積年の愛8
「なァ…ラピス。ちョッとだけトルマリン王国に寄ッてもいいか?」
「うん。私も行ってみたいし、寄るのは良いんだけど…。グレースさんの都合もあるかもしれないし、私たちだけじゃ決められないわ。」
「それに、イルールさんの話も最後まで聞いてから決めるべき。二人とも落ち着いて。」
「あァ…そうだな。」
「…ごめん。ちょっと熱くなりすぎたな。イルールさんとグレースもすまない。話を逸らしてしまった。」
「いえいえ…。お二人とも、『あの本』をお読みになられたのですか?」
「あぁ。俺もロードもすごく気に入ってる本だ。」
「それはそれは。実に良い感性をお持ちですな。…であれば、先にトルマリン王国についてお話し致しましょう。」
先程のように話を遮らないよう、俺は努めて冷静にイルールの話に耳を傾けた。
「グレース。近々、トリマリン王国で王選が催されることは知っておるか?」
「えぇ、それは耳に入ってますぜ。」
王選…。『あの本』の物語で綴られていた内容と同じであるなら、次代の王を選定する祭典のことだろう。
従来は王選という形式ではなく、王家の血筋の子から次代の王を決めていたが、物語の主役である第1皇女のシャルが血統主義派の反対を押しのけて制定したのだ。
王選の選定方法は現王に委ねられるため内容は分からないが、堅苦しいことを嫌うシャルはこの王選を祭典と言う位置付けにしたため、見て楽しめる内容となるだろう。多少時間を割いて滞在してでも見てみたいものだ。
「今回の王選はトルマリン王国の国民以外も参加できるそうだ。」
「…マジですかい。」
王選はトルマリン王国の国民にのみ参加権があるはずだが、今回はそうではないらしい。
「ってなると、かなり人が集まるな…。」
「あぁ。『旅馬』も稼ぎ時だろう?グレースも手を貸した方が良いのではないか?」
「まぁ…そうですね。…ちなみにカリア君たちはどのくらい滞在するか決めてるかい?」
グレースは俺たちに視線を向けてそう尋ねてきた。
「…許されるなら、俺は王選が終わるまで滞在したい。」
「…俺もだ。」
しかしそれは、ラピスの両親に会うための旅路からかなり外れてしまうことになる。
俺とロードは少しバツの悪い思いを抱きながら、ラピスの様子を伺った。
「え、何?私も賛成だけど?」
「…滞在してる分、クォーツ王国に到着するのが遅くなるぞ?」
「まぁ…それはそうだけど。そんなに長い間滞在するわけじゃないでしょ?グレースさん。」
「ん?あぁ。王選が終わるまでってんなら…長くても5日ってとこだな。」
「それくらいなら全然気にしないわよ。王選が終わるまで滞在しましょ?」
「うん。ラピスが良いなら、私も賛成。」
「…ありがとう。グレース。そういうわけで、王選が終わるまで滞在したい。」
「…そっか。わかった。」
滞在期間を聞いたグレースは、難しい表情を作りながらイルールに向き直った。
「カリア君たちも滞在をご所望ってことなんで、その間俺が店を手伝えるのは丁度良いんですが…。」
「ふむ。何か問題があるのか?」
「えぇ…カリア君たちが泊まる場所がねぇかもですね。俺たちがトルマリン王国に着く頃には、既に人で溢れてると思うんです。トルマリン王国はそんなに多く宿屋がありませんし、多分空きがねぇと思います。」
「…なるほど。という事は、最悪野宿になるか。」
「やっぱそうなりますよね。…カリア君、聞いての通りだ。俺は滞在するのは全く問題ねぇが、滞在してる間はカリア君たちの寝床が確保できねぇ可能性が大いにある。最悪、トルマリン王国の外で野宿することになるかも知れねぇが…それでもいいかい?」
「…皆、それでもいいか?」
俺やロードは問題無いと思うが、セラフィやラピスはどうだろうか。
「俺はそれでも良いぞ。」
「…私も大丈夫。でも湯浴みはしたいから…。ラピス、湯浴みができるくらいの小屋を即席で作れる?」
「もちろん。」
「お湯は私が水魔法で作るから、それで湯浴みをしましょ。」
「良いわね、それで行きましょ!」
俺も懸念していたことだが、湯浴みについては解決できるようだ。
他にも懸念点はあるが…一先ず話を進めよう。
「グレース。俺たちは野宿でも大丈夫だ。」
「わかった。ウチの店でもできるだけ寝床の融通効かせるつもりだが…あんま期待しねぇでくれ。」
俺がグレースの言葉に頷いて応えると、横に居たイルールが口を開いた。
「私にも宿屋のアテがあれば良かったのですが…申し訳ございません。」
「いや、大丈夫だ。気にしないで欲しい。」
「…代わりと言っては何ですが、もう1つお役立ちできそうな情報がございます。」
イルールはグレースの方に向き直り、言葉を続けた。
「グレース。地図は持っておるか?」
「えぇ、持ってますぜ。」
グレースは腰に携えていた小さな鞄から折りたたまれた紙を取りだし、それを広げてイルールに見せた。
「トルマリン王国は…この辺りだな。ここからクォーツ王国に行くとなると、この山脈を越え、反対側に行く必要がある。」
「えぇ。険しすぎて登るのは無理なんで、麓の道から回り込むしかねぇですね。」
「普通ならその道になるが、今回は別の道を試してもらいたい。こっちだ。」
そう言いながら、イルールは地図に指を這わせた。
その指の向かう先を見ているグレースは面食らっているようだ。
「…先生。そっちは確か断崖絶壁ですぜ。」
