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朝起きたら見えなくなっていた

作者: 小桃 綾
掲載日:2025/10/11

しいな ここみ様主催『朝起きたら企画』参加作品です。

「だから! そんなもの無いって言ってるでしょ!」



 パパもママも、友達も学校の先生も、『そんなものはない』って言う。

 あるのに。見えてるのに。


 話してる人の口の辺りに煙みたいなものがモクモク浮かんでる。寒いときに口から出るあれみたい。


 その煙は薄い色が付いてるの。

 赤や緑、青、たまにピンクもあって。

 でもみんなは無いって言う。

 僕の口元にはないみたい。鏡を見ても映らない。

 アレってなんなんだろう。



 「ママ! これなあに?」


 初めて聞いたのはママ。ママの口元に浮かぶ青い色の煙が気になったから。


「え? 何言ってるの?」


「これ! モクモクしてるこれ、なあに?」


「やだ、怖いからそういうこと言わないで」


 ママの口の周りを指差して教えたけど分かってもらえなかった。



 学校の先生が怒ってたとき、真っ赤な煙が見えた。

 怒ると赤い煙が出るのかな。

 聞いてみたいけど怒ってるから聞けなかった。



 同級生の女の子が男の子と話してるとき、女の子の口元に黄色の煙が見えた。男の子の方はオレンジ色の煙だ。

 でもしばらくしたら女の子の煙がピンク色に変わった。頬もピンク色に染めながら。

 なんで変わるんだろう。

 二人に近づいて聞いてみたけど分かってもらえなかった。

 しばらくしたらクラスのみんなから嘘つきって呼ばれるようになった。



 夜、パパとママがお話してた。


「ねぇ貴方。あの子また気持ち悪いこと言うの」


「またその話か……仕事で疲れてるんだから明日にしてくれよ」


「ずっとそればっかり! いつになったら聞いてくれるの!? アタシは産みたくなかったのに貴方が欲しいって言うから産んだのよ!? 少しは子供の面倒みてよ!!」


「バカ! おまえ、子供が起きるだろ!」


「なら貴方が寝かしつければいいじゃない! なんでアタシばっかりあんな子の……」


 怒鳴り声を聞きたくなくて頭まで布団を被った。パパとママにケンカして欲しくないけど、行ったら気持ち悪い色の煙を見そうだったから。



 次の日から、パパはお仕事で帰って来なくなった。

 ママの目は怖いしパパはいなくて寂しいけどお仕事頑張ってるからワガママ言っちゃいけないと思った。



 ある日、学校から帰ってくるとママが寝室から出てきた。

 急いでたのか息を切らしている。口元にピンク色の煙を浮かべながら。

 開いたドアの隙間から、知らない男の人がベッドに寝転んでるのが見えた。


「いま親戚が来てるの。晩御飯は用意してるから食べて。食べ終わったら夜更かししないでそこで寝なさい」


「うん。……ママ、お口の周りに煙が…」


「だから! そんなもの無いっていつも言ってるでしょ!」


 ママはそれだけ言うとまた寝室に戻ってドアを閉めた。

 言われた通りテーブルの上に置いてあった食パンを食べて、言われた通りリビングのソファですぐ眠った。



 次の日の朝、昨日見た男の人はいなかった。

 それと、ママが喋ってくれなくなった。


 ママがスマホを少し触って見せてくれた画面には『のどがいたくてしゃべれない』の文字。


 ママの口から溜息と一緒に灰色の煙が漏れ出た。

 昨日の夕方も見た、ピンク色のあとに変わったその煙は、嘘を付いてるときの色だった。


 それから何日も、ママは僕と喋ってくれなくなった。

 のどが痛いならしょうがないもんね。早く良くなるといいな。

 電話は普通に話してるし、パパが帰ってきたときは何か言い合ってる。

 僕としゃべるとのどが痛くなるのかな。

 僕が煙のことをしゃべるとのどが痛くなるのかな。



 ある日、朝起きてママに話しかけた。


「煙、見えなくなっちゃった」


「……そう」


 朝起きたら煙が見えなくなった。

 ──そういうことにした。


 一ヶ月ぶりに僕と喋ってくれたママの声は冷たいロボットみたいで。

 その口元の煙も鉄みたいな色だった。



 それから何日かして、ママがいなくなった。

 パパが帰ってきて「ママはもう居ないから、パパと暮らそうな」って言った。

 僕が変な子だったからママがいなくなったんだと思った。

 僕が変な子じゃなかったらママはここにいてくれたんじゃないかと思った。

 もっと早く見えなくなればよかった。

 ママ、ごめんなさい。ごめんなさい。のど、良くなった? いつ帰ってくるの?



