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亡き英雄たちの墓標に誓う  作者: ルベン


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第4話:聖域への強行軍と、語られざる預言

 交易都市リュミエールの喧騒が遠ざかり、馬車の車輪が踏みしめる音は、舗装された街道から湿った土と腐葉土の音へと変わった。  


 北へ向かうにつれ、空気は目に見えて冷たさを増していく。空を覆う雲は低く垂れ込め、時折、肌を刺すような霧雨が一行を濡らした。


「……なぁ、レオン。本当にこっちで合ってるのか? この先はギルドの地図でも『未踏領域』になってるはずだぜ」


 御者台の横で馬を歩かせるカイトが、不安げに森の奥を見つめて言った。  


 彼の視線の先には、古の巨木が複雑に絡み合い、日光さえ遮る深い緑の深淵が広がっている。並の冒険者であれば、この光景を見ただけで引き返すことを選ぶだろう。


「大丈夫だ、カイト。この獣道を抜ければ、最短で『忘却の聖域』の外縁部に出られる。……昔、このあたりの地理に詳しい行商人と知り合ってね。彼から『秘密の抜け道』を教わったんだ」


 レオンは、もはや使い古した言い訳を口にしながら、迷いなく藪を掻き分けた。  


 もちろん、そんな行商人は存在しない。  


 この道は、十年後の世界で、魔王軍の包囲網を潜り抜けるためにレオンが仲間たちの死骸を越えて見つけ出した、血塗られた逃走路だ。どの岩が滑りやすいか、どの木の根に毒蛇が潜んでいるか。レオンの脳内には、死の恐怖と共に刻まれた精密な地図が展開されている。


「……行商人、ねぇ。その人、かなりの冒険家だったに違いないわ。この道、人の通り道じゃなくて、魔力の脈動に沿っているもの」


 アリサが馬車の中から顔を出し、鋭い視線をレオンに送る。  


 彼女は時折、レオンの背中を射抜くような目で観察していた。かつてのレオンなら気づかなかったであろうその微かな疑念も、今の彼には痛いほど伝わってくる。


「……さあ、そろそろ日が暮れる。今日はこの巨岩の影で野営にしよう。ここは風も防げるし、魔物の視線からも外れる」


 焚き火が爆ぜる音が、静かな夜の森に響く。  


 カイトとアリサが周辺の警戒に当たっている間、レオンは慣れた手つきで大鍋を火にかけていた。


 取り出したのは、リュミエールで買い占めた『月見草の根』と、街道で摘んだいくつかの野草。それに、保存食の干し肉を細かく刻んだものだ。


「レオンさん、お手伝いします」


 ミラが穏やかな足取りで近づいてくる。  


 彼女の存在は、今のレオンにとって唯一の救いだった。彼女の放つ清浄な魔力に触れている時だけは、十年分の泥濘ぬかるみに沈んだ心が洗われるような気がした。


「ありがとう、ミラ。でも、これは特殊な工程が必要なんだ。……少し、毒抜きをしないといけないから」


「毒、ですか?」


「ああ。そのままじゃ食べられないけど、特定の温度で煮出せば、これ以上ない『薬膳』になる」


 レオンが作っているのは、未来の戦場で『生存の汁』と呼ばれた、魔導士や治癒術師のための特殊な栄養食だ。月見草の根に含まれる微量な成分を抽出し、干し肉の脂で包み込むことで、一時的に魔力回路の修復速度を劇的に高める効果がある。  


 本来なら高価なポーション数本分に匹敵する効果だが、今の時代、その製法を知る者はいない。


「……さあ、出来たよ。みんな、食べてくれ」


 配られたスープを、カイトが疑い深そうに一口啜る。


「……っ!? なんだこれ、めちゃくちゃ旨いぞ! それに……なんだか、体の奥が熱くなってくる」


「本当……。冷えて固まってた魔力経路が、すっと解けていくみたい。レオン、あなた本当にただの荷物持ちなの? 調合師の資格でも持ってるんじゃないの?」


 アリサが感心したようにスープを飲み干す。  


 レオンは苦笑いしながら、自分の分を啜った。


「劇薬(狂戦士の雫)の後遺症を抑えるために必死で勉強した知恵だよ。……みんなに迷惑をかけたくないからね」


 嘘を重ねるたびに、胸の奥がチリと焼ける。  


 だが、その嘘が彼らの力になり、生存率を上げるのであれば、レオンは喜んで詐欺師になる。


 三日後の早朝。  


 一行は、深い霧の壁を突き抜けた。  


 その瞬間に広がった光景に、カイトたちは息を呑んだ。


 そこは、時が止まったかのような静寂に包まれた広大な遺跡群だった。  


 天空へと聳え立つ白亜の塔は半ば崩れ、緑の蔦が血管のように絡みついている。地表を覆う魔力の密度は物理的な重圧となって彼らの肩にのしかかった。


「ここが……『忘却の聖域』。お伽話じゃなかったんだな」


 カイトが呆然と呟く。  


 ここは古のエルフや神官たちが残した修行場であり、同時に凶悪な守護者が徘徊する「禁地」だ。ギルドの規定では、Aランク以上のパーティでなければ立ち入りを許されない。


「カイト、油断しないで。ここから先は、一歩ごとに死が潜んでいると思って」


 レオンの声が、いつになく冷たく響いた。  


 彼は知っている。この聖域の美しさは、侵入者を油断させるための罠だということを。


 ドォォォォン……!


