やがてドワーフ地下王国を作るドワーフの話
「なんでオレはもういいオトナなのにこんな背が低いんだよ!!!」
鍛冶場で台の上に置いた道具をとろうとして、台に乗って手を伸ばしてる時の俺のセリフである。
そしてその時に唐突に気付いた。
オレ様ドワーフだからこれぐらいの身長が普通じゃん。なんでオトナになったらもっと背が伸びるはずって思ってんの?
答えは簡単、俺が人間だったからだよ!
「親方、オレは人間だったんだぜ!」
「そうか、いいから火を絶やすな。鉄を叩け。話は酒の時に聞く」
師匠は袖をまくった筋肉質の腕に珠のような汗を流しながら、振り向きもせずにハンマーを振りつつ俺の言葉に短く答えた。
◆ ◆ ◆
「で、オレのいた世界じゃな! 街中に滑らかな石の道が走ってて、自分で動く鉄の馬車がブンブン走り回ってるんだぜ!」
「そりゃあたいしたもんだ。鉄の馬車は馬も鉄なのか?」
「いやいや馬車っつったけど馬なしで動くんだぜ! エンジン、えーと、グルグル車輪回す仕掛けが中にあって、そいつで動くんだ!」
「魔法みてぇな話だな」
「それが魔法じゃねぇんだよなぁ~」
ドワーフは、仕事が終わったら酒場に繰り出す。
陽が落ちた後にドワーフの街の通りは、仕事上がりの鍛冶職人でいつも大賑わいだ。
行きつけの『小人の長靴亭』で焼きトカゲをツマミに冷えたエールを飲みながら、俺は師匠に自分の思い出した転生前の記憶を語っていた。
「それが、お前の人見知りの理由と何か関係があるのか」
「お、おぅ、たぶんそうだな。だってオレ、人間だった頃は騒がしいのニガテだったんだぜ」
ガハハハハ、と笑い声。ガチンと派手に木製のジョッキのフチの、鉄の輪をぶつけ合う音。まぁドワーフの酒場は五月蠅い。
こんな調子だが、実のところこの『小人の長靴亭』は静かな方だ。
通りの中心の方にあるデカい店じゃ、真ん中に相撲するスペースがあって年中酔っぱらいが避けの勢いに任せて腕比べをしてる。歓声やら罵倒やらが飛び交って、耳が遠くなるほどだ。酔っぱらいのドワーフが鉄の楽器モドキで奏でる騒音に合わせてがなり立てる歌声は最悪だ。こっちは頭がおかしくなる。
まぁ鍛冶場でハンマーを叩く音を子守歌にして育つのがドワーフだ。酒場で騒いで怒鳴って大笑いして、ベッドじゃイビキをかいて眠る。
これぞ鍛冶の神の与えたもうたドワーフの幸福。
「それじゃあドワーフの国は生きづらいだろう。お前、人間の国に行きたいか?」
「……師匠、えらくあっさり信じるんだな」
「そりゃあ、そうだろう。お前にしてはずいぶんとよく喋ってるからな。しかもそんな上機嫌で。つっかえてたもんがとれたって顔してるぜ」
仏頂面の口元を珍しく緩めてそういう師匠の言葉に思わず目元が潤みそうになった。
師匠には、俺みたいな引き籠りのドワーフを雇ってもらって一から鍛冶のイロハも教わった恩がある。
何もかも放り出して人間の国に、なんて言えるわけがない。
「いやぁ、人間もそっちはそっちで怖いから行かねぇ!」
「なんだそりゃ。怖いのはドワーフだけじゃなかったのかよ、お前、ホントにビビりだな」
師匠は呆れた顔をして、ボリボリと焼きトカゲを齧った。
ジョッキが空になっている。俺は師匠に追加のエールを店員に注文してから話を続ける。
「それよりも! 俺が人間だった頃の話! 続きがあるんだよ師匠!! すげぇアイデアがあるんだ、一口乗りませんか!?」
「どんなアイデアだ」
「ここの大空洞を出て、新しく穴を掘って王国を作るんスよ!」
「それじゃ分からん。本気ならもうちょっと分かるところから話せ。お前は話が下手すぎる」
師匠は呆れた顔をしながらも、焼きトカゲの串を皿に置き、両肘をテーブルについて俺に話を促した。
しまった、これは納得させるまで話が終わらない流れだ。師匠の顔は笑っていない。酒が入ってるから頬はちょっと赤ら顔だけどな。
だがまぁどうせ俺一人じゃ何もできないのは分かってるんだし、ここは仕事上がりの酒の席だ。仕事でミスって叱られてるわけじゃない。好き放題に言ってやるとしよう。
店員さんがエールのジョッキをもってくるのを待って、俺は壮大な計画を語りだした。
名付けて、『ドワーフ地下王国建国計画』だ。
◆ ◆ ◆
「よくもまぁこんなモン知ってたな」
「前世の知識だからな! たぶんこの時代の誰も知らないはずだぜ! だから見つけた俺のモノって主張しても文句は言われないはずだ!!」
「文句とか言う前に、力に物を言わせて取りに来るやつがいるだろ、阿呆」
生まれ育った大空洞から旅をすること一月半。すっかり旅慣れた俺と師匠は、山間の谷間隠されたミスリルの鉱山を訪れていた。
鉱山、というと、そもそも普通は鉱物が採れる山に坑道を掘って、そこから鉱物を掘り返すモンだが、ここは違う。
谷間の底の地面の亀裂から地下へと入り込んだ先、巨大な鍾乳洞の中にびっしりと壁面にミスリルの原石が埋まっているという地下空洞なのだ!
