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亡き英雄たちの墓標に誓う  作者: ルベン


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第10話:死霊の鎌、逆行の閃光

 天空の要塞、その頂。


 雲を眼下に見下ろす絶望の舞台で、死の静寂を破ったのは、低く笑うような金属音だった。


 軍団長ガザが担いだ大鎌――『魂喰らい(ソウル・イーター)』が、微かな風に吹かれて鳴いている。その巨大な刃は、これまで斬ってきた幾千、幾万の生命の断末魔を吸い込み、どろりとした負の魔力を放っていた。


「……時の迷子よ。お前のその傷、その瞳……。どうやら貴様だけは、私を知っているようだな」


 ガザが歪んだ笑みを浮かべ、一歩踏み出す。その瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。


 レオンは、全身の毛穴が逆立つような感覚に襲われた。この感覚には覚えがある。十年前、この男が振るった鎌が、カイトの胸を貫き、アリサの喉を裂いた、あの瞬間の絶望そのものだ。


「……忘れたことなんて、一秒だっていなかったよ、ガザ。……今日、ここで君を終わらせるために、僕は地獄から戻ってきたんだ」


 レオンはナイフを逆手に構え、低く身構えた。


 その左頬に刻まれた「未来の傷」が、脈打つように赤く発光し始める。


「ほう……いい殺気だ。ならば、まずはその魂から喰らってやろう」


 ガザが鎌を水平に薙いだ。


 物理的な風が吹いたわけではない。だが、レオンたちの脳内に、直接「映像」が叩き込まれた。


「……っ、あ……ああ……ッ!!」


 カイトが、絶叫と共に膝をついた。


 彼の目には、ガザの鎌によって頭部を叩き割られ、モノのように転がる自分自身の死体が見えていた。


 アリサも、ミラも、同様だった。ガザの『魂喰らい』は、斬った者の「最悪の記憶」を呼び起こし、精神を内部から破壊する汚染攻撃を放つ。


「無意味だ。……過去に縛られた貴様らに、未来を斬る刃などない。……死ね、弱者ども」


 ガザが、硬直したカイトの首筋を狙い、鎌を振り下ろす。


 かつての歴史なら、ここで終わっていた。レオンがただ見ていることしかできなかった、あの日の再現だ。


「――二度も見せられて、慣れてしまったよ、その光景には……ッ!!」


 レオンが、弾かれたように動いた。


 彼は自分の左頬の傷に指を立て、自らの血を流すことで正気を保った。激痛が、ガザの幻影を打ち砕く。


 レオンのナイフが、ガザの鎌の柄を強引に弾き飛ばした。


「レ、レオン……!?」


 正気に戻ったカイトが、荒い息を吐きながら顔を上げる。


「カイト、前を見ろ! それはただの幻だ! 君は生きてる、僕も生きてる! ……今、この瞬間を信じろ!!」


 レオンの叫びが、仲間の魂を共鳴させた。

 

「……悪りぃ、レオン。……助かったぜ!」


 カイトが立ち上がり、魔剣バルムンクを構え直す。


「幻がなんだ……! 俺たちの未来を勝手に決めるんじゃねぇ!!」


 カイトがバルムンクを最大重量で振り下ろす。ガザはそれを大鎌の柄で受け止めたが、衝撃で足元の岩盤が粉々に砕け散った。

 

「……アリサ! 左だ!」


「分かってるわ! ……『多重展開・氷のアイス・ジェイル』!!」


 アリサが放つ無数の氷の杭が、ガザの回避経路を完璧に塞ぐ。


 聖域での地獄の特訓、そして王都での実戦を経て、彼女の魔法はもはや芸術の域に達していた。


「ミラ、僕に……全魔力を貸してくれ。……賭けに出る」


 レオンが背後を振り返らずに言った。


 ミラは、レオンの背負っている絶望の深さを誰よりも知っていた。彼女は迷わず、首飾りの魔力を全開にし、レオンの背中に手を当てた。


「……はい。私のすべてを、レオンさんの『光』に変えてください!」


 ミラの聖なる魔力が、レオンの体内へと流れ込む。


 それと同時に、レオンの革袋の中で眠っていた天翼のエネルギーの残滓――『聖槍の核』が、激しい共鳴を始めた。

 

 ガザが、鬱陶しそうに鎌を振り回し、アリサの氷を粉砕した。

 

「……無駄だと言っているだろう。……貴様らの時間は、ここで止まるのだ」


 ガザが、空間そのものを切り裂くような不可視の連撃を放つ。


 カイトの鎧が弾け、アリサの法衣が裂ける。だが、彼らは一歩も引かなかった。彼らは信じていた。レオンが必ず、この絶望に穴を開けてくれることを。


「……ガザ。君は言ったね。……過去に縛られている、と」


 レオンが、一歩ずつ前に出た。


 彼の周囲で、時間が「逆流」するように、瓦礫が舞い上がり、光の粒子が巻き上がる。


 レオンの左頬の傷から溢れ出した血が、ナイフの刃に纏わりつき、それは銀色の輝きを放ち始めた。


「……なら、その過去を力に変えて、君を討つ。……これが、僕の……僕たちだけの『未来』だ!!」


 レオンの姿が、かき消えた。


 縮地をも上回る、因果そのものを踏み越える速度。

 

