【短編版】「文句があるなら俺より稼いでみろ」と言われたので、そうすることにしました~現代知識で日本文化を流行させて成り上がります~
婚約者の様子が最近おかしいと思っていたけれど、とうとう浮気の証拠を見つけてしまった。とある男爵令嬢からの手紙と、それに対する彼の、書きかけの返事だ。
『ウラキス様、次はいつお会いできるのでしょうか。先日お会いした際は、一晩中あなた様を感じることができ、身も心も熱くなってしまいました。1日でも早くまたお会いして、ウラキス様の体温を感じたいです』
『ラフリーヌ、俺も早く会いたい。君は本当に花のように可憐で、宝石のように美しい。俺の婚約者である、地味で冴えないレティーとは大違いだ。ああ、運命とはなんて残酷なんだろう。レティーさえいなければ、毎日でも君と愛し合いたいのに』
私は今18歳だが、ウラキス様とは家同士の決定で、13歳の時から婚約していた。
彼はギルモノ公爵家の嫡男であり、私はルシャルダン侯爵家の長女。爵位でいえば彼の家の方が上だ。だけど、私の魔力と彼の魔力は相性がいいと、この国の子どもなら誰もが受ける魔力判定式で判明し、婚約のきっかけとなった。いつか自分の血筋から勇者を出したいと、魔力の高い子どもを欲する公爵様が、私をウラキス様の婚約者にと望んだのだ。
ウラキス様も、婚約が決まってから今まで、婚約を解消したいと言い出すことはなかった。むしろ出会ってから数年の間は、彼の方も「愛してる」と言って、スキンシップなどもベタベタと、過剰なまでに私の身体に触れてきた。
だけど時を重ねるうちに、ウラキス様は素っ気なくなっていった。これまでも何度か、いろんな女性と夜会で親しくしていたり、街で買い物していたりという噂を聞いたのだけど……「社交は貴族にとって重要だから」「偶然会っただけ」とずっと誤魔化され続けてきたのだ。
怪しいと思う気持ちと、信じたい気持ちがあった。お互いの家のための婚約なのだし、ウラキス様との関係を良好にしたくて、自分から何度も歩み寄った。次期公爵の妻として相応しい人間になろうと、勉強や舞踏だって必死に努力してきた。
だけど、私との婚約は彼にとってもはや「運命とはなんて残酷なんだ」と嘆くようなものになっていたらしい。
呆然としていると、ガチャッと音がして、この部屋の主――ウラキス様が入ってきた。
「レティー、お待たせ。……あれ? その手紙は……」
最近なかなか会えていなかったから、「今日は久々に2人でゆっくりしよう」と彼の部屋に招かれていたのだ。そして彼がお手洗いに行っている間に、窓から入ってきた風でウラキス様と浮気相手の手紙が私のもとに飛んできて……という状況である。
「ウラキス様……この手紙は一体……?」
尋ねると、彼の表情が変わった。
気まずそうな顔でも、申し訳なさそうな顔でもなく、不機嫌そうな顔だ。
「……読んだんだな? だったら、わかるだろう。見ての通りだ」
「……ちなみに、ウラキス様が私以外の女性と関係を持つのは、今回が初めてではないですよね?」
別に、この手紙の「ラフリーヌ」さんとやらに本気で惚れてしまったわけではないのだと思う。いや、今は本気であっても、そのうち熱が冷めるはずだ。彼はそうやって、今まで陰で女性をとっかえひっかえしていたのだから。
するとウラキス様は、一言も謝罪することなく、むしろ開き直って言った。
「だって、ずっと同じ女といたら、飽きるのは当然だろう。それに夜会に行けば、君よりもっと美しい令嬢達がたくさんいるのだから、目移りするのは仕方ないじゃないか」
だから自分は悪くない、と言いたいらしい。私の気持ちなんてお構いなしだ。
「……わかりました。ともかく、婚約解消ということですね」
「いや? 結婚はする。だが、他の女と遊ぶことをやめるつもりはない」
「――はい?」
「女遊びは男の甲斐性だ。このくらいのこと、笑って許せるのがいい女だぞ」
ウラキス様は反省ではなく、私を非難する目をしていた。
……え? はい? まるで、笑って許せない私が悪いかのような言い分だけど。なぜ、私が責められる側なのですか。
「俺達の結婚は家同士の決めごとでもあるし、それを解消するのは外聞が悪い。手紙のラフリーヌの件は、遊びであって別に本気じゃないさ。お前のことを貶めていたのも、ラフリーヌの機嫌をとるためであって……そのくらいわかるだろう?」
まったくわからない。私と結婚するつもりなら、なぜ他の女性をその気にさせるというのか。私にもお相手にも失礼だろう。
(大体、手紙であんなことを書いていた相手を、信用なんてできるはずがない)
けれどウラキス様は「お前が俺に逆らえるわけがない」とばかりに威圧的な目で私を見る。もはや、出会った頃とはまるで別人のようだ。
「お前は侯爵家の娘とはいえ、領地は兄が継ぐのだろう。なら俺と結婚するしか、この先、生きていく道はないだろ。お前みたいな地味女をもらってくれる男が他にいるとも思えんしな。この先、誰のおかげで生活ができると思っているんだ?」
「……ご自分が不貞をしたのに、謝罪を口にすることもなく、威圧して私を従わせようというのですか。次期公爵ともあろう御方が、そのような……」
「口応えをするな!」
ガシャン! と音がして、テーブルに載っていたティーカップ――紅茶が、床に落とされる。
(……!)