 地響きとともに、遺跡の門を固めていた石像が動き出した。  


 全長三メートル。翼を持つ石造りの怪獣――『ガーゴイル・センチネル』だ。  


 一体ではない。左右から二体、赤い瞳を光らせて一行を見下ろしている。


「嘘……ガーゴイル!? しかも、この魔力……普通の種類じゃないわ!」


 アリサが杖を構えるが、指先が微かに震えている。  


 Cランクの冒険者にとって、ガーゴイルは天敵だ。物理攻撃は石の肌に弾かれ、魔法も高濃度の魔力障壁によって減衰させられる。


「カイト、前へ出ろ! 右の一体を受け持て!」


 レオンの鋭い一喝が、凍りついた空気を切り裂いた。


「っ! おうよ!」


「アリサ、広域魔法は使うな。魔力の無駄だ! 『単点集中・熱付与』。カイトの剣の、先端から十センチの部分だけに魔力を集中させろ。三秒間だけでいい!」


「なっ……そんな精密な操作、できるわけ……」


「できる! 君なら、僕が信じるアリサなら、必ずできる。……ミラ、防御障壁を展開。ただし、カイトの背中じゃない。彼の足元、石畳の上に水平に敷け!」


 レオンの指示は、これまでの「ただの荷物持ち」のそれとは一線を画していた。  


 それは、戦場を俯瞰し、すべての因果を掌握する指揮官の言葉だった。


 戦いは、一瞬だった。


 カイトが跳躍する。本来ならガーゴイルの頑強な腕に剣を叩きつけるだけだが、足元に展開されたミラの障壁が「滑走板」となり、カイトは予期せぬ加速を得た。  


 低い姿勢から、ガーゴイルの懐へと滑り込む。


「今だ、アリサ!」


「……っ、ハァッ!!」


 アリサが叫びとともに、カイトの剣先へ一転集中の熱魔法を叩き込む。  


 真っ赤に熱せられた剣先が、ガーゴイルの腹部にある「唯一の亀裂」――魔力核の露出部に突き刺さった。


 ガガギギギギッ……!!


 石造りの怪物が、内側から爆ぜるような音を立てて崩壊していく。  


 もう一体のガーゴイルが背後からカイトを狙うが、レオンが既にそこへナイフを投擲していた。  


 ダメージを与えるためではない。ナイフに仕込まれた煙幕弾が炸裂し、ガーゴイルの視覚を奪う。


「左へ旋回! 三歩下がって、大上段から叩き斬れ!」


「おおおおおっ!!」


 カイトの大剣が、盲目となったガーゴイルの首筋を完璧に捉えた。  


 地響きを立てて、二体のセンチネルが沈黙する。


 静寂が、再び聖域を支配した。  


 カイトは荒い息を吐きながら、自分の手を見つめた。


「……倒した……。Aランクの守護者を、俺たちだけで……」


「信じられない……。あんなに完璧に魔法が通るなんて。まるで、敵の急所が光って見えたみたいだった」


 アリサが呆然と呟く。  


 だが、その驚きはすぐに疑惑へと変わった。  


 彼女は、乱れた呼吸を整えることもせず、レオンへと歩み寄った。


「……レオン。一つだけ教えて」


 アリサの声は、氷のように冷たく、刃のように鋭かった。  


 彼女はレオンの胸ぐらを掴み、その至近距離から彼の瞳を覗き込んだ。


「あなた、何者なの? 劇薬で身体能力が上がるのはわかる。でも、今の指示……あれは薬でどうにかなるものじゃない。……あなたは、あいつらがどう動くか、どうすれば最短で壊れるかを、最初から『知っていた』」


 レオンは沈黙した。  


 アリサの瞳には、かつての仲間としての信頼と、それを上回るほどの「恐怖」が宿っている。


「行商人の話も、薬の話も、もう信じられない。……レオン、あなたは……まるで、私たちがここでどう死ぬかを見てきたみたいじゃない」


 図星だった。  


 レオンは、かつての歴史でアリサが「魔法が通じない」と絶望し、このガーゴイルにその細い体を握り潰された光景を思い出していた。その絶望を回避するために、彼は最善の「答え」を教えた。  


 だが、その「答え」が、今のレオンを彼らから遠ざけていく。


「……アリサ、僕は……」


 レオンが口を開こうとした、その時だった。


 ズゥゥゥゥゥン……!!


 これまでの地響きとは、格の違う震動が聖域全域を揺らした。  


 遺跡の奥、最も高い塔の影から、禍々しい紫色の魔圧が立ち上る。


「……何、今の……?」  


 ミラの顔から血の気が引く。


 レオンの表情が、一瞬で凍りついた。  


(……馬鹿な。あり得ない。……あそこに封印されているのは、もっとずっと『先』の存在のはずだ……!)


 塔の頂から現れたのは、骨と腐肉に覆われた巨大な鳥――『虚空の捕食者ヴォイド・イーター』。  


 本来なら、魔王軍の侵攻が本格化する三、四年後に、聖域の封印が解かれて現れるはずの災厄だ。


 歴史が、狂っている。  


 レオンが過去を変えたことで、世界がその空いた穴を埋めるように、より強大な「死」を前倒しで送り込んできている。


「逃げるぞ、みんな!!」


 レオンの叫びは、虚空の捕食者が放った衝撃波にかき消された。


 アリサの追及を振り切る余裕など、もうない。  


 レオンは、震える手で自分の「革袋」から、まだ使うつもりはなかった『禁じ手の遺物』を取り出した。


 (……すまない、みんな。隠し通すつもりだったけど、もう無理だ)


 最愛の仲間たちを守るため、レオンは「ただの荷物持ち」としての仮面を、自ら砕き割ることを決意した。


「今から僕が言うことは、全部……現実だ。カイト、死にたくなければ、僕の背中に隠れろッ!!」


 逆行者レオンの、本当の戦いが幕を開けた。

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