天野屋利兵衛は男でござる
「千佳羅よ今なんと申した?」
父上のお目が怖い。凄まじき圧だ。
「大野殿は大八車と共に忽然と消え、夜逃げ致しましたっ」
私は冷や汗を流しながらお答えした。
「確かに雷鳴轟きし折に罪人大野は大八車と共に忽然と消えた。これは天狗様の仕業であろう。天狗が不正な蓄財を致した大野を罰し消し去ったのじゃ」
いえ、私が申した事と全く違う! 父上の独自解釈が凄まじい。
「も、申し訳ありませぬっ! 実はこの化け猫ムササビ丸の仕業にてっどうぞお許しを」
ひしっ
私は有り体に申して、土下座しながら化け猫に指を指した。
にゃーごー
ムササビ丸はバカにして背中を掻いておる。今に見ておれ!
「ははは馬鹿を申せ、ムササビ丸は父が子供の頃から親しんだお城猫侍。その様な事をする訳が御座らん」
父上ッそれは化け猫に御座いますぞっ。だが私はもうそれ以上何も言えなかったのです。
「ご家老大変に御座います、蔵から金子が何割か消えて御座います!」
「さもありなん、大野が死出の旅路に持ち去ったか。だがこれにて方針の協議は終わり申した。城中一致して籠城の後、城を枕に討ち死にと致す! これ以降異を唱えし者は謀反として即刻打ち首と致す」
父上は刀を掲げて宣言した。
「分かり申したっ」
「歯向かう者が我らが斬る!」
強硬派の若い衆が父上に同調し、次々に雄叫びを上げた。もはや歯向かう者は居なくなってしまったのだ。
「だが城には籠城出来るだけの武器弾薬や兵糧米の蓄えが無いのでは?」
遠回しなせめてもの反対であろうか?
「ついてはこの様な事態があろうかと、常日頃入魂にしておった大阪の商人がおる。早速その者に連絡致し武器弾薬を送って頂こう」
「おおー」
「それは頼もしい」
父上は本気なのだ! 討ち死に等と言いながらも実の所は勝つ気でいらっしゃるのだ、私は父上を身命を賭して助ける事を誓った。
「今日より全ての家臣を五人の組と致し、互いに監視し合いもし不審な挙動があれば即刻密告する様にせい!」
「ハハッ」