02.
リルを弟子にしたのは、彼女が十にも満たない頃だった。
辺鄙な村に不相応な魔力量を内包した少女をみつけ、彼女がどれだけ魔法使いとして成長するかシャムスディンは興味をもった。だから、自分の弟子にならないかと勧誘したのだ。そのときの彼女は、少女らしく瞳を輝かせて素直に頷いた。
本人の意向を確認したとはいえ、親元を離してしまう。なので、シャムスディンは彼女の両親の代わりに愛情をもって彼女を育てた。自分を素直に慕う少女が大層可愛かった。彼女に魔法使いとして尊敬される心地よさから熱心に指導をした。そうして、親代わりとしても、魔術の師としても、彼女を愛でに愛でたのだが――
「どうして、ああなったんだろう」
円卓に頬杖をつき、シャムスディンは嘆息する。大魔法使いの会合の席で、お互いの研究の進捗や結果を報告し合い、あとは近況を談笑するだけの時分だ。
「リルちゃん、ずいぶんつっけんどんになったな」
「そうなんだよ」
彼の愛弟子のことを指しているのは明白だったため、隣席のマルドは数年ぶりに会った少女の態度を思い出す。マルドは魔法使いにはめずらしく筋肉質な男だった。開発する魔導具に工具作成の過程があり、その作成すら自身で行っているため自然と現在の体躯になった。
マルドは、数年前のシャムスディンに尊敬の眼差しを送っていた頃の彼女を知っているため意外そうだ。以前会ったときは、内に巻くやわらかな髪やあどけない顔立ちそのままの愛らしい少女であった。しかし、今日会った彼女は笑顔をどこにおいてきたのだろうと疑問になるほどだった。
「最近じゃ絶対零度の弟子だって言われてるんだよ」
「ははっ、サラマンダーを従えてるとは思えねぇ二つ名だな」
愛らしい顔に冷徹な表情を浮かべるものだから、その格差に周囲が多少の怯えを覚え始めている。少女だからと軽視されなくなったのはよい効果だが、よく笑っていた頃を知っているシャムスディンからすると惜しく感じる。マルドのように面白がることができない。
「フェンリル持ちで常春の二つ名持ってるオマエと似たり寄ったりだ。師弟らしくていいじゃねぇか」
魔法使いは自身の性質に合った精霊を使役する。シャムスディンは冬の化身ともいわれる氷雪の魔狼を、リルは業火を司る火蜥蜴を従えていた。シャムスディンは魔法使いにはめずらしく友好的な性格で、いつもにこにこと笑みを刷いている印象を与える男だ。そのおだやかさゆえの二つ名は、使役する厳格な精霊とは相反していた。
これまで自身の二つ名に頓着していなかったシャムスディンだが、精霊と性質が真逆の二つ名、そんなところは似なくてもよかった。
「僕が可愛いって言っても、信じてくれないんだ」
「オマエ毎日のように言ってるもんな」
会うのは数年ぶりだが、彼がいかにリルに愛情を注いでいたのかマルドはよく知っている。酒の席では毎度、いかに自分の弟子が可愛いかを延々に語るのだ。毎日のようにと例えたが、むしろシャムスディンが弟子を可愛いといわなかった日はこれまでなかったことだろう。もはや鳴き声の域だ。
「だって、可愛いだろ」
シャムスディンの主張を、マルドは否定するつもりはない。彼の弟子が愛らしいのは周囲の認めるところだ。態度はともかく。
「まぁ、アレだろ」
「アレって?」
「アレだ。お年頃ってやつだ」
マルドの記憶が確かなら、彼の弟子は十四を過ぎた頃だ。少女の域をでるかでないかの年頃なのだから、父親代わりの師相手に反抗期になっても奇怪しくない。
「あれぐらいの歳の娘は、男親を毛嫌いするなんてよくあることだぞ。シャムス」
それをきき、シャムスディンの顔色は絶望に染まった。そんな時期があるなどきいていない。
「それが終わるのは、いつ!? 僕、リルに嫌われたままなんてやだよ!」
「さぁ? 時間が解決するさ」
これまで時間の経過に頓着しなかったシャムスディンが、はじめて時間を気にした。
反抗期の終わる頃合いなど、マルドも知らない。彼は弟子をとったことも、子育てをしたこともないのだ。あくまで書物などの知識である。しかし、シャムスディンの顔色があまりにも悪いので、反抗期が終わっても嫌われたままである可能性を教えなかった。