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ヴァランデール王国譚(短編集)

雪白の姫の指輪と麗しの王子 ~王子の溺愛はお断り!~

「約束通り、迎えに来たよ。ブランシュ」

 白馬の上から私に向かって手を差し出すのは、金髪碧眼の美しい青年。少し長めの髪をゆったりと一つに結び、貴族が着るような青紺色の豪華な上着に白いズボンに黒いブーツ。


 長い白金髪と水色の瞳、どこにでもいる平凡な村娘の私とは、住む世界が違うと見た目だけでも判断できる。


 湖畔の森の中にある淡いピンク色の花畑の中、私は薬草を探し求めていた。この花が咲く場所に、貴重な薬草が生えていることがある。長い長い時間を掛けて一株を見つけ、葉を摘もうとしたところだった。


「貴方は誰?」

「忘れてしまったのか? 三年前、ここで会っただろう? 君の十六の誕生日に迎えにくると約束した」

 確かに今日は私の十六歳の誕生日。この国では呪いや魔法を掛けられることを警戒して誕生日を家族以外に教えることはなく、何故知っているのかわからない。それに、私はこの人に会った覚えが無かった。これだけの美形なら、いくらなんでも覚えているだろう。


「この三年で、僕も随分成長したから分からないのかもしれないね。僕はもうすぐ十七になる」

 十七歳と聞いて、年よりも少し上に見えると素直に思った。顔が綺麗過ぎて、人形のようで怖い。


「人違いです」

「ブランシュ。約束の時間に遅れたからといって、拗ねないでくれ。護衛を振り切るのに時間が掛かってしまったんだ」

 

「約束なんてしていません」

「その指輪が証拠だ」

 男の視線は、左手の薬指に嵌めた指輪へと向かっていた。

「これは一昨日、幼馴染からもらった物です」

 誕生月の贈り物だと言って、幼馴染のロイクが私にくれた〝雪白の姫(ブランシュ)の指輪〟。古ぼけた金の指輪には雪の結晶が刻まれ、乳白色の石が嵌められている。昔からロイクが紐に通して首に掛けていて、綺麗だと思っていた。指輪の価値なんてわからないけれど、大事にしていた物をもらえて、とても嬉しかった。


「嘘を吐くのはいけないことだよ。それは僕が贈ったものだ」

「この指輪は幼馴染が昔から大事にしていたものです。八年くらい前からずっと身に着けていました」

 嘘を吐いたと言われて、頭にきた。一昨年、流行り病で亡くなった両親から、嘘はダメだとずっと教えられ、守ってきたのに。


 微笑む男が、軽やかに馬から降りて近づいてきた。

「拗ねる君も可愛いよ、ブランシュ」

「違います! 私は貴方と約束なんてしていない!」

 逃げようと走り出した私は、あっという間に捕まってしまった。助けを求めて叫ぼうとした口を大きな手で塞がれる。


 どうしても逃げなければと、男の指を噛んでも男の腕は緩まない。

「ブランシュ、やはり君は可愛いね。でも大きな声を出すと馬が暴れてしまうから、少し眠っていて欲しい」

 夢見るような笑顔で優しく囁く男に恐怖を感じた瞬間、私の意識が途切れた。 


      ◆


 目を開くと、美しい花々が描かれた白い天井が見えた。私が横たわっているのは、ふかふかで良い匂いのするベッド。ベッドの周囲には、透けるような薄さの白いカーテンが掛けられている。慌てて起き上がってカーテンを開けると、薄荷色の長いワンピースを着た女性たちがベッドを取り囲むように並んで立っていた。全員が無表情で、人形のように見える。


 寝起きの頭でも、異常な光景だとはわかる。知らない男性に連れ去られたことを思い出し、血の気が引いた。白くて綺麗な夜着は、まるでドレスのように豪華。体に異常はないか確認して、ほっと安堵の息を吐く。