「俺は次期公爵だ。お前は俺の領主としての収入で生きる以外に、道はないんだ。文句があるなら俺より稼いでみることだな」
一人で生きていくなんて、どうせ無理だろう。お前は俺の下で生きていくしかできないんだ――そんな侮辱が滲み出る態度だった。
「わかりました」
こんなことを言う人と、もう一緒にいられるわけがない。
これ以上、一秒でも一緒にいたくなくてはっきりとそう言った。ウラキス様は、虚を突かれたような顔をしていた。私がこんなことを言うなんて考えていなかったのだろう。少し脅せば、私は情けなく謝ることしかできないと思っていたに違いない。
「これからは、一人で生きてゆきます。あなたとの結婚はこちらから願い下げですので、さようなら」
彼の浮気の証拠である手紙を握ったまま、私はギルモノ邸を背にした。
◇ ◇ ◇
あれから自分の屋敷に戻り、両親と兄にウラキスとのことを告げたところ、皆「ウラキス様に謝ってきなさい」と言うだけだった。公爵家との婚約がなくなるのは我が家にとって損失だからお前が黙って我慢しなさい、とのことだ。
「嫁にも行かないような娘を、いつまでも家に置いてやる気はないぞ。ウラキス様に謝る気がないなら、この家を出て行きなさい」
「わかりました、出て行きます」
どうせ私が頭を下げて謝るのだろうと思っていたらしいお父様は、驚いた顔をしていたけれど、自分の発言を撤回する気もないらしい。
「なんだ、その態度は……! ウラキス様に謝る気がないのなら、お前は本当に勘当だからな。なんの役にも立たないうえに従順さもない娘なんて、うちに必要ない!」
こうして私は、家を出て行くことになった。
多分、家族は「どうせすぐ泣いて帰ってくるだろう」と侮っていたようだけど、私は戻るつもりなんてない。
ウラキスに頭を下げて結婚してもらうなんて絶対に嫌だし、家族にも勘当され、絶体絶命とも言える状況である。だけど、私の心は沈んではいなかった。
実をいうと、ウラキスがティーカップを落とした、ガシャンという音を聞いたあの瞬間。あまりの憤りのせいなのか、大きな音が引き金になったのか、理由はわからないけど――前世の記憶が戻ってきたのだ。
私の前世は、ごく普通の契約社員。ある日事故で命を落とすまで、地味でしがない日々を送っていたけれど……高校生だった頃は、安らげる場所があった。
高校時代、私は茶道部だったのだ。「お菓子が食べられるから」という単純な理由で入部したのだが、お抹茶を飲んでまったりできる空間は居心地よく、意外とハマってしまった。
(まさかその知識が、異世界で役立つ日が来るとは)
なぜ、お茶の知識がこの世界で役に立つのか? その理由は――
この国の王が、かなりの変わり者だからである。
この国には『魔王を倒した者が王になれる』という掟があるのだ。
この世界とは異なる次元に「魔界」なるものがあり、普段魔界への門は閉じている。だけど数十年に一度、いまだに原理は解明されていないが――おそらく魔力の満ち欠けによって、その門が開いてしまう。そして、魔王が現れるのだ。
その際に、魔王を倒した者がこの国の王となる。それがこの国の掟であり、神による定めだ。魔王を倒すという偉業を達成すれば、身分も性別も関係ない。
そんなわけで現在の王は平民出身の、元Sランク冒険者の男性だ。
そして――その王様は、「俺に、最高にうまい緑の飲み物を味わわせてくれた者に褒美を与える」と宣言している。
なんでも、冒険者として過酷な旅をしてきた時「異世界からやってきた」と自称する人間に、「泡立った緑の飲み物」と「甘いものが挟まった菓子」をご馳走してもらったのだという。
この世界の伝承において、恐ろしい「魔界」とはまったく別の、文明が発達した理想郷「異世界」があることは語り継がれている。しかし王が出会った自称異世界人は、その後すぐ元の世界に帰ってしまったそうだ。だが王はその時の飲み物の味が忘れられず、もう一度味わいたいと熱望しているらしい。
(正直、元の世界に帰る方法があるのか、っていうのも驚きだけど。……でも元の人生もそんなにいいものじゃなかったし、今更帰りたいわけじゃない)
ともかく王は年に一度、「最高においしい飲み物品評会」を開催する。だいぶシリアスさに欠ける名前だけど、王がそういう名で開催しているのだから仕方がない。
その品評会で王は、参加者から献上された飲み物を片っ端から飲んでゆくのだ。
本来、王が得体の知れないものを口にするなど、とんでもない話である。
だがこの国の王は、何せ元・バリバリの冒険者。「体調なんて崩しても回復薬を飲めば治る」と言ってけろりとしている。己の実力で魔王を倒した勇者の思考回路は、なかなかに脳筋だ。
さて、その「最高においしい飲み物品評会」は、1ヶ月半後に開催される今年の会で、第3回目となる。しかし、いまだに王が望むものを作れた者はいない。「泡立った緑の飲み物」ということから、皆野菜をすり潰して混ぜた、青汁や野菜シェイクのようなものを作ってしまっているようだ。
(でも、前世の記憶が戻ったから、わかる。王様が気に入った緑の飲み物っていうのは、きっと抹茶のことだ)
ちょうど、季節は春の始め。今から行動を起こせば、品評会で王に抹茶を味わってもらうことはできるはず。
