01.
大魔法使いシャムスディン。その名は周辺国にまで広まる実力者だ。大と付くだけあり、所属する国に貢献する魔術や魔導具を発表し、その功績により魔術研究費を支援され生活していた。
歳はまだ二十代だが、若くして功績をいくつも積むほどに魔術研究に明け暮れる魔法使いらしい男だった。艶やかな黒髪と鼻筋のとおった顔立ちは整っており、保有する魔力量からこの姿は年老いてもそう変わらないのではと噂されていた。歴史上、年齢不詳な魔法使いは多く、彼も例にもれないだろう。シャムスディン自身もその自覚があった。
自身が老いに疎いせいか、それとも魔術に熱中しているためか、彼は時間に疎い。
「先生、朝です。起きてください」
無理やり布団を剥がれてしまい、肌寒さを覚える。厳しいながら幼さを感じる声の主を、シャムスディンは非難がましく見上げた。
「リル……、魔法使いは別に規則正しく生きる必要は」
「今日は、大魔法使いの会合の日です。久しぶりにマルド様に会えると楽しみにしていたでしょう」
「ああ、そうだった。リルはよく覚えているね。しかし、眠いなぁ」
「予定を忘れて明け方まで寝なかったからですよ」
のそりと起きるシャムスディンに、自業自得だと弟子のリルは返す。彼の弟子は、彼に容赦がない。
近隣の国でそれぞれ抱える大魔法使い同士の会合が数年に一度設けられている。毎年でないのは、全員に召集がかけれない場合があるからだ。大魔法使いたちは魔術の素材集めに僻地まで旅立つことがあるため、連絡が取れない場合がある。何においても魔術を優先する人種は、一般の人間が危険や手間と感じることを度外視して行動する。シャムスディンが、弟子のリルをみつけたのも断崖絶壁にしか咲かない花を採取する旅の途中だった。
「マルドは今何作ってるのかなぁ。あいつの作るものは毎回おもしろいから」
あくびを噛み殺しながら、瞳には好奇の光が宿っていた。それを認めて、リルは呆れる。彼は真性の魔術バカだ。
「そんなに楽しみなら、早く支度してください」
「うん」
興味のあることを餌にすると従順になる師に、彼は本当に成人しているのかとリルは懐疑的になる。しかし、素直に支度を始め、寝巻を脱ぎだしたのでリルはぐるりと彼に背を向けた。彼はみられようと頓着しないが、リルには支障がある。
「っちょ、朝食の準備はできてますから!」
早く下りてくるようにいって、リルは部屋を辞そうとする。そんな彼女の背に声がかかる。
「ありがとう。あ、リル」
「なんですか」
ドアノブに手をかけたまま、リルは立ち止まる。呼ばれると返事してしまうのは弟子の習性だ。
「今日も可愛いね」
シャムスディンがにっこりと笑っているのが、みなくとも声だけでわかる。
「は?」
それを耳にして、リルは半眼になった。その眼差しで彼女は師を一瞥する。
「まだ寝ぼけてるんですか」
バタンと目の前のドアが閉まった。本当なのに、とシャムスディンが呟いても彼女にはもう届かない。
弟子が荒んでいる。本心からの言葉を信用してくれなくなった。
感じる肌寒さは、彼女の冷たい眼差しのせいかもしれない。シャムスディンはそれを拭うため、手早く着替えるのだった。