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 目を覚ますと、すっかり陽は上っていた。昨夜の雪は止んでいる。のろのろと身を起こして洗面所で顔を洗っていると、ぐいと身体を押しのけられた。

「邪魔」

 一つ年上の姉の(みなと)が、鏡の前に立ってヘアブラシを手に取る。今日が土曜日であることを思い出し、侑樹は舌打ちした。こいつがいると知っていれば、鉢合わせないようタイミングを計ったのに。

 セミロングの自慢の黒髪を梳かす彼女の腕をぐいと押す。

「は? なに、触んないでよ」

「ガキじゃねえんだから順番守れよ」

「なんであんたに気遣わなきゃいけないのよ。クズのくせに」

 侑樹は黙って姉を睨みつけた。憎らしい勝ち誇った表情で、彼女は畳みかける。

「ふらふらしてる寄生虫のくせに、口利かないでくれる」

 自分の飯代ぐらいは稼いでる。そう言い返そうとしたとき、廊下から大声が飛んだ。

「なにしてるんだ、おまえ」

 最悪だ、父親も部屋にいただなんて。

「奏に迷惑をかけるな」

 侑樹はタオルを引っ掴み、泡のついた顔を乱暴に拭った。「俺だって」そんな言葉を呻いたが、その続きを口にすることができないまま、わざと足音を立てて洗面所を後にした。


 今朝の嫌な記憶に上書きされていたが、バイト先のコンビニエンスストアで彼女の姿を目にした時、ゆうべのことを思い出した。

 制服を着た雪女が堂々と来店し、周囲の客たちはぎょっとしている。小春は店奥から持ってきたペットボトルをカウンターに置いた。

「……百二十円です」

 侑樹の言葉に、彼女は一枚の百円玉と二枚の十円玉をトレーに置く。レジを操作する侑樹と目が合うと、にやりと笑って商品を手に取り、店を出て行った。

「さっきの子、外人かな」

 隣りで同僚が呟くのに、侑樹は曖昧に頷いた。

 それから一時間後に仕事を終えて店を出ると、彼女はどこからか駆け寄ってくるなり、侑樹の背中をこぶしで叩いた。

「ひどいじゃん。様子ぐらい見に来てくれるかと思ったのに。仕方ないから後つけちゃった」

「おまえ、金はどうしたんだよ」

「拾った。自販機って、結構取りこぼしがあるんだよね。あとたまに見かける電話ボックスの中とか」

 女子学生の見た目のくせに、小銭拾いをしているとは。呆れる侑樹にくすくすと笑いかけ、その頬に先ほどのペットボトルを押し付ける。

「やめろよ、冷たい」慌ててその手を払った。

「おつかれちゃん。私は飲めないし、奢ったげる」

「人の金だろ。それにせめてあったかいのにしろよ」

「金は天下の回りものだよ? それにあったかいのって、私溶けちゃいそうになるんだよね。触りたくない」

 神妙な顔をする彼女から、仕方なくペットボトルを受け取った。冷え切ったファンタのグレープ味。昼間は日差しが照っていたが、夕刻ともなれば徐々に空気も冷えてくる。冷たいものなど飲みたくない。

 そう思いながらキャップをひねり、侑樹は中身を一口飲んだ。弾ける炭酸水が喉の中を駆け下りて、胃の中をしっかり冷やす。ぶるりと震え、肩にかけたバッグにペットボトルをしまい、ジャンパーのポケットに両手を突っ込んだ。

「そういえばさ、学校は。バイトしてるってことは、行ってないの?」

 周囲の視線を気にも留めず、小春はいたずらっぽい顔をする。侑樹はそっけなく返事をした。

「定時制」しばらくサボっていることを明かす気にはなれない。「ほっとけよ」

「なーるほど。だからバイトしてんだ」

 わざとらしくぽんと両手を打ち鳴らした。追及されないことに、侑樹は内心でほっとする。母親がいなくなったショックから受験に失敗し、滑り止めの高校でいじめられて定時制に移ったという話を聞かせて、彼女の表情が変わるのが嫌だった。父親の姉贔屓という肩身の狭い思いも、明確にやる気が削ぎ落ちていく毎日も、彼女に教えたくはない。

「帰る前に飯食いに行くけど、来る?」

 自然と口にした台詞が気恥ずかしい。その気も知らずか、小春は前のめりに「行く行く!」と声を弾ませる。

「あ、でも、私お腹空かないんだけど。てかあったかいところ無理」

「じゃ、何か買ってくるわ。そんで公園で食うから」

「おっけー!」

 冷たい親指と人差し指で、小春は丸を作ってみせた。

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