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斯くてドラゴンは人になる  作者: 冫メ况。
2章~白黒の番
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白黒の番38

「バンデン。君の本当の名は何だ?」


賢者ヒスイは顔を曇らせながらも、鋭く真剣な眼差しをバンデンに向けていた。


「…本当の名だと?何をわけのわからん事を言っておるのだ?」


賢者ヒスイのその質問に、バンデンは首をかしげて眉間に皺を寄せており、理解できていない様子だった。

しかし、それはバンデンだけではない。セラフィやアリウス、そしてガイウスさえも理解できていないようだった。

当然、俺もその質問の真意はわからない。


「心当たりは…無いのかい?」

「…。」


賢者ヒスイは念を押すようにそう問いかけたが、バンデンは賢者ヒスイの心の内を探るような目で見るばかりだ。


「…違う質問をしよう。私の故郷の料理で、カレーと言う食べ物があるんだけど…知っているかい?」


その質問を受けたバンデンは、更に眉間の皺を深めた。賢者ヒスイの真意が更にわからなくなったことだろう。

俺もそのカレーと言う料理については全く知らないし、聞いたこともない。

ロードなら知っているかもしれないが…それを知っていたとして、一体何だというのだろうか。


「…私に本当の名があったとして…そのカレーと言う料理を知っていたとして…。貴様は何が言いたいのだ。」


俺だけでなく、この場に居る全員がその疑問を抱いたことだろう。

そのバンデンの言葉を聞いた賢者ヒスイは、曇った表情から晴れやかなそれに一転した。


「君に本当の名があって、その料理について知っていたとしたら…私が言いたいことは自ずとわかるはずなんだよ。君がそういう反応をするということは…どうやら違ったみたいだね。」

「…どういうことだ?何か違うのだ?先の質問は一体何なのだ?」

「君には関係無いことだったから、気にしなくていいよ。」

「な…!貴様から聞いておいて…勝手すぎるのではないかな?」

「…はぁ。そんな事を聞いてる余裕があるのかい?自分の心配をした方がいいんじゃないかな。」


賢者ヒスイは目を閉じ、バンデンをあしらうように手を振った。バンデンに興味をなくしたと言わんばかりの振る舞いだ。


「…はっ。これから私はどうなると言うのかね?参考までに聞かせて欲しいものだな。」


これ以上賢者ヒスイと話しても仕方ないと感じのか、バンデンはガイウスに視線を向けてそう言った。


「…バンデン。貴様には余罪も多くある事だろう。追って沙汰は報せるが…生きて牢から出られるとは思うなよ?」

「…ふっ。がはははは!」

「…何がおかしい。」

「牢に入る?この私が?冗談も休み休み言うのだな、ガイウス。…そもそも、18年前の出来事など時効ではないのかね?今ではこうして国に献身していることを考慮すれば───」


バンデンの図太い態度にはどこか余裕すら感じていたが…やはりこの場を何とかできる手段があるらしいな。

だが…何か行動を起こすとしても、バンデンは結界を突破する必要がある。仮にトールの力を使ったとしても、結界を壊すことはできないだろう。

だとすれば…バンデンが取れる方法は、俺が思いつく限り一つしかない。トールが雇っていた賊や、アスベストが使っていた魔道具…魔法を封じる指輪を使う事だ。

しかし改めてバンデンを確認しても、その両の手に指輪は付いていない。

あの魔道具を使わずに、この状況を脱することができるか…?

バンデンの聞くに絶えない言い訳を聞き流しながらそんな事を考えていると、隣に居るセラフィから声が掛かった。


「…カリア。」

「なんだ?」

「あの男…結界の中に、自分の魔力を充満させてる。」

「やたらと口数が多い奴だとは思ってたけど、何かの準備をするためだったか。」

「うん、そうみたい。どうする?」

「…とりあえず泳がせておくか。トールにだけ注意していれば大丈夫なはずだ。」

「…わかった。」


尚も続いているバンデンの言い訳に業を煮やしたガイウスは、バンデンを一喝した。


「黙れ!もう良い!その口を開くな!」


怒鳴りながら、ガイウスはバンデンに向かって何か魔法を使おうと魔法を構築した。


「おぉ…怖い怖い。だが…。」


バンデンは一瞬驚いた顔をしておどけていたが、その表情はすぐにしたり顔になった。

すると突然、バンデンたちを囲んでいた結界が解け、ガイウスが構築していた魔法もかき消された。

思った通り、バンデンは魔法を封じる魔道具を使っているようだが…指輪が見当たらないな。

…まぁ指輪の形をしているからと言って、必ずしも指に嵌める必要は無いのかもしれない。魔道具は魔法を流せば起動するため、身体のどこかに指輪を隠し持っているのだろう。


「…なっ!」

「驚くのはまだ早いぞ?…はっ!」


バンデンがそう言い放った瞬間、赤い絨毯の両脇に居た貴族のほとんどが気絶してその場で倒れて行った。

周りの状況を確認すると、俺とセラフィ、アリウス、賢者ヒスイ、ガイウスは無事のようだ。

トールと、そして恐らく魔力を持たない貴族(ハロルドを含む5人の魔力を持たない貴族が、ガイウスによって固めて配置されていたらしい。)は倒れこそしなかったが、呆然としていて目の焦点が合っていない。


