プロローグ
『生きて、勇者が持つ十三のオーブを集めなさい』
迫りくる災禍の波を背に、五歳の少年の耳には絶えずこの言葉がこだまする。
木々を焼き焦がす炎の熱気と充満していく煙の渦。
少年は張り付いた喉で喘ぎながら両手を振り乱し、疲弊し切った体を闇雲に森の先へと追いやった。
『世界の中心レアマナフであなたの望みを心の底から祈って。初めに行く場所はこの森よりずっと西の奥深く。昼は木の洞に隠れて、夜はあの赤い星に向かって進むの』
少年は唯一信じられる最愛の師が残した言葉を頼りに、今にも挫けそうになる意識を奮い立たせた。
逃げ行く最中、背後に傷付く兄を見た。自分を逃がすために友が囮になった。
少年を奴隷同然に虐げてきた家族の内でたった一人だけ優しく接してくれた兄と、「出来損ない」にあてがわれた従順で素直な使用人の少女。
恐らく二人は不甲斐ない自分のせいで今でも苦しめられている。
その思いが絶えず少年の胸を締め付け、不確かな呼吸を更に委縮させた。
それでも前に進むのは、行った先で必ずまた会えると言った師との約束があるからだ。
彼女なら必ず無事にやってくる。
少年が師に対する信頼は絶対であり、約束は必ず守られる。
きっとあの二人を伴って夜が明ける頃には合流できる。
根拠のない確信が少年を絶えず森の先へと衝き動かした。
遠い昔、魔王を討伐した勇者パーティにいたという師。
師が最も得意とする〈隠蔽魔法〉があったからこそ勇者たちは魔王を討ち取ることができたという。
並みの〈隠蔽魔法〉では探知されることがあっても、彼女の扱うそれは隠蔽していることすら隠蔽してしまう。
つまり、隠蔽する対象を完璧なまでに「無いもの」とすることができる。
更に信じ難いことにその対象は彼女の認識下にあれば数に限りがない。
だから残してきた二人にもその魔法はかけられているはずだ。
少年は自身にかけられた〈隠蔽魔法〉が健在であることを確認し刹那の間安堵する。
『アル。いってらっしゃい』
しかし、師との別れ際に強く交わした抱擁と生まれて初めて与えられた使命の理不尽な感覚が幾度も脳裏に押し寄せ、訳も分からず少年は頬を濡らした。
こんばんは。
不定期ですが、数話ずつ投稿していきます。
どうか最後までお付き合いください。