「ここは……どこですか?」

白月離宮ラ・リュンヌ・ブロンシュでございます」

「……白月離宮?」


「白月離宮の主は、第二王子オクタヴィアン様でございます」

 その名前だけは聞いたことがあった。麗しの王子と呼ばれ、国中の女性から熱狂的な人気がある。私は全く興味が無かったので、絵姿すら見たことがなかった。


「王子が? 何故、私を?」

「ご婚約者様とお伺いしております。結婚式のご準備とご静養……」

 その言葉が終わる前に、私はベッドから飛び出した。止めようとする女性たちをすり抜けて、閉ざされた白い木窓を開けた。


「何、ここ……」

 窓の外は美しい花々が咲き乱れる庭園。白い石で囲まれた泉の中から水が吹き上がって虹を描く。


「ブランシュ様、どうか落ち着いて下さい」

「落ち着く? いきなり知らない所に連れてこられたのに?」

 一人の女性が、優しく話しかけてきた。それでも私の気持ちは治まらない。


「王子なんて知らない! この指輪は幼馴染からもらったの! 似た物はどこの町でも村でも売ってる! 皆、一つくらい持ってるでしょう?」

 子供の頃から、多くの女性が一度は心をときめかせて憧れるお伽話。指輪に掛けられた呪いを解いて、王子を救った美しく清らかな村娘ブランシュが、王子から〝雪白の姫の指輪〟を贈られて、お姫様になって結婚する。


 その物語の象徴である指輪の模造品は、色を塗っただけの子供用の品から宝石を使った高価な物まで、あふれかえっている。雪白の姫と同じ、白金髪と水色の瞳で生まれた女の子は、私の様にブランシュと名付けられることも多い。


「これは私の幼馴染がくれたんです! 王子なんて知らない!」

 泣き叫ぶ私を見て、人形のような顔をしていた女性たちの表情が崩れ、困惑の色を帯びる。

『……人違い、なのですか?』

 一番近くにいた女性の囁きに無言で頷くと、女性たちが一斉に狼狽し始めた。


『……ブランシュ様、よくお聞きください。もしも王子に嫌なことをされそうになった時には「結婚してからにしてください」とおっしゃってください』

 私の涙を手巾(ハンカチ)で拭きながら、女性が囁く。もう片方の女性は私の手を取り、背中を優しく撫でてくれている。女性たちは、侍女と呼ばれる職業婦人。高貴な身分の女性の身の回りの世話をする人々だった。


「嫌なこと?」

『口づけや、体に触れたりと貴女が嫌だと思う事すべてです。結婚式まで三カ月の時間があります。私たちが出来る限りお守りします』

『私の夫が騎士ですので、もう一人のブランシュ様を探してもらうように頼みます』


「……ありがとうございます……」

 優しい女性たちに慰められながら、私は涙を流し続けた。

 

      ◆


 王子は忙しい公務の中で時間を作り、毎日、白月離宮へと訪れる。

「ブランシュ、君の瞳に似合うドレスを仕立ててもらったよ」


「……贈り物は必要ありません。人違いです。私は村に帰りたいだけです」

 私は何度も同じ言葉を繰り返す。


「僕は君をそんなに怒らせてしまったのか。すまない。どうか機嫌を直して欲しい」

 自分でも嫌になるくらいに冷たい言葉と態度をとっているのに、王子は優しく微笑む。ずっと沈黙していると、寂しそうな顔をして、公務へと戻っていく。


 王子の寂しそうな表情を見る度に、心が痛む。私を連れ去った酷い人だと、繰り返し自分の心に言い聞かせても、自分が悪いのではないかと罪悪感が押し寄せる。


      ◆


 白月離宮には、高価な本が沢山並ぶ部屋がある。字が読めない私は、絵本を眺めるしかない。その中で、雪白の姫の指輪の物語を見つけ、侍女に字の読み方を習い、少しずつ読んでいく。


『昔々、美しい魔女が美しい王子に恋をした。王子は魔女の心の醜さを見抜いて、魔女を退けた。諦めきれない魔女は、王子を手に入れる為、白い月の光を宝石にして呪いを込め、王子を騙して指に嵌めさせた。


 呪いの指輪を嵌めた王子は、みるみるうちに醜くなり、王城から追放されてしまった。


 醜い王子を誰も相手にする者はいない。放浪の中、大怪我をした王子を助けたのは、心の美しい村娘ブランシュ。ブランシュは父の後妻に追い出され、村の外れの森の中で糸を紡ぎ、布を織りながら暮らしていた。