「その断崖絶壁に、巨大な穴が空いておるのだ。そしてその穴は山脈を貫通おり、穴を抜けるとクォーツ王国が見えてくる。」
「…クォーツ王国への近道。」
「そう言うことだ。」
「…先生の言葉を信じてねぇわけじゃねぇですが、そんな道があったら俺の耳に入って来るはずですぜ。でもそんな情報、聞いたこともねぇです。」
「知らないのも無理はない。そもそもその穴に続く道は結界魔法で隠されておるからな。私は運良くその道に気付き、好奇心の赴くままに馬車を進めて行くとその穴があったのだ。」
「魔法で隠されてるって…その道通っても大丈夫なんですかい?」
「問題は無い。私がその穴を見つけた時、入口の前にクォーツ王国の衛兵が立っておってな。その者に聞いた話によると、その穴はクォーツ王国が開通させたものらしい。クォーツ王国の要人が移動する際に使われるそうだが、その道の存在に気付いた者も通ることができるそうだ。私も実際に通ったが、1日もあれば通り抜けれる長さだったな。」
「…その隠された道がこの辺りにある…と。それ…口外しても良いんですかい?」
「あぁ。これも衛兵に聞いた話だが、その結界魔法はクォーツ王国の賢者が編んだ魔法だそうだ。その賢者に匹敵する実力者でなければ、例えわかっていたとしても隠された道を見つけることはできないため、口外したところで問題はない、と。」
「…なるほど。だったら納得ですぜ。」
グレースが納得しているという事は、イルールは賢者に匹敵する実力者ということなのだろう。
武の心得がある人だとは思っていたが、魔法にも精通しているのか。
「先生がそれを教えてくれたってことは…そう言うことですかい。」
「あぁ。こちらのお客様方なら…結界を見破れるのではないか?」
イルールはグレースから俺たちの方へ…正確にはセラフィへ視線を移しながらそう言った。
「流石、先生の慧眼は健在ですね。…もしかして、カリア君たちのこと知ってたんですかい?」
「いや。ただ…少し前の話だが、賢者ヒスイ様の弟子候補が2人現れたと耳にした。それがカリア様とセラフィ様であってもおかしくは無いと踏んでおるが…どうかね?」
「お見事です。まぁもうナイト王国が公表してるんで、先生の耳に届くのは時間の問題だと思いますが…その賢者ヒスイ様のお弟子様になったのが、こちらのカリア君とセラフィちゃんなんですよ。」
「おぉ。やはりそうであったか。」
「…どうしてわかったんだ?」
「カリア様。お恥ずかしい話ですが、私がこちらに来る前、あなた方の食事の様子を伺っていた事はお気付きだったかと。」
「まぁ…気付いてはいた。」
「カリア様に気づかれたと察した時、私の勘があなた様の力の一端を感じ取ったのです。今こうしてお話ししているだけでも、カリア様の底知れぬ武の力を感じております。」
「…得意分野まで見分けることができるのか。すごいな。」
「私の数少ない特技でございます。…対してセラフィ様は、魔の力に秀でておられるのではないでしょうか。」
「うん。魔法は得意。」
「やはりそうでございましたか。では件の結界も、セラフィ様であれば問題なく見破れるかと。」
「うん。教えてくれてありがとうございます、イルールさん。…良かったね、ラピス。トルマリン王国に寄っても、予定より早く着きそう。」
「うん!イルールさん、ありがとうございます!」
「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです。」
「…んじャあ、もう取引成立で良いだろ。余ッてる肉全部持ッてッてくれ。」
「おぉ。頂けるのであれば、是非。私が雇っている護衛の方々にもご馳走したいので。」
「わかッた。焼いて渡すから待ッててくれ。」
「火入れまでして頂けるとは…ありがとうございます。」
ロードはフライパンを持って焚き火の前に座り、余っていた肉を焼き始めた。
焼き上がるまで時間はまだある。その間、もう少し話を聞かせてもらおう。
「イルールさん。聞きたいことがあるんだけど、聞いても良いか?」
「えぇ、もちろんでございます。何なりとお聞きください。」
「黄竜か緑竜の居場所に心当たりは無いか?」
「…申し訳ございません。居場所については心当たりが無く。しかし…約30年前に目撃した事はございます。それも、2頭同時に。」
「…同時に?どこで見たんだ?」
正直聞くのも無駄かと思っていたが、聞いてみるものだな。
あの2頭についての情報が無い今、30年前であろうと目撃情報があるだけでもありがたい。
「…北にある大連峰はご存知でしょうか。」
「あぁ…北の荒野を隔てているアレか。」
「そうです。私が偶々そこに居合わせた際、荒野の方へ向かって飛んで行く2頭のドラゴンを見ました。その時の光景は今でも鮮明に覚えておりますが、あれは間違い無く黄竜と緑竜でした。」
北の荒野に向かって行った…?
あの荒野には何も無いはずだが…黄竜と緑竜が一緒に向かっていたとなると、目的も無く立ち寄ったわけではなさそうだ。何かしらの目的があったと見て間違い無い。
「そうだったのか…。ありがとう、イルールさん。貴重な情報だった。」
「いえいえ、とんでもございません。30年も前のお話ですが…お喜び頂けたのなら幸いです。」
確かに30年の月日は経っているが、あの2頭が一緒に向かっていたのだ。何かしらの痕跡が残っている可能性はゼロではない…はず。
そのうち、セラフィと一緒に行くことになりそうだ。