私は現在勘当されたとはいえ、もともと侯爵家の娘であり、夜会などにおける社交はちゃんとしてきた。それなりに顔は広いし、ある程度のツテはある。
そこでまず私は、以前、貴族以外でも、大商人や医師など一定の身分の者であれば参加できる夜会で知り合った商人・デリックさんに会うことにした。まだ20代だけれど幅広い商売を成功させている、やり手の男性だ。
彼の仕事場であるゴールダム商会に行くと、突然訪ねたにもかかわらず、デリックさんは嫌な顔せず出迎えてくれた。
「これはこれは、レティー様。供もつけずにお一人で、どうなさいました?」
応接間に通され2人きりになり、私は早速本題に入る。
「単刀直入に言います。私は、次の品評会で優勝できる飲み物の作り方を知っています。お互い利害が一致すると思いますので、力を合わせませんか」
だらだらと談笑するよりも最初に興味を引きつけた方が、商人であり多忙なデリックさんにとっては有効なはずだ。回りくどい言い方はしない。
デリックさんはかなりの野心家であり、以前夜会で話した際も、品評会用の飲み物について研究していると言っていた。私の話をどこまで信じてもらえるかはわからないが、惹かれはするはずだ。
「ほう……実に興味深い。今、その飲み物を作っていただくことはできるのでしょうか」
「そうしたいのですが、材料がないのです。だからこそ、力を合わせましょうとお願いをしに参りました」
「なるほど。入手困難な材料だから、我が商会で調達する代わりに、飲み物の製法を教えていただけると?」
「入手というより、そもそも材料の製法の問題です。材料自体は、紅茶の元となる木と同じものがあればいいのですが、そこに手をくわえる必要がありまして。ゴールダム商会は、紅茶農園とも取引がありますよね? 取り計らっていただけないかと」
デリックさんは、ふむ、と顎の下に手を当てた。
「つまりこれは、品評会に向けての商品開発に、ルシャルダン侯爵家がパトロンになってくれるというお話でしょうか?」
「いえ。家は関係ない、私個人との取引きだとお思いください」
「レティー様個人と? それはまた、一体どういう理由で」
「実はこのたび、婚約者に『文句があるなら俺より稼いでみろ』と言われてしまいまして。そう言われたからには、その通りにしてやろうと思ったまでですわ」
デリックさんは一瞬ぽかんとした顔を浮かべたものの、ふっと吹き出し、やがて腹を抱えて笑った。
「はは、いいですねえ! そういう反骨心、私は好きですよ」
デリックさんは自身が商魂たくましく向上心があるからこそ、女性も、おとなしいだけの令嬢より胆力のある相手を好む。恋愛的な意味で彼に好かれようと思っているわけではないけれど、今の言葉は、下手な泣き落としより彼の心には刺さったようだ。
「おっと、すみません。あなたにとっては笑いごとではないというのに、失礼でしたね」
「いえ。笑い飛ばしてもらうくらいの方が、こちらとしてもやりやすいですから」
下手に哀れまれたら居心地が悪い。デリックさんのこういうさっぱりしたところを、私は好ましく思う。
「結婚しようという相手に、経済力を盾に口を塞ごうとするなど、卑劣極まりない言い分です。そういう事情なら、ぜひ協力させてください」
「ありがとうございます」
「ただ、一つ気になるのですが。レティー様はその飲み物の製法とやらを、どこで知ったのですか?」
(……まあ、そりゃあ聞かれるよね)
前世は異世界人だった、なんて、無駄に注目を浴びそうだから多くの人に知られたくはない。だけどこれからお互い力を合わせてゆくなら、デリックさんには話すべきだろう。
「……信じていただけるかは、わかりませんが。先日、前世の記憶を取り戻したのです。前世で私は異世界人であり、この世界とは異なる文化の中で生きていて……飲み物以外にも、こちらの世界で売れそうな商品の知識がいろいろあります」
(いやー、やっぱり怪しいかな……)
ドキドキしながらデリックさんを見ると――私の心配に反して、彼はキラキラと目を輝かせていた。
「なんと……素晴らしい! とても興味深いお話です、ぜひいろいろ聞かせていただきたい!」
「し、信じてもらえたようでよかったです。ですが、私が元異世界人であることは、あまり言わないでほしいのですが……」
「もちろんです。言えば、レティー様は無駄に注目を浴びることになってしまいますし、利用しようと狙う輩も出てくるでしょうしね。あなたが元異世界人であるというのは、とても重要な情報です……。なのに私には打ち明けてくださって、誠にありがとうございます」
「い、いえいえ。知識だけあっても、原料がなければ何も作ることはできないので、私としてもデリックさんの存在は必要不可欠なんです。これから、いろいろとよろしくお願いします」
その後、家に帰ることができない私に、デリックさんは商会の商人見習いが寝泊まりする宿――前世でいう社員寮のようなものに、私が住めるよう手配してくれた。
代わりに、私はこれから商品開発をバリバリやっていく。デリックさんに親切にしてしてもらっているぶん、私も彼に利益を返してゆきたいと思う。
(よーし。これから抹茶作り、頑張るぞ!)