 王子の怪我が癒え、王子はブランシュの家で暮らすようになった。ブランシュは家で布を織り、王子は森へ狩りに出かける。二人はお互いを思いやり、支え合っていた。


 ある日王子が狩りに行った後、魔女がブランシュの家へとやってきた。

『お前は何故、醜い男の世話をするのだ?』

『あの方は、心が美しい方です。姿形が良くても、酷いことをする人を私は知っています』


『あの男には醜くなる呪いが掛かっているだけだ。呪いが解ければ、村娘のお前など捨てられるだろう』

『呪いの解き方を教えて頂けますか?』


『捨てられてもいいのか?』

『もしも心変わりされたとしても、それは仕方のないことです。私はあの方が幸せになることを願っています』

 魔女はブランシュに難しい解呪方法を教え、ブランシュは独りでその試練を乗り越えた。


 元に戻った王子が魔女を倒し、呪いの指輪は清らかなブランシュの心で浄化され、幸せをもたらす〝雪白の姫の指輪〟として生まれ変わった。


 そうして村娘ブランシュは、姫となって王子と結婚し、末永く王城で幸せに暮らした』


 知っていると思っていた物語でも、意外と詳細が思っていたものとは違っていた。私は、少しずつ文字を習い、絵本ではなく、本を読むことに挑戦するようになった。


      ◆


 あっという間に二ヶ月が経ち、春の終わりに差し掛かっても庭園は花々が咲き乱れている。花が咲く時期を調整していると知って、庭師の仕事の素晴らしさを知った。特に色とりどりの薔薇が美しいと感動しながら散歩をしていると王子が現れた。


「この黄色い薔薇は『乙女の溜息』。この青い薔薇は『空の欠片』、このピンク色の薔薇は『朝焼けの雫』」

 私が視線を逸らして早足になっても、王子は薔薇の説明を止めずに付いてくる。


「この花びらが尖った白い薔薇は『雪白』。君の薔薇だよ」

 私の前に先回りした王子は、その白い薔薇を一輪摘み取り、片膝をついて私に差し出した。


「海の向こうにあるヴァランデール王国では、男が女性に白い薔薇を贈ることに意味がある」

 麗しの王子。その異名がぴったりだとは思う。薔薇が咲き誇る庭園で片膝をついて、花を差し出す姿は、絵本の挿絵のように美しく整っている。


「それは『永遠に君を愛している』という意味だ」

 さっと血の気が引いていく。私は王子が嫌いなのに。


「そんなの、要りません!」

 踵を返した私は、後ろを見ることなく走って逃げた。


      ◆


 日中は文字を学んで本を読むことで気が紛れても、夜になると心が痛む。指輪を贈ってくれた幼馴染のロイクが、きっと私を探していると信じていても心細い。


 侍女が退出した後、私はひたすら涙を流す。寂しくて、つらくて、怖すぎる。


 王子を拒否すれば拒否する程、自分の醜い言葉と態度が嫌になってくる。

 忙しい公務を抜け出してくる王子に対して、ねぎらうことのできない自分が苦しい。

 毎日の贈り物も受け取らないままで、お礼の言葉も返せない。


 拒絶は苦しい。でも、王子の想いを受け入れるのは無理。

 私には好きな人がいる。

 早く別人だと、間違いだとわかってほしい。

 

 私の願いは叶うことなく、やがて三ヶ月が過ぎ去った。


      ◆


 いつもとは違い、朝早くに王子がやってきた。

「お茶を一緒に飲んでもらえないかな。昨日から忙しくて休む時間もなかったんだ」

 そう言われると心苦しい。少しだけならと了承すると、侍女がお茶を運んできた。


「君とお茶が飲めるなんて嬉しいよ」

 微笑む王子の笑顔には憂いが見えて、罪悪感が湧いてくる。絶対に拒否しなければと心の中で繰り返す。


「これから結婚式を行おう」

 王子の突然過ぎる言葉にお茶を飲む手が止まった。

「待って下さい。私は平民です。王子様と結婚できる訳がありません。身分が違い過ぎます」


「それは僕も考えた。一番簡単な方法は君を公爵家の養女にすることだけど、実は三つの公爵家にはそれぞれ君と同じ年頃の娘がいるから認めないと思う。神殿と貴族院を説き伏せて複雑な申請をする方法もあるけれど難しい。だから――」


「君と密かに結婚式を挙げてしてしまえば、いずれかの公爵家が必ず君を養女にすると言って――」

 頭に血が上った私は、飲みかけの花茶のカップを王子に投げつけた。


 カップは王子の頬に当って花茶が飛び散り、前髪から花茶が滴る。一瞬目を見開いた王子が、夢見るような美しい笑みを浮かべる。

「ブランシュ……」

 柔らかく優しく微笑む王子の表情を見て、私の胸が痛む。こんなに失礼なことをしたのに、どうして怒りもしないのか。


(私は、酷いことなんてしたくないのに) 

