積年の愛3
馬車でナイト王国の関所を越えてしばらく経った頃。
ロードが何かを思い出したかのように口を開いた。
「そう言やァ、本以外に褒美は貰ッたのか?」
「あぁ、結構な額のお金を貰った。貨幣口座も一緒にな。」
「ほォん…他には?」
「他には何も。」
「お姫さんは貰わなかッたのか?」
ロードの急な質問に、俺は少し思考が停止した。
気を落ち着けるために周りの様子を確認すると、俺とロードの対面に座っているセラフィとラピスはその問いかけに顔を強ばらせ、緊張した面持ちになっていた。
ロードは至って真面目な表情をしており、俺を茶化しているわけではなさそうだ。
「…アリウスの事か?」
「それ以外誰が居んだよ。」
「何で急にそんな話になるんだ…。」
「白竜の村から帰る途中で休憩した時、アリウスがお前に話してたじャねェか。」
一応、聞かれていたことは知らなかったことにしよう。
「…聞いてたのか。」
「あァ。こいつらも一緒にな。」
「「…。」」
ロードがセラフィたちに視線を向けると、二人ともその視線から逃げるように顔を逸らした。
「…アリウスも言ってたけど、あれは例え話だぞ。」
「じャあ、そォ言う話はされなかッたんだな?」
「あぁ、されてない。」
「まァ、そりャそうだよな。…もしされてたら、どォしたんだ?」
「…野暮なこと聞くんだな。」
「いいじャねェか。ここにアリウスは居ねェし。単純に気になんだよ。」
「はぁ…。されるわけないだろ。」
「例えばの話だ。」
…例えばの話。
俺があの場でアリウスとの婚約を提示されたとしたら。
「…さぁ?どうしたんだろうな。」
俺はそう言ってロードから顔を背け、会話を終わらせようとした。
この手の例え話を真面目に答えていたら、セラフィやラピスから質問攻めに遭うことは間違いない。
それはできるだけ避けたいところだが…。
「んだよツレねェな。」
俺の態度を見て、ロードはこれ以上の追及を止めにしてくれるようだ。
「…それ、私も気になるんだけど。」
「…私も。」
しかし、セラフィとラピスは俺を逃がしてはくれなかった。
「…その話は終わりにしたかったんだけどな。」
「終わらせないために聞いてるのよ。それで、どうするの?」
「…。」
「…婚約する?」
「いや…。」
このまま答えずに切り抜ける方法を考えたが、今の状態のラピスとセラフィからこの話題の興味を逸らすのは至難の業だ。
仕方ない。ある程度答えて落ち着いてもらうとしよう。
「…断るに決まってるだろ。」
俺の答えを聞いて、満足そうに頷いているロードの姿が横目に写った。
俺はその理由を問いただして話を逸らそうと思ったが、先にセラフィから声が掛かった。
「断れるの?あの状況で。」
…確かにセラフィの言う通り、国中の貴族やガイウスの居る前でアリウスとの婚約を断るのは、かなり気を遣わないといけない。
単純に『お断りします。』の一言で片付けるだけでも角が立つだろう。
「まぁ…角が立たないように断る。」
「…何て言って断るの?」
「…そこまで答える必要あるか?」
「だって、ちゃんと断れるか怪しいもん。」
セラフィはラピスの口添えに同調して頷いている。
入念と言うか執拗と言うか…。ロードにしてもそうだが、この3人は俺とアリウスの婚約に対して否定的な態度に見える。
「…これ以上何も聞かないなら、教えても良い。」
ラピスとセラフィは首を縦に振り、俺が話すのを待つ構えをとった。
「…『心に決めた人が居るから』って言って断るよ。」
「…お〜。確かにそれなら丸く収まりそうね。」
「…うん。」
先程刺した釘が機能しているのか、ラピスとセラフィはこれ以上質問してくることは無さそうだ。
「…で?その心に決めた人ッてのは誰なんだ?」
「おい…これ以上は何も聞かないって約束じゃなかったか?」
「俺は頷いてねェぞ。」
…確かに。ラピスとセラフィに気が向きすぎていたため、ロードの反応まで確認していなかったな。
「…もう勘弁してくれ。ただの方便だ。」
俺はそう言いながら、グレースに話し掛けるために御者席へと通じる小窓を開けた。
「なぁ、グレース。」
「ん?何だい、カリア君。」
「あ、逃げた。」
俺はラピスの発言を無視して話を続けた。
「そう言えば旅程の話を聞いてなかったと思ってな。今日の目的地はどこなんだ?」
「あぁはいはい。すまねぇ、話してなかったな。…ん〜っと…そうだな…。」
グレースは何やら思考を巡らせているようだ。
「もしかして、特に計画してないのか?」
「あぁいや、確かに計画ってほど綿密に予定を組んでるわけじゃねぇが…そうだな。目的地に名前が無ぇから、どう説明したもんかと思ってな。」
「目的地に名前が無い?」
「あぁ。この調子だと…あと4時間くらい進んだ先に、でっけぇ森の入口に差し掛かるんだ。」
「…その森の中を通るのか?」