◇ ◇ ◇
翌日から、抹茶を作るための日々が始まった。
紅茶、緑茶、烏龍茶、そして抹茶は、全て同じツバキ科の常緑樹である「チャノキ」という植物からできている。
この世界には既に紅茶は存在しているので、つまり紅茶の元となる同じ植物から、抹茶を作ることも可能なのだ。ただし、紅茶と抹茶では栽培法や製法が異なる。
(文化祭、茶道部はお茶を点てる以外に、抹茶の歴史や成り立ちについて調べて展示するっていうのもやったから、覚えてるんだよね。まさかこんなふうに役に立つとは)
デリックさんに連れてきてもらった紅茶農園――茶園にて。私はそこで働く人々に、抹茶の製法を説明してゆく。
「まずは茶園に覆いをして、日光を遮断します」
「え? 植物は、よく日の光を当てなければ育たないのではないのですか」
「抹茶を作るには、一定期間、日光を遮る必要があるんです。そうすることで、お茶の旨味成分が増加して、おいしい抹茶になるんですよ」
茶園の人々は戸惑いの表情を浮かべていたけれど、デリックさんが「万が一何かあった時は賠償金を払う」と言ってくれたので、皆さん納得してくれた。
(ちょうど、時期がよかったなあ。新芽が出た頃に覆いをする必要があるから、助かった)
デリックさんが雇ってくれた人々が、茶園に、藤棚のように木を組んだ棚を造ってくれ、そこに葦簀という、葦で編んだすだれと藁を被せてゆく。覆下栽培という方法だ。
そうして茶摘みまでの間は、ゴールダム商会で別の商品開発をしたり、抹茶ができた後のための物品の準備を進めたりしていった。茶葉を抹茶にするために必要な石臼や、お茶を点てるための茶筅の製作だ。あの、茶道には欠かせない、竹製の泡だて器みたいなやつね。
石臼に関しては、小麦粉の製粉のためのものを流用すれば問題ない。茶筅については材料である竹を調達するのが困難だったが、デリックさんがいろんな伝手を使って外国から輸入することでなんとかなった。あとは自分の記憶を頼りに、包丁でそれらしい形に加工してゆく。
とはいえ、これがなかなか大変だった。茶筅の先……泡立てる部分は、1本の竹を16~120本くらいの穂数に割って、交互に糸をかけ外側と内側の2層にするという造りになっている。一般的には穂先の数は72本くらいで、数が多いほうがお茶がきめ細かく立つため、根気強く先端部分を作ってゆく必要があった。
「それにしてもレティー様は、本当によく働きますね。『マッチャ』のために必要な道具作りを進めつつ、他の仕事までしっかりと……。おかげでとても助かっていますよ」
「お役に立てているなら光栄です。それにしてもデリックさん、私に『様』はいりませんよ。私はもう、侯爵家とは関係ない人間ですから」
「では、レティーさんとお呼びしましょう。これからもよろしくお願いしますね、私の協力者さん」
「はい。ふふ、一緒に品評会での優勝を目指して、まだまだ頑張りましょう」
そして茶園に覆いをして1ヶ月が経ち、いよいよ茶摘みを行った。
摘み取った葉を蒸し、加熱によって葉の酸化酵素の活性を奪うことによって、葉が緑色のままになる。これが紅茶の場合だと、完全に発酵させて作るため暗褐色になるのだ。ちなみに半発酵の場合だと烏龍茶になる。
加熱した後の茶葉は、竹で編んだ冷まし籠に移し、団扇――が、ないので代わりに扇子であおいで粗熱を取る。その後乾燥の作業を経てようやく抹茶の原料「碾茶」となり、これを石臼で挽いたら――抹茶の完成だ!
「やったーっ! 抹茶、できましたっ!」
「なるほど、確かに緑色の粉ができたが……これをどうやって飲むのです?」
「ふふ、見ていてください」
茶園のキッチンでお湯を沸かし、これまたこの1ヶ月の間に作っておいた茶碗に抹茶を入れる。どうせならもっと本格的に茶道の作法でやりたい思いもあるけれど、何せこの国には和室がない。畳がない。だから今は本当に簡単に点てるだけにしておく。
抹茶には「濃茶」と「薄茶」というものがあるけど、今回点てるのは和風のカフェとかでお抹茶セットとかを頼むと大体出てくる方。薄茶だ。
茶碗に抹茶とお湯を入れて、茶筅でシャカシャカする――「茶道」と聞いた時、誰もがイメージするであろうアレだ。ちなみに、よく泡立てるか泡立てないかは、流派によって違う。国王が飲んだものは泡立っていたそうなので、口当たりがなめらかになるようによく混ぜた。
「できました。さ、お菓子と一緒にどうぞ」
本来、茶道ではお菓子を食べる順番なども決まっているものだが、今はそこまでこだわらなくていいだろう。何せ異世界だし。
抹茶と一緒に出したのは、どら焼きである。
小豆がないこの国でどうやってあんこを作るべきか、いろいろ考えた結果、グリーンピースを使ってうぐいすあんを作ってみた。そう、うぐいすあんのどら焼きだ。
「どれ。まず『抹茶』から……」
デリックさんが茶碗を持ち上げ、抹茶に口をつける。
「ほう……! 紅茶とは全然違いますね。同じ木から、これほど違う飲み物が生まれるとは」
私も一緒に飲んでみる。うわ~、懐かしい、この味。もちろん紅茶もおいしいし大好きだけど、記憶を取り戻してから、無性に日本のものが恋しくなってたんだよねー。
デリックさんは抹茶を味わいながら、今までのことを思い出し、驚いているようだった。
「国王が『緑色の泡立った飲み物』というから、私は今まで、キャベツやアスパラをすり潰したジュースをシェイクしたようなものだと思っていたのですが。まさか紅茶と同じ木から、製法を変えることで『抹茶』ができるなんて!」
緑色の泡立った飲み物、って言われたら、この世界の人はそう思うよね。
「王が気に入ったものなのだから高価で特別なものなのだろうと、エメラルドやヒスイを砕いて液体にしようと試みたこともあるというのに……」
「それは……エメラルドやヒスイがもったいなかったですね……」
デリックさん、今まで大変だったんだなあ。とはいえきっと次の品評会では優勝間違いなしだから、おいしい抹茶とお菓子をゆっくり味わってほしい。製法を教えたのは私とはいえ、デリックさんが茶園に掛け合ってくれなければ、抹茶はできなかったのだし。
「デリックさん。お菓子を食べてから抹茶を飲むと、更においしいですよ」
「どれ」
デリックさんと一緒に、私もうぐいすあんのどら焼きを食べる。うん、おいしい。
そして、甘い物を食べた後に飲む抹茶はおいしさ倍増だ。ケーキを食べた後コーヒーを味わうように、甘い物と苦い物の組み合わせは最強なのである。抹茶の爽やかな苦みとお菓子の甘味が舌の上で溶け合い、口の中が幸せで溢れ、思わずほうっと息を吐いてしまう。
「うん、うまい! なるほど、これは最高ですね。国王が所望するのも頷けます。ふふ、これは……国中で大流行することになりますね」
抹茶とどら焼きのおいしさに顔をとろけさせていたデリックさんだけど、途端に商人としてぎらりと目を輝かせる。
実際、品評会で優勝すれば、「国王に賞賛された飲食物」という最大の栄誉を得られるのだ。そうすれば抹茶もどら焼きも、貴族の間でたちまち流行るだろう。国王はもともと勇者であることから、冒険者達にもファンが多い。あらゆる層に売れる可能性が満ち溢れている。
「抹茶に合う和菓子、もっと作りたいですね。栗やお芋の時期になれば、きんとんができますし。それから抹茶ケーキとか、抹茶アイスも作りたいなあ~!」
「ほう、よくわかりませんが、レティーさんが作ってくれるものなら、きっとおいしいのでしょうね。この抹茶をメインにした茶店を出店しますか。きっと大流行しますよ」
「わあ、いいですね! 抹茶メインの茶店なら、せっかくだから内装を和風にしたいなあ。この国でも畳が作れるかな?」
「タタミとはなんですか? 売れそうな商品なのであれば、ぜひ詳しくお話を!」
私とデリックさんは、抹茶とどら焼きを味わいながら、今後の出店や商品展開について熱く語り合った。
いやあ、まさか異世界で抹茶を飲みながら畳について語れるとは思わなかったよ。この調子で、この国にはまだないものをどんどん流行らせていけば、億万長者も夢じゃないかも。ビバ日本文化。品評会が楽しみだ~!