 さらに拒否しようとして、喉の異常に気が付いた。 

『……声が……』

「ブランシュ、結婚式の間だけ声と行動を封じるよ」

 

 王子の宣言通り、私の体は自分の意思で動かなくなった。侍女たちに白く美しいドレスを着せ付けられ、白い服に着替えた王子に抱えられて馬車へと乗せられた。


 絶望の中、馬車に揺られて到着したのは、女神の神殿。密かに結婚式を挙げる為なのか、参列者は少なく、王子の側近と護衛騎士の数名だけ。


 大聖堂の祭壇の上には大神官が待っている。神官から祝福の言葉を受けて婚姻届けに署名したら終わり。そう理解していても、王子の魔法がかかったドレスが勝手に床を滑るように移動していく。


(もう無理。本当に無理。助けて、ロイク!)

 叫びたくても口も表情も動かない。祝福の言葉が始まり、絶望で心は崩れ落ちそうでも体は動かないし豪華なドレスがしっかりと体を支えている。


「この結婚に異議あり!」

 扉が大きく開かれて、私と同じ白金髪に水色の瞳の女の子が式場へと入って来た。大きな瞳は猫のようで目尻がつり上がり、頬は紅潮していて唇は薔薇色。明らかに怒っている表情でも美人に見える。生成色のブラウスに紺色のベスト、エンジ色のスカートという服は平民の姿。


「王子様! ブランシュは私です! これが貴方から贈られた指輪!」

 華奢な指に嵌まった指輪は、私が着けているものにそっくりで、区別できない程。王家に伝わる伝説の指輪なら、もっと繊細でキラキラしていると思っていたのに。


「え? ……では、君は?」

『ですから、人違いですと何度も申し上げています!』

 潰された声では、抗議も囁きにしかならなくてもどかしい。 


「全然違うでしょ! それとも、そっちのブランシュの方がいいの!?」

 王子の手が私から離れ、体が自由になってほっとする。逃げようと思っても、ドレスの裾が長すぎて急には動けない。


「い、いや。そ、その」

「約束していたのは、湖の反対側! 私は夜まで待ってたのに!」

 狼狽する王子にもう一人のブランシュが詰め寄って責め立てる。私は重いドレスを持ち上げて、後退しながら何とか大人一人分離れた。方向転換しようにも、王子の魔法が切れたドレスは重すぎる。


「ブランシュ」

 近づいてきたのは、幼馴染のロイクだった。茶色のくせ毛と緑の瞳が懐かしく感じる。

『……ロイク』

 久しぶりに見る顔は随分と痩せていた。


「ぎりぎりになってごめん。……声が……何かされたのか?」

『薬を飲まされただけよ。夜には効果が消えるから大丈夫』

「ごめん」

『いいの。助けてくれてありがとう』

 ロイクが来てくれたなら、もう安心。ほっとする私たちの後ろでは、王子ともう一人のブランシュが揉めていた。


「ブランシュ! 僕が本当に愛しているのは君だけだ!」

「信じられる訳ないでしょ! この浮気者ーっ!」


 神殿に平手打ちの音が響き渡り、側近や騎士たちが緊張の表情を見せる。とはいえ華奢な少女を捕縛することは迷っているのだろう。


「私はずっと待ってたのに! もう、知らない! 誰とでも結婚すればいいでしょ!」

「そんなことは言わないでくれ!」

 王子が逃げようとしたブランシュの手を引き、しっかりと抱きしめようとした時、さらに平手打ちの音が響き渡る。


「この痛み! 間違いなく君が本物だ! 僕が悪かった! ブランシュ、結婚してくれ!」

「嫌に決まってるでしょ!」


「そんなこと言わずに……頼む!」

「い・や!」


 抱きしめて懇願する王子と逃げようとするブランシュ。平手打ちされる度、王子の顔が喜びに満ち溢れているのは気のせいではないと思う。

(あの顔……私が指に噛みついた時と、カップを投げつけた時の顔……)