「そうだ。だが、その頃にはもう日が落ちかかってる。森の中の夜道は危険だから、その森の入口前で今日は野宿する予定ってとこだな。」
「…一応俺もセラフィも居るから、森の中でも安全は確保できるぞ?」
「そりゃ頼もしい!…でもな、その森の夜は特に危険な獣で溢れてんだ。その脅威に対して俺たち人間は安心できるかもしれねぇが、馬はそうもいかねぇんだ。凶暴な獣の視線に当てられるだけでもかなり消耗しちまう。その森を抜けるには少なくとも半日はかかるからな…馬が可哀想だ。」
「…そうか、すまない。予定通り森の入口前で野宿にしよう。」
「あぁ。それに、面白ぇもんがあるかもしれねぇぞ?」
「え、面白いものって何?」
「いいかい?その森の前で野宿するのは俺らだけじゃねぇんだ。余程急いでなけりゃ、他の旅人も近くで野宿することになる。野宿する旅人が多けりゃ、即席で商いを始める奴も出てくる。そしてそう言う人間が集まったら…ちょっとした市場の出来上がりだ。」
「へぇ〜!確かに面白そう!」
「もしやってたら、皆で見に行く?」
「うん!行こ行こ!」
俺も気になるところではあるが、俺たちは他にやらなければならない事がある。
「まァ行くのは良いが…飯作ッた後だな。」
「あ…そうだった。食材はその森の中で調達できそう?」
「できると思うぞ。」
「じゃあ私とセラフィで器材の準備するから、ロードとカリアは食材の調達をお願いね。」
「おう。」
「わかった。」
「…なぁ。ちょっと聞きたいんだが…カリア君。」
「何だ?グレース。」
「もしかして…食料持って来て無いのかい?」
「あぁ、持って来てないぞ。ロードは何種類か調味料を持って来てるけどな。」
「野宿する場所で料理する…ってことかい?」
「そうだ。野宿することになったらそうしようって、皆で話してたんだ。」
「そりゃあロマンある話だが…料理道具や食器は持って来てるのか?そんな感じの荷物は乗せた覚えがねぇんだが…。」
「それも現地調達!」
「調達と言うより製作だけどな。」
「細かいことはいいの!」
「…製作?どうやって…?」
「ラピスは土魔法が上手だから、全部土で作れる。細かい成形と強度の確保はラピスに任せて、最後に私が火魔法と水魔法で殺菌と仕上げをすればできあがり。」
「…ははは。お見逸れしたぜ。流石は賢者の館出身ってわけだ…。」
「グレースも食べるか?」
「いいのかい?」
「もちろん!」
「おぉ…話には聞いてたが、絶品と噂のロード君の料理を食べれる機会が来るとは…!ありがたくご相伴にあずかるとするか!」
「誰だ?その噂流した奴は。」
「俺かな。」
「私かな。」
「…あんま期待させんじャねェよ。どんな食材で料理することになんのかわかんねェから、味の保証はできねェぞ。」
「ははは!じゃあ程々に期待しとくよ、ロード君。さて、そろそろ休憩を挟もう。それが終わったら休憩無しの予定だから、皆しっかり身体を伸ばして置くんだぞ。」
「わかった。」
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休憩を終えた俺たちは、再び馬車に揺られて数時間が経過した。
馬車の窓から見える外の平原は茜色に染まっており、日が沈みかかっているのだと察した。
グレースの話からすると、もうそろそろ到着する頃だろう。
俺は再び小窓を開け、グレースに話し掛けた。
「グレース、そろそろ到着する頃じゃないか?」
「おう、ちょうど見えてきたとこだぜ。人も結構集まってるみてぇだ。」
「ほんと!?」
ラピスはグレースの言葉を確かめるべく、馬車の窓を開けて身を乗り出し、進行方向に顔を向けた。
「ほんとだ!結構人が居るわね!」
「おい、俺にも見せろよラピス。」
俺はラピスとロードが奪い合っている窓の反対側の窓を開け、顔を外に出して確認してみた。
馬車が通れる程度に整えられた道の先には、グレースの言った通り見渡す限りの森が広がっていた。
森の入口前の平原には、少なくとも30台以上の馬車が点在している。
そして何より目を引くのが、森に通ずる道の両脇に並んでいる露店らしきテントと、そこに集う人々の塊だ。俺が想像していたより人数が多く、少し驚いてしまった。
「あんなに集まるのか…。」
「俺は何回か立ち寄った事があるんだが…今日は多い方だな。」
「そうなのか。」
「ねぇカリア。私も見たい。」
「あぁ…はい、どうぞ。」
「ありがと。」
俺が窓から出した顔を引っ込めると、セラフィも俺と同様に顔を出した。
「…おぉ〜。本当だ、結構人が居る。」
「露店もやってるみたいだし、楽しみだな。」
「うん…。ご飯作る前に少しだけ見に行っても良いんじゃない?」
「まぁ…そうだな。どうせ俺とロードは森に入りに行くし、セラフィとラピスが森の入口前まで見送りに来てくれるなら、少しだけ一緒に見て回ろうか。」
「うん、わかった。」
俺もセラフィも、食料の確保より目先の楽しみを優先した。




