積年の愛9
「そう言えば…賢者ヒスイ様はドラゴンとの共存を掲げておられましたな。黄竜と緑竜の捜索は、賢者ヒスイ様のご意向でございますか?」
そう言えば、賢者ヒスイとは黄竜と緑竜の話をしたことがなかったな。
共存を掲げている以上、探していないということは無いだろう。
「まぁ…それもあるけど、俺自身が会いたいと思ってる部分も大きいな。」
「なるほど。ではカリア様も、共存は可能とお考えで?」
「あぁ、できると思ってる。」
「…もし、黒竜が生きていたとしたら、どうなさるおつもりですか?」
「え…あぁ…。」
黒竜アトラスの話を切り出された瞬間、周りの空気が張り詰めたように感じた。この件についてはガイウスから口止めされているため、下手なことは話せない。
ガイウスの仕事が諸々落ち着いたら、ドラゴンとの共存のためにアトラスやロゼの処遇を決めるはずだが…何と答えたら良いものか。
「…先生。その件については国から口止めされてますんで…勘弁してくだせぇ。」
俺が答えに迷っているのを見かねて、グレースが助け舟を出してくれた。
イルールはその言葉から少なからず悟るものがあったのか、グレースの方を見ながら目を丸くしていた。やがて俺の方に向き直り、口を開いた。
「…これは失礼致しました。決して探りを入れていたのではなく…興味の赴くままにお聞きしただけなのです。」
「あぁいや…そんなに気にしてないから大丈夫だ。何なら教えてやれなくて申し訳ないと思ってる。でも、そのうちナイト王国で知らせがあるかもしれないから、その時に聞いてくれ。」
「…承知致しました。いやはや…興味の赴くままに動いてしまうのは私の悪い癖なのです。いずれ、興味に殺されてしまうのでしょうな…はっはっは。」
イルールはそう言って自嘲し、それ以上深入りはしてこなかった。
その後は皆で他愛ない会話に花を咲かせていたが、肉が焼き上がるのにそう時間はかからなかった。
「ッし。これでいいだろ。」
ロードは焼き上げた肉を器に盛り、それをイルールに渡した。
「おぉ…!早速、この場で一口いただいても?」
「あァ。」
「では…いただきます。」
イルールは肉を1つだけ摘み取って口に入れ、目を瞑ってゆっくり咀嚼しながら味わっていた。
そして咀嚼を終えて飲み込むと、その味の余韻に浸りながら口を開いた。
「ん〜…!期待に違わぬ美味しさでございます…!」
「そりャあ良かッた。冷めねェうちにあんたの護衛にも食わせてやッてくれ。あとその器、使い終わッたらその辺の地面に埋めといてくれ。勝手に土に戻るらしい。」
「…承知致しました。この度は大変有意義なお時間を頂きましたこと、心より感謝申し上げます。それでは、私はこれにて失礼いたします。」
イルールは俺たちに深々と頭を下げて礼を言い、自分の馬車を停めている場所へと戻って行った。
その後、俺たちはラピスが土魔法で作ったものを片付け(土に埋め)て、寝支度をして一日を終えた。
──────────────────────────────
翌朝。
「…おはよう。」
「あ、起きた。おはよ。」
「やッと起きたか。」
「おはよう、ラピス。」
日が昇って1時間程経った頃、ラピスが目を覚ました。
「あれ…周りに誰も居ない…。」
「あぁ、周りの人たちは日の出と共に出発してたぞ。」
「えぇ…そんなに早くから?」
「グレース曰く、馬車を走らせるのは基本的に日が昇ってる間だけらしい。少しでも長く移動したいなら、日の出から出発するのが1番だ。」
「そうなのね…。て言うか、みんな起きてたなら私を起こしてくれれば良かったのに。」
「軽く揺すッて声かけたが、全然起きなかッたぞ。」
「…それはごめんなさい。無理やりにでも起こしてくれて良かったのに。」
「グレースさんが、無理に起こしてまで急がなくて大丈夫って言ってたから、気にしなくても良いよ。まだ日の出から1時間くらいしか経ってないし。」
「そうなんだ…。でも、早く出発するに越したことはないわ。早く出発しましょ。グレースさんは?」
ラピスがグレースを探して首を回していると、ちょうどこちらに向かって来ているグレースを見つけ、声をかけた。
「あ、グレースさん。おはようございます。」
「おはようさん。まだ寝てなくて平気かい?」
「大丈夫です!すみません、お待たせしてしまって。」
「気にしなくていいぜ。それじゃあ皆、もう出発していいかい?」
「大丈夫だ。」
「よし。んじゃ、出発するぞ。」
俺たちは馬車に乗り込み、森の中へと入って行った。
──────────────────────────────
森に入って数刻経った頃。
完全に昇った陽が、俺たちを乗せた馬車が走る車道を明るく照らしてはいるが、左右に広がる森の中は依然として暗いままだ。
陽の光が届かない程に深い森の奥を、俺とセラフィはじっと見つめていた。
「グレースさん。」
「ん?何だい、セラフィちゃん。」
「昨日話してたけど、この森の中に居る危険な獣って、もしかして魔獣のこと?」
魔獣とは、魔法を操ることができる動物のことだ。
一般的な動物の中に、稀に生まれてくることがある。
「あぁ…そうだよ。」
そうグレースが肯定すると、ラピスとロードは驚嘆と恐怖が入り交じった表情を浮かべた。
「えっ…。魔獣って、あの?」