「――なっ!? 消えた……!?」


 ガザが、初めて焦りの色を見せた。大鎌を円状に振り回し、全方位の防御を固める。


 だが、レオンはその「防御している時間」さえも書き換えた。


『逆行の閃光タイム・リープ・ストライク』。


 レオンのナイフが、ガザの鎌の刃を「すり抜けた」。


 いや、正確には、鎌がそこに来る数秒前の『空間の記憶』を切り裂き、物理的な防御を無効化したのだ。


 レオンのナイフが、ガザの胸部中央――漆黒の魔核へと、真っ直ぐに突き刺さった。


「……が、はっ……!?」


 ガザの動きが、完全に停止した。


 レオンは、ナイフを握る手にさらに力を込め、ガザの耳元で囁いた。


「……カイトの分だ。……アリサの、ミラの……そして、僕が失った十年の分だ」


 レオンがナイフを引き抜くと同時に、蓄積されていた聖なる魔力がガザの体内で爆発した。

 

「……ククッ、見事だ……。時の迷子よ……。だが……浮島これは、もう止まらぬぞ……。……地獄で、待っておるぞ……」


 ガザの肉体が、どす黒い霧となって霧散していく。


 前の人生で、カイトが命を賭けてようやく届いたその場所へ、レオンは仲間と共に、生きて辿り着いたのだ。


 軍団長ガザという核を失ったことで、『天の浮島』を繋ぎ止めていた魔力の均衡が、一気に崩壊を始めた。

 

 ズズズズズ……!!


「レオン! 足場が崩れるぞ!!」


 カイトが叫ぶ。浮島の端から、巨大な岩塊が次々と地上へと剥がれ落ちていく。

 

天翼スカイ・ウィングへ戻るぞ! 急げ!!」


 四人は崩れゆく要塞を必死に駆け抜け、着艦していた銀盤の翼へと飛び乗った。


 レオンは、砕け散る寸前の『聖槍の核』に最後の一滴まで魔力を注ぎ込んだ。


「……飛べッ!!」


 キィィィィィィィン!!


 浮島が地上へと墜落を開始するのと同時に、天翼が眩い一筋の光となって、燃える王都の空へと飛び出した。


 背後で、巨大な『天の浮島』が、王都の郊外――布陣していた魔王軍の先遣隊の真っ只中へと直撃し、巨大な火柱を上げた。皮肉にも、魔王軍が放った最終兵器が、彼ら自身の軍勢を壊滅させたのだ。


 数時間後。


 王都エリュシオンの混乱は、まだ続いていた。


 だが、空を覆っていた絶望の影はなく、東の空からは、すべてを浄化するような朝日が昇り始めていた。


 レオンたちは、王都を一望できる郊外の丘に立っていた。


 そこは、レオンが一人、仲間たちの墓標の前に跪いていた場所だ。


「……勝ったんだな、俺たち」


 カイトが、ボロボロになった鎧を脱ぎ捨て、草原に大の字に寝転がった。


 隣ではアリサが、割れた眼鏡を外して、眩しそうに朝日を見つめている。


 ミラは、レオンの隣で静かに手を組み、祈りを捧げていた。


 レオンは、自分の周囲を見渡した。


 墓標はない。


 冷たい石に刻まれた名前もない。


 そこにあるのは、共に死線を越え、泥に汚れながらも、確かに呼吸をしている大切な仲間たちの姿だ。


「……ああ。勝ったよ。……まずは、一つだけね」


 レオンの白銀の髪は、先程の奥義の代償でさらにその範囲を広げていた。左頬の傷も、もう消えることはないだろう。


 だが、その表情には、暗い陰りは一切なかった。


「……歴史は変わった。でも、それは魔王軍も同じだ。……バルトスのような内通者は、まだ他にもいる。魔王は、次にもっと恐ろしい手を打ってくるはずだ」


「上等だ」


 カイトが、不敵に笑って立ち上がった。


「俺たちはもう、守られるだけの子供じゃねぇ。……お前が未来を知ってるってんなら、俺たちがそれを最強の武器に変えてやる。……だろ?」


「……ええ。次は、私たちが魔王を驚かせてやる番ね」


 アリサが微笑む。


 レオンは、三人の顔を一人ずつ見つめ、それから力強く頷いた。


「……行こう。僕たちの、本当の旅はここからだ」


 朝日に照らされながら、四人は王都へと歩き出した。


 かつての人生で、レオンが一人で逃げ延びたあの道を、今度は四人で、肩を並べて。

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