◇ ◇ ◇
●ウラキス視点
「何を考えているのだ、この馬鹿息子!」
父上が、激しい怒りを俺にぶつける。
レティーから俺の父へ、婚約解消を申し込む書類が郵送されてきたのだ。あの女、よりにもよって、俺の不貞の証拠である手紙まで同封して。おかげで俺が父上に怒鳴られる羽目になってしまった。
「貴族の婚約というのは、お互いの家柄や魔力を考えて、家のために結ぶ契約なのだぞ。レティー嬢は申し分のない令嬢だったというのに、お前という奴は……!」
「ま、まあまあ、父上。そんなに焦ることはないではありませんか。うちの方が家柄は上なのですし……そもそもレティーの奴、今は頭が熱くなっているのでしょうが、すぐ後悔しますって」
レティーが俺よりいい男と結婚するなんて、ありえない。レティーが俺より稼げるようになるなんてこと、もっとありえない。天地がひっくり返ってもないだろう。
「どうせ少ししたら、あいつの方から『私が間違っていました』と頭を下げて復縁を迫ってくるに決まっています。それまで待てばいいだけですよ、ははっ」
父上に、胸を張って答えたものの――1ヶ月経っても、レティーが俺のもとに帰ってくることはなかった。
(どういうことだ! すぐ泣きついてくると思ったのに。まさかあいつ、俺がいなくても幸せにやっているとでもいうのか? そんなわけない……)
だがある日、夜会において別の貴族と話していたときのこと。レティーが現在、街の商会で働いているとの情報を耳にした。それを聞いたとき、最初はてっきり庶民のように無様な暮らしをしているのかと内心ほくそ笑んだものだが。信じられないことに、レティーが開発した商品が商会の店主に認められ、国王のための品評会に出品予定なのだという。
ゴールダム商会はこの国で有力な大商会だ。優勝できなかったとしても、少しでも王の目にとまれば話題になる可能性はある。
(いや……いやいや。レティーにそんなすごい商品が開発できるわけない。だが、もしも、本当に万が一そんなことになったら……俺の面目丸つぶれじゃないか)
ふざけるな。あいつは自分の力じゃ生きていくことなんてできなくて、俺に頼るしかなくて、俺に頭を下げて謝らなきゃならないんだ。
そうだ、こんなのは間違っている。俺はあいつの婚約者なんだから、あいつに自分の立場というものをわからせてやらないと。うむ。婚約解消なんて、俺は認めていないのだから。これは、婚約者としての務めだ!
「見ていろよ、レティー……この俺から、簡単に逃げられると思うな……!」
◇ ◇ ◇
●レティー視点
「うわあ、いよいよ品評会ですね、デリックさん!」
「ふふ、いい笑顔ですね、レティーさん」
「だって、この1ヶ月半の成果をやっと王にお披露目できるのかと思うと、ワクワクしますし。それにこの会場の雰囲気も、お祭りって感じで好きです!」
国王によって王都で開催される品評会だが、厳かなものではない。
何せ現国王は元平民の冒険者であり、超豪快な御方である。たくさん屋台が出たり軽快な音楽や陽気な踊りで賑わっていたり、まさにお祭り騒ぎ! って感じだ。
品評会本番の時間はまだ先なので、デリックさんと2人で周囲の様子を見ながら歩いていたところ……
「おや、デリック様ではありませんか」
「これはこれは、ご無沙汰しております」
デリックさんが、昔から付き合いがあるというお得意様に声をかけられた。
(一旦、この場は席を外した方がいいよね)
「デリックさん、私、辺りを見ていますから。品評会の時間になったら、広場の入り口で待ち合わせにしましょう」
「そうですね。ではレティーさん、また後で」
デリックさんと別れ、一人で屋台を見て回ることにした。
(いろんなお店がいっぱいで、本当に楽しいな~。お肉の串焼きに、果実酒、焼き菓子……。どれもおいしそう)
「あの、すみません」
「はい?」
いろんなお店に目移りしながらふらふらしていると、綺麗な女性に声をかけられた。身に着けているものの上質さから考えて、どこかの貴族だろう。
「いろんなお店を見ていたら、従者とはぐれてしまって……。一人ぼっちで不安なんです。一緒に従者を探してくれませんか?」
「ああ……この人ごみですもんね。運営本部とかに行ってみますか?」
「いえ、でも、まだはぐれたばかりだから、その辺りにいるかもしれないんです。ですから、一緒にいてもらえるだけでもいいので……ダメでしょうか……」
貴族の令嬢は、一人で出歩くことに慣れていないものだ。私は転生前の記憶があるから、日本にいたときの感覚で街中をふらふらするのも好きだけど。生粋のお嬢様なら、確かにこんな賑やかな中で従者とはぐれてしまったというのは心細いだろう。
「そういうことなら……。でも、どこを探しましょうか。従者さんの特徴は?」
「背の高い男性よ。さっき、あっちの方ではぐれちゃったの。来て」
彼女の方へついて行くと、どんどん人ごみから離れ、最終的に人のいない裏路地にまで来てしまった。
「あの、本当にこんなところにいたんですか? お祭りの会場から、結構離れてしまいましたが……」
「ふふ……ええ、ここにいますわ。……いるのは私の、『従者』では、ありませんけれども」
「え……きゃあっ!?」
急に、背後から腰に腕を回され、口を手で覆われた。
「ひさしぶりだな、レティー」
(ウラキス……!? どういうこと……!?)