前世の知識。
今この俺が住む世界が、そっちの世界じゃとあるオンラインゲームだったからこそ知っている知識だ。
本来ならここはプレイヤーがアホほどツルハシを振るってる採掘ポイントで、ついでにミスリル鉱の価値はあんまり高くなかったので人気はなかった。
末期のオンラインゲームみたいに伝説の金属がバンバン出回ってるエンドコンテンツな世界じゃない今の俺にとっては、価値ありまくりである。
「ヤバいぞ。こんなもんバレたら周囲の国なり勢力なりが押し寄せてくるぞ」
「だから師匠に言ったんだぜ。情報が洩れたらヤバいから二人でまず確かめましょうってな!」
「確かに正しい判断だったな。すまん」
山の案内人を雇うべきという師匠の意見を突っぱねた俺の慧眼に、山道で苦労するたびに睨んでいた師匠が珍しく謝罪した。
思わずふんぞり返って、そうでしょうそうでしょう、と頷いて見せてから、俺はさっそく背中のバックパックいっぱいに背負ってきた採掘のための道具を地面に広げる。
まずはミスリルの原石の採り方から、できれば自前で鋳造できるところまでやりたい。
インゴットにしてしまえば金に換えやすいし、出所を探られにくい。という豆知識は師匠から教わったものである。
幸いここは、人の手の入っていない魔物の縄張り、多少の時間をかけてでも最初にデカい金を手に入れて、それを元手にきっちり国の基盤を作ってしまえば、あとはそのまま都市を名乗って自治権を主張しても問題はない。
周囲の国が難癖付けてきたらヤバいけど、その時までには金を使って兵士とか雇って自衛できるようになっておく予定だ!
「それでドワーフ地下王国か」
「おう! これだけのミスリル鋼を金に換えれば国だって作れるだろ!!」
師匠はというと、こちらも黙々と鍛冶場を作る準備を始めている。
岩を組んで作業場を、荷物入れから炉を作るための金属部品を取り出して組み立てていく。この辺はお互い勝手知ったるものだ。
一か月半も旅をしてきたのだから、ここの鉱山で寝泊まりするのに何の問題もない。
こうなると思って保存食と酒は買い込んで来てあるし、尽きたら近くの街にでも買い出しに行けばいいだろう。
とにかく今は、鍛冶の準備だ。
「お前は国を作ってどうしたいんだ?」
石をノミで叩いて炉を組みながら、師匠が背中越しに聞いてきたので少し驚いた。
師匠は基本、作業する時には喋らない。はじめてかもしれない。
「そりゃ……男の夢だろ!」
それでちょっと驚いてたせいか、あんまり上手い言葉が出てこなかった。もうちょっと格好よく言った方が良かったと自分でも反省する。
例えばほら、故郷の大空洞が自分に合わなかったから自分に合う国を作るんだ、とか。
あるいはドワーフのおとぎ話に出てくる無限の富をもたらすっていう幻の『宝石洞』を現実のものにするんだ、みたいな感じの。
「あのなぁ」と、師匠は呆れた声を上げて続ける。
「国なんて作っても面倒が増えるばっかりだぞ。お前、人間もドワーフも苦手なんだろ? 国なんて作ったらそいつらが大挙して押しかけてくるぞ」
それはまぁ、分かってはいるんだが。あんまり深く考えなかったことでもある。
なので俺は言葉に詰まって、広げていた鍛冶道具を並べる作業を止めて言葉を探すことにした。
背中越しに語り掛けてくる師匠の顔は見えないが、これは返答や言い方をまちがえたら喧嘩別れなんてこともあるかもしれない。
そいつだけは勘弁だった。なにしろ一か月半も一緒に旅に付き合ってくれた師匠は、もはや俺にとっては大恩人を超えて運命のパートナーである。なんだかんだ、ここまで辿り着けたのも、二つ返事で俺の話を信じて乗ってくれた師匠がいたからなのだ。これからなにをするにしても、一人で続ける自信はない。
「え~~~~~~~~~……じゃあ、地下王国やめるぜ!!」
けっきょくなにも思いつかなかったのでこうなった。
「…………お前、ホントにビビりだな」
師匠はそう言って、肩を揺らした。声は丸かった。たぶん笑ったんだろう。
俺はとりあえずほっとして、それから鍛冶道具を並べる作業に戻った
原石を叩くのはハンマー、大きく砕くのはツルハシ。ミスリルの原石も砕けるように、俺と師匠で作った特別製の品だ。
横では師匠が石ノミで岩を削って炉を作っている。太い腕を振るうたびに、石が細かく砕けて削れていく音がする。俺の耳には慣れた心地いい音だ。
顔を上げると、ランタンの明りに照らされて、ミスリルの原石が大空洞一杯に広がっている。
こいつを今から俺と師匠で掘って掘って掘りまくってやるのだ。鋳造に成功したら、まずは鍛冶道具を一新して、
次は何を作ろうか?
練習で書いた作品です。