星降る樹の下で、また会いましょう
初投稿です。どうぞよろしくお願いいたします。
王都のはずれに、夜になると星が降ると噂される一本の大樹がある。
そのふしぎな木のそばで、わたしは今日も薬草を摘んでいた。
名をリラという。薬師見習いの十九歳だ。
木の下はとても静かで、風に揺れる葉の音だけが優しく響いている。
――ここが好きなのは、星の光が見られるからだけじゃない。
この場所に来ると、エルドのことを思い出すからだ。
幼なじみの森番。
わたしより少し背が高くて、いつも安全に気を配ってくれる。
彼と一緒だと、胸の奥がじんわり温かくなる。
その理由を、まだはっきり言葉にはできないけれど。
「リラ、またこんなところにいたのか」
背後から聞き慣れた声がして振り向く。
エルドがこちらへ歩いてきて、夕陽に照らされて目尻がやわらかく光った。
「薬草がよく育つからね。エルドこそ巡回大丈夫?」
「大丈夫だって。……それより、ひとりで来るのはやっぱり心配だ」
思った以上に深い声に胸が跳ねる。
わたしを気にかけてくれるその言い方が、どうしようもなく嬉しい。
「大丈夫よ、星降りの木が守ってくれるから」
「木に嫉妬しそうだな」
ふざけて言っているのに、言葉の端がどこか照れている。
その小さな変化に気づく自分がいて、また胸が温かくなった。
◆
薬草を摘み終えて並んで腰を下ろすと、エルドがそっとわたしの荷物を受け取ってくれた。
「重かっただろ。持つよ」
「ありがとう。でも……エルドって、ほんとに優しいよね」
「リラ相手だけ、かもしれないな」
「えっ?」
思わず聞き返すと、彼は慌てたように視線を外した。
耳が少し赤くなっていて、なんだか可笑しい。
――こんなふうに言われたら、ますます好きになってしまうじゃない。
胸の奥でそっと呟く。
◆
薄暮のなか、木の葉がほのかに金色へ移ろい始める。
光が揺れるたび、わたしは隣のエルドの横顔へ目を向けた。
風に揺れる髪。静かに息をつく仕草。
そのどれもが、ずっと以前から知っていたはずなのに、今日だけは特別に見える。
(……好きだなぁ)
けれど原っぱの真ん中で叫べるはずもなく、胸の奥にしまい込む。
「……もうすぐだね」
「ほら、最初の星が落ちてくるぞ」
ひと粒の光が枝から舞い落ちる。
星の欠片がふわりとわたしたちの間を通り過ぎるたび、距離がほんの少し縮まっていくように感じた。
「リラは、何か願った?」
「うーん……秘密」
「だろうな。……その顔、幸せそうだ」
「そう見える?」
「うん。……いい顔だ」
照れくさくて俯くと、エルドがそっと自分の外套を肩へかけてくれた。
「夜は冷えるからな。風邪引くなよ」
その優しさに胸がじわっと熱くなる。
わたしの願いはひとつだけ。
――エルドと、この景色をこれからも一緒に見られますように。
◆
星降り祭り――村で一年に一度だけ開かれる、小さな祭りの日。
夕暮れの空気はどこか浮き立っていて、通りには灯籠がゆらゆらと並んでいた。
わたしは薬草店の手伝いを終えて、ひと息つこうと広場を歩いていた。
ふと、見慣れた背中が目に入る。
(エルド……?)
