」
(「俺が寝てる間、平和にやっててね」という意味だった)
俺は、重厚な扉を閉め、鍵をかけた。
「……ふぅ。これでようやく、一人だ」
俺は、前の住人が残していった古い暖炉の火を眺めながら、ふと部屋の隅に転がっていた「奇妙な形の植物の種」に目を止めた。
(あ、これ、ひまわりの種かな? 窓際で育てたら、少しは部屋が明るくなるかも)
俺は、窓際にあるプランターにその種を埋め、適当に水をやった。
「……大きく、なるといいな。……みんなが、驚くくらいに」
(ひまわりが咲いたら、少しは殺伐とした魔王城も和むだろうし……)
だが、俺が眠りについた後。
その「種」は、魔王アルバスが触れたことで、彼の体から溢れ出る(と勘違いされている)膨大な魔力を吸収。
一晩にして、建物を突き破るほどの巨大な「世界樹の苗」へと変貌してしまった。
翌朝。
俺が目を覚ますと、部屋の中に巨大な枝が侵入し、そこには見たこともないほど輝く、魔力の結晶のような果実が実っていた。
「……は、はぁ!? なんだこれ!?」
俺が腰を抜かしていると、扉が勢いよく開け放たれた。
「陛下! 驚きましたぞ!」
ゴルガが、その果実の一つを手に取って震えていた。
「陛下が昨晩『外のことは適当に』と仰った意味……ようやく理解いたしました! この果実……一口食べれば、瀕死の兵士も一瞬で全快する『神の薬』ではないですか!」
「……それだけではありませんわ」
ゼノビアが、巨大化した枝を愛おしそうになぞる。
「この樹が放出する清浄な空気……。王都の汚染された魔力が、全て純粋なエネルギーへと変換されています。……陛下は、引きこもりながらにして、王都を世界最高の『魔力発電都市』へと作り変えてしまったのですね!」
「……『みんなが驚く』。……ふふ、まさにその通りになりましたな」
アイザックが、もはや神を拝むような目で俺を見ている。
俺は、窓の外で巨大な樹が王都のシンボルと化しているのを見て、力なく崩れ落ちた。
(……ただ、ひまわりを育てたかっただけなのに。なんで街のインフラが改善されちゃうんだよ……)
こうして、魔王アルバスの「引きこもり」は、大陸の農業とエネルギーに革命をもたらす「神の隠遁」として歴史に刻まれた。
彼のニート生活への道は、皮肉にも、人類を黄金時代へと導く光の道へと変わっていった。




