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リンダ・オットーマンの失踪

作者: クリスティーヌ・ストロンガー

 EU加盟の弱小国、仮にX国と呼んでおこう。

 最近の世界的潮流に抗えず、X国でも移民排斥運動が世論を席捲し、X人(彼らは決して「X国籍を有する者」とは言わない)優先を政策の第一として掲げる政党が国会での議席を伸ばしていた。


「つまらない時代がやってきそうだぜ……」


 新聞を読みながら、半ば厭世的につぶやいたのは刑事のアレックスであった。

 アレックスは、とある地方都市の小さな警察署に勤務している。


「おうい、アレックスッ!」


 その日、いつものように出勤してきたアレックスを呼び止めたのは、刑事課長である。

 住民から行方不明者の捜索願いが出されたので、申出人から話を聞いてやってほしいというのである。


 捜索願いの申出人は、行方不明者の母親であった。

 行方不明者の名は、リンダ・オットーマン。この町のアパートで一人暮らしをしている三十五歳のOLだ。勤務先の無断欠勤が続いたので、どういうことかと家族に問い合わせたところ、家族もリンダと連絡が取れなくなったということであり、今回の捜索願いを申し出た次第である。


 リンダのアパートを調べたところ、部屋でとくに争った形跡はなし。

 警察に届けられた落とし物を検索してみたところ、リンダのハンドバッグが届け出られていた。ハンドバッグの発見場所は、町の繁華街の表通り。そこで周辺の聞き込みをしていると、リンダの最後の出勤日の夜、彼女が客として来た店が判明した。リンダは、東欧なまりの外国人らしい男性二人組と一緒に酒を飲んでいたということであった。


 あるいは、リンダはそこで男性二人に連れ去られたか?


 アレックスの脳裏にそのような考えも浮かんだが、聞き込みではそれ以上の手がかりは無し。リンダの交友関係を調べてみても、この男性二人が何者なのか、まったく情報を得られない。


 かくなる上は、SNSでも調べてみるか……


 逸失物として届け出られたリンダのハンドバッグの中に、彼女のスマートフォンがあった。これを起動させると、リンダが利用しているSNSのアカウントが判明した。アカウントが凍結されているようだったので、アレックスはSNSの運営会社から、その利用履歴を取寄せた。


 そこで、リンダによるSNSのポストを見ると。


 失踪したリンダは、いわゆる「左翼」の闘士であるかのようであった。

 「X人第一主義はファシストの論理である!」、「学校教育の場で国旗掲揚を強制するな!」、「犯罪者にも人権はあるッ!」などのポストを、毎日、一日あたり一〇件ほど、多い日には五〇件、執拗にポストしていたようであった。


 そんな話、家族や知人、同僚たちからは、まったく知らされなかったな……


 アレックスが半ば呆れながらリンダのポストを閲覧していると、これらに対するSNSでの反応も惨憺たるものであった。

 どのポストも「いいね」、「リポスト」の類が数十件に及ぶのであるが、その「引用リポスト」や「リプライ」はリンダのポストを批判するものばかり。しかもこうした反論ポストに対する「いいね」や「リポスト」の件数は、オリジナルのリンダのポストのものとは桁が違い、いずれも一〇〇件以上のリアクションがあり、ものによっては一〇〇〇件、一万件のリアクションを得たものもある。


 つまり、リンダの執拗な「左翼」ポストは、SNSで恰好の晒しものにされていたのであった。

 アレックスは、リンダのポストも極論ではないかとの印象をもち、ある意味で自業自得ではないかとも思ったが、ここまでSNSで標的にされているのを見ると、むしろ気の毒に感じた。


 リンダは、こういうSNSの反応に耐えかねて失踪してしまったのではないか。


 その可能性もあると、アレックスは思うのであった。

 けれども、現状では、そのように断じるにはまだ情報が少なすぎる。あるいは、こういう雑多なポストの中に、リンダと遭っていた二人の男性との関係を示唆するものがあるかもしれない。


 そこで、もう少しSNSを読み進めてみると、リンダのこんなポストが目についた。


『移民排斥運動は、Z国工作員の陰謀である』


 捜査報告書でヘイトを煽るわけにはいかないので、ここではかつてΩ国に並ぶ超大国のZ国とだけ言っておこう。


 陰謀論に手を出すようでは、左翼の闘士もお終いだな……


 アレックスはそのようにも思った。けれどもアレックスは、かつてX国で流行っていた、「ノストラダムスの予言詩」とか、「Ω国は宇宙人と秘密裡に同盟を結んでいる」などのトンデモ説が大好きなのである。そこで、なにゆえ外国勢がX国の外国人排斥運動を扇動するのか、アレックスは興味本意でリンダのこの手のポストを探してみることにした。


『外国人排斥運動は、国際社会の中でその国の信用を貶める。 ひいては、各国の外交関係を断ち切ることに通じる。 ここに、Z国が移民排斥運動を扇動する動機がある』


 なるほど、X国のEU同盟は、Z国を仮想敵国としているところがある。そこでX国内で外国人排斥運動を扇動すれば、EUの同盟国が互いに他国を警戒するようになり、同盟の一枚岩を崩すことができるというわけか。

