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2話 道化

ーーーー


「アラインちゃん、お久しぶりぃ」


 扉が開くと同時に暖かな日差しを伴ってエントランスに底抜けに明るく甲高い男声が響き渡った。


「ヌアザタート公爵閣下。遠方からわざわざご足労いただきありがとうございます」


 ダヌリス家総出で出迎えられた男とは対照的に、その当主たるアラインは引き攣った笑顔で応対する。


「いやだわ閣下だなんて。昔みたいにアダンお兄ちゃんって呼んでちょうだい。何なら親しみを込めてアディなんて可愛くていいんじゃないかしら?」

「は、ははは。お戯れを……」


 アラインは軽々しい態度の貴人に辟易しつつ、より自然にこれ以上の対面を避けるべくすぐさま背後に控える使用人に目をくれた。


「ところで、アルちゃんの姿が見えないんだけど。どうかしたのかしら?」

「いえいえアダン様。あの愚息はいま外に出ておりまして」

「ああ! 例のお師匠様のところに行っているのね。うらやましいわぁ。私も一目でいいから直接お会いしてみたいのよ」


 恍惚とした表情を浮かべながら、アダンはさり気なく遠い目をしたまま周囲を見渡す。


「あら、そんなところにいたのね」

「ちょ、アダン様、そちらは――!」


 急に動き出したアダンを当主すら制止することはかなわず、奥にある使用人部屋への侵入を許してしまった。


「こんにちは、アルちゃん。お機嫌いかが?」

「こ、こんにちは、アダン様。アダン様におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」


 厨房横にある使用人控室でひっそりと息を潜めていたアルは予想外の訪問者に驚きを隠せず、しどろもどろになる口調のまま薄暗い部屋の床をじっと見詰めるようにして俯いた。


「ねぇアルちゃん。私たちってお友達でしょう? しっかりと私に可愛いお顔を見せてちょうだい」

「大変申し訳ございませんアダン様。アル様はいまお顔にお怪我をされておりまして」

「あらハルちゃん、ご機嫌よう。それで、その『お怪我』について詳しく聞かせてくださるかしら」

「それは――」

「ぼ、僕が! いえ、今朝は寝ぼけて階段を踏み外してしまったんです」


 言葉の真意を確かめるようにアダンはアルの頬を優しく両手で包みゆっくりと正面を向かせた。


「教えてちょうだいハルちゃん。これは『誰が』やったのかしら」


 突然先より低くなるアダンの声に全身を震わせたハルは次の言葉を失い、短く息を吐き出すことしかできなかった。

 事情について直接主人に聞くのではなく、敢えて主人の忠実な従者に言葉を投げ掛ける底知れないアダンの周到さに二人は圧倒されていた。


「言わなくても分かっているわハル。あなたはとってもいい子だから、きっとここで告げ口をすればご主人様がもっと酷い目に遭うことを知っているのね」

「い、いえ。私は何も」

「本当にいい子ねハルは。うちに欲しいくらいだわ――」


 アルの頬や衣服から剥き出た見える限りの傷口に高価な回復薬を浸み込ませた布を丁寧に押し当てながら、ゆっくりとした口調で額に汗を浮かべ棒立ちするハルを詰問していく。


「これをやったのはあの愚かなパトリックでしょう。まさかあの馬鹿娘も一緒だったりしてね。そうでしょ、ハル」


「い――は、はい……」


 張り詰めた恐怖心からの解放と秘密を守れなかった自身の不甲斐なさに放心したハルはドサッと膝からその場に崩れ落ちる。

 すっくと立ち上がり清々しい笑顔で「ありがとう」と口にしたアダンは即座に踵を返し部屋を後にしようとした。


「お、お待ちくださいアダン様! 僕は何ともありませんから、どうか!」


 必死に縋り付くアルを抱き上げたアダンはそのままエントランスで慌てふためくダヌリス家の面々へと歩み寄った。


「前にも言ったわよね、家族を大事にしなさいって。家族の、しかもこんなに小さな子にまで手を上げるなんて人として終わっているわ。蛮族以下の低能よ」


 アダンに抱えられるアルも、その場に居合わせる全員がアダンの言葉に俯き目を逸らした。


「正直に名乗り出なさい。今ならお取り潰しくらいは許してあげる。私の気が変わらない内にさっさと出なさい」


 一見穏やかな表情で淡々と話すアダンだが、この場にいる誰もがその恐ろしさを十分に理解しているからこそ誰もが委縮し言葉を発せずにいた。