口を塞がれたまま、一緒にいた令嬢を見ると、彼女はふふっと邪悪な笑みを浮かべた。
「はじめまして、レティー様。ウラキス様の恋人、ラフリーヌですわ」
(な……!? ラフリーヌって、ウラキスと手紙でやりとりしていた、あの浮気相手よね。その子が、ウラキスと一緒に私を陥れようっていうの……!?)
従者とはぐれたなんて、嘘だったのだ。最初から私を騙すつもりで近付いたのだろう。
(人の善意につけ込むなんて、最低……)
「お前、今日の品評会に出品するつもりなのだろう? お前なんかの作ったもので国王陛下の口を汚すなど、言語道断だ。しばらくの間、おとなしくしていてもらうぞ。これは、お前のためでもあるんだ」
(お前のため、なんてどの口が言っているのよ……!)
自分を正当化したいだけの、卑劣なやり方。せっかく今までこの日のために頑張ってきたのに、こんな奴らに邪魔をされて出場を断念しなきゃならないなんて、絶対にごめんだ。
「ラフリーヌ、縄と口枷を」
「はい」
私を縛り上げて、どこかに閉じ込めるつもりだろうか。だとしたら、まずい。
抹茶や茶筅は、私が今持っている鞄に入っている。デリックさんだけでは、品評会に抹茶を出品することはできない。
(く……このまま黙って閉じ込められるなんて、絶対嫌!)
ラフリーヌが私に口枷をつけるべく、ウラキスが私の口から手を外した、その一瞬で――呪文を口にした。
『フラッシュ』
「ぎゃあっ!」
光の魔法を発動させると、ウラキスとラフリーヌはあまりの眩しさに混乱していた。
その隙をついてウラキスを突き飛ばし、逃げ出そうとするものの――
「ふざけるな、レティーの分際で! 貴様はおとなしく俺の言うことを聞いていればいいんだ!」
ウラキスは這いつくばった状態で私の足首を掴み、意地でも放そうとしない。
「やめてください! ラフリーヌさん、なんとかして!」
「はあ? あなたがおとなしくウラキス様に従えばいいだけでしょう」
「な……っ、あなたはどうして、こんな奴に協力するの」
ウラキスの本性を知らないとか、ウラキスに騙されているならともかく。婚約者だった女を無理矢理捕まえて閉じ込めようとしている男に、なぜ協力するというのか。
「だって……あなたが幸せになるなんて、許せませんもの」
「――はい?」
「女性は男性を立てて、三歩下がって、後ろを生きてゆくものですわ。自分の力で、自分で稼いでゆくなんて間違っています。間違った生き方をしている方が幸せになるなんて、おかしいじゃありませんの。だから、こうして注意してあげているんですわ」
――理解できない。何を言ってるんだ、この人??
「いや……いやいやいや。そもそも、ウラキスは浮気をするような男ですよ? そんな男に、そんな価値があるとでも?」
「浮気くらい、殿方の甲斐性でしょう? 私は、ちゃーんと『わかっている』女ですから。男性のお遊びには寛容でいられるんですの」
「素晴らしい、ラフリーヌ。お前こそ女性の鑑だ」
得意げに語るラフリーヌに、ウラキスが賞賛を送る。心底気色悪いと思うが、その様子を見て、なんとなくラフリーヌのこともわかってきた。
結局、彼女はウラキスの味方をして、ウラキスに褒められればそれで満足なのだろう。ウラキスに従うことが女としての誉れであり、ウラキス結婚することこそが幸せなのだと、信じて疑っていない。
私はウラキスとの婚約を破棄したいのだから、彼女はウラキスと結婚できるはずだけど。ウラキスとの婚約を解消した私が幸せに生きていくのが、気に食わないのだろう。自分が選んだ男は価値のある人であって、その男が捨てたものはゴミでなければならないのだ。彼女自身の、プライドのために。
(こんなゲスな男なのに……多分、次期公爵って肩書きだけで、いい男に見えてるんだろうな)
「……別にあなた達がどんな価値観でどう生きようが勝手だけど、私を巻き込まないで。私はもう、あなた達とは何の関係もない人間なんだから」
「なんだとぉ!? この俺にそんなことを言って、困るのはお前の方だからな!」
「私が一体どう困るっていうの。ウラキス、私にはもう、あなたなんていらない。浮気したあげくこんな真似をする奴、最低だもの。ラフリーヌさん、あなたも同じよ。人の婚約者と通じて、しかもこんな外道な真似に協力するなんてどうかしてる。あなた達みたいな人と、今後一生関わりたくない」
「レティー、貴様ぁ!」
「!」
ウラキスが、隠し持っていた刃物で襲いかかってきた。
私が魔法で応戦しようとした、そのとき――
ガキィン! と音がして、ウラキスの持っていたナイフが飛んで行った。
「な……!?」
「そこまでだ。やりとりは見させてもらった。あまりにも外道だな」
振り向くと、長剣を構えた、背の高い男性が立っていた。
祭りだからか、仮面舞踏会でつけるような仮面をつけている。
そしてウラキスの怒鳴り声と剣の音で、ザワザワと他の人達も大勢集まってきた。
だけどウラキスは怒りで周りが見えていないようで、大勢の目があるにも関わらず、剣を持っている男性を怒鳴りつける。
「なんだ貴様は! 関係ない奴は黙っていろ! 俺はこの女に、自分の立場をわからせてやろうとしただけだ!」
「凶器を使って無理矢理女性に言うことを聞かせようなど、人として最低だ」
