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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

別の世界ではただの日常です

楽譜

作者: 茅野榛人

 元カノとの思い出の地である砂浜にやって来た。

 しかしだからと言って、今から泳ぐ訳ではない。

 そもそも今自分の手元には水着がない。

 ただ思い出に浸りたいだけなのである。

 それにしても今日は天気が非常に良いと言うのに、何故か人が全然いない。

 本来ならこのような天気であれば、泳いだり、日光浴をしたりしている人が少しはいてもおかしくない。

 なのにどうして……まるで砂浜に今の自分の気持ちを読まれているようだ。

 思い出を振り返りながら歩いていると、砂浜に紙の束のような物が落ちているのを見つけた。

 誰かが落としたのであろうか?

 拾ってみると、それは楽譜だった。

 しかしその楽譜に書かれている曲は全く知らない曲……と言うか、書かれている言葉の言語が何語なのかも分からない為、自分には解読不可能である。

 それに紙の材質も不思議である。

 人生でまだ一回も触れたことのない材質である。

 まだ不思議な点はある。

 自分は今、この楽譜の曲を、物凄く弾きたい気持ちになっている。

 自分は一切楽譜が読めないと言うのに……何故かこの曲を……。


 どうしても気持ちが抑えきれず、楽譜を持って帰って来てしまった。

 自分はまず、曲名を調べようと思ったのだが、何語なのかがさっぱり分からない為、調べられない。

 一体この楽譜の曲名は何なのであろうか。

 でも兎に角今は、この曲を弾きたい気持ちを何とかしないと……気持ちが強すぎる所為なのか……身体が小刻みに震えている……。


 自分は早速、キーボードやペダル等を購入し、独学でピアノの勉強、練習を始めた。

 決して一筋縄では行かない道ではあったが、あの楽譜の曲を弾く為だと思うと、不思議と頑張れた。

 弾けるようになったら、インターネットでその曲を弾く動画を投稿して、皆にも聞いて欲しい。


 遂に楽譜の曲を弾けるようになった。

 指や足の動きも、楽譜の読み方も、完璧である。

 早速曲を弾く所を撮影し、インターネットに動画を投稿する事にしよう。

 その、曲名が解読不可能な曲は、兎に角悲しさで満ちている。

 まるで、間もなくこの世が終わるかのような、悲しさが。

 しかしその曲には、同時に希望もあるように感じる。

 例え今には希望が無くとも、遠い未来には、必ず希望がある。

 そのようなメッセージが、この曲には込められているように思えた。

 自分はこの曲を、良い曲だと思った。

 きっと、皆もこの曲を聞いて、良い曲だと思うに違いない。

 そして、この曲を、後世に残したい。


 間もなく私達のいる星に、巨大な隕石が降って来る。

 歴史に歴史を重ね、私達のいる星や、私達は、成長して来た。

 良い未来を、楽しい未来を確約する為に、私達は生き、働き、嗜み、そして育てて来た。

 しかし結局私達は、滅亡を回避する事が出来なかった。

 私は作曲家として活動し、ほんの僅かながら、私達のいる星に影響を与えた。

 しかし、それも間もなく無意味になってしまう。

 私達が今日に至るまで生きて来た事は、無駄だったのであろうか。

 色々な考えは飛び交っている。

 しかし私は、決して無駄ではないと考えている。

 何故なら私は、様々な楽しみや、幸せを、思い出として記憶したからである。

 これは私が、今日の今日まで生きて来れたからなのである。

 私がここにいなければ、この記憶を作る事は出来なかった。

 今現在が幸せでなくとも、過去の楽しみや幸せの思い出は、決して消える事は無い。

 私は、今日まで生きて来た事に、何の後悔もしない。

 そして更に私はこうも考えている。

 私達が滅びても、もしかしたら私達には想像もつかない程の遠い未来で、また私達のような存在が誕生し、秩序が作られるかもしれない。

 たとえここでは無くても、何処か遠い所にある星でも、それは作られるかもしれない。

 いや、もう既に何処か遠い所にある星で、それは作られているかもしれない。

 そして私はそこで生きる私達のような存在の、未来と、幸せを、心の底から願う。

 何の根拠もないが、私は願っている。

 その願いを込めて、私は、この曲を作曲した。

 私はこの曲の楽譜を、水を完全にはじく紙に書き、そして海に落とした。

 どうか、私の願いが、届きますように。


 夢か……あの楽譜に……そのような物語があったのか……。

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