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歴代最弱の魔王に転生した俺、部下の勘違いで大陸制覇が始まった ~適当に頷いてるだけなのに、なぜか歴代最強の戦略家だと思われている件~  作者: さくらもち
第1部

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1/6

出落ちってオチ

意識が浮上した瞬間、俺が最初に感じたのは、体の芯まで凍りつくような「違和感」だった。

まず、体が重い。物理的な重さというよりは、何か巨大な、禍々しいエネルギーの塊を無理やり背負わされているような感覚だ。

そして鼻を突くのは、古い書物と微かな香煙が混ざったような、どこか厳格で冷ややかな香り。

俺はトラックに跳ねられたはずだ。

深夜のコンビニ帰り、雨に濡れたアスファルトを照らすヘッドライトの光。

そこで記憶は途絶えている。


(……死んだんじゃなかったのか?)


ゆっくりと目を開ける。

視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど豪華な天蓋付きのベッドだった。

深紅のシルクが波打ち、枕元には黄金の刺繍が施されている。

俺は上半身を起こそうとして、自分の手に目が止まった。


「……え?」


自分の手ではない。

細く、しなやかでありながら、内に鋼のような力強さを秘めた白い肌。

そして爪は鋭く、指先からは微かに黒いモヤのようなものが立ち上っている。

慌てて部屋の隅にある姿見――巨大な銀鏡まで駆け寄った。


「なんだ、これ……」


そこに映っていたのは、漆黒の角を生やした、恐ろしく整った顔立ちの青年だった。

瞳は燃えるような真紅。髪は夜の闇よりも深い黒。

身に纏うのは、一国を買えるのではないかと思えるほど豪華な漆黒のローブだ。

誰がどう見ても、これはファンタジーの世界に登場する「魔王」そのものだった。


その瞬間、頭の中に機械的で無機質な声が響く。


《転生処理が完了しました。個体名:アルバス。種族:魔王。ステータスを表示します》


脳裏に青白いウィンドウが浮かび上がった。

俺は期待に胸を膨らませた。

魔王だぞ?転生だぞ?

きっとカンストしたレベルや、世界を滅ぼすようなチートスキルが並んでいるはずだ。


【魔王アルバス】

レベル:1

魔力量:10(一般成人:50 / 前代魔王:9,999,999)

戦闘能力:5(一般成人男性:30)

知能:100(標準的)

スキル:なし

称号:歴代最弱の魔王


「…………は?」


俺は思わず、鏡の前で固まった。

見間違いかと思って何度も目をこすったが、数字は変わらない。

魔力量10。スライムどころか、その辺の一般人より低い。

戦闘能力5。村の子供のパンチ一発で沈みそうだ。

知能は100。……つまり、何の変哲もない、ただの凡人。

そして称号にはダメ押しの「歴代最弱」という四文字。


「いや、待て待て待て! おかしいだろ! なんで魔王に転生させておいて、村人Aより弱いんだよ!」


叫ぼうとした俺の言葉は、しかし声にならなかった。

口から出たのは、低く、重く、周囲の空気をピリつかせるような「威厳の塊」のような吐息だけだった。

どうやら自分の意思とは無関係に、外見や雰囲気だけは「完璧な魔王」として出力されているらしい。


その時だった。


重厚な扉が音を立てて開き、一人の女性が室内へ入ってきた。

背中には漆黒の翼。頭部には小さな角。

そして、その身からは隠しきれないほどの強大な魔力が溢れ出している。

彼女は俺の姿を見るなり、その場に跪いた。


「おお……目覚められたのですね。我が主、第99代目魔王アルバス陛下」


彼女の瞳には、狂信的なまでの崇拝の念が宿っていた。

俺の心臓は、これまでにない速さで警鐘を鳴らし始める。

(やばい。これ、バレたら死ぬやつだ。絶対に死ぬやつだ!)


俺は冷や汗を流しながらも、精一杯の虚勢を張って問いかけた。

「……お前は、誰だ?」


実際には「ひえっ、どなたですか!?」と言ったつもりだった。

だが、俺の口から出た言葉は、深淵の底から響くような冷徹な響きを帯びていた。


「お戯れを。魔王軍四天王が筆頭、ゼノビアにございます」

ゼノビアと名乗った美女は、顔を上げずに答える。

「陛下。貴方様が眠りについておられたこの三日間、人間どもが国境付近で不穏な動きを見せております。……いかがいたしましょうか? 貴方様の『最初の御言葉』に従い、我ら四天王が直ちに軍を動かします」


最初の一言。

それが今後の魔王軍の方針を決める。

俺の頭はフル回転した。

ステータスは最低。戦えば一瞬で肉片に変わる。

なら、やるべきことは一つだ。

できるだけ人間を刺激せず、平穏に、この豪華な城でニート生活を送る権利を勝ち取ること。


「……争いは、好まない」


俺は震える声でそう告げた。

(だから、戦争なんてしないで、仲良くやってくれ。俺を守ってくれ!)