「ふん、自分の顔も出せないくせに正義面か? はは、貴様のような奴、どうせ見るに堪えない気持ち悪い顔をしているに違いない!」
ウラキスは仮面の男性に飛び掛かり、顔を晒してやろうとするように仮面を剥ぎ取る。
そして次の瞬間――ウラキスは絶句し、仮面を手から落とした。
剣を持っていた男性は、鷹のように鋭く美しい目をしている。
その精悍な顔つきは――この国なら、誰もが知っているものであった。
ウラキスはその顔を見て腰を抜かし、尻もちをついてガタガタと震える。
「こ……国王陛下!?」
そう。仮面の男性の正体は、我が国の王だった。私も驚いて目を丸くする。
「な、ななななぜ、陛下がこのような場所に……」
「なぜって、今日は『最高においしい飲み物品評会』だからな」
そうでした。恥ずかしくて今まで「品評会」とばかり言っていたけど、正式名称はそれでした。大真面目に言える国王陛下、さすが国王陛下。
「な、なななぜあんな仮面をつけていたのですか!」
ウラキスは震える声で王に質問し、王はしれっと涼しい顔で答える。
「王だとバレると、周りが勝手に傅いてきて、堅苦しいからな。せっかくの楽しい日なのだし、自由に見て回りたかったんだ」
「う、嘘だ、そんな……。従者もつけず、王が一人で行動するなんて、おかしいし……」
「従者もつけずって、俺が最強なのだから、そんなものつける必要がないだろう」
確かに。なにせ国王様は、魔王を倒した勇者様なのだから。誰かに守られる必要はない。
「い、いや! そうだ、き……貴様は国王のふりをした偽物だろう! そのはずだ!」
「ほう……ならば、試してみるか?」
陛下が、ウラキスに剣を向ける。
まだ斬りかかったわけでもないのに、陛下から発せられる気迫は凄まじいものだった。思わず私まで震えてしまうくらいだ。
「今日は無礼講だ、対等に戦おうではないか。俺の強さを目の当たりにすれば、お前も王だと信じざるをえないだろう?」
「いえ、あの……も、ももも申し訳ございませんでした……!」
「ふむ。お前は一体何に謝っているんだ?」
「も、もちろん、陛下への不敬についてです! どうかお許しを……」
「そこが問題ではないだろう。俺への不敬はともかく、そこの彼女に乱暴をしようとしたのが問題だと言っているんだ」
「で、ですが、こんな奴のことなど……!」
「お前は女性を無理矢理閉じ込めようとし、刃物を向けた。お前のような者を野放しにしておくことはできない。おい、衛兵」
「はい」
国王が手を叩くと、既にこの騒ぎに気付いていたようで、すぐに兵士さんがやってきた。
「この男と、一緒にいる女を捕らえろ」
国王はウラキスとラフリーヌを指してそう言った。ウラキスとラフリーヌは、顔面を蒼白にさせて震え上がる。
「そ、そんな! お待ちください!」
「わ、私達は何も間違ったことなんてしていません!」
「間違ったことをしたから、捕らえられる羽目になっているのだろう。自分の非を認めろ」
兵士さんがウラキスの手に縄をかけようとした瞬間――ウラキスはこの期に及んでまだ逃げ出そうとした。
「い、嫌だ! 俺は間違ってない! 俺は悪くないんだっ!」
「まったく……往生際の悪い奴だ」
すると――陛下の剣が目にも止まらぬ速さで動き、ウラキスの足を斬った。
「ぎゃあああああああああああ!!」
「おとなしく捕まれば、ここまでするつもりはなかったのだがな。無駄な抵抗をするからだ」
「い、痛い、痛いぃぃぃぃぃ! うっ、うぐ、ひぐぅ……」
ウラキスは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、兵士さんに連れていかれた。ラフリーヌは、そんなウラキスにさすがにどん引きした様子だった。
「大丈夫だったか?」
陛下は剣を鞘にしまいながら、私に声をかけてくださる。
「ありがとうございます、陛下」
「気にするな。それより、あのような奴らに酷い目にあわされて災難だったな。もう大丈夫だ。今日はせっかくの日なのだから、ゆっくり楽しむがいい」
「あ、あの! 陛下、私、この後の品評会に出品するんです」
「何? そうなのか」
かすかに目を見開いた陛下に、さっきまでの憂鬱など吹き飛ばすような笑顔を向ける。
「陛下が望むものをお出ししますので、楽しみにしていてください!」
すると陛下は、にっと白い歯を見せて笑ってくれた。
「そうか! とても楽しみだ、早く飲みたいな!」
◇ ◇ ◇
そうして、品評会が始まり――
他の参加者達は、それぞれ抹茶とは程遠いものばかり出品していた。
緑の飲み物、という点から、薬草や海藻を使ったもの。それから、「泡立ったもの」という点から、炭酸や発泡酒のようなものも。中にはメロンソーダに似ていておいしそうなものもあったけれど、抹茶を求めて飲むには別物すぎる。
「うむ、まずい、次! これもまずい、次!」
陛下は、青空の下に用意されたテーブルにずらっと並べられた飲み物を、片っ端から飲んでゆく。まずいまずいと言いながら、全部飲み干していくのがすごい。やっぱり豪快な方だ。
「次は……お!?」
陛下は私が出品したもの――茶碗に粉末の抹茶を入れたおいたものを見て、不思議そうな顔をする。
「陛下。ここから先は、私が目の前で仕上げをいたします」
「! お前は、さっきの……」
私がすっと茶筅を出すと、陛下は期待に目を輝かせた。
