白黒の番35
日付を跨いで夜も更けてきた頃、俺たちはナイト王国の王宮敷地内に到着した。
ガイウスはお忍びで外出していたためナイト王国への入国は難航すると思っていたが、事情を知っている関所や門番の関係者が予め配置されていたおかげで、俺たちは手際良く王宮内に入ることができた。
王宮の入口前で馬車を降りた俺たちの下に、その関係者が迎えに来た。
「陛下。お帰りなさいませ。執務室で賢者様がお待ちしております。」
「出迎えご苦労。もう少しだけ待ってもらいたい。」
ガイウスはそう言いながら、御者のグレースに顔を向けた。
「グレース。此度の報酬だが、後日使いの者に持たせて『旅馬』へ送るよう手配する。ご苦労であった。」
「ありがとうございます。」
「世話になったな、グレース。また頼むよ。」
「いつでも来てくれ、カリア君。俺が店に居なくても、カリア君に渡したカードを見せたら誰かが対応してくれるはずだ。」
「わかった。」
「んじゃ、またな。」
そう言って、グレースは馬車を走らせて『旅馬』へ戻って行った。
それを見送った後、俺たちはガイウスと一緒に執務室へ向かうことになった。
深夜ということもあり、王宮の中は人気がほとんどない。見回りをしている騎士が若干名居るだけだ。
そもそも王宮の敷地内に侵入することが容易ではないため、内部の警戒を手薄にしているのかもしれないが…少し心配だ。
そんなことを考えている内に、執務室に到着した。
ガイウスが扉を開け中に入ると、賢者ヒスイに出迎えられた。
「皆お帰り。連絡通り、遅い到着だったね。」
「師匠。各所へ手を回して頂きありがとうございます。おかげで手早く到着できました。」
「それは良かった。事情はカリアから聞いたよ。…セラフィが持っているのが『竜の涙』かい?」
「うん、そう。」
「へぇ、これが。見るのは初めてだ。」
賢者ヒスイはセラフィが持っている『竜の涙』を興味深そうに見ていた。
「賢者ヒスイも知ってたんだな。」
「うん。前王に話を聞いたことがあるだけなんだけどね。その『竜の涙』で…あの日の出来事を見たんだね。」
「そうだ。」
「へぇ…。じゃあ例えば、今から100年前の記憶は見れるのかい?」
「ここ50年間の記憶なら全部見れるけど、それ以前の記憶に欠落があって…見れない部分もある。」
「…ま、それはそうか。」
「…どういうことだ?」
「…あ。いや、何でもない。忘れてくれ。」
賢者ヒスイは、失言してしまったと顔に書いているかの如く焦っていた。
「記憶の欠落について、何か知ってるんじゃないのか?」
「いや〜…。ん〜…。はぁ…。ごめんね。話せないんだ。」
「どうして?」
「それも…話せない。」
「どうしたら話せるようになるんだ?」
「…勘弁してくれないか。こればかりはどうしようもないんだ。」
賢者ヒスイにそこまで言われては、これ以上何も聞くことはできないな。
シャルの記憶の欠落について知ることができないのは残念だが、賢者ヒスイにやんごとなき理由があって話せないことがわかっただけでも収穫だろう。
「…わかった。そこまで言うならこれ以上は聞かない。ちなみに、俺がその理由を調べて回ることもダメなのか?」
「いや、それについては自由にしてくれて良いよ。私から話すことができないだけだから。」
「じゃあそうさせてもらう。」
「うん。…ごめんね。」
話したくても話せない。賢者ヒスイはそんな雰囲気を纏っているように見えた。
「…もうこんな時間だ。手短に今後の話をさせて欲しい。」
発言の機を伺っていたガイウスはそう言って、話を続けた。
「あの男の裁判は、本日中に行うつもりだ。カリア君とセラフィ君には申し訳ないが、その裁判に立ち会ってもらいたい。」
「俺は元からそのつもりだ。」
「私も。」
「助かる。ラピス君とロード君も事情を知っているため、この王宮から出すことはできない。無闇に口外することは無いとわかってはいるが、情報統制のため、ことが済むまで王宮で待機をお願いしたい。」
「はい!わかりました!」
「了解だ。」
「ありがとう。と言うわけで今日は皆、王宮に泊まってもらうことになる。部屋の用意はアリウスに任せても良いか?」
「承ります。…セラフィとラピスは、私の部屋に泊めても良いですか?」
「…まぁ良いだろう。」
「ありがとうございます。カリアとロードは相部屋でも平気?」
「良いぞ。」
「平気だ。」