 離宮に来た時、寂しそうな表情をしていたのは平手打ちがなかったからなのかもしれない。


「ま、待ってくれ! 行かないでくれ! 心から反省しているっ!」

 ついには王子がブランシュに足蹴にされた。声は哀れに懇願していても王子の顔は完全に喜んでいる。どんなに美形でも、間違いなく変態。どうみても変態。


 大神官も側近も騎士も、顔を引きつらせながら二人を見守っている。というより、王子が喜んでいるから手が出せないのだと思う。


「帰ろうか」

『そうね。でも、このドレスのままだと帰れないわ』

 ここで脱ぐのはためらうと思った時、ロイクは私を軽々と抱き上げた。


『……! ロ、ロイク? 重くない?』

「このくらい平気だよ。ブランシュを落としたりしないから安心して」

 扉に向かって歩きながら笑うロイクの足取りは確かで、その頼もしさが嬉しくてたまらない。王子に運ばれた時とは違って、嬉しくて恥ずかしい。


「ブランシュ様、こちらへどうぞ」

 優しく微笑む侍女に導かれて部屋に入り、私は動きやすい水色のワンピースに着替えた。


「間に合って良かったです。ロイク様のご尽力で、あのブランシュ様を見つけることができたそうです」


『ありがとうございます。皆様に本当に助けて頂きました』

 本当に感謝の気持ちしかない。侍女だけでなく、離宮の人々は、親身になって私を励まし、慰めてくれていた。


「どうかお二人でお幸せに」

 優しい侍女に見送られ、私は用意されていた馬車にロイクと乗り込んだ。


     ◆


 半年後、王子ともう一人のブランシュの結婚式が盛大に執り行われた。私と秘密の結婚式を挙げようとしたことが王にバレて、こっぴどく怒られた後、複雑で大変な手続きを経て正式に結婚できるように王子が頑張ったらしい。

 その話を教えてくれたのは、王と王子からのお詫びの品を届けてくれた騎士。


 お詫びにと贈られた新しい豪華なドレスは売ることにして、その代金で村の水車を新しくすることにした。

「着る前に売ってしまっていいのか?」

 

「綺麗なドレスって、実際着て見たら窮屈だったの。腕も上げられないのよ? あれは見て楽しむ物で、着て楽しむ物じゃなかったのよ。それに……なんだか籠の中の鳥みたいだったなって嫌な思い出しかないもの」


 綺麗なドレスに埋もれ、花と絵本を眺めるだけの日々。絶望に包まれ笑うこともなく、涙を流し続けた夜を二度と思い出したくはなかった。


 本物の〝雪白の姫の指輪〟は、世界に六個存在していた。死んだ魔女の怨念はすさまじく、六個に分割して浄化しなければ誰も触ることができなかったらしい。

 王家が所有するのは五個。指輪を分割して浄化した大魔法使いが持っていた、残りの一つが私の指に嵌まっている。


 ロイクは八歳の時に森の中で行き倒れていた長い白髪の男性を助け、そのお礼として指輪を受け取っていた。

「行き倒れてたおっさんが大魔法使いだなんて思わなかった」

「魔法で水とかご飯とか調達できなかったのかしら?」


「魔力切れを起こしたって言ってたから、魔法が使えなかったんじゃないかな」

「魔法って、便利なようで不便なのね」

 何でも思い通りになる魔法がこの世界になくて良かったと思う。


「私、休耕期に、町の神殿へ文字を習いに行こうと思うの」

 白月離宮にいる間で、読むことは最低限できるようになったから、次は書けるようになりたい。自分の気持ちを文字で残せたら、きっと楽しい。


「俺も計算を習いに行こうかな」

「一緒に行きましょ」


 麗しの王子の正体も物語にしてバラしてみようかとふと思いついた。

「……やっぱやーめた」

「習いに行くのをやめるのか?」


「違う違う。麗しの王子様は、麗しの王子様のままでいいかなーって」

 わざわざ人の夢を壊さなくてもいいだろう。

 真実は、知っている人だけが知っていればいい。


「そういえば、ロイク。どうして私にこの指輪をくれたの?」

「そ、そ、そんなの……な、何でいまさら……! ……ブランシュが好きだから……だから……あんな面倒ごとに巻き込まれるとは思わなかったけど」

 狼狽して顔を赤くするロイクが可愛くてたまらない。


「私もロイクが好き!」

 ロイクになら、素直に言える。遠慮も配慮も何もなくても、正直になれる。

 一方的に愛を告げられるより、お互いに好きで愛し合っていた方がいい。


「あれ? この宝石、こんなに輝いてたっけ?」

「本当だ。ブランシュが指輪を浄化したのかもしれないな」

 何故か指輪の宝石の輝きが増し、私には幸せの予感が訪れた。

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ひえぇっ王子が変態すぎるぅぅぅーーっ(爆笑) 優しい美形なんだけど全然言葉が通じなくて強引で得体が知らない宇宙人みたいなキモさ・怖さのあった前半部から、実はド●●っていう後半部への流れに大笑いさせて貰…
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