用意しておいた小鍋で茶碗にお湯を入れ、茶筅で抹茶を点てる。
シャカシャカと気持ちのいい音がひろがり、抹茶の香りがふわりと漂った。
「さ、どうぞ」
「うむ」
陛下に茶碗を渡す。彼は抹茶をよく味わいながら、最後まで飲み干した。
「これだ! 俺がずっと求めていたのは、この飲み物だ!」
陛下が茶碗を高く掲げ、観客達から、わっと歓声が上がる。
「満足いただけて光栄です! さ、陛下、こちらのどら焼きもどうぞ」
「これはドラヤキという名なのか! どれ、さっそく……」
ばくっと、陛下はやはり豪快にどら焼きにかぶりつく。普段は凛々しいそのお顔が、ぱあっと明るく輝いた。
「うむ! この菓子もとてもうまいぞ! 菓子を食べて抹茶を飲むと最高だ!」
周囲の観客達は、やんややんやと拍手喝采を送ってくれる。
「すごい! あの子、陛下に認められるなんて……!」
「おい、あれはルシャルダン侯爵家の令嬢ではないのか?」
「なんでも、家からは勘当状態だという噂だ。しかし、陛下に認められるほど有能な令嬢を勘当するなど、ルシャルダン侯爵家も堕ちたものだな……」
「ともかく、素晴らしい! おめでとう、レティー嬢!」
「あの飲み物とお菓子、私も味わってみたい~!」
(わあ……すごく、嬉しいな。こんなふうに、たくさんの人から認めてもらえるなんて……)
一緒にいたデリックさんも、感動している様子だった。
「やりましたね、レティーさん!」
「ありがとうございます! デリックさんが協力してくれたおかげです!」
私は優勝し、莫大な賞金を手に入れることになった。
デリックさんと山分けしても、十数年は遊んで暮らせる金額だ。
(とはいえ、ずっと何もしない生活っていうのも退屈だな。何せこの世界は、前世と違って娯楽が少ないし。どうせなら、このお金を元手にして、もっといろんな日本文化をこの世界に取り入れたい……!)
純粋に、自分が日本の物が懐かしいというのもある。畳とかお布団とか、日本食とか和菓子とか。無性に懐かしくなってたまに欲しくなるんだよね~!
「大儀であった、レティー。それで、お前はこれからどうやって暮らすつもりだ?」
陛下に尋ねられ、答える。
「そうですね。いただいた賞金でお店を開いて、抹茶や、抹茶を使ったお菓子をたくさんの人に食べてもらいたいと思います」
「ほう、それは素晴らしいな! 城で、俺専属の茶師として働いてほしい気持ちもあるが……。これだけうまいもの、より多くの国民にも味わってほしくもある」
「あ、陛下がお望みなのでしたら、いつでもお城にも参ります!」
私が「国王の茶師」ということになれば、お店としても、ものすごく箔がつくし。
隣でデリックさんも「ぜひそうしてください」とばかりに笑顔で頷いてくれる。抹茶のお店を開店させて、もしも私の手が足りなくなったとしても、きっとデリックさんが店員さんを手配してくれるだろう。
(これからどんどん、この国にお茶や日本文化を伝えていけるんだ……すごく、楽しそう!)
貴族の令嬢として、いろいろなしがらみに囚われていた頃よりも、今の方がずっと自由だし自分らしくいられている。誰かに従わなくたって、媚びなくたって、私は自分の力で生きてゆけるんだ。
――その後、私の家族達は「国王陛下に認められた娘を勘当した」と貴族達の間で噂になり、評判は地の底に落ちた。私が品評会で優勝したことを知った家族達は掌を返して私に取り入ろうとしてきたが、私の気持ちを汲み取ってくださった陛下が、家族達への私の接触禁止令を出してくれた。いくら私の両親といえども、王命に逆らうわけにはいかない。この先一生、私に酷い言葉を浴びせたことを後悔しながら先細ってゆくだろう。
ウラキスは「罪のない女性に暴行を働こうとした者が公爵になるなど言語道断」と、やはり陛下によって、公爵位を継ぐことを禁じられた。ギルモノ公爵家は、ウラキスの弟が継ぐことになったそうだ。
貴族として領地からの税に頼って生きていく気まんまんだったウラキスは、他の道で稼いで生きてゆく勉強などしていない。私に乱暴しようとしたという噂も広まっているし、この先まともな仕事に就くことはできないだろう。
風の噂によると、ラフリーヌに浮気して私をないがしろにしたことを今では激しく後悔し、「もう一度やり直したい……」とか言っているようだが、想像しただけでぞっとする。私は絶対、一生、ウラキスと復縁することなどない。
ラフリーヌもまた、婚約者のいる男性に手を出したあげく、ウラキスの卑劣な行為に手を貸したと噂になった。そんな女性と結婚しようなどという貴族の男性はいない。この先結婚は諦めるしかないだろう。いやウラキスとならできるかもしれないが、2人ともまともな職につけることはないので、2人してどん詰まりになるだけだ。
私を追い詰めた人々は、皆悲惨な末路を辿ることになった。そして、私は――
週に一度、宮廷の茶会で国王にお茶を点てる者として。それ以外の日は、茶店でお店を繁盛させる者として。
日本文化を広めることでガンガン稼ぎ、この国の皆を笑顔にして――幸せになったのでした!
読んでくださってありがとうございました!
なお抹茶の製法につきまして、本来なら熟成させたほうが美味しくなるのですが、物語の都合上、省略しています。本作は基本的に、ゆるふわファンタジー作品としてお楽しみいただけますと幸いです!