「ちっ…貴様らも倒れておれば楽だったんだがな。」

「…バンデン…貴様一体何をした。」

「さぁな?貴様が知る必要は無い。」

「…固有魔法を使ったんでしょう。結界の中に自分の魔力を充満させておいたのは、結界を解いた後、広範囲に拡散させるため。そして、その魔力に触れた人間に対して固有魔法を発動させた。…まさか、魔力を持つ人を気絶させる程の干渉力があるとは思わなかった。」

「…流石は賢者の弟子と言ったところか。まぁ仕組みがわかったところで、今の貴様らにはどうすることもできんだろう?私のように、特別な魔法を持ち合わせてない限りはな。」

「…。」


俺やセラフィの固有魔法では、この場では使えなさそうだ。バンデンだけならまだしも、その他の人間も殺してしまいかねない。

俺は賢者ヒスイに視線を送り、魂操魔法で何とかできないかと目で訴えた。


「…私の固有魔法は当てにしないでくれ。この状況では役に立たない。」

「…そうか。じゃあ後は俺に任せてくれ。」

「うん…頼んだよ。」


俺は賢者ヒスイの言葉に頷いて応え、バンデンに向かって歩みを進めた。


「…おい!トール!起きるんだ!貴様らもだ!無能貴族共め!」


バンデンがそう呼びかけると、トールとハロルドたち貴族らが我に返った。


「…バンデンさん?俺は一体…。」

「トール!作戦通りの状況だぞ!さっさとこいつらを始末しろ!貴様らも手伝え!無能貴族共!」

「「「は…はいぃ!」」」


貴族たちの返事が聞こえて振り返ると、バンデンに命令されたハロルドたちが賢者ヒスイとセラフィに襲い掛かっていた。

大方、トールやハロルドたちの記憶を改ざんして、事前に作戦を練っていたことにしたのだろう。『竜の涙』で見た記憶も消されているはずだ。

バンデンは、この状況から全員で襲撃すれば勝てると踏んでいるらしい。

実際俺がトールを止められなかったら、バンデンに与する者以外は殺されていたかもしれない。


「…参ったね。私の身体は普通の人間より頑丈だけど、肉弾戦は得意じゃないんだよ…ね!」

「…私も。」


賢者ヒスイとセラフィの言葉に偽りは無く、迫り来る貴族たちの攻撃を防ぐばかりで、反撃できる余裕は無さそうだ。


「師匠!」

「セラフィ!」


ガイウスとアリウスが襲われている二人の身を案じており、今にも助太刀に向かいそうな勢いだ。


「ガイウスとアリウスはそこから動かないでくれ。俺が何とかする。」

「…っ。」

「…うん。」


二人とも俺の言葉に頷いて応え、その場で大人しくしてくれるようだ。

しかし何とかするとは言ったものの、今俺がセラフィたちを助けに行けばトールが自由に動けてしまうことになる。

セラフィたちを助けに行っている間にガイウスを狙われたら、流石にガイウスを守り切れる自信は無い。

幸い、襲われているのは賢者ヒスイとセラフィだ。普通の人間相手に大した傷は負わないだろう。

二人が耐えている間に、トールを倒すしかない。

考えがまとまった俺はトールとバンデンの方に向き直り、戦闘態勢に入った。

それを見たトールも戦闘態勢に入る…かと思ったが、怪訝な表情を俺に向けながら口を開いた。


「…何だ?嬢ちゃんたちを助けに行かねぇのか?」

「お前を黙らせないと、安心して助けに行けないんだよ。」

「…はぁ?俺なんか気にすることねぇだろ…。」


トールは片手で頭を掻きながら、呆れた声でそう言った。


「トール!何をぼさっとしておるのだ!作戦通りに動け!」

「…作戦通りに…ですかい。」

「そうだ!さっさとこいつらを…ガイウスを!始末しろ!」

「…はっ。」


軽く笑いながら、トールはこちらに向かって歩いてきた。

しかしその足取りからは、闘う気力も敵意も感じられない。

そしてその足が向かう先は俺ではなく、俺の後方であることに気が付いた。


「…トール…どういうことだ?」


俺は戦闘態勢を解き、トールとすれ違いざまにそう尋ねた。


「見りゃわかんだろ。殺る気はねぇ。」


そう答えたトールはそのまま歩みを進め、セラフィと賢者ヒスイに近づいて行った。


「カリア君!トール君を止め───」

「ガイウス…大丈夫。トールは味方だ。」

「…味方?」


ガイウスは、俺に向けていた視線をゆっくりとトールに移した。

するとそこでは、セラフィと賢者ヒスイに殴り掛かっていた貴族の一人が、宙に浮いていた。


「がはっ…!」


その貴族はそのまま床に叩きつけられ、気を失ったようだ。


「ど…どうしてあなたが…!裏切ったのですか!?」


セラフィたちと貴族たちの間に割って入ったトールに、ハロルドがそう問いかけた。


「まぁ…そんなところだな。」


トールはハロルドに近づきながらそう返した後、ハロルドの鳩尾を殴りつけて気絶させた。

残り3人の貴族が狼狽えている内に、トールは素早い身のこなしで顔面を殴り…蹴り飛ばし…床に叩きつけ…全員を戦闘不能にした。

それを見ていたバンデンは、怒りの表情を露わにしていた。


「トール…!貴様ぁ…!」

「…バンデンさん。カリアが起きてる時点で俺らの負けですよ…。諦めて投降しましょうや。」


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