しかし、ゼノビアの肩がビクリと跳ねた。

彼女はゆっくりと顔を上げ、その瞳を驚愕に染める。


「……『争いは好まない』、ですか?」

「ああ。そうだとも」


俺は必死に頷いた。

だが、ゼノビアの解釈は俺の意図とは真逆の方向へ超特急で走り出していた。


「なるほど……。つまり、人間ごときを相手にするのは『争い』ですらない、と。我らが手を下すまでもなく、既に勝負はついている。あるいは……ただ滅ぼすのではなく、彼らに『絶望という名の服従』を与えるのが陛下の御意志なのですね?」


「え、いや、そんなことは――」


「素晴らしい……! 慈悲深く、そしてあまりにも残酷。流石は歴代の魔王の中でも、最も深い闇を瞳に宿した御方。陛下が沈黙されている間、指先をわずかに動かされていたのは、大陸全土を覆う魔法陣の座標を計算されていたからだったのですね!」


(ただの貧乏ゆすりだよ!)


「承知いたしました! 直ちに全軍に伝えます! 『全滅させるな。恐怖を刻み、魂から屈服させよ』。これが我が主、アルバス陛下の最初の神託であると!」


「待て、ゼノビア! 話を聞け!」


俺が制止しようと伸ばした手は、彼女の目には「行け、我が忠実なる下僕よ」という力強い後押しにしか見えなかったようだ。

彼女は満足げに一礼すると、風のような速さで部屋を飛び出していった。


一人残された俺は、豪華なベッドの上に崩れ落ちる。


「……終わった。これ、完全に詰んだだろ」


魔力量10。戦闘能力5。

何の力もない俺が、最強の部下たちの「勘違い」によって、世界征服の旗頭に担ぎ上げられてしまった。


ゼノビアが嵐のように去っていった後、俺は静まり返った室内で、震える手を押さえていた。

豪華な寝室は、今の俺にとっては巨大な檻でしかない。


「……逃げなきゃ。バレる前に、どこか遠くへ」


俺はフラつく足取りで鏡の前に戻った。

何度見ても、映っているのは威厳に満ちた魔王だ。

だが、中身は経験値ゼロの一般人。

窓の外を覗くと、切り立った崖の下に広大な城下町が見えた。

空には巨大な飛竜が旋回し、地響きのような軍靴の音が遠くから響いてくる。


(逃げ場なんて、どこにもないじゃないか……)


俺は絶望し、思わず近くにあった精巧な細工の椅子に腰を下ろした。

その瞬間、ガチリ、と嫌な感触が伝わる。

椅子の肘掛けにある宝飾が、俺の重みで少しだけ沈んだのだ。


《隠しギミックを作動。魔王城全域に『覇王の威圧』を一時的に増幅出力します》


「は……?」


窓の外で、空を飛んでいた飛竜たちが一斉に地面へ叩きつけられた。

城下町を歩いていた魔族たちが、一文字に口を噤んでその場に平伏する。

俺がただ椅子に座っただけで、城全体に「魔王がお怒りである」という誤った信号が発信されてしまったらしい。


(いやいや、今の椅子のボタンかよ! なんでそんな危ないスイッチがこんなとこにあるんだよ!)


心の中で叫ぶが、外に漏れるのは、氷河を溶かすような冷徹な溜息だけだ。

そして、そのタイミングを見計らったかのように、扉が再び勢いよく開かれた。


「失礼いたします、陛下!」


入ってきたのは、ゼノビアとは別の、岩のような筋肉を持つ巨漢だった。

全身を凶悪なスパイクのついた重装甲で固め、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。

四天王が一人、剛腕のゴルガ。

彼は床に膝を突くと、その巨体から流れる汗を拭うこともせず、興奮した様子で吠えた。


「ゼノビアより伝令を受けました! 『争いを好まず、圧倒的な絶望を与えよ』……! 流石は陛下、なんと高潔な武の真理! 我ら脳筋どもが力任せに暴れることを、あらかじめ戒めてくださるとは!」


