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星降る樹の下で、また会いましょう

作者: アルク
掲載日:2025/12/08

初投稿です。どうぞよろしくお願いいたします。

王都のはずれに、夜になると星が降ると噂される一本の大樹がある。

 そのふしぎな木のそばで、わたしは今日も薬草を摘んでいた。


 名をリラという。薬師見習いの十九歳だ。


 木の下はとても静かで、風に揺れる葉の音だけが優しく響いている。

 ――ここが好きなのは、星の光が見られるからだけじゃない。

 この場所に来ると、エルドのことを思い出すからだ。


 幼なじみの森番。

 わたしより少し背が高くて、いつも安全に気を配ってくれる。

 彼と一緒だと、胸の奥がじんわり温かくなる。

 その理由を、まだはっきり言葉にはできないけれど。


「リラ、またこんなところにいたのか」


 背後から聞き慣れた声がして振り向く。

 エルドがこちらへ歩いてきて、夕陽に照らされて目尻がやわらかく光った。


「薬草がよく育つからね。エルドこそ巡回大丈夫?」


「大丈夫だって。……それより、ひとりで来るのはやっぱり心配だ」


 思った以上に深い声に胸が跳ねる。

 わたしを気にかけてくれるその言い方が、どうしようもなく嬉しい。


「大丈夫よ、星降りの木が守ってくれるから」


「木に嫉妬しそうだな」


 ふざけて言っているのに、言葉の端がどこか照れている。

 その小さな変化に気づく自分がいて、また胸が温かくなった。



 薬草を摘み終えて並んで腰を下ろすと、エルドがそっとわたしの荷物を受け取ってくれた。


「重かっただろ。持つよ」


「ありがとう。でも……エルドって、ほんとに優しいよね」


「リラ相手だけ、かもしれないな」


「えっ?」


 思わず聞き返すと、彼は慌てたように視線を外した。

 耳が少し赤くなっていて、なんだか可笑しい。


 ――こんなふうに言われたら、ますます好きになってしまうじゃない。


 胸の奥でそっと呟く。



 薄暮のなか、木の葉がほのかに金色へ移ろい始める。

 光が揺れるたび、わたしは隣のエルドの横顔へ目を向けた。


 風に揺れる髪。静かに息をつく仕草。

 そのどれもが、ずっと以前から知っていたはずなのに、今日だけは特別に見える。


(……好きだなぁ)


 けれど原っぱの真ん中で叫べるはずもなく、胸の奥にしまい込む。


「……もうすぐだね」


「ほら、最初の星が落ちてくるぞ」


 ひと粒の光が枝から舞い落ちる。

 星の欠片がふわりとわたしたちの間を通り過ぎるたび、距離がほんの少し縮まっていくように感じた。


「リラは、何か願った?」


「うーん……秘密」


「だろうな。……その顔、幸せそうだ」


「そう見える?」


「うん。……いい顔だ」


 照れくさくて俯くと、エルドがそっと自分の外套を肩へかけてくれた。


「夜は冷えるからな。風邪引くなよ」


 その優しさに胸がじわっと熱くなる。

 わたしの願いはひとつだけ。

 ――エルドと、この景色をこれからも一緒に見られますように。



 星降り祭り――村で一年に一度だけ開かれる、小さな祭りの日。

 夕暮れの空気はどこか浮き立っていて、通りには灯籠がゆらゆらと並んでいた。


 わたしは薬草店の手伝いを終えて、ひと息つこうと広場を歩いていた。

 ふと、見慣れた背中が目に入る。


(エルド……?)