〜〜〜



 小学・中学を静かに過ごし、高校生になった。父さんとの二人暮らしで食事はいつもコンビニ弁当。仕事で忙しいと思い掃除や洗濯は僕がやった。

 煙が見えることはあれから一度も話していない。聞いてもどうせ誰も分からないし、言う必要もなかったから。


 小さい頃からそれを見続けて、煙の色とその人の雰囲気から『色が感情を表している』ことが何となく分かった。

 赤は激しい気持ち、青は悲しい気持ち。黄色は楽しくてオレンジはもっと楽しい気持ちで、緑は安心している気持ちだと思う。ピンクは……頭の中がピンクなんだろうな。



 日曜日。朝起きたらリビングにお父さんと知らない女の人がいた。


「起きてきたな。来月この人と結婚することにしたんだ」


「初めまして〜。私のことお母さんって呼んでね〜」


「……初めまして。よろしくお願いします」


 軽く挨拶だけ済ませて近所の公園へ散歩に出かけた。


 新しくお母さんになる人は優しそうな笑顔で話しかけてくれた。黒っぽい煙を出しながら。

 初めて見る、見た目からして嫌な気持ちになる色だった。

 お父さんは笑顔でピンク色の煙を漂わせていたし、僕が変なことを言ってまたお母さんがいなくなると、きっとお父さんが悲しむ。そう思って何も言わなかった。


 高校を卒業したあと、近くの工場で働くことにした。職場の寮に入る手続きを済ませて、住んでいた家を出た。


 一ヶ月ほど経って、新しいお母さんになるはずだった人がいなくなったことをお父さんから聞いた。家に置いてあったお金も無くなったらしい。

 煙のことは言わなかったのにいなくなった。

 言った方が良かったんだろうか。



 僕の『感情が色で見える力』は今も続いている。

 こういうものは年を取れば弱くなってそのうちなくなってしまうものだと思っていたけど、僕の場合は逆に強くなっていた。


 最初の頃は喋るときだけ、その次は口から吐く息で、今は口から出たもので分かるようになっていた。


 ある日の早朝、居酒屋の横の路地にぶちまけられている吐瀉物から煙が上がっていた。周りに酔っぱらってそうな人はいない。こういう場合は気持ちの強さで残る時間が変わる。

 そこに置かれてだいぶ時間が経ってそうな吐瀉物から上がっているのは、どす黒い煙だった。


 絶望? 憎しみ? それとも……殺意?

 一体どれほどの黒い気持ちを抱えながら呑んで、その気持ちを飲み込むことも抑えることもできず、ここに吐き出して行ったのか。

 職場へ向かう足が、いつもより重たかった。


 その日の夕方。仕事が終わって帰宅する道の途中にパトカーが停まっていた。黄色と黒のテープで道を塞いでいたため回り道して寮へ帰った。

 帰宅してテレビをつけると近所で殺人事件があったことを報道している。

 あのどす黒い煙を残した人だろうか。

 ……分かったところでどうすることも出来ない。

 この力は何かの役に立つんだろうか。



 ある日の朝。通勤途中に同じ職場で働く事務の女の子(彼氏持ち)と会い、一緒に歩いていた。

 ずっとピンク色の煙を浮かべながら笑顔で彼氏のことを惚気ている。

 幸せそうで何よりです。僕の口から煙は出ないけど、砂糖は出るだろうか。


 二人で歩いていると道路を挟んだ反対の歩道に女性が立っていた。

 通勤時によく見かける、いつもピンク色の煙を浮かべている女性だ。今日もピンク色の煙を浮かべて……えっ?

 僕は二度見してしまった。

 さっきまで女性の口元に浮かんでいたピンク色が紫色に変わったから。

 初めて見る色だ! なんだあれ!?


 僕は我慢できず、職場の子を置いて走り出した。横断歩道を急いで渡り、その女性に駆け寄って声をかけた。


「あの! すみません!」


「!? は……はい」


「どんな気持ち? ねぇ、今どんな気持ち?」


 一瞬驚いた表情を見せた女性は僕を睨んで足早に去っていった。どうやら怒らせてしまったようで紫の煙が赤に変わっていた。

 ……聞き方をしくじった。やはり最初は天気の話から入るべきだったか。



 数日後、その女性を見かけたときに以前怒らせてしまったことを謝り、それがキッカケでたまに話すようになった。

 そして今、結婚を前提にして交際している。

 告白したのは僕の方だったが、彼女は僕を見かけたときから、……その……惚れてくれていたようだ。

 自分で言うと照れくさいな。


 嘘を見抜くことしか役に立たなかったこの力が、初めて他の役に立った気がする。そう思ったとき、あのときに浮かんだ疑問を思い出して彼女に聞いてみた。


「僕が初めて話しかけたとき、どんなこと思ってたか憶えてる?」


「えっと、あのときはたしか……彼女がいるんだって思って悲しくなって、いいな〜って羨ましくなってたかな……。話しかけてくれたと思ったらいきなりの煽り文句でしょ、すっごくムカついたんだからね!」


「あははは! ごめんごめん。実はね……」


 そうか。紫色は嫉妬を表すのか。

 疑問が解けた僕はこの力のことを話した。

 言っても言わなくても結果は変わらない。それに、彼女はいなくなったりしない。そう思う。


「え……気持ちが分かるの?」


「うん。考えてることは分からないけどどういう感情かは分かるよ。今のキミは……」


 彼女の口元を指差そうとするが、慌てて手で隠す彼女。口元を漂っていたピンク色の煙が手で隠されて見えなくなった。


 でも、赤く染まった頬で気持ちはバレバレだった。

 ……もう、見えなくても分かる。

先日見たテレビのワンシーン。

男性アイドルが甘いセリフを吐き、それを聞いていた女性が口元を手で隠す。


なぜ口を隠すのか。口から何か出るのか。

そういう心理学的な疑問から生まれた物語です。

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― 新着の感想 ―
煙出ていたのかな? と思うようなことはありますね〜。 それにしても……突然の煽り文句は大草原ですwww (´ε`)
 煙に巻くという言葉がありますけど、本当にそれを目で判断する能力を持っているとは……、いや見ようと思って見るものではないんですから能力というよりも呪いというべきなのか。  この話にヒルデガルト・フォ…
影の話や煙の話。小桃さんのお話の世界観や設定がいつもとても素敵だと思います。 主人公の子供の頃の話は可哀想でしたね。だけど、複雑な家庭で育ったのに真っ直ぐに生きていて良かったです。だからきっと知り合っ…
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