 しかし、甘いな。

 わが国の国民は、伝統的にZ国に対して相当な反感をもっているのだ。Z国に占領されている領土もある。国内で外国人排斥運動を煽れば、その矛先はZ国に向かうことになるから、Z国にとっても諸刃の剣となるのではないか。


 このような反論が来ることを、リンダは、当然、予想していたようである。続くリプライポストには、このようにあった。


『ここでZ国がしたたかなのは、我が国民の反発がZ国に向かわぬよう、たくみに仮想敵を煽っていることだ。 Z国がやり玉に上げているのは、アジアの大国C国とか、イスラム系のT国を脱出してきたK人とかだ』


 仮想敵を作って自国への反発を避けよるなど、そううまくいくものか。


 けれども、次のリプライポストは目をひいた。


『その証拠に、外国人がやり玉にあがっている一連のポストの反応を見てほしい。 我が国の領土を占領しているZ国に関するニュースは、ほとんど炎上していないではないか」


 そうかと思ってアレックスがZ国に関するネットニュースをいくつか検索してみた。どのニュースも、Z国に対する否定的なコメントが一〇〇件近くついており、「炎上していない」とまでは言えまい。


 やはり、リンダの陰謀論はその程度だったか……


 そうかと思って、たまたまネットで取り上げていたC国民による事件ニュース、こちらは一〇〇〇件を優に超すコメントがついていた。Z国に関するニュースと比べると、明らかに桁が違う。


 それでは、もう少し、リンダの陰謀論に付き合ってみるか。


『Z国による外国人排斥運動の扇動の方法は簡単だ。 まず、SNSのアカウントを多数用意する。 これらのアカウントをBotで操作して、それらしいポストに対して『いいね』や『リポスト』の反応を繰り返させるのだ』


『ときには、それらしいポストをAIに作成させるということもしているだろう。 このような手法の扇動をするのに、人海戦術は必要ない。 アカウントの調達員と、Bot操作の技術者を数人雇えば、できてしまう。 Z国ほどの組織力があれば、これは容易だ」


『そのアカウントがBotかどうかは、簡単に判断できる。 自分でポストすることがほとんど無いのに、右翼のポストばかり『いいね』や『リプライ』をしているポストは、ほとんどがBotだ』


 仮にそのようなアカウントがあったとしても、フォロワーはほとんどいないではないか。そのようなアカウントがいかに『リプライ』をしても、そのポストが拡散することはないのではないか。


 けれども、リンダに言わせれば、そのようなアカウントでもSNSをにぎわすには十分なのだという。


『SNSのトレンド機能に注目するべきだ。 一個一個のアカウントの拡散力はほとんどなくても、『いいね』などの反応をたくさん入れてやれば、トレンドの上位に食い込むことができるのだ』


『これで、トレンドを見たSNSの利用者が、世論がこういうものと誤解して、特定の思想に洗脳されていくのである』


『思うに、Z国がやっている扇動工作は、これよりももっと複雑狡猾であろう。 そして、我々は、かのΩ国の首相選挙で、極めてZ国寄りの首相が当選したことに注目しなければならない』


 Ω国の首相選挙?

 そういえば、昨年に再選したΩ国の首相は、かつてZ国から相当の資金援助を受けていたことがあったとか、なかったとか。噂の類であるが、リンダはこれをも自説の陰謀論の根拠にしようというのだろうか。


 けれども、これに続くリプライポストは無し。関連するポストも見当たらないので、リンダの陰謀論も、ここまでのものだったのだろう。


 Z国が世界のSNSに工作員を放って国政選挙を支配しようとしているという陰謀論、これがどのようにΩ国の首相選挙に影響したというのか、興味はあった。けれども、これ以上のポストが見当たらないので、アレックスは通常どおり、リンダの足取りにつながりそうなポストを探すのであった。


 けれども、アレックスの作業は、それから間もなく、強制終了となった。

 X国の隣国、Y国の国境近くの山林内で、身元不明の女性の死体が発見されたのだ。DNA鑑定をしてみたところ、死体はリンダ・オットーマンのものと断定された。

 鑑定の結果、リンダの死因は、胸部を鋭利な刃物で刺突されたことに基づく失血死であった。これは殺人事件とされ、X国とY国との間で、合同の捜査本部が設置された。


 こうなると、田舎警察署の刑事にすぎないアレックスの出番はない。これまでの捜査情報を報告書にまとめ、早々に捜査本部に送付した。


 後日、どこかからか捜査情報が漏れたのか、保守系の雑誌社が、リンダは左翼の内ゲバの犠牲になったのだと憶測記事を出した。


 アレックスは雑誌社はいい加減な記事を書くと思ったが、SNSではこの良い加減な記事をソースに、にわか探偵が多数発生、リンダの生前のSNSでの投稿内容が晒された。リンダのアカウントは凍結され、外部からは読めない筈であるが、数億ものSNSアカウントの中には、こうした左翼系の記事を好んで保存していく物好きがいるのである。


 SNSでは、多くは左翼を糾弾するものばかり。

 けれども、リンダの陰謀論に注目するものは無し。


 リンダに言わせれば、これもZ国工作員が左翼を仮想敵としたためだろうか。


 Z国は、かつて共産主義国家の盟主を自認していた。けれども、その後に革命があって、今では共産主義思想を放棄しているから、この現象はリンダの陰謀論でも説明可能である。


(完)

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