森番の制服ではなく、珍しく私服だ。
淡い灰色のシャツに、焦げ茶のズボン。いつもより少し大人っぽい。
その姿が妙にかっこよく見えて、胸がどきどきし始めた。
声をかけようと一歩踏み出したその瞬間――
「エルドさん、今日の巡回はお休みなんですか?」
先に、見知らぬ女性が彼へ駆け寄った。
年の近い村娘で、明るい笑顔を向けている。
エルドは驚いたように振り向き、けれどすぐに柔らかく笑った。
「あぁ、祭りだからな。今日はのんびりしてるよ」
楽しそうに言葉を交わすふたり。
それを見て、胸がちくりとした。
(……わたし、邪魔しちゃうかもしれない)
声をかける理由を失ったように感じて、そっとその場を離れた。
広場の裏道は、人が少なくて静かだった。
気持ちを落ち着けようと歩いていると、酒場帰りらしき男性が手を振って近づいてくる。
「やぁ、リラ嬢。ひとり? 祭り、一緒に回らないか?」
「え、えっと……いまは帰り道で――」
強引ではないけれど、少し距離を詰められて、わたしは思わず後ずさる。
「困ってるだろ、それ」
低く落ち着いた声がして、腕を掴まれる前にすっと間へ入る影があった。
「エルド……!」
振り向けば、彼が険しい目で男性を見ていた。
「彼女は用事があるんだ。悪いけど、今日は帰してやってくれ」
男性は気まずそうに肩をすくめ、「そ、そうか」と言って去っていった。
「大丈夫か?」
「うん……ありがとう」
胸の鼓動が落ち着かない。
助けてもらったこともそうだけれど、それ以上に――
どうして、エルドがここに?
「祭り広場で、お前が見えなくなったから探した」
「えっ……?」
「……なんだか嫌な方向へ歩いて行った気がしたんだ。気のせいじゃなかったな」
照れくさそうに頭をかくエルド。
その仕草に胸がじんと熱くなる。
「……来いよ。人が多いところより、落ち着く場所がある」
そう言って手を差し出す。
ためらいなくその手を取ると、指がやさしく絡められた。
導かれるまま村道を抜け、静かな森へ入る。
歩きながら、エルドがぽつりと呟いた。
「……さっきの男と、楽しそうにしてるように見えて、嫌だった」
「わ、わたしも……同じ気持ちになったよ。
広場で、女の子と話してるのを見て……声、かけられなかった」
エルドが歩みを止め、驚いたように目を丸くする。
「リラが? ……ああ、あれは森の案内について聞かれてただけだよ」
「そうだったんだ……」
「当たり前だろ。オレが一緒にいたいのは――」
言いかけたエルドは、黙ってわたしの手を握り直した。
それだけで十分気持ちが伝わる気がして、胸がじんわり温かくなる。
やがて木々の間から、金色の光がちらちらと見えはじめた。
「着いたぞ。……星降りの木だ」
夜が深まり、星降りの木が美しく輝き始めていた。
◆
夜が深まり、星降りの木が美しく輝きはじめたころ。
帰ろうかと立ち上がると、エルドが少しだけ真面目な声で言った。
「リラ」
「なに?」
「……オレの願い、聞いてくれるか?」
振り向くと、エルドは迷うように息を吸って、
ゆっくりと言葉を選ぶように告げた。
「これからも……ずっと、隣にいてほしい。
笑ってても、困ってても、薬草が取れなくてむくれてても……全部。
リラのそばにいたい」
胸がぎゅっと締めつけられる。
ずっと心の中で願っていたことを、エルドがそのまま言葉にしてくれた。
「……それ、告白って言うのよ?」
「言ってみたら……そうだった」
耳まで真っ赤になって目をそらすエルドが、愛おしくて仕方ない。
「わたしの願いも、同じだったよ。
わたしも……エルドの隣にいたいの」
そっと手を重ねると、星の欠片がふたりの手元で小さく瞬いた。
「じゃあ……願いは、叶ったってことでいいのかな」
「もちろん」
触れた手が、ゆっくりと温度を分け合いはじめる。
そのぬくもりは夜風よりずっとあたたかくて、わたしは思わず目を細めた。
「エルド。来年も、再来年も……ずっと一緒に星を見に来ようね」
「うん。約束する」
星がふたりの間に静かに降り積もる。
その光はやわらかく、まるで祝福のように輝いていた。
こうして、わたしたちの何気ない帰り道が、確かな恋の始まりへと変わっていった。