「じゃあそれで用意するね。では父様。私は皆を連れて、使用人さんに準備をお願いして来ます。」
「わかった。私は師匠と話をして裁判の準備に取り掛かる。…それと、すまないが『竜の涙』はセラフィ君かカリア君が持っていて欲しい。その方が、アトラスも安心するだろう。」
「わかった。このまま私が持ってて良い?」
「あぁ、頼んだ。」
「ありがとう。もし何かあったら、執務室に来なさい。」
「承知しました。皆、行こう。」
俺とセラフィ、ラピス、ロードはアリウスに連れられて執務室を出た後、最初にアリウスが案内したのは俺たちの相部屋だった。
「二人はこの部屋を使って。お客様がいつ来ても良いように準備されてる部屋だから、そのまま使えるよ。」
「ありがとう。使わせてもらうよ。」
「明日裁判が始まったら、ラピスはこの部屋でロードと一緒に待機しててね。」
「…もう。気を遣わなくていいのに…。」
「裁判が長引くかもしれないし、一人だとお互い退屈でしょ?」
「まぁ…確かに。ありがと、アリウス。」
「いいのいいの。じゃあ二人とも、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
「じャあな。」
そうしてアリウスたちと少し言葉を交わした後、アリウスたちは部屋の前に俺とロードを残して行った。
「…先に部屋に入っててくれ、ロード。」
「何するつもりだ?」
「ちょっと用を足しに行ってくるだけだ。」
「どッちの意味だ、それ。」
「どっちだと思う?」
「…大した用じャ無さそうだな。先に寝てるぞ。」
「あぁ、おやすみ。」
「おゥ。」
ロードは俺が何か隠していることは察していたみたいだが、聞き分けてくれたらしく、そのまま部屋に入って行った。
「…さて、どこかいい場所はあるか?」
俺は誰に話しかけるでもなく、それでいて独り言というには少し大きめの声量でそう言った。
すると俺たちの後を付けていた気配が動き出したため、俺はその気配を追った。
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「…ここなら見回りの騎士は来ねぇよ。」
俺が追っていた気配が立ち止まると、そう言いながら俺に姿を現した。
「まるで王宮に頻繁に侵入しているような言い方だな、トール。」
「実際そうだからな。てか、お前知ってたんじゃねぇのかよ。」
「知ってたわけじゃない。ただ、トールなら容易に侵入できるだろうとは思っていた。王宮周りの警備は、魔法を使わずに人並外れた身体能力を発揮できるお前という存在に弱い造りだからな。…ガイウスを暗殺するなり、機密品を盗むなりできたんじゃないか?」
「中に入る分には余裕だが、重要なもんがある部屋には強固な結界が張ってある。ガイウスが居る部屋も当然張ってある。盗めるもんは、会話が精々だったな。」
なるほど。それなら見回りが手薄なのも頷ける。
「…それで、俺に何か用か?」
「はぁ?お前が俺を呼んだんだろうが。」
「…てっきり、俺に用があると思って呼んだんだ。そもそも、なんでお前は王宮に侵入してたんだ?」
「…バンデンさんが、ガイウスが王宮に帰って来たって情報を掴んだ。昨日か一昨日だか、ガイウスは病を患って自室で寝込んでるって話だったが、俺がその日に調べて嘘だってことはわかってたんだ。そんな嘘を吐いてまで外出していた理由を調べて来いって、命令されたんだよ。」
「なるほどな。まだバンデンに協力してるのか?」
「そうしねぇと、バンデンさんが何かした時に内側から証拠集めできねぇだろ。…だが、お前を殺すことに失敗したことは賊の責任にしておいた。お前の実力は隠しておいた方が都合がいいだろ。」
「そうだな。その方が都合がいい。…今日はこのまま帰って良いぞ。ただ、バンデンには何もわからなかったと報告してくれ。」
「実際わかんねぇからな。そう言うしかねぇが…何かあんのか?」
「夜が明ければわかる。」
「…そうかよ。んじゃあ俺は帰るぜ。」
「あぁ、気をつけて帰れよ。」
俺はそう言ってトールに背を向けると、すぐに気配が遠ざかって行った。
俺個人としてはトールを信用しているが、万が一ということもある。
トールには悪いが、何も知らせずに夜明けを迎えてもらおう。
その後俺がロードのいる部屋に戻ると、ロードは宣言通り先に寝ていた。俺も裁判に備えて寝るとしよう。