 地に降ろされたアルはすでにどうしようもないまでに発展してしまった大事の渦中に置かれ、ただでさえ気が気ではない状態から何度も意識を飛ばし掛けた。


「私、嘘ってとっても嫌いなの。訳もなく他人を傷付けることもね」

「――お、れ、いえ、私がやりました。弟、アルが粗相をしたため、その躾の目的で仕方なく」

「へぇ、そう。他にはいないの? 私って昔から人の嘘が感覚的に分かるのよねぇ」


「わた、私もやりました。大事な物を壊されたので、つい感情的になってしまい」


 皆の前に名乗り出た二人は自然とアダンの前に跪き許しを請うかのように彼を仰ぎ見た。


 突如、神妙な空気のエントランスに不釣り合いなほど明るい拍手が一つ起こる。


「素晴らしい! よくぞ正直に名乗り出てくれたわ! それでこそ我が家族よ!」


 底抜けに明るい口調で高らかに言葉を発し一心不乱に拍手する男の姿。

 呆気に取られていた一同も釣られて力強く拍手を打ち鳴らし、エントランス一杯にその響きをこだまさせた。


「首を差し出しなさい」

「え――?」


 拍手喝采の最中、アダンは跪く二人の耳元でそう呟いた。


「大伯父としてあなたたちに沙汰を下すわ」


 アダンが腰にした剣を抜き放つ様子を目にした一同はようやく事の重大さに気付く。

 エントランスを埋め尽くしていたはずの響きも今では処刑直前の一瞬の静けさのようにしんと凪いだ。


 ビュッ――ガギッ!


 振り降ろされた剣はネーレの首を前に寸でのところで割って入った剣により阻まれる。


「あらミランちゃん! 片付け、もう終わっちゃったの?」

「大伯父様、どうか剣を納めてください」


 白を基調とした王宮近衛騎士団の正装に身を包んだ青年は先に剣を納め、諫めた対象に向けて恭しく頭を垂れてみせた。


「はぁ。可愛い甥孫の頼みじゃ仕方ないわね。でも、次はないと思ってちょうだい」


 剣があるべきところに納まり周囲の空気が一気に和らぐ。


 しかし、次第に二人の訪問者を遠巻きに見る者たちの視線は対照的に険悪なものになっていく。

 解放された三男パトリック、長女ネーレは長兄のヨルベンに近付き意味深に目配せを交わす。


「ヨルベン兄様。此度の遠征のこと予てから遠方より耳にしておりました。弟として大変誇らしく思います」

「うむ。ミランも元気そうで何よりだ。長旅で疲れているだろう。話はあとでゆっくり聞かせもらうとしよう」


 形ばかりの挨拶を交わした兄妹たちは四男の晴れ晴れしい姿を褒め称え一人、二人と背を向けて去って行った。


「アル。ちゃんと師匠の言うことを聞いているかい」

「は、はい、ミラン兄さん! 近衛騎士団へのご入団おめでとうございます!」


 膝を折ってアルに相対したミランはそっと弟の頭に手を添え健気な祝福に優しく応える。


「ありがとう。でもまだ見習い生の一員だから、これから更に気を引き締めないとね」

「ミランちゃんは謙遜し過ぎなのよ。もう入団は決まっているんだから、大船に乗ったつもりで構えていなきゃ。この私が保証するわ」


 話に割り込んだアダンは愛しい二人の甥孫を抱き寄せ微笑んでみせた。


「アル。いえ、アル様。そろそろお時間になります」


 仲睦まじい三人が他愛もない会話に興じる中、ハルがそっとアルに耳打ちする。


「アダン様、ミランお兄様。もうじきお師匠様との約束のお時間になりますので、これにて失礼いたします」

「あらもう行っちゃうのね、残念だわ。お師匠様によろしく伝えてね」

「アルと話せて楽しかったよ。しっかりお稽古を受けておいで」


 ミランは「お師匠様と一緒にお食べ」と付け加え包みを一つアルに持たせた。

 再度振り返り、手を振って二人と別れたアルは意気揚々と前を行くハルに従って庭の方へと小走りに駆けて行く。


「はぁ、可愛いわぁアルちゃん。早くうちの子にならないかしら」

「冗談が過ぎますよアダン様。当家がある限りアルはうちの大切な弟です」

「他人事みたいに言ってるけど、私はあなたも狙っているわよ。あなたが望むのなら爵位の一つくらい喜んで譲るわ」

「それはまたご冗談を」


 いつの間にか門の近くまで遠ざかった少年たちの姿を見送った二人は、今度こそ本来の目的のためにダヌリス家の屋敷へと足を踏み入れた。




*アルベロン・ファン・ダヌリス(5)♂

<種族>ヒューム

・南東大陸シウテロテ王国ダヌリス伯爵領ダヌリス家五男

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