「そう。」
「まじかよ…。空想上の生き物だと思ッてたぜ。」
「広義で言えばドラゴンも魔獣だぞ?ロードもラピスもドラゴンと会ってるんだから、驚くことないだろ。」
「まァ…そりャそうだけどよ。」
「何て言うか…ねぇ?ドラゴンには会いたいなって思ってたけど、魔獣には会いたくないって言うか…。」
「はっはっは!ロード君とラピスちゃんの気持ちはわかるぜ。ドラゴンには知性がある。話も通じる。だが魔獣にはそれが無い。俺たち人間が出くわしちまったら、魔獣は本能のまま襲いかかって来るからな。」
「そう、それよ!それにドラゴン程じゃないにしても、凄く強いって言うじゃない?賢者様くらいの力じゃないと、太刀打ちできないって聞いたことがあるわ。」
「そんな獣に出くわすッて事すら考えたくねェな。まァ…カリアとセラフィなら大丈夫なんだろうけどよ。」
「…なるほど。」
「そう言うことだな。あんまり怖がらせたくなかったから魔獣の事は言ってなかったんだ。すまねぇな。でも心配しなくていいぞ。あの魔獣は夜行性だから、今頃眠ってるさ。どこぞの死に急ぎ野郎が叩き起しでもしない限りは起きて来ねぇぜ。住処も森の奥深くって話だから、この街道には寄り付かねぇ。」
「…そうなんだ。」
そう返したセラフィはグレースの話を聞いている間も、森の奥深くへと視線を向けていた。
「そう言えばセラフィちゃん。どこで魔獣の話を聞いたんだい?」
「聞いてないよ。こっちに近付いてきてる魔力を感じたから、もしかしたら魔獣なのかなと思って。カリアも気づいてるでしょ?」
「あぁ。昨日森の中に入った時、これと同じような強い気配を感じた。…でも、今日はそれが二つあるな。」
「ちょ…ちょっと待ってくれ。近付いて来てるって言ったか?それも…二匹?」
「二匹って言うか…多分、一つは魔獣で、もう一つは人みたい。グレースさんの言う死に急ぎ野郎だと思う。」
「そうみたいだな。グレース、馬車を停めてくれ。」
「ま…まじかよ。」
グレースは若干焦りながらも馬車を停め、更に言葉を続けた。
「どうする?引き返すか…?」
「いや、とりあえず様子見だな。」
そう言いながら俺とセラフィは馬車を降り、馬車の前に歩み出た。
「様子見って…魔獣がこっちを襲いに来るかもしれねぇぞ…?」
「その魔獣を相手にしてる人間も相当な実力の持ち主だ。魔獣もその人間の対応で精一杯だろう。それよりも、その人間のほうが危険だと思う。」
「うん。私もどちらかと言えば、その人間の方を警戒した方がいいと思ってる。」
「そんな…じゃあやっぱり引き返したほうが…。」
「大丈夫だ。俺とセラフィなら遅れを取ることはない。だから安心してここで待っててくれ。」
「…わかった。」
グレースがそう返した矢先、少し地面が揺れ始めた。二つの強い気配が街道に近づくにつれ、その揺れも段々と大きくなっている。
「来た。」
セラフィがそう呟いたと同時に、街道の前方約20m先の右側の森から爆音が轟き、土煙が舞い上がった。
薄らと、その土煙の中で一人の人間と大きな魔獣が対峙しているのが見えた。
その勢いのまま左側の森へ抜けていくかと思ったが、土煙が霧散した後も街道上で対峙したままだった。
「あの魔獣…熊?」
「俺もそう見える。その辺に居る熊より2,3倍は大きいな。」
「うん。それより…魔獣と対峙してる人、固有魔法を使ってる。」
「固有魔法…身体が少し発光してるのはそれが原因か。」
「多分?初めて見る魔法だから、まだよくわかってない。」
銀髪に、一部の黒髪。
険しい表情の横顔しか見えないが、好青年と言った印象だ。
セラフィと話をしながら観察していたが、その青年が俺の視線に気付いたらしい。
「早くここから離れて!…くっ!もう時間が…!」
ここから離れろと言うのであれば、俺たちに危害を加えるつもりは無いのだろう。
青年は自分の手を一瞥した後、何かの時間に迫られているかのような言葉を呟き、そのまま街道上で魔獣との戦闘を再開した。
「…あの人の纏ってる光が、少しずつ弱まってる気がする。」
セラフィの言葉に、俺はハッとした。
もしかすると、時間制限付きの固有魔法かもしれない。
青年は尚も魔獣と激闘を繰り広げているが、お互いに有効打を与えられていない。
このまま続けば…いや。もう終わりが近いようだ。
「…がはっ…!」
青年は魔獣と距離を取ったかと思うと、地面に片膝をついて苦悶の声と表情を浮かべていた。
その身体には、先程まで纏っていた光が完全に消え失せていた。
青年の様子から、魔獣は好機を悟ったように駆け出し、青年へ致命の一撃を加えようとしていた。
「セラフィ、助けよう。」
「うん。わかってる。」
セラフィは俺が動くよりも早く魔法を展開しており、青年へと距離を詰める魔獣の足を凍らせ、地面に張り付けていた。
俺は氷の張り付けから逃れようとする魔獣に向かって駆け出し、拳を握った。
「…そう言えばここ最近、全力を出す機会が無かったな。」
魔獣相手であれば、全力で殴っても問題無いだろう。
そう思った俺は身体強化魔法を全力で使い、魔獣の顔面目掛けて全力で拳を振るった。
頭をかち割って絶命させるつもりだったのだが、魔獣の頭が消し飛んでしまう程の威力だったのは、自分でも予想外だった。




