06.
弟子が反抗期に突入した可能性に気付き、シャムスディンは現状把握に努めた。
リルを一人前の魔法使いにするため、彼女の親代わりを買って出たのだ。彼女のまえでよい保護者であろうと、出会った頃は十代だったが大人ぶろうとしていた。そのリルに叱られることが多い最近を思うと、できていたかは怪しい。それでも、頼ってもらえる大人でありたいと常に意識はしていた。
自分は変わらないでいたが、彼女は変わってしまった。
時間の経過による変化を認めてしまった以上、彼女に合わせて対応していかなければ。
しかしながら、毎日可愛いといっても戯言と一蹴され、何か悩みや困ったことがないかきいても自分で解決できると頼ってもらえない。弟子が、強く頼もしくなりすぎた。関係は師弟のままだが、彼女に直接依頼がくるようにもなり、一人前といえる。経験が浅い点はこれから積めばいいだけのことだ。
今の彼女の状態を確認してわかったことは、ずいぶん自分の手を離れてしまったという寂しい事実だった。
「世のお父さんは、どうやって娘と仲良くしてるんだろ……」
「ココ、育児相談所じゃないっすよ」
冒険者ギルドで泣き言をいう大魔法使いに、ジャイルは冷静につっこんだ。妙な相談を持ちかけないでもらいたい。
「ねぇ、リルの友達の君なら何か知ってるんじゃないの!? 僕の嫌なところとか聞いてない?」
自分でどうにかしようにも弟子に取り付く島もないため、シャムスディンは彼女と親しい相手を頼ることにした。いい大人が必死な様子に、ジャイルは呆れる。
「俺から言えることはないっすよ」
友人だからこそ知っている事実を、彼女の師に教えることはできない。勝手に伝えては、ジャイルが彼女に殺されてしまう。
「そんなぁ」
「でも、気にするようになったんなら、お師匠さん。リルのこと見といてやってください」
いい機会なので、ジャイルは友人のことを頼む。頼まれずとも面倒をみているシャムスディンは、意図がわからず首を傾げた。
「リル、最近モテてるんで。けど、あいつなまじ強いから、危なっかしいんすよね」
「え?」
寝耳に水の話に、シャムスディンは固まる。ジャイルのいいぶりだと、すでに何度もリルが男に言い寄られたり迫られているようだ。そんなこと聞いていない。リルはいつも通りだった。
知らなかった事実に、がつんと石で頭を殴られたような心地を覚える。
「そ……、そうか。リル、可愛いもん、ね……」
自分が大事に愛情を注いでいた存在だ。他の者からみても可愛いというのはわかっていた。わかっていたはずだった。純粋な愛情ではなく、弟子に欲情を抱く者が表れることを想定していなかった。ずっと幼く可愛い存在だとばかり思っていたから。
ショックで呆然とする友人の師を、ジャイルは眺める。彼はきっと皆が自分と同じように純粋な目でリルに好意をもつものだと疑っていなかったのだろう。じゃなかったら、男の自分と親しくしているのを寛容する訳がない。荒くれ者もいる冒険者ギルドへ単身で使いを頼んでいたことからも、これまで危惧していなかったのが、よくわかる。
「……まさか、襲われたことなんて」
「あ。焼いてたんで大丈夫っすよ」
「あったの!?」
速攻で相手を焼いていたとジャイルは安心させようとしたが、未遂とはいえそういった輩がいる事実にシャムスディンは蒼白になった。
「待って……、だって、リルまだ十四歳だよ?」
まだ、といいながら、シャムスディンはすでに気付いてしまった。仮にまだ危険性が低いとしても、将来的にはその危険が増すのを自分は覚悟せねばならないのか。
「まー、それぐらいの歳特有の色気もありますから」
「君、リルと同じ歳だよね!?」
平然と子供と大人の境界線を語るジャイルに、シャムスディンは戸惑う。冒険者ギルドで育った彼は、少年ながらある程度の達観をしていた。人間関係においては、魔術研究に没頭しているシャムスディンより見識がある。
事実を受け止めきれず困惑していられたらいいが、ジャイルが現実をわからせてくる。理解だけが進んで、気持ちが追いつかない。
「そういう訳で、あいつ、投げやりなとこあるから、マジでちゃんと見てやってください」
「う、うん……」
本人に足りない危機感を、保護者である自分が補うよう頼まれ、シャムスディンは肯くしかない。大事にし足りなかったと判明した以上、もっと大事にしなければ。
衝撃の事実に、冒険者ギルドをでるシャムスディンの足取りは覚束ないものだった。
「お師匠さんもなんだかこじらせてるな」
そんな彼の後ろ姿に、ジャイルは嘆息をひとつ落とした。