 森番の制服ではなく、珍しく私服だ。

 淡い灰色のシャツに、焦げ茶のズボン。いつもより少し大人っぽい。

 その姿が妙にかっこよく見えて、胸がどきどきし始めた。


 声をかけようと一歩踏み出したその瞬間――


「エルドさん、今日の巡回はお休みなんですか?」


 先に、見知らぬ女性が彼へ駆け寄った。

 年の近い村娘で、明るい笑顔を向けている。


 エルドは驚いたように振り向き、けれどすぐに柔らかく笑った。


「あぁ、祭りだからな。今日はのんびりしてるよ」


 楽しそうに言葉を交わすふたり。

 それを見て、胸がちくりとした。


(……わたし、邪魔しちゃうかもしれない)


 声をかける理由を失ったように感じて、そっとその場を離れた。


 広場の裏道は、人が少なくて静かだった。

 気持ちを落ち着けようと歩いていると、酒場帰りらしき男性が手を振って近づいてくる。


「やぁ、リラ嬢。ひとり? 祭り、一緒に回らないか?」


「え、えっと……いまは帰り道で――」


 強引ではないけれど、少し距離を詰められて、わたしは思わず後ずさる。


「困ってるだろ、それ」


 低く落ち着いた声がして、腕を掴まれる前にすっと間へ入る影があった。


「エルド……!」


 振り向けば、彼が険しい目で男性を見ていた。


「彼女は用事があるんだ。悪いけど、今日は帰してやってくれ」


 男性は気まずそうに肩をすくめ、「そ、そうか」と言って去っていった。


「大丈夫か?」


「うん……ありがとう」


 胸の鼓動が落ち着かない。

 助けてもらったこともそうだけれど、それ以上に――


 どうして、エルドがここに?


「祭り広場で、お前が見えなくなったから探した」


「えっ……?」


「……なんだか嫌な方向へ歩いて行った気がしたんだ。気のせいじゃなかったな」


 照れくさそうに頭をかくエルド。

 その仕草に胸がじんと熱くなる。


「……来いよ。人が多いところより、落ち着く場所がある」


 そう言って手を差し出す。

 ためらいなくその手を取ると、指がやさしく絡められた。


 導かれるまま村道を抜け、静かな森へ入る。

 歩きながら、エルドがぽつりと呟いた。


「……さっきの男と、楽しそうにしてるように見えて、嫌だった」


「わ、わたしも……同じ気持ちになったよ。

 広場で、女の子と話してるのを見て……声、かけられなかった」


 エルドが歩みを止め、驚いたように目を丸くする。


「リラが? ……ああ、あれは森の案内について聞かれてただけだよ」


「そうだったんだ……」


「当たり前だろ。オレが一緒にいたいのは――」


 言いかけたエルドは、黙ってわたしの手を握り直した。

 それだけで十分気持ちが伝わる気がして、胸がじんわり温かくなる。


 やがて木々の間から、金色の光がちらちらと見えはじめた。


「着いたぞ。……星降りの木だ」


 夜が深まり、星降りの木が美しく輝き始めていた。



 夜が深まり、星降りの木が美しく輝きはじめたころ。

 帰ろうかと立ち上がると、エルドが少しだけ真面目な声で言った。


「リラ」


「なに?」


「……オレの願い、聞いてくれるか?」


 振り向くと、エルドは迷うように息を吸って、

 ゆっくりと言葉を選ぶように告げた。


「これからも……ずっと、隣にいてほしい。

 笑ってても、困ってても、薬草が取れなくてむくれてても……全部。

 リラのそばにいたい」


 胸がぎゅっと締めつけられる。

 ずっと心の中で願っていたことを、エルドがそのまま言葉にしてくれた。


「……それ、告白って言うのよ?」


「言ってみたら……そうだった」


 耳まで真っ赤になって目をそらすエルドが、愛おしくて仕方ない。


「わたしの願いも、同じだったよ。

 わたしも……エルドの隣にいたいの」


 そっと手を重ねると、星の欠片がふたりの手元で小さく瞬いた。


「じゃあ……願いは、叶ったってことでいいのかな」


「もちろん」


 触れた手が、ゆっくりと温度を分け合いはじめる。

 そのぬくもりは夜風よりずっとあたたかくて、わたしは思わず目を細めた。


「エルド。来年も、再来年も……ずっと一緒に星を見に来ようね」


「うん。約束する」


 星がふたりの間に静かに降り積もる。

 その光はやわらかく、まるで祝福のように輝いていた。


 こうして、わたしたちの何気ない帰り道が、確かな恋の始まりへと変わっていった。

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