「……ああ、そうだとも」


俺はもう、そう答えるしかなかった。

否定すれば、この巨漢の拳が俺の頭をスイカのように粉砕するかもしれない。


「その上、先ほどの『覇王の威圧』……! 全軍が身震いいたしました! あれは『無駄な血を流す者は、我が自ら裁く』という無言の警告ですな! 震えましたぞ、このゴルガ、魂が震えました!」


(違う、ただ椅子に座っただけなんだ。頼むから、そんなにキラキラした目で俺を見ないでくれ……)


「陛下のお考え、このゴルガ、しかと受け止めました! 我が軍団は、武器を振るわず、ただその『存在感』だけで敵の砦を包囲いたします! 敵が恐怖のあまり心臓を止めるまで、一歩も退かぬ鉄壁の陣を敷いてご覧に入れましょう!」


「……任せる」


「ハッ! この命に代えても!」


ゴルガは床を粉砕せんばかりの勢いで立ち上がり、去っていった。

俺は椅子に深く沈み込み、天を仰いだ。


「……何もしなくても、勝手に話が進んでいく」


一方で、魔王領の国境付近にある人間側の砦『カストル』では、未曾有のパニックが発生していた。

駐屯していた聖騎士団の団長、レイモンドは、望遠鏡を持つ手が震えるのを止められなかった。


「……なんだ、あの軍勢は」


砦の正面に現れた魔王軍は、これまでの侵略とは明らかに異なっていた。

叫び声を上げることも、突撃してくることもない。

ただ、数万の魔族が、一言も発さずに砦を包囲し、無感情な瞳でこちらを凝視しているのだ。

そして、その中心に掲げられた旗には、新魔王の紋章が刻まれている。


「団長! 敵が動きません! 魔法を撃ち込んでも、結界で弾かれるだけで、反撃すらしてこないのです!」

「……気味の悪い。奴らは一体何を企んでいる?」


そこへ、伝令が駆け込んできた。

顔は青白く、呼吸も絶え絶えだ。


「ほ、報告します! 魔王城付近を偵察していた密偵からの情報によれば……新魔王は『争いは好まない』と宣言したそうです!」


「争いを、好まないだと……?」


レイモンドは戦慄した。

戦士として、そして指揮官として、その言葉の裏にある「深淵」を感じ取ってしまったのだ。


「馬鹿な……。つまり奴は、我々を『戦う価値すら認めないゴミ』だと断じたのか。……見ろ、あの不動の軍勢を。あれは、我々が自ら恐怖に耐えかねて、首を差し出すのを待っているのだ。なんと……なんと傲慢で、恐ろしい男だ」


「団長、どうすれば……」


「……降伏だ。戦ってはならない。あの魔王は、我々の心理を完全に掌握している。これ以上抗えば、砦ごと消されるぞ」


こうして、歴史上名高い『カストルの無血開城』が達成された。

魔王軍が放った攻撃は、ただの一発もなかった。

にもかかわらず、人間側の精鋭騎士団は「魔王の慈悲と恐怖」に屈し、軍門に下ったのである。


数日後。

魔王城の玉座に座らされている俺の元に、ゼノビアとゴルガが帰還した。

二人の顔は、かつてないほどの充足感に満ち溢れている。


「陛下! 朗報にございます! 国境の砦カストル、戦わずして陥落いたしました!」

「陛下が仰った通り、人間どもは絶望の果てに自ら跪きましたぞ! ガハハ、愉快なほどに!」


俺は、報告を聞きながら遠い目をしていた。

(……どうしてこうなった)


ただ平和に過ごしたかった。

ただ争いたくなかった。

なのに、俺の評価は「一言で一国を屈服させる、史上最強の知略家」へと書き換えられてしまった。


俺は、背後に控える四天王たちと、跪く降伏した騎士たちを見下ろし、震える喉を抑えて、いつもの言葉を口にした。


「……ああ、そうだとも。全ては、計算通りだ」


その瞬間、城内に割れんばかりの歓声が響き渡った。

俺の、地獄のような世界征服ロードが、本格的に幕を開けた瞬間だった。


こうして、歴代最弱の魔王アルバスは、一歩も動かぬままに最初の大勝利を収めた。

だが、物語はまだ始まったばかり。

優秀すぎる部下たちの勘違いは、やがて全大陸を巻き込む巨大な渦